2021年10月20日水曜日

デジタル格差、コロナ下拡大 対策急げ 『北海道新聞』「各自核論」2021年10月14日朝刊

デジタル格差、コロナ下拡大 対策急げ 『北海道新聞』「各自核論」2021年10月14日朝刊


デジタルデバイド(あるいはデジタル格差)とは、コンピュータやインターネットなどの情報技術を利用したり使いこなしたりできる人と、そうでない人の間に生じる、貧富や機会、社会的地位などの格差のことだ。個人や集団の間に生じる格差と、地域間や国家間で生じる格差がある(以上「IT用語辞典 e-Words」の用語解説より引用)。
 そのデジタルデバイドだが、現在の新型コロナ感染症危機(以下、コロナ危機と記す)は、その格差を拡大させつつある。そればかりか、コロナ危機が終わったとしても、情報生活の差をとおして、大げさにいえば、人びとの生き方が分岐していくとさえいえるほど大きく複雑な差異が生まれつつあるのだ。
テレワークによる就労が急速に拡がり、都市部ホワイトカラー層を中心にオンラインで仕事をする人たちが急激に増えた。この傾向は世界でも日本でも同じで、業種により浸透度は異なるが、週に一度か二度しか出勤しないという人もいまではざらである。
労働の時間と余暇の時間との区別も曖昧になりつつある。ワーケーションと呼ばれるような半ば休暇をとりつつ仕事をする、という労働と余暇のかたちも一部ひろがりつつある。
 学校でも、コロナ危機で登校が抑制され、初等中等教育でもオンライン授業が拡がり、家庭での学習への対応が社会的な課題になったことは記憶にあたらしい。
対面授業ができないことはそれ自体が教育にとって大きな障害である。学校で全員が同じ教室で先生から授業を受ければ、少なくともその場面においては平等な教育条件が一応は揃う。しかし、オンラインに移行すれば、すぐさま教育は大変困難な問題に直面する。
ブロードバンドに常時接続し遠隔で教育を受けられる情報機器環境が整っているか、静謐な居住環境は確保されているか、常にサポートしうる親族や助言者がいるか、など、経済格差、学歴格差、言語や文化差、等々の様々な現実社会のはらむ問題が、デジタルデバイドとして立ちふさがるのである。
大学でもこの一年半はほぼすべての講義がオンラインで行われてきた。しかし、ここでも、居住・経済環境によるネットアクセスの差、あるいは、いわゆる偏差値下位校ほど学生がスマホはもつがパソコンをもっていないというような経済的および文化的な格差など、デジタルデバイドが生まれることが分かっている。
コロナ危機は、したがって、私たちの社会に潜伏して進行してきたデジタルデバイドを一挙に現実に目に見えるものにした。しかし、それだけではない。このコロナ危機は、過去三十年来続いてきた世界の情報化の歴史的段階を飛躍的に高めるきっかけになることは確実だからだ。
じっさい、オンラインで行うことができる仕事であれば、わざわざ時間をかけて出勤する必然性はない。その時間を別の活動に振り向けて労働生産性を上げることができる。教育に関してもおなじである。オンラインですべき教育活動と実地に対面で行う教育とを合理的に組み合わせて行うこができれば教師にとっても生徒にとっても効率がよい。
だからコロナ後の世界においては、オンラインでの仕事や勉強、あるいは社会活動と、オフラインでの仕事・学習・市民生活とが、さまざまに有機的に組み合わさりミックスした生活のあり方へと移行していくだろう。
だが、問題なのは、そのベストミックスを誰もが享受できる条件には、少なくともわが国の情報社会はなっていないということだ。残念なことに、わが国は情報化に乗り遅れた国になりつつある。人びとが平等に情報社会における労働・教育・社会活動の手段にアクセスできる条件はこの国では未整備のままである。本気でこの深刻な問題に取り組もうという意思がこの国の政治的指導層には希薄である。

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