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2020年8月12日水曜日

ベルナール・スティグレール 『技術と時間 1エピメテウスの過失』(石田英敬 監修 西兼志 訳)、法政大学出版局、435頁、2009年7月刊

 スティグレール『技術と時間 1』

 監修者のことば

    石田英敬

ベルナール・スティグレール(Bernard Stiegler 1952- )は、現代フランスを代表する最も重要な哲学者である。本書は、彼の主著『技術と時間』シリーズ(全5巻を予告、現在までのところ第3巻まで既刊)の第一巻『エピメテウスの過失』(1994) の全訳である。これ以後、それぞれ独立した著作とはいえ同シリーズの第二巻『方向喪失』、第三巻『シネマの時間と難-存在の問題』の邦訳も順次刊行されることになる。フーコー、   ドゥルーズ、デリダ、リオタール、ラカン、アルチュセール、20世紀後半には百花繚乱を呈したフランス現代思想だが、ポスト構造主義の次の世代が、どのような新しい知の地平を拓きつつあるのか。これまでエッセーや対論の邦訳はあったが、スティグレールの哲学的主著を日本の読者に送る日が来たことは喜ばしい。

スティグレールの哲学的企ては、一言でいえば、幾重にも異端のポジションから出発したが、最も本格的な哲学の王道を行くものである。

まず彼の哲学的出発が異形である。1968年の五月革命後ヨーロッパでは「鉛の時代」と呼ばれた1970年代にあって、銀行強盗のかどで投獄されたスティグレールはトゥ  ルーズの監獄で5年の服役生活を送っている。当時、トゥルーズ大学で教えていた高名な現象学者ジェラール・グラネルを中心に「監獄で哲学を」という運動があった。監獄がスティグレールを哲学にめざめさせ、フッサールの現象学を「発見」させる。のちに彼が 語ったところでは、スティグレールが監獄のなかで積んだのは思考の集中という現象学流のトレーニングであり、83年に出獄したときにはフッサールの文献を網羅的に読破し、プラトンを原書で読む強靱な古典ギリシャ語力を身につけていた。少年時代からの技術への関心からテクノロジーの知識は豊富だった。

獄中からスティグレールはジャック・デリダに哲学論文の構想を書き送る。脱構築の哲学者もまったく面識のない若き哲学徒の才能をみとめすぐさま応答する。刑期をおえて出獄するやすぐに、スティグレールはパリ、ユルム街、高等師範学校のデリダを訪問、技術の存在論をテーマとする博士論文の構想を告げる。師は、技術の問いは難しいが、ではやってみなさい、と応じたという。すべて本人から直接聞いた証言である。

そのとき書き始められたのが、本書の原型となった彼の博士論文だった。獄中での生活は彼に類い稀な精神の集中力を与え、巨大なスケールの構想力を培い、それが彼の異形の哲学的出発を準備したのである。

今でこそ、ブリュノ・ラトゥールやレジス・ドブレの「メディオロジー」、そして、何よりスティグレール自身の仕事によって、技術の哲学は大きく脚光を浴びている。しかし、1980年代当時にあって、そもそも「技術の哲学」の企て自体が異端だった。バシュラールやカンギレム以降、ノーブル(高貴)な位置を占めてきた「科学の哲学」や「認識論」に対して、技術の哲学はフランス的哲学伝統においては、従属的な位置におかれ省みられることが少なかったのである。

本書の冒頭でスティグレールが述べているように、「哲学は思考の対象として技術を抑圧した」のであり、「技術は非思考」のままにとどまっていたのである。

しかし、とくに1990年代のIT革命以後、情報コミュニケーション技術が人間の精神の成り立ちの問題に直結するようになる。以来、「技術の問い」は哲学的関心の中心を占めるようになる。

本書を読むならば、フッサール現象学とハイデガー存在論をベースに、博士論文指導教授であったデリダのグラマトロジーを手がかりに、アンドレ・ルロワ=グーランの先史学を存在論的に定式化し、ベルトラン・ジルの技術史を捉え返し、ジルベール・シモンドンの技術哲学を継承発展させることで、広い文明論的なパースペクティヴのなかで、ヒトの存在の問いを問い直すスティグレールの姿が明らかになるはずだ。哲学の起源にまで遡って、「技術」と「存在」の問いを練り直し、「哲学」全体を問い直す作業に、本書全巻が充てられているのである。詳細は西兼志による「訳者解説」にゆずるが、そこから、第二巻『方向喪失』、第三巻『シネマの時間と難-存在の問題』における、現代技術をめぐる考察、精神のテクノロジーや意識産業に関する問いが準備されていくのである。

博士論文を書きあげたスティグレールはみるみる頭角を現し、デリダやリオタールが創設したばかりの国際哲学コレージュのプログラム・ディレクターに任命される。さらに工学や情報技術を熟知した稀有な哲学的頭脳として、発足間もない先端技術大学であるコンピエーニュ工科大学の教授に抜擢される。この間、「ポスト・モダン論争」のさなかポンピドゥー・センターでリオタールが主宰した「イマテリオー(非物質的なもの)」展の企画に加わり、フランソワ・ミッテラン国立図書館のための情報化プロジェクトに参画してまったく新しい図書館の設計を主導する。

ここにあるのも、通常のアカデミック・キャリアとは明らかに異なる哲学的軌跡である。

伝統的には文科系に分類されがちな哲学者にとって、現代テクノロジーの問いのなかに身をおくことはなかなかかなわない状況である。しかし、テクノロジーや産業の問題に向き合うことなしに、現代文明について有効な哲学を企てるなど不可能である。今日、洋の東西を問わず、情報メディアやテクノロジーの回路から遮断された、哲学や人文学の研究が陥っている閉塞状況を見れば明らかであろう。

しかし、スティグレールはちがう。

テクノロジーの素養をもち、先端的な工科大学において工学者や認知科学者、コンピュータ科学者とともに1980年代から学際的な研究チームや研究プロジェクトを立ち上げてきた。ミッテランによる新しい国立図書館の電子アーカイヴ化構想を先導したのちには、さらに国立視聴覚研究所(INA)や音響と音楽研究所(IRCAM)といった、視聴  各分野での国立の中心的な研究機関で、副所長や所長の要職に就いて、研究開発の体制を確立し、アーカイヴや映像音響分析のシステムづくりを指導し、人材養成の機関を立ち上げてきた。現在はヨーロッパ最大の文化施設であるポンピドゥー・センターの研究開発部長の任にあり、映像分析や認知テクノロジーの研究開発を行うリサーチ&イノヴェーション研究所(IRI)を創設して所長を務めている。

こうした中心的な研究機関で研究開発を主導してきた経験が、現代テクノロジーについて他の人文系哲学者の追随をゆるさない、圧倒的な洞察の拡がりを彼の仕事に与えているのだ。

国家や産業の研究開発や技術革新の中枢に身をおくこと、研究機関の長として行政の責任を引き受け大がかりな制度改革に参画すること。こうした実践は、哲学者を書斎の人から、「知の建築家」に変えることに通じる。しかし、思い起こしてみれば、それこそが、真にギリシャ的な意味での「哲学者」なのである。

だからこそ、この哲学者が放つ文明批判の射程は大きく、現代文明への警鐘は鋭く深く響いている。決して技術やテクノロジーを跪拝したり解説したりするのでなく、技術文明をもたらした哲学的「決定」を明らかにし、その限界と行方を問おうという、まさにオーソドックスな哲学の問いがここに問われているのである。

私たちの世界の地平を明確に限るようになった精神テクノロジーと意識産業が支配する

「ハイパー産業社会」、その「象徴的貧困」を批判し、知識資本主義の未来を問おうとする最近の一連の著作と、さらにその延長上で「文化資本主義」の変革に取り組むことを目標に掲げたARS   INDUSTRIALISの運動は、こうしたトータルな哲学者の姿を指し示している。スティグレールの哲学の企てはますます拡大しつつ具体性を帯びて現代世界の根本問題に立ち向かいつつあるのである。

最後に日本での受容について記しておこう。

90年代の始め、スティグレールを私に紹介したのは、メディオロジーの哲学者レジ    ス・ドブレである。1995年にレジス・ドブレらと東大駒場での国際シンポジウム「日仏メディオロジー討議」のために初来日し、プラトンの『メノン』についての講演を行った。その後、上記のINAやIRCAMでの要職歴任のために著作の刊行が遅れていたが、ス  ティグレールは2000年代に入って一挙に多産な著作活動を展開するようになる。2005年12月にはスティグレールの仕事をめぐる国際シンポジウム『技術と時間』(於 東大駒場)のために二度目の来日を果たし、「精神のテクノロジー」、「精神の産業」と対峙しうる「精神の政治学」が議論された。さらに2007年には、東大本郷で行われた大規模な国際シンポジウム『Ubiquitous    Media    Asian    Transformations』のために来 日、フリードリヒ・キットラーやマーク・ハンセン、キャサリン・ヘイルズ、蓮實重彦らとともに基調講演を行った。

このいずれの来日に際しても、私は招聘の任にあたったが、いつも私がスティグレールに見出すのは、世界の問いを共有し同じ時代を生きる哲学的人物としての友である。そして、哲学こそがいままさに有効であり、思想こそが求められているものだという揺るぎない信念と静謐、寛容と歓待の哲学的エートスである。

近年スティグレールは、日本の若い研究者からも大きな注目と支持を集めつつある。デリダとの対論『テレビジョンのエコーグラフィー』を訳した原宏之や、本書の翻訳を担当した西兼志の世代である。私が主宰する東京大学大学院情報学環の研究室ではこうした若い研究者が中心となって、スティグレール率いるIRIの研究者グループと月例のヴィデオ会議を重ね、認知テクノロジーの共同開発、分析ソフトや批評プラットフォームの共同使用の実験を行っている。

グローバル化する世界にあって、知識社会への移行、文化産業やメディア支配が進行するなか、現在ほど真の哲学的冒険が求められている時代はない。大学人や知識人は、惰性的なペシミズムや「美しき魂」(ヘーゲル)に閉じこもるのでなく、現代テクノロジーやメディア産業を問い、グローバル化や資本主義の未来を思考しえてこそ、真に現代的な批判を実行できる。『技術と時間』は、そのような本質的な問いのありかを指し示すべく久々に出現した真正な哲学のOpus Magnum(大いなる書)なのである。


2020年7月4日土曜日

石田英敬『記号論講義 〜 日常生活批判のためのレッスン』ちくま学芸文庫 2020年7月刊 「文庫版のための自著解説」

文庫版のための自著解説

 

 

 

 本書は、二〇〇三年一〇月に刊行された私の著作『記号の知/メディアの知 – 日常生活批判のためのレッスン』(東京大学出版会 初版二〇〇三年一〇月二一日刊408頁)に細部の手直しを加えたうえで『記号論講義 – 日常生活批判のためのレッスン』と改題し、ちくま学芸文庫から刊行するものです。旧版は、さいわいにも多くの読者に恵まれ、大学の講義や企業のセミナー等で教科書や参考書としても使われて、学術書としては例外的に版を重ねました。しかし、なにぶん高価な単行本(本体価格4200円)であったので、とくに若い読者の皆さんに購入していただくには、著者としては申し訳ない気持ちがありました。今回、文庫化が実現し、一般読者の皆さんに気軽に手にとっていただけるようになったことに著者として安堵し喜んでいます。旧版は横書きでしたが、今回縦書きとなったことも、読み物として読んでいただくには好都合とおもいます。

 

 旧版刊行からだいぶ歳月が経過したので、私の現在の視点からふり返って、本書のねらいと位置づけをあらためて書いておきたいとおもいます。

 

 本書は、大きく言えば、メディアを対象とした記号論の書といえます。メディア記号論という分野の本だと言ってもまちがいではない。

 ただ、読んでいただけばすぐに分かることですが、この本におけるメディアと記号論との関係は、記号論が基礎理論で、メディアは分析対象ということではないのです。両者の間にはより本質的な結びつきがあって、メディアが可能にした知が記号論、メディアの理解にとって必ず必要な学問が記号論であるというのが本書を貫いている主張です。メディアが書きとめるのが記号であり、メディアは記号の作用から成り立っていると考えるのが、私の認識の基本的な立場なのです。旧版ではこの点を強調するために、「記号の知/メディアの知」というタイトルを掲げたのでした。

 今回「記号論講義」と改題したのは、記号論という学問をもういちど二一世紀の学問としてきちんと位置づけ直す本としてあらためて広く世に問いたいと考えたからです。

 

 二〇世紀以降の私たちの文明は、それまでの人類の生活とは大きく異なります。

 一九世紀に発明された写真 [英photograph]、電信テレグラフ[仏télégraphe]、テレフォン[英telephone]、フォノグラフ[英phonograph]、シネマトグラフ[仏cinématographe]、などのメディア技術が、人類文明を大きく書き換えはじめたのが〈一九〇〇年〉頃です。私は、この大転換を、「アナログ・メディア革命」と呼んでいます。

 本書4章で説明されるマクルーハンが言ったように、メディアは人間を拡張して文明の感覚基盤を変容させました。人類文明は二〇世紀には活字と書物の文明圏である「グーテンベルクの銀河系」から遠ざかり電気メディアの星雲 – 「マルコーニの星雲」 -- へと接近していった。ラジオや映画やテレビやインターネットが発達し、マスメディアが大衆の欲望をつくり、ポップ・カルチャーが生まれ、本書の7章で詳しく説明したように広告が二〇世紀の消費資本主義のベクトルとなりました。

 

 いま列挙したメディア技術の命名には、例外なく「〜グラフ -graphe(書字)」、「テレ 〜télé-(遠隔)」という接頭辞・接尾辞が使われていますね。それは、技術の論理からいえば、メディアとは、機械が痕跡を書く〈書字グラフ-テクノロジー〉であり、電気信号をつかってメッセージを送受信する〈遠隔テレ-テクノロジー〉であることを示しているのです。私は、それらのメディア・テクノロジーを総称して〈テクノロジーの文字〉と呼んでいます。メディアとは、人間ではなく機械が読み書きするようになった文字、人間には直接には読み書きが出来なくなってしまったテクノロジーの文字の問題なのです(この問題について、詳しくは、本書とおなじ筑摩書房刊のちくま新書『大人のためのメディア論講義』を併せて読んでください)。

 メディアというテクノロジーの文字によって、人間の心的活動が、〈記号〉として書き取られ、送受信され、人類の生活を方向付けるようになったのが現代です。これが二〇世紀以降の人間のデフォルトの日常生活です。そのような現代人の「社会における記号の生活」を研究する「一般学」として二〇世紀の初頭に提唱されたのが「記号学」だったのです(これは本書の2章で詳しく説明したとおりです)。

 

 ここで二〇世紀以後のメディア文明における学問の成り立ちについて少しお話ししましょう。

 〈一九〇〇年〉頃には、パースとソシュールの記号論・記号学のほかに、フロイトの精神分析、フッサールの現象学のような、それまでにはなかったまったく新しい学問がほぼ同時にいっせいに提唱されました。とても大きな知のパラダイムシフト – 哲学者のミシェル・フーコーのいう「エピステーメー(知)」の大転換  -- が起こったのです。

 これは、今お話しした、メディアの革命と深く結びついています。文字と書物の知による人間の理解から、テクノロジーの文字を使った、人間の研究へと、知の大転換が起こったのです。

 そのとき、人間における意識と無意識の問題が根底的に問われることになりました。

 人間が文字を読み書きする文化では、文字を読み書きする意識が知の中心にあります。文字と書物が意識を媒質にして知と人間とを結びつけていました。

 ところが、人間の意識の閾より下の時間幅でカメラはシャッターを切って写真を撮るようになります。その像をあとで見て人間は思い出という意識をつくり記憶を固定するようになる。フォノグラフは人間の書字では記録しつくせない音響や音声の流れを記録して時間意識を再生するようになります。映画は、人間には捉えきれない静止画の連続投射から運動を視ているという人間の意識を生みだすようになる。メディア革命以後は、人間の意識よりも下の無意識のレヴェルでテクノロジーの文字が人間の意識を産み出して方向付けるようになったのです。

 フロイトが電話をモデルに精神分析の治療を考案し、映画をモデルに心の装置を構想する。フッサールがフォノグラフが再生するメロディーの聴取経験をもとに現象学的な時間意識を研究する。こうしたことは、文字と書物が意識のメディウム(媒質)であった時代から、テクノロジーの文字がヒトにおける意識と無意識の境界に働きかける二〇世紀へと知の条件が大きく変化したことを示しているのです。〈一九〇〇年〉の日付で刊行されたフロイトの『夢判断』[但し、じっさいの出版は一八九九年]が「無意識」の理論化を試み、おなじく一九〇〇年の日付で出版されたフッサールの『論理学研究』が「意識」の現象学的な記述を試みたことは、メディアの革命が提起した認識論的な問題状況を色濃く反映するものだったのです。

 

 本書の2章で説明しましたように、ソシュールの言語記号学の提唱が二〇世紀の記号の知の出発点となりました。文字と書物によることばの研究という一九世紀の歴史言語学から、音声書写(フォノグラフィー)技術によって話しことばをリアルタイムで研究する言語記号学への転換、それがソシュールの言語学革命でした。ことばは人間にとって理性(ロゴス)の中心器官ですから、ことばの知が文字と書物を離れて、メディアテクノロジーにもとづく書写技術によって研究されるようになったことは、非常に大きな認識論的なインパクトを生んだのでした。意識の活動と考えられていたことばに働いている記号の無意識が明るみに出されて、人間についての理解が大幅に書き換えられるようになった。さらに、その知の革命は、ことばの研究を超えて、文化や社会の研究全般に衝撃をもたらしました。それが二〇世紀を通して進行した構造主義やポスト構造主義という認識の運動へとつながっていったのです。

 

 本書では、いま描き出したようなメディアと知の転換の見取り図をもとに、記号論や記号学と呼ばれた記号の知が二〇世紀をとおしてどのような知のインターフェイスを作りだしていったのか、その問題系を11章にわたって追い、レッスン形式で人間の意味世界の変容を理解するための方法を説いたものです。

 

 記号論の基礎理論については、2章でソシュールの記号学を、3章でパースの記号論を、詳細に解説しています。4章では、なぜメディアが、技術・記号・社会という人間の文明のもっとも基本的な三次元を構造化する活動であるのかを、ルロワ・グーランの先史学やスティグレールの技術哲学を援用しつつ説明しています。そして、コミュニケーション・テクノロジーの問題系を、ソシュールのことばの回路、シャノン・モデル、ヤコブソンの六機能図式を重ねて理解する必要を説き、マクルーハンの「メディアはメッセージ」の定式を説明しています。本書では、この三つの章が、記号論とメディア論の理論的マトリクスとなっています。そこは知識が密に詰まっている部分ですから、最初に読むと抽象的でハードルが高すぎるように感じるかもしれません。そのように感じたひとは、そこは後回しにして、具体的な分析を扱う他の章から読み進んで、随時これらの章にもどって原理論を学ぶという読み方も十分可能です。著者の狙いとしては、2章はソシュールを説明しつつ二〇世紀の構造主義の方法への導入を行う、3章はパースの基礎理論を概説しつつ記号論と認知科学や脳科学との接点を説明する、そして、4章は記号論とメディア論との表裏の関係を人間文明の原理のなかに位置づけるという、それぞれ明確な意図を持って書かれています。

 

 他の章では、モノと現実の記号化(1章)、建築や遠近法にあらわれる場所と記号の関係(5章)、都市の構造と都市写真(6章)、欲望資本主義と広告のレトリック(7章)、身体のイメージ化と記号支配、身体に働きかける権力の問題(8章)、国民国家と象徴政治、スポーツと遊びの象徴作用(9章)、現代という歴史の時代とテレビ・ニュース(10章)、VR,サイバースペース、インターネット、ポスト・ヒューマン(11章)と、それぞれの章が、二〇世紀の後半から21世紀の初頭にかけてのメディア化した世界における意味の問題がどのように現れるのか、記号とメディアの問いの拡がりを俯瞰し、それを認識する視座をもつことができるように書かれています。

 それぞれの章では、その問題に関わる代表的な理論を参照しながら、しかし、決して既存の学説の受け売りではなく、私なりのやり方で独自の問題の構図のなかに概念を捉え返したうえで、私たちに身近な事例を集めて具体的な分析の俎上にのせて、記号論とは何を説明するものなのかを、レッスン形式で考えていくというスタイルをとっています。

 

 この本には、私がちくま学芸文庫で刊行している『現代思想の教科書』で扱われる現代思想の思想家たちも多く登場します。ソシュール、パース、ルロワ=グーラン、スティグレール、マクルーハン、ヤコブソン、レヴィ=ストロース、デリダ、バルト、フロイト、ラカン、フーコー、ブルデュー、バフチン、リクール、セール、ドブレ、ドゥルーズ、その他の現代の思想家たちです。現代思想と記号論とはどんな関係があるのかと思う読者もいるもしれませんが、記号論やメディア論が、二〇世紀をとおして、人文科学・社会科学の先端的な思想とどのように具体的に結びついているのかが分かるはずです。そして、記号とメディアの問いが、哲学、言語学、文学理論、美学理論、精神分析、脳科学、認知科学、情報科学、等と、どのような相互の位置関係にあり、人間の社会や文化の何を具体的に説明するものなのかも明らかになるはずです。

 

 本書の冒頭の「はじめに」で宣言しているとおり、この本は「意味批判」の書です。

 「意味」という問題を理解することは、どのようにすれば可能か。そのための知識と方法を説く書物です。意味批判とは何かを抽象的な議論ではなく、具体的にどのようなことなのかを、読者の皆さんに実感してもらうために、具体例をもとにしたレッスンが行われるのです。

 いずれも一九九〇年代から二〇〇〇年代の事例を同時代の題材としているので、新しい読者の皆さんは、ああ、もうこれらは過去の事例なのではないか、と思われるかもしれません。はい、たしかに、皆さんが、目の前で起こっている今日現在の事例の手っ取り早い説明のための知のマニュアルを本書に求めるとすれば、その点に関しては、この本はご期待に添えないかもしれません。

 ただし、私としては、次のように考えています。

 一七年前に「はじめに」に書きましたように、この本はもともとマニュアルとしてではなく、知の方法の書として書かれています。では、知の方法とはどのようなことなのでしょうか。

 いかにエフェメラルな(=儚い)メディア現象を考察の俎上に載せるにせよ、そのなかに普遍的な知の端緒を見いだすところに、批判や批評(ともに「クリティーク」がもとの言葉です)という認識の態度はあると私は考えています。「クリティーク」とは、それは端的に、考察の対象に対して、それが何であるのかを自分で考えて、自分の力でその本質を正確に理解することができるようになる、ということです。自分で考えて、自分の力で、というところが重要です。そして、初心者には逆説的に聞こえるかもしれないのですが、自分で考えて、自分の力で、理解することができるようになるためには、適切な理論と知識を勉強することが必要なのですね。なにごとも、あらかじめすでにある答えを、手軽に、手に入れようなどという態度でのぞむと、自分で考えて、自分の力で、という知の態度から遠ざかってしまいます。

 広告のコピーやCMやテレビ番組のようなそれ自体はエフェメラルなメディア社会の現象を取り上げるときにも、記号やメディアの現象の本質を表しているような優れた題材を厳選してとりあげ、芸術や美術の作品と同列に扱って考察の対象としていることも、そのような批評の態度と関係しています。すぐれた芸術作品はそれ自体が、何かを批評している。すぐれた広告やCMも同じように私たちの世界の意味を批評している。その批評を芸術や文学や広告の個々の領域にとどめておくのではなくて、世界の意味を掴むための方法として一般化して、私たち自身の生活世界を考える手がかりにしていこうというのが、「日常生活批判のためのレッスン」の狙いなのです。

 

 うーん、それでは抽象的すぎて分からん、とおっしゃるかもしれないですね。

 それでは、幾つかの例を示しましょう。

 たとえば、1章では、三つのモノのあり方をとりあげていますね。三つ目のモノのあり方、メディアの表層にうかぶモノのあり方としてウォーホルのパンプスを採り上げています。そして、ボードリヤールの「モノは消費されるためには記号にならなねばならない」という定式を引用しています。二〇二〇年の今であれば、どのようにこの問いを更新することができるでしょうか。例えばですが、現在では、モノのインターネットといわれるように、すべてのモノが情報を担っています。そうすると「モノは消費されるためには情報にならなければならない」とも考えることができる。1章のレッスンのもう一歩先に問いを進めることができそうです。そして、あなたが問題をステップアップさせたときに、さらに次に問題となるのは、どのようなことでしょうか。私なら、次のように問いをさらに延長させます。「モノを消費するためには、ヒトもまた情報にならなければならない」、と。amazonなどのヴァーチャル・モールでのネットショッピングやレコメンデーションシステムのことを考えてみてください。そうすると次に「記号」と「情報」との関係はどうなっているのか、と考えることになりますね。それは、11章で触れた「情報記号論」の扱う問題です。(これは、東浩紀さんとの共著『新記号論』ゲンロン2019年刊の中で論じたことです)。

 6章であつかった都市のイメージについていま考えるとすれば、人びとは頭の中にある想像的な地図だけでなく、GPSによって位置情報をつねに捕捉され、カーナビに誘導されて都市を移動し、スマートフォンでグーグルマップに導かれながら町を歩いている、というのが日常生活になっていますね。そうすると、ここにも記号と情報との新しい関係が見えてきますね。そうすると、スマホを持って町を歩いているとはどのようなことなのだろうか、と新たな問いが浮かんできますね。そうしたら、つぎに、問いをさらに発展させるには、どんな方法があるだろうか、と考えますね。たとえば、私なら、この本での写真家荒木経惟と同じような役割を果たしてくれるアーティストがいるだろうか、と考えます。例えば、友人のメディアアーティスト藤幡正樹さんのField-WorksというGPSを使った作品シリーズなどにはそのようなテーマがあるのでヒントが見つからないか、とか考え始めますね(このテーマは、次の英語の本の担当章で書きました。Hidetaka ISHIDA “The invention of Fujihata “in Art in the 21st Century  Hongkong Osage 2020)。

 8章では、身体、イメージ、権力についてレッスンを行いました。そこも同じように現在のメディア環境に合わせて問いを進化させることができますね。私たちは、スマホで自己撮り(セルフィー)してナルシシズムを充足させ、自分のカラダを考えるときにも、Apple Watchのようなウェアラブルコンピュータを身につけて自己の数値を管理し、自己目標を設定するなどしていたりしますね。そのようなセルフコントロールの問題と、ハイパーコントロール社会と呼ばれたりする監視社会の進行とは結びついていますね(これも、『新記号論』で論じたことです)。

 以上は、この本に書かれてあることの延長上で、二一世紀になって起こってきていることをどのように考えればよいのかという例題と、その解答例です。

 

 このように、この本を手がかりにして、この本が書かれた時代よりもさらにメディアが進化し、より完璧にメディアに包囲された世界に住んでいる、二〇二〇年代の私たちの「日常生活批判」のための手がかりをつかんでもらえればというのがこの本をあらためて文庫本として世に送り出す著者の思いです。

 

 最後になりましたが、『現代思想の教科書』と同様に、本書をちくま学芸文庫に収めるにあたって大変お世話になった筑摩書房編集部の天野裕子さんに心から御礼申し上げます。

 

 

 2020年6月 著者

 

 

 

 

 

2020年6月15日月曜日

ミシェル・フーコー『社会は防衛しなければならない』筑摩書房 2007年刊  解説 石田英敬

社会は防衛しなければならない

解説 石田英敬

 

 

コレージュ・ド・フランス 1976

  パリの冬の朝はいつまでも暗い。家を出て授業へと急ぐとき街灯にはまだオレンジの灯がともり街角のあちこちには零下の気温の中でスチームの湯気がたちのぼり店を開いたばかりのパン屋の店先が照らしだされ、地下鉄の入り口のキオスクにもランプが灯っている。地下鉄が職場へといそぐ人びとを吐きだし、生暖かい濁った空気がまといつくようなオデオン駅の地下道を早足で抜けて、エコール街をソルボンヌの方へ、コレージュ・ド・フランスめざして向かう。吐く息は白く、ピンとした空気が顔を打つ。パリの冬がいまよりはずっと寒かった頃だ。そのような朝のうす暗がりを通ってコレージュの門をくぐり、右手の8番教室の方へ急ぐとそこはたいていもう人だかりがしていて、運良く入り口から部屋に入ることができても座れる席はもうない。窓際の窓枠壁にまで人びとが腰掛けている。悪くすると部屋から人があふれていて中には入れず、守衛がやってきてもうこっちは満員だからと、向かいの部屋に案内されることになる。その部屋には昔の日本の小学校の教室と同じように正面壁の上部にスピーカが据えられていて、そのスピーカを眺めながら「聴講」する羽目になる。

 ミシェル(フーコー)の講義は当時そんなだった。その頃、思想家たちを学生たちは「ミシェル」や「ジル(ドゥルーズ)」とファースト・ネームで親しみをこめて呼んでいた。そして、彼らに対しては「tu(君)」で話しかけていた。なにしろ685月の記憶がまだ息づいていた時代だ。机と机のあいだの地べたに座りこむと前年出たばかりの『監視と処罰』のページをめくっていたり、フーコーがコメントした主人公の名が「ジル」という(一人称Je と三人称Il の両方からなる名前だとフーコーは言っていたと思う)小説や、ヴァンセンヌの「ジル」の話題で持ちきりだったりした。

 正面の奥のとびらからフーコーは入ってくると人をかき分けて教壇へと向かう。まだ夜明け前の暗がりが残るなか教壇机のうえのランプの下に原稿を拡げる。光がキャラフに反射して輝いている。独特のやや甲高い声で「憑かれたように」フーコーは原稿を読み上げ始める。

 そんな光景のなかでこの講義は語られたのだった。その言説はいま30年をへても語り続けているように思える。あの薄明をとおして、まだ時代の闇をくぐって、その声は私たちのもとに送り届けられている、そのように聞こえる。今日の困難な問題をいわば先取りし予告しその見取り図を示すがごとくに、じつに正確にその後の世界の歴史を描き出しているではないか。

 

 ミシェル・フーコーによるコレージュ・ド・フランス講義「社会を防衛しなければならない」が行われたのは19761月から3月にかけてである。フーコーは『監視と処罰』が19752月の刊行で学事暦からいえば前年度、八年後の1984年フーコーの早すぎる死の間際に続巻が刊行されることになる『性の歴史』の第一巻『知への意志』が同じ1976年の11月の出版だから、「社会を防衛しなければならない」は、ふたつの主要著作の刊行に挟まれた講義だ。

 周知のように、フーコーの権力論が一躍脚光を浴びるようになったのは『監視と処罰』に展開された「規律権力」論からである。1971年のGIP創設とともに構想され19734月には第一稿が書き上げられ、同じ73年「懲罰社会」のタイトルで講義が行われた「監獄についての書物」では、「権力」とは「身体」に加えられる「馴致」であり、その碁盤状的囲い込みとさまざまな検査試験による規範化であり、パノプチコンにみられる監視であった。「監獄」や「懲罰制度」だけが、この時期のフーコーの「権力」論の仕事ではない。「刑事訴訟手続き」、19世紀「精神医学」、「異常性」、「性の知の歴史」、「告白の実践」に関する研究・・、あるいは病院や学校に工場や軍隊において働いている規律社会、あらゆるところに働いているミクロ権力、規範をめぐる力、知と権力のゲーム、権力のミクロ分析 身体の解剖政治学が試みられたのだった。

 1975年ごろには結実し規律権力、規律社会についての仕事にひとつの大きな区切りを向かえフーコーは新たなステージに入ったといえるだろう。じっさい1976年の講義「社会を防衛しなければならない」に見えるのは、70年代前半の仕事に権力論としてのまとめをつけたいという意志であり。

 じっさい、講義の最終回および『知への意志』にその最初の素描が読まれるように、この時期以降、フーコーが集中的に問うようになるのは、「生権力」や「生政治」であり、また「統治性」をめぐる「国家」の問い、「政治」の問いである。「社会を防衛しなければならない」は、フーコーの権力論が転回する蝶番(ルビ:ちょうつがい)の位置を占める重要講義なのである

 

知の回帰

 権力の一般理論を回避するという慎重な言い回しながら、フーコーはこの講義で、70年代前半から続けられてきた自分の仕事が明るみに出してきた「権力」の概念について、ある大振りの見通しを立てようとしている。しかも、それは同時代の世界の状況、そして知の動きとも連動しているものだという。ローカルな知が、トータルな理論に対する従属性を打ち破って「知の回帰」を始めているのだ、と。

 マルクス主義や精神分析といった全体的な理論の体系が閉じこめていた衝突やせめぎあい、戦いの記憶がローカルな知として回帰する。闘争についての歴史的な知が、権力の問いを立てさせる。自分がおこなってきたのは、全体化の理論が覆い隠してきた権力のゲームを明るみに出す「系譜学」の企てなのであり、その方法とは言説の分析をとおした知の「考古学」なのだ。「大きな物語」の終焉が世界的に議論されるようになる「ポスト・モダン」論争はこの数年後のことだが、弁証法や階級闘争の大理論体系を突き崩す系譜学の破壊的な身ぶりをフーコー自身が記しているのである。

 フーコーによれば、系譜学にかけられているのはナチズムの崩壊とスターリニズムの後退という二つの線の上に現れてきた「権力とは何か」という問いである。ナチズムとは「国家の人種主義」とその「生政治」の究極的な姿であり、スターリニズムとは「人種間闘争の言説」が転換された「階級間闘争の言説」のやはり究極形態だからだ。現代政治の体制を生み出した権力のメカニズムとはいったい何なのか、それが「権力とは何か」を考えることなのだ。「社会の様々なレヴェルで、かくも多様な拡がりをもって作動している、諸々の権力装置とはどのようなものであるのか」、そのメカニズム、そこに作動する権力関係を分析して明るみに出すことが権力の系譜学の企てなのだ、と。

 

権力とは何か

 「権力とは何か」を思考しうるためには、しかし幾つもの認識論的な障碍が存在している。

 権力とは財や富のように所有されたり移譲されたり契約によって委託されたりするものであるという「経済主義」的な権力観が支配している。法的および自由主義的な政治権力観である。他方、マルクス主義的理解においても、権力の理由はやはり「経済」のなかにもとめられて、「支配階級」を長続きさせるものである。いずれも「権力」を「経済」によって説明しようというものだ。リヴァイアサンのような「権力」の移譲による政体の構成という立憲主義の言説もこれと無縁ではない。

 しかし権力とはつねに現に作用しているものである。権力は働きかけるということによってのみ成立している。働きかける、すなわち権力の行使とは、あるいは権力関係とは、どのようなものかという問いを起点とすべきだ。そのとき私たちは二つの仮説の前に立たされるのだとフーコーは述べる。

 そのひとつは、権力とは本性や本能、階級や個人を「抑圧」するという「抑圧」の仮説である。権力は抑圧する。精神分析やフロイトマルクス主義によってわたしたちもよく知っている権力観である。この「抑圧」の仮説については、『知への意志』において性の抑圧にかんするフーコーの立論がよく知られるようになった。「抑圧」の仮説は、しかし、権力関係に先立つ権力の「主体」を想定する点において司法的な権力観と同根のものであって、権力の多様なあり方を分析する手がかりにならないとフーコーは考える。しかし、権力は性の真理を生み出してもいるではないか。あるいは法に先立って規範を生み出しているではないか。

 

 権力とはむしろ関係そのものであって、いたるところで権力は働き、そのことによって「主体」が生み出されている。権力はいたるところに働き、行使され、流通し、網の目をつくっている。権力関係は真理の効果を生み出し流通させ蓄積させて、様々な「知」の「言説」をとおして「主体」を権力のエコノミーのなかに分節化している。他方、権力の範囲を定める「司法」もそこでは働いているが、司法の規則も権力の真理効果に支えられている。従来の政治哲学のやり方は法の真理の名において権力を限界づけることだが、政治哲学がおこなうような問題の設定のさらに下で働いている力のせめぎ合いを明るみにだすことこそ自分の仕事なのだ。「司法」の下で働いている力のせめぎ合いとは何なのか、そこから生み出される「真理」の言説とはどのようなものなのか、「権力」を起点に、「法哲学」的な言説が見えなくさせている、生(ルビ:なま)の「支配」の事実、「主体化=従属化」の事実にこそ光を当てるべきなのである。

 

主権論

 そのように始められた権力の分析の作業を進めるにつれて巨大な歴史的事実に突き当たったのだ、とフーコーは述べる。「主権」の問題である。「主権」の法モデルこそ、今日権力を分析しようとするならば脱却しなければならないものだとフーコーはいうのである。

 西欧の司法体系は中世以来、「王」の周囲に「王権」をめぐって形成されて来た言説である。「主権」はそれが成立した封建君主制においては実際の権力関係と対応していた。主権論は、しかしその後、行政君主制においては権力の成立と正当化の道具となる。宗教戦争の時代には両陣営の武器となり政治闘争の道具となる。さらに啓蒙の時代フランス大革命の時代になれば主権論は議会制民主主義のモデルを打ち立てるための役割を果たすようになる。(「主権論」とは「主体から主体へ」の理論であるとフーコーは述べている)。「君主」のような「中心」から、「臣下」や「富」や「土地」を「所有」して臣下化=服従化することによって、王権的な支配は成り立っていた。「主権」が、たとえ「王」や「君主」から、「人民」や「国民」に移ったとしても、「主権論」という司法の言説の配置は継続している。権力関係を「主権」の周りに「中心化」して見せているのである。リヴァイアサン以後の立憲主義や政治哲学もその延長上で構想されているとすれば、権力を思考するために問われなければならないのは、「権力の司法的な理解」からどのように脱却すべきなのかである。「主権論」を相対化し「系譜学的に」跡づけることができる作業こそが求められることになる。

 じっさい、17世紀18世紀になると主権論が前提とするような権力関係とは相容れない権力のメカニズムが出現する。「監視と処罰」が明らかにしたように、身体の活動を対象として、身体から時間や労働を抽出することを可能とする規律型権力である。この権力は、「主権論というあの巨大な法体系の消滅自体をもたらすはずであった」のではないのか。ところが、事実において主権論は司法のイデオロギーとして存続すると同時にナポレオン法典以来の諸法規を組織するようになったのだ、とフーコーは述べている。主権論は一方では18世紀、19世紀において王制に対する批判の道具として機能したのであり、他方で主権論を中心とした法規編成が規律のメカニズムに法システムを重ね合わせることを可能にしたのである。

 規律型権力が支配のメカニズムとして働くとじっさいにそこに働いている権力は隠されたものとなる。権力の網の目は司法に転記されることがない。法と権力の間に生み出されるのは「規範」であって、社会は「規範化社会」の様相を呈するようになる。この規範化の力に抵抗するためには、主権にもとづく司法に依拠することには限界があることになる。主権論のアポリアをどのように超えられるのか、主権論にもとづく法政治的言説といかに決別するかが、今日権力とは何かを問い、「権力」に抵抗するための最も中心的な課題となるのである。

 1970年代前半の権力のミクロ分析をふまえた権力の「関係論」から出発して、司法的な権力観の前提を突き崩し、新たな政治理性批判への道を開くフーコーによる巨大な作業がこのとき始められたのである。権力を「主権」をめぐる司法の全体的体系のなかでとらえるのではなく、権力が主権の中心化を逃れる司法の末端の実践態において、権力の作用をとらえることであり、権力が実際に身体に向けて適用される現場において権力をとらえることであり、権力が多様なネットワークにおいて多義的に働いている作用において権力をとらえることである。それはまた社会の最底辺のレベルで自律的で無限小の権力テクノロジーのゲームとして働いている状態で権力をとらえることであり、イデオロギーをとおして働くのではなく、知を生み出す無数のテクノロジー装置をとおして働く権力を捉える方法的態度を意味していたのである。

  権力の分析を主権論のような主体、統一、法への従属から解き放つことが自分の企てなのだとフーコーはいう。権力を主権ではなく支配の事実そして支配の操作子において研究すること、しかも権力関係そのものから出発してそれをおこなうこと。そして、そのときに扱われるべき「仮説」が、「闘争」と「戦争」の仮説なのである。

 

戦争の言説

 では、なぜ「戦争」なのか。権力とはそれ自体が「力関係」であり、すべては力のせめぎ合いであり、あらゆるところに闘争があり、支配と従属の関係があって戦いは止むことがない。これを「ニーチェの仮説」とフーコーは呼んでいる。力関係の裸形、力関係の極限例として戦争を考えてみたいのだ、と。「戦争」そのものを解明することが問題なのではない。しかし、いたるところに権力の関係があり、それが絶えざる闘争を繰り広げているとすれば、「戦争」は、権力関係の究極の形を示しているというべきではないのか。「戦争」から導かれる「戦略」や「戦術」という概念こそ、権力関係をもっともよく説明しうる概念なのではないのか。「戦争関係」こそ、「権力関係」の「分析子」として最も有効なものとは考えられないのだろうか。

 「戦争とは他の手段によって継続された政治である」というクラウゼヴィッツの有名な箴言を考えてみよう。そこには国家の主権の発動という「政治」としての近代の戦争が定式化されているだろう。しかしそれはむしろ国家が戦争を接収し独占した姿であり、もともと絶えざる不定形な無数の戦いが先にあり、戦争を転倒して併合することによって「国家」や「法」の支配というフィクションの体系が形作られたのではないのか。クラウゼヴィッツの定式とは、「政治とは他の手段によって継続された戦争である」という恒久的な闘争を語っていた歴史の言説に対して、戦争を国家の独占に帰し「主権」の側に「戦争」を取り戻すオペレーションではなかったのか、と。そもそも、いったい誰が「戦争」をモデルとして「政治」を考えるという言説を始めたのだったか。それはいまどのような形で継続されているのか。「歴史」や「社会」の言説においてひそかにそれはいまでも継続しているのではないのか。「国家」や「人種」や「国民」や「民族」や「階級」を語ることは、「戦争の言説」とどこかで結びついているのではないのか。フーコーが向かったのは「戦争」と「政治」をめぐる言説の系譜学である。すなわち、「ひとびとはいったい、いかにして平和の透かし模様をとおして戦争を知覚するようになったのか。だれが、戦争の喧噪と混乱の中、戦闘の泥沼の中に、秩序や諸制度や歴史を理解する原理を求めたのか。だれが最初に、政治とは他の方法によって継続された戦争のことだ、と考えたのか」と問うことなのである。

 フーコーによる「戦争」と「政治」の系譜学は、16〜17世紀に現れた水平派や議会反対派によるノルマン人征服をめぐる歴史言説、ルイ十四世治世末のフランス貴族によるゲルマン・フランクによるガリア・ローマ人支配をめぐる歴史言説にまで遡る。水平派や清教徒の言説は、ノルマン人王朝および貴族の征服と支配に異を唱えサクソン人たちの原初的自由の回復を主張する、王権や法の普遍主義に対する対抗言説である。コークやセルデンという歴史家をとりあげつつフーコーは、民族間戦争の継続として歴史を分析する歴史の言説の系譜を取り上げている。「歴史」の言説自体が、「人種(=民族)」をタームとした闘争の武器となり革命を準備していくのである。他方フランスの場合、ゲルマンの出自を名乗る貴族たちによる言説であって、王の主権をめぐって特権を主張する言説、王権とブルジョワジーや官僚との癒着に対抗する言説である。フーコーがとりあげるのはとくにブーランヴィリエ伯の歴史言説である。

 こうした言説の系譜学は、同時に「歴史言説」の考古学的問い直しをも意味している。「重要なことは歴史の分析の原理が民族の二重性と戦争のなかに求められていることにある」とフーコーは述べている。「歴史叙述」とは長い間「権力」が自らを物語る「主権」の物語だった。しかし、民族闘争の対抗史の登場によって、「歴史」とは「国家」が自らを語る「主権」の「歴史」ではなく、「社会」が「歴史の主体」となる。「人種/民族(race)」や「民族(nation)」を審級とする「歴史」は、「主権」をめぐる法哲学的言説の下に隠されている闘争を明るみに出して、「歴史的政治的」な言説の配置のなかに権力の物語を繰り広げる武器となる。ブーランヴィリエ等の反動貴族に現れた人種間闘争の言説は、その後民族闘争の歴史を語るオーギュスタン・ティエリの歴史学へと継承され、さらにその系譜はマルクス・エンゲルスの階級間闘争の言説へ発展していく。力に依拠するかぎり中立はありえず常にせめぎ合う一方か他方に位置するところから歴史を語るのだ、歴史を語るということが、そのまませめぎ合う社会集団の力関係のなかに立場をとることであり、支配・被支配の関係に働きかけることであり、それこそが歴史のなかに位置を占める闘争であるというラディカルな「歴史主義」がそのときに生まれたのである。

 決して主権の法哲学的思想の系譜においてではなく、人種/民族間の闘争をめぐる言説の長い系譜のなかで、「社会」が「歴史」の「主体」になるという出来事が起こったのである。この時代、「民族(nation)」はまだ「国民」ではなく国境をもたない。それはまた「社会(société)」とも呼ばれる。「結社」であり「グループ」であり「習慣や習俗や固有の掟」によって正確づけられた「個人たちの集まり」だ。そうした「民族」や「社会」が、「歴史」の「主体」であり「主題」でもあるものとして登場してきたのだ。それは「君主」や「主権」や「国家」の「普遍」的な中立性ではなく、「歴史」を絶えざる「闘争」としてとらえる言説の「歴史知」の登場だったのだ。

 フランス革命を決定づけた、シエイエースの「第三身分とは何か」もこのような歴史の知の闘争のなかに場所を占めることから始まった。フランス革命期の言説のなかで「民族」は「国民」となり、「国民」の闘いは「主権者」としての「普遍性」を獲得する闘争となる。それは闘争の言説の浮上であると同時に「国民主権」の言説による「闘争」の言説の隠蔽でもある。「国民」と「ナショナリズム」の誕生であり、「人種」と「民族」、「国民国家」の誕生、「国家」「国民」と「主権」とが統合で結ばれるような、近代政治の権力の誕生だった。そして、このような意味で「歴史学」が「国民」を「主体」および「主題」とする「新しい歴史」の言説として登場してくるのだ。

 戦争が「歴史の言説」の真理を生み出すマトリクスとなる。そしてヘーゲル哲学がいうように「国家」の「普遍性」という概念が、「戦争」という背景に取って代わる。「国民」の「現在」に照準した新しい歴史言説の可能性の条件がこのとき生まれた。「歴史」の「現在」において「普遍」を担っているのは何かという「弁証法」が成立するのである。

 このように講義におけるフーコーの思考の展開を辿ってくれば、その理論戦略は極めて明快だろう。近代的な「主権」、「法」の言説が如何に生み出されたのか、それが何を隠蔽しているのかという「系譜学」の問いであると同時に、「歴史の言説」の「知の考古学」とも分節化されている。反ノルマン言説から弁証法にいたる「歴史の言説」の「権力」論的分析であると同時に、「主権」や「国民国家」といった司法原理の系譜学的な暴露でもある。

                                                                                                                 

生政治

 そして、1976317日、この年の講義の最終回フーコーは「生かす権力」についてやや唐突に語り始める。この地点にいたって、後期の仕事において決定的な意味をもつことになる「生権力」と「生政治」というもう一つの権力分析の展望がおもむろに描かれ始めるのだ。

 主権権力において主権者は臣下を死なせるか生きたるままにしておくかを決する権利をもつ。人びとの生に対する主権者の権利は究極的には死に対する権利に由来している。しかし近代の政治的権利に起こる大変化として、人びとの生に対する新たな権利もつ権力が出現した。人びとを生きさせるか死の中へ廃棄する権力である。規律型権力においては、権力は身体を管理して生きさせるようにする。しかし18世紀の後半には規律型権力とは別の水準に働きかける権力テクノロジーが出現する。生命としての人間、としての人間を対象とする「生権力」のテクノロジーである。規律権力が身体の解剖政治学であるとすれば、生権力は種としての人間の「人口」を対象に、種としての人間の動向を統計学的に管理し人口の生に働きかける統治テクノロジーである。

「主権」権力の死なせる権利に変わって、人びとを生かす「規律権力」と「生権力」が前面に出てくるのだ。それがまさに「近代」の権力の問題である。近代の権力には「主権」権力として、臣下や領土を所有するだけでは、不十分である。「規律権力」をとおして、人びとの身体に働きかけ労働や生産を可能にする「訓練」が必要であると同時に、「生権力」をとおして統計的に「人口」を制御して統治していくことが必要となる。規律権力による身体組織規律制度の分節化、人口生物プロセスー制御メカニズムー国家という生政治の分節化、その双方の分節化にこそ、近代社会以降の権力の作動があるのである。それこそが「規範」の原理が支配する「規範化社会」を生み出しているものなのである。

 このことは「主権」の司法概念にもとづく「権力」批判が限界に満ちたものであることを表している。「規律権力」と「生権力」という二つの権力の登場こそ「主権」をめぐる司法的哲学的言説の限界を画す権力の変容なのである。人種間戦争の言説は、近代国民国家の「国民的普遍性」の言説によって歴史の分析から排除されたとしても「人種」のテーマは消え去ることはない。

 「主権」の言説から消された「人種」は、「生権力」の言説において回帰する。しかも生物学的な知に裏打ちされて「国家の人種主義」として回帰するのである。人種間闘争の言説も階級闘争の言説として形を変えて生権力の問題として回帰する。「人種」の闘争がナチズムにむすびつき、「階級」の闘争がスターリニズムに行き着いたことは、まさしくそれを表している。そしてまた、「人口」を生きるままにしておく「生政治」の「統治」こそ「自由主義」の「経済」を基礎づけているものである。

 主権者という「法的主体」の「権利」や普遍的原理を逃れて、あるいはその法的な妥当性の下で、「権力」が働いている。これこそが、近代社会における「権力」と「司法」と「真理」の関係ではないのか。フーコーにおいて「権力」を問うことが教えるのはまさにそのような現代世界の政治の系譜学なのだ。

 この講義最終回以後、「生権力」、「生政治」は、フーコーの権力論、政治論の中心的な問題系を構成していく。「性の歴史」や「生の技法」の展開と同時に、「統治」と「統治性」は、後期フーコーの最大問題系を形作っていくことになった。1978年の講義「安全、領土、人口」、1979年講義「生政治の誕生」の一読をお勧めする。

 

フーコーの現在

 1976年のこのコレージュ・ド・フランス講義「社会を防衛しなければならない」が行われてすでに30年以上が経過している。講義のなかでも随所に同時代の時事的な出来事への言及が行われているが、ベトナム戦争の終結の直後で米ソ冷戦の終焉にはまだ遠く、ソビエト連邦および東側共産圏において反体制知識人の運動が活発化してきていた時期であり、ボートピープルと呼ばれたベトナム難民が海をさまよい、ポル・ポト体制の大虐殺が暴かれたばかりのころである。ピノチェトのクーデタでアジェンデ政権が倒され、スペインではバスク独立運動の活動家たちが処刑され、講義中でも言及されているようにフランコが生きながらえた全体主義の総統としての死を死のうとしていた時期でもある。フランスではまだ1981年に左翼連合によるミッテラン政権が誕生するより前であり死刑制度もまだ廃止されていなかった。

 このころ、ラカンはコレージュ・ド・フランスから遠くないパンテオン近くのパリ第一大学で彼のセミネールを行っていたし、まだ黒髪だったジャック・デリダは高等師範学校で講義をしていた。フーコーの発議によって、バルトがコレージュ・ド・フランスに迎えられたのもこの年である。ドゥルーズやリオタールはパリの東ヴァンセンヌの森のなかの第8大学で授業をしていた。1980年に起こる「ポストモダン論争」の前夜であり、ポスト構造主義の哲学者たちの全盛期である。

 そんな時代の空気のなかでこの講義は行われたのだった。じっさいに社会主義体制が崩壊する1989年のベルリンの壁の崩壊のかなり前、まだインターネットもなく、グローバル化や市場原理やネオリベラリズムが語られ始めるはるか以前である。

 しかし、ここに述べられた権力の問題系の力線にしたがって、私たちの世界には「問題」が広がってきたではないか。国民国家の統御をこえて市場が広がり、それを統治する「政府」の危機が露呈する。同時に「市場」による自由な統御に政治を任せようというネオリベラリズムが席巻している。統計的手法はますます精密化し監視社会の様相を呈し、住民の一挙手一投足を監視することも可能になっている。「普遍主義」や「弁証法」の言説の後退と終焉。あらゆるところに頭をもたげてきた「人種主義」とナショナリズムの台頭、ネオリベラリズムの制覇と社会にいきわたる規律権力による規範化社会。世界はまさにフーコーが描き出したとおりに進行して来ているようだ。

 ここには、現在の世界を考えるための重要な手がかりが語られている。それは私たちの現代世界批判がなぜかくも力を失ってしまったのか、なぜ普遍的価値や人権の擁護は今日かくも無力なものとなり実効性をもたないのか、ネオリベラリズムの統治テクノロジーの制覇を前に批判的思考の拠点を見失ってしまっている知識人たちへの鋭い問題提起に満ちている。私たちの歴史的な知がどのような来歴をもち、どのような力の系譜により生み出されたのか、私たちの政治哲学の言説はどのように力を中立化させ支配を正当化する言説であるのか、現代世界の権力の実体を冷徹に見据えるための視座が説かれていることに読者は気づくはずだ。

 

 

 本書は、講義録の発刊と同時に石田が翻訳を引き受けていたものである。その後、さまざまな大学の仕事などで翻訳作業が大幅に遅れてしまった。その間、日本語の読者たちからこの鋭い問題提起の書を遠ざけてしまったことを深くお詫びする。小野正嗣君の協力を得てようやく翻訳を完成させることができた。その間、じつに辛抱強く励まし続けてくださった筑摩書房編集部の岩川哲司氏には深く御礼申し上げる。

 思い返せば、私がこの講義に列席していたのは20歳をわずかに過ぎたばかりの頃である。『狂気の歴史』や『言葉と物』をようやく読み終えたばかりの青二才の学生にいったい何がどこまで分かっていたのか、いまではよく思い出せない。しかし私だけでなく当時いったいどれだけの聴講者がフーコーの問題提起の真の射程を理解しえたのだろうか。今ふりかえってみても彼はあまりに時代の先まで思考を進めていたのだと思う。しかし、それから30年以上の歳月がたち、いま私たちは困難な世界に直面して多くの人びとがこの講義に説かれていた深い問いを理解することができるようになったといえる。私自身遅ればせながらようやくフーコーと対話ができる年齢になってきたように感じる。そして、あのエコール街の朝の薄明から、フーコーの甲高いよく通る声はまだ私たちの耳元にとどけられているように思える。「つづけなければならない、言葉たちが私を見出すまで」(「言説の秩序」)、この世界を思考し問いつづけよ、と。

 

 

2020年2月25日火曜日

表象文化論14回 表象メディア論II コンピュータ:『新訂 表象文化研究: 芸術表象の文化学』(共編著)渡辺保、小林康夫、石田英敬、放送大学教育振興会(日本放送協会 発売)240p.、2006年3月20日 第14章 より

:『新訂表象文化研究: 芸術表象の文化学』(共編著)渡辺保、小林康夫、石田英敬、放送大学教育振興会(日本放送協会 発売)240p.、2006年3月20日 第14章(pp. 209-221)

表象文化論14回 表象メディア論II  コンピュータ


 情報技術革命が20世紀後半以降の人類の生活を大きく変えたことは皆さんご存知のとおりです。インターネットを始めとする、コンピュータを媒介手段としたコミュニケーション技術によって、人間にとって「表象」が成立する条件は大きく変化しつつあります。進行しているのは、ただ単に世界の出来事のすべてが情報としてコンピュータに入力され、処理され、現実の出来事が電脳空間(サイバースペース)のなかに転位されるというだけではありません。世界の全ての与件(データ)が記号列としてヴァーチャル化され、その情報を変形したり合成したりする操作が可能になったということ、しかも、このヴァーチャル化の動きは情報やコミュニケーションの手段ばかりではなく、私たちの身体経験、感性の枠組み、知能の働き、世界における共生の在り方 ― コミュニティーや経済や政治の在り方 ―にも大きな影響を及ぼしつつあるのです。
 そこで、この章では、コンピュータが可能にした表象の問題をとりあげたいと思います。20世紀はメディア革命の世紀であったわけですが、このメディア革命は二つの革命から成り立っています。ひとつは映画、レコードやテレビを生み出した20世紀前半のアナログ・メディアの革命であり、そしてもうひとつが、コンピュータ技術の登場によって引き起こされた20世紀後半のディジタル・メディアの革命です。イメージであれ音声であれ、すべての記号を二進法の数字列に書き換えることによって、あらゆる事象を「情報」として処理する記号テクノロジーの登場は、「表象」の成立条件、そしてひいては「人間の条件」さえも変化させてしまいました。それはまた、ルネッサンス以後、相互に分離されることによって発達してきた「芸術」と「技術」との関係をも変容させ、アートとテクノロジーの新たな協働をも求めるものです。表象にとって情報とは何かを、具体例を通して以下に見ることにしましょう。

ポスト・ヒューマン

 メディア・アート作家ジェフリー・ショー(1944- )らによるコンピュータグラフィック・インスタレーション”conFIGUING The Cave”by Agnes HEGEÜS+ Jeffrey SHAW + Bernard LINTERMAN NTTInterCommunicationCentre所蔵、以下では「The Cave」と略称) は、正面、両側面、床面がスクリーンである小さな暗い部屋から成り立っています。中央に設置され体の関節部の随所にセンサーを埋め込まれた150センチのマネキン人形がインタフェースを作っていて、観客が3Dmメガネを着用してそのマネキン人形に触れて人形の姿勢や手足の位置を変えると、4つのスクリーンから浮かび上がる立体映像が次々に形を変え微妙に変化しつつ繰り広げられる仕掛けになっています。映し出される映像は7つの世界を表しているとされるのですが様々な映像や文字の組み合わせから成り立っています。空間は強烈な音響にみたされ、それもまたマネキン人形を操作することによって変化し、映像の運動との共感覚を生み出すようにできています。観客は人間の身体に擬されるマネキン人形の体位を変化させ様々な身振りをあたえることによって、人形の身体と連動してハイパーリンクする記号列が織りなすヴァーチャル世界のなかに没入していくのです。繰り広げられる光景は、あたかも人形の身体に宿っている記憶の場所のようでもあり、身体のなかに折り畳まれている潜在的な感覚の場が繰り広げられているかのようでもある。ここでは身体のインタフェースを通してヴァーチャルな記号の場の生成が主題化されているといってもいいでしょう。3Dメガネのような立体視インタフェースの使用、映像、文字、音響といった記号および記号成分のインタラクティヴな展開、身体のメタファーとしてのマネキン人形、こうした要素が示しているのは、感覚の合成に始まって、記号の獲得、そして身体と空間の関係性の場あるいは身体的記憶の場の成立をとおして、言語やイメージの世界の展開へといたる、ハイパーメディアによる表象世界の生成のパフォーマンスなのです。
 The cave(洞窟)というタイトルに注目してみましょう。これは、プラトンの『国家』に語られる「洞窟の比喩」を暗示的に参照しているように思われます。プラトンの対話篇においては、人間の本性と「真理」との関係について、洞窟に閉じこめられ、後ろを振り向くことができないように子供のころから手足も首も縛られて固定され、入り口から差し入る火の照明に照らし出され、洞窟の奥の壁に投影される、自分たちの像、および自分たちの背後の道を人びとが話したり物音を立てたりしながら運んでいく品々の像のみを見ることができる囚人たちの喩えが語られていました。人間たちは、背後から射す事物および自分たちの影および壁面に反響する事物の音をのみ知覚することに慣らされた状態におかれている。自分たちおよび事物の像と音を実体として捉えているのです。ところがこれらの像の元にあるのは事物の実相としてのイデアであって、究極的には光源である太陽に喩えられる<善>のイデアを見ることもできる真理の器官を人間たちは備えているのだというのが、プラトンよるこの比喩のモチーフなのです。これが、真理と表象の関係についての決定的なメタファーであることに注目しましょう。
 さて、このプラトンの「洞窟」との関係でいえば、「The Cave」でも、人間のメタファーとしてマネキン人形が部屋の真ん中に縛りつけられている。洞窟の壁面の役目をするスクリーンには様々な像がつぎつぎと光に照らしだされ音響や文字とともに送り込まれてきます。プラトンにおいて「真理」のメタファーであった、「火」(太陽)に、相当するのはここでは「コンピュータ」の装置であり、したがって「真理」とはここでは「計算」です。その「光源」から、つぎつぎとプログラムが送り込まれてきていて、観客は、プログラムの「影」を見ている。プラトンでは、暗がりに慣れていて外界の光に目が眩んだ囚人達は光に順応することで外界の実体を見ることができるようになるのだと言われていましたが、「The Cave」では、3Dメガネという補助具をつかって、コンピュータから送り込まれてくる「像」を立体的に視ることができるようになる、というわけです。
 だいたい以上のような並行関係を想定してみることができるわけですが、もちろん大きな相違点も存在します。そして、それこそが、「The Cave」が作品化している、コンピュータ時代における「人間の条件」についてのメタファーです。
 まず、太陽という宇宙的な光源と、洞窟という建築物のゼロ度、そして、事物の影の投影という、最もプリミティヴな自然的メタファー装置から、プラトンの比喩は成り立っています。他方、The Cave」は、徹底的に人工的で最もソフィスティケートされたテクノロジーにもとづくメタファー装置です。ここでは、コンピュータ・テクノロジーによって生み出される「空間」や「時間」とはどのようなものか、「身体」や「記憶」の経験とは何か、「イメージ」や「言語」や「音響」の表象作用はいかなるものか、といった一連の「問い」が、瞬時に形成されては消えていくテクノロジーの「洞窟」の場の「共形成」(conFIGURING)を通して問われていると考えればよいのです。
 さて、そこで注目すべきなのは、まず「身体」と「空間」との関係です。インタフェースとしての人形の身体は、「観客」(しかし、このインタラクティヴなインスタレーションにおいて観客はつねに「参加者」です)として「共形成」に参加する人の身体のメタファーなのですが、ここに形成されるのは固定的で一義的な空間では全くありません。センサーを埋め込まれた人形の身ぶりや体位の変化にしたがって、スクリーン上に繰り広げられる空間と場は刻々と変化するからです。しかも、それが3Dメガネを通して立体的に視覚化されて繰り広げられていきます。身体のなかに記憶のように宿っていた場が、ヴァーチャル・リアリティの表象空間としてスクリーン上に立ち上がり、一つの場は、さらに別の場をその裡に折り畳んでおり、つぎつぎと繰り広げられる襞のようにこのテクノロジーの洞窟の場は展開していくのです。
 「インタフェース」や「インタラクティヴィティ」という、コンピュータのメディアとしての特性がここには使われていることを見るべきです。人間はインタフェースを通して、コンピュータの世界へとアクセスするのですが、コンピュータが生み出す表象空間は、ユーザ自身をその中に身体的に記入してメッセージを動かさないかぎり成立しないものです。これはなにも「The Cave」のようなアート作品だけでなく、私たちが日常使用しているパソコン、インターネット、あるいはもちろんコンピュータ・ゲームなどコンピュータ・メディアに共通した最も基本的な特性です。コンピュータ・メディアにおいては、ひとびとは自分がつくる表象空間の中に身体ととともに入らなければ表象活動をおこなうことができない。それが「没入 immersion」というユーザのあり方なのです。したがって、そこでは、ユーザの身体の所作を通してしか表象空間は繰り広げられない。空間は、ユーザの身体活動の外に措定されたアプリオリな枠組みであることをもはややめるのです。私たちはそのつど自分自身で固有の表象空間を自分の身体を使って「共形成」せざるをえないのです。これが、コンピュータが繰り広げるヴァーチャル・リアリティの意味です。
 そのように考えると「The Cave」の空間的特徴がよりはっきりしてきます。マネキン人形の身体の部位とその所作には固有のコンピュータ・アルゴリズムが対応している。マネキンの動きによってアルゴリズムが発動され、身体のなかに折り畳まれていたヴァーチャル空間が呼び起こされ展開され、さらにその空間はそれ自身のなかに折り畳んでいる無数の別の空間をつぎつぎと繰り広げていく。このような「襞の展開」の構造も、アート作品に固有のものではありません。テクストのなかに他のテクストへの無数のリンクが張られた「ハイパーテクスト」は、すでにこのような「展開」の論理にもとづき、一つのテクストが別の無数のテクストをヴァーチャルに折り畳んでいる襞の編成体であるのです。インターネットは http (Hypertext Transport Protocol)というプロトコルが示すように、こうした「襞の展開」の原理に基づいて自己組織化されるコミュニケーション空間です。
 次に注目すべきは「時間」の経験です。次々と送り込まれてくるプログラムの「時間」は、目まぐるしく布置を変えていくVRに没入するユーザ主体にとって、彼の経験を収めるアプリオリで固定的な枠組みであるわけではない。「時間」もまた、ここでは、つぎつぎと「展開」を変える不連続な強度の経験として出現するのです。「時間」はもはや、カントが述べていたような人間の経験の「先験的形式」として、感性の経験が成立するためのアプリオリな枠組みとして成立しているわけではない。「時間」はここでは、プログラムによってそのつど生成されては一瞬のうちに移行し消えていく不連続な運動のなかに生み出される持続の断片の連なりとして現れているのです。現代フランスの美学者クリスティーヌ・ビュチ=グリュックスマン(Christine Buci-Glucksman)は、ショーに代表されるサイバー・アート作品が示す美学とは、時間の新しいかたちの創造を示すものであっって、サイバー・アートは「時間」のなかにかたちを生み出すものではなく、「時間」をダイレクトに創り出し「時間のかたち」を生み出すものであって、「機械状の時間」および「移ろいゆく流れの時間」をその本質的特徴としていると述べています 
 さて、以上をまとめてみると「The Cave」が提示している「人間の条件」についての問いとはどのようなものなのかが分かってきます。ここでは、作品世界への参加者である観客としての「人間」は、「マネキン人形」という「アヴァター(化身)」を通して「ヴァーチャル世界」へと「没入」していきます。「コンピュータ」という「計算的理性」が、「身体」の代理物をとおして、「人間」が表象する「空間」や「時間」をつぎつぎと繰り広げて、そこに現れる「現象」を「3Dメガネ」という補助具を通して「人間」が「表象」を「経験」するということになっているのです。このような「人間」の「表象活動」が置かれた存在状況を、私は、「ポスト・ヒューマンの条件」という言葉で表せると考えています。なぜなら、カントの「人間」理解に見られるように、近代における「人間」観の基礎には、「人間」こそ「表象活動」の主体であって、「現象」は「感性」をとおして人間に与えられるが、経験は「空間」および「時間」という「先験的形式」を可能性の条件として、「表象」されるものとされていました。「私が考える」とすることによって、すべての「表象」活動を、「私=人間」のところで総合して考えてきたのが近代的な<人間>理解なのです。<人間>は経験の主体であると同時に世界を構成する表象の先験的な主体としての位置を占める。カントは認識におけるこうした<人間>の位置を<経験的-先験的>二重体として定義しました。
『純粋理性批判』における「空間について」のカントの考察は次のように始まります  

 「我々は(我々の心意識のひとつの特性としての)外感(外的感官)によって、対象を我々のそとにあるものとして表象する。つまりこれらの対象を空間において表象するわけである。対象の形態、大きさおよび相互の関係は、空間において規定せられ、もしくは規定せられ得る。また心は、内感(内的感官)によって自分自身を、或いは自分の内的状態を直観する。」

ところが、The Caveが繰り広げて見せるように、事物の経験を可能とする「表象」の先験的形式としての「空間」が計算論的に書き換えられるとき、そして、そもそも「事物」そのものがシミュレートされるとき、そして事物をとられる感性の経験としての「感覚」が合成されるとき、<人間>の<経験と超越>の条件は大きく書き換えられることになる。 私たちは、サイバースペースの出現とともに、<ポスト・ヒューマンの問い>を前にしているといえるのです。<ポスト・ヒューマン(人間-以後)の問い>とは、<人間>という形象において統合されていた、世界の経験とそれに意味を与える表象作用との関係が、もはや<人間>という統一体を経由しなくなっているのではないかという問いです。
事物や現象は次々と<ヴァーチャルな計算論的空間>のなかに転位され、<人間のアヴァター化>が進み、人々が<脳のなかでの生活>を始める。事物についての<アナログ的な認識>を担う<意識論的主体>としての<人間>は、いままさにディジタルな記号列を演算処理する<計算論的主体>である<ポスト人間>に席を譲ろうとしているのだともいえます。<ポスト人間>とは、人間が終焉してサイボーグ化するというようなことをいうのではありません。<ポスト人間>とは、人間たちの生がサイバースペースの計算論的プロセスのなかに組み込まれ、人々が自らの分身として<ヴァーチャルな主体>を自らの影のように従えて生きるようになった人間たちのことを指す用語です。

II 情報が素材になるとき

 The Caveが実験的に作品化して見せたようなVRの表象経験だけではなく、コンピュータ・テクノロジーによる情報化は今日では、私たちの日常の現実の具体的なモノのレヴェルにまで及んでいます。コンピュータは人間と表象との関係を変化させるだけではなく、表象の素材としてのモノの成立にまで大きな変化をもたらしているのです。モノがコンピュータとなり、具体的な個物が情報を担うコンピュータのあり方を、ユビキタス・コンピューティングと呼びます。ユビキタス・コンピューティングが可能にするのは、「具現化したヴァーチャリティ(embodied virtuality)」と呼ばれる、ヴァーチャリティの新しい成立の仕方です。
 「考えるモノたち」や「触ることができるビット」のプロジェクトで知られる石井裕MIT準教授のラボラトリーが開発した、Topobotという遊具、I/Oブラシという電子絵の具ブラシを見てみましょう。これらは、コンピュータをつかった新しい「表象の道具」とでも言うべきものです。そして、表象と素材との関係を大きく変更するものであることが分かります。
 Topobothttp://tangible.media.mit.edu/projects/topobo/)は、子供のブロック積み木「レゴ(LEGO)」に似た、組み立てブロックによる遊び道具です(図 参照)。ブロックにはメモリが埋め込まれて加えられた運動を記憶するパーツ、また記憶された運動を再現するモータを備えたパーツがあります。例えば、動物の姿を組み立てて、四肢や関節部に引っ張ったり捻ったりという運動を加えると、加えられた運動を再現して、歩いたり尻尾を振ったり首を動かしたりというように、運動を自在に記憶させて生みことができるのです。積み木やレゴ・ブロックが、物の立体的なかたちを分節化して組み立てることから成り立つ遊びであるとしたら、Topobotはかたちだけでなく、運動をも分節化することができるブロック遊びなのです。Topobotは目下のところ遊具としてプレゼンテーションがされていますが、しかし、表象の道具が、運動の造形を可能にしていることに注目しましょう。運動の記憶をモノたちが持ち始めることによって、今までに現実には存在しなかった運動を「造形」することができるようなるのです。モノが「情報」をになうことによって、運動を「素材」として、新しく運動を「造形」する可能性が生まれたのです。
 I/Oブラシ(I/O Brush http://tangible.media.mit.edu/projects/iobrush/)は、私たちの日常生活にある素材の色、肌理、運動を取り込んで、それを使って絵を描くためのドローイング・ツールです。一見、どこにでもあるペイント・ブラシのかたちをしていますが、内部にはライト付きの小さなビデオカメラおよび接触センサーを備えていて、身の回りにある素材にブラシをかけることによって、その色彩や肌理や動きを情報として取り込み、その情報を「絵の具」として、タッチパネルのキャンバスに出力して絵を描くことができる情報装置です。私たちの周りにある日常的なものをそのまま「素材」として「絵」を描くことができますし、また静止したものを取り込んで運動を加えて描くこともできます。
 これらの事例が示しているのは、情報技術がもたらした「表象」と「素材」との関係のラディカルな変化です。情報化が物のレヴェルにまで及ぶことで、物が情報とほとんど等号で結ばれるような関係が成立するのが、ユビキタス・コンピューティングによってもたらされた世界です。そこでは、リアリティを構成する物たちとはすでに情報でもある。Topobotによって動く対象を構成するとは、Topobotを素材として立体的運動体を組み立てるということではあるのですが、しかし、その場合の「素材」とは、それ自体が情報と化した素材であって、表象とはその情報を使って運動体を組織することを意味しています。I/Oブラシにおいても、絵の具のかわりに私たちの周りのあらゆる物たちの「情報」が、絵を描くことの「素材」になっています。そこでは絵を描くとはそのような情報を使って「表象」を組織するということを意味しています。「表象活動」は「現実」を「再現=代行」するのではなく、物や運動の「情報」を組織する活動へと転位しているのです。これが、私たちの現実界それ自体が情報化することによって、私たちの表象活動に起こりつつある大変化なのです。

III 人工物と自然 

 情報テクノロジーは、VRやロボットのような人工物にのみ関係しているわけではありません。遺伝子のような生命・生物現象にまで働きかけて、自然を操作するところにまで、その技術が及んでいることは皆さんも知っているとおりです。人間は自然に働きかけることによってそれを変形し、人工的な営為としての文化を生み出してきたと考えられるわけですが、「情報」のパラダイムはこうした「自然」と「文化」、「自然物」と「人工物」という区別自体に重大な変更をもたらしつつあります。
 現代日本のメディア・アーチスト藤幡正樹(1956年生まれ)とバイオ・メディア・アーチストの胴金裕司(1957年生まれ)によるコラボレーション「Orchisoidプロジェクト」は、環境によって変化する蘭の生体電位を植物の「脳波」のように測定し、植物の蘭が動かされたり、人が近づいたり、あるいは他の蘭を近づけたりするときにあらわれる波状の変化をとらえることによって、植物の「コミュニケーション」を想定し、植物の「脳波」にもとづいて植物の「意志」にもとづいて動くロボットを作ったり、あるいは、蘭を進化させて1万年後には「歩行する」蘭を作り出そうという、思考実験的なアート作品です。2001年に科学未来館の「ロボット・ミーム展」では、温室のようなコーナーにつるされた何種類もの蘭たちが植物同士であるいは環境とコミュニケートする電流波形がパソコンのモニター上に映し出され、また鉢植えの蘭が車輪型ロボットに載せられ、植物の生体電流の値にもとづく運動パターンにしたがって動く、「Orchisoid(蘭もどき)」として展示されました。藤幡によれば、ドーキンスの「ミーム(文化遺伝子)」論がいうように「人間」とは「ミーム」の「乗り物」であると考えられるとすれば、ロボットは「人間」のミームが「機械」に乗り移った姿である。その考え方を植物にまで適用していくと「蘭」のミームを仮定してみることができるのであって、その振る舞いを測定することができれば、蘭の「意志」行動に働きかけることができるだろう、というのです。
 このような「実験」としてのアート作品に表れているのは、「情報」がもたらした、「機械」と「生物」、「動物」と「植物」、「人工」と「自然」を分ける境界の消滅です。「人間」も「機械」も「動物」も「植物」も、ひとしく「情報」の「乗り物」という視点からとらえ、「情報」のプログラムをとおして、自然物をふくむあらゆる生き物とコミュニケートしうるというヴィジョンを提示することを通して、人間中心の人工物の世界を脱し、植物的な生命との連続性へと向かおうとする批評的意識を、そこに見て取ることも不可能とはいえないのです。

IV アートとテクノロジー

 この章では、コンピュータの情報テクノロジーが、人間の表象文化にどのような変化をもたらしつつあるのかを、三つの具体例を通して考えてきました。最後に、情報テクノロジーによって、アートの成立条件がどのように変化したのかを考えてみましょう。
 ショー等による作品「conFIGURING The Cave」は、VR技術を使ったハイパーメディア作品として、固定的な時空間、一つの身体、安定した文脈とシンボル体系といった、「人間」の「表象活動」の前提を覆す、ヴァーチャル世界の成立を示していました。強調しておきたいのは、アート作品がテーマ化していたコンピュータ時代の人間の条件とは、私たちの日常生活にも共通した一般的条件であるということです。じっさい、私たちは、インターネットというハイパーテクストによるコミュニケーションに「住まい」、自分たちの「身体」をヴァーチャル世界と「インタラクション」させながら生活しています。インターネットの「サイバースペース」における、私たちの「空間」は、次々に襞のように展開する構造をもち、「時間」も次々と「機械状」に連結し、しかも瞬時に「流れて」いきます。「アート」は、したがって、「テクノロジー」がもたらした人間の条件の変化を作品によって露呈させ、その意味を問うているのです。
 TopobotI/Oブラシが示しているのは、テクノロジーによってもたらされた、現実のなかの物や素材と人間の表象活動との関係の変化です。物と情報とが等号で結ばれ、リアリティーと情報とがマテリアルなレヴェルで等価になった状態が、これらの道具によってすでに実現され始めているといえます。I/Oブラシに関して言えば、具体的な物が素材としてまず存在し、人間が絵の具を使ってそれを再現し表現するものであるという、「再現前化」としての表象という考え方はここではもはや通用しないといえます。物自体が情報となることによっていつでも表象の素材として機能し始める。そのような、表象とその素材との関係の変容が起きているのです。Topobotについてみるなら、物の運動を、他のメディアに転写して再現するのではなく、物自体の運動として分節化し再現する、さらには合成するという、動きの「造形」が可能になったことを示しています。テクノロジーがもたらした、これらの新しい表象の道具の登場は、限定された素材や限定された担い手による表象活動ではなく、日常的なあらゆる物たち、日常生活のあらゆる所作も表象の素材となりうる時代の到来を意味しており、アートのあり方そのものを問い直すことにつながっていく可能性があります。
 藤幡らのOrchisoidプロジェクトが示していたのは、情報テクノロジーにもとづく人工と自然との境界の探索です。アートはそこではサイエンスとほとんど等価であり、「情報」を共分母に、人間と人工物、動物と植物、人工と自然との区分を揺らがせ、植物を「歩かせる」進化を引き起こすにまでいたる、仮説的な実験系として提示されている。アートとサイエンス、文化と自然との関係の全般的な再定義にまでいたるような問題系がそこには表れているのです。
 
 以上のように、情報テクノロジーは、「人間の条件」を全面的に書き換えつつあり、表象の経験の成立のための制約をはずし「あらゆること」を可能にしつつあるように見えます。しかし、私たちはまだ、その意味をまだ十分に理解できているとはいえない状態にあります。アートは、テクノロジーの「意味」を実験したり発明したりする「感性の実験」という性格をもち、さらには、文化全般がよって立つ認識の枠組みに及ぶ問題系を提起する役割を果たしているといえます。
 「アート art」とは、その語の原義からも分かるように、人間の「作為、技 ars」でした。その「作為」は、現在ではすでに、人間文化の対立項としての「自然」や「物質」に働きかけるものではなくなっています。「作為」が「人工物」に働きかけること。そこに「アートが置かれた新しいコンディション」があるといえるのです。
 私たちは第一章で、ルネッサンス期の「透視図法」をとりあげ、「表象」が自立する近代の世界の始まりを考えることから出発しました。「表象」の自立にともなって、「人間」が「自然」を均質な時空間座標のなかにとらえて解明し支配することが可能になったのです。空間や時間における経験の成立の条件を認識として法則化し、自然や人間の経験を統御する「科学」の視座が生み出されたのでした。他方、人間が、「文化」において生み出す、固有の感性経験や意味経験の組織化は「芸術」として形式化され、文化の基本に位置づけられることになりました。「表象」をめぐって、「芸術(アート)」と「科学(サイエンス)」との分離が起こったのです。
 情報テクノロジーは、大きく言えば、ルネサンス期に発した、「表象」の形式化による時空間の数学化が生み出した窮極の技術なのですが、そのテクノロジーはいまでは私たちの意味や感覚の経験のあらゆるディテールにまで及び、それぞれの主体によって、そのつど定義され生きられるしかない固有の経験と、テクノロジーの経験とが一致するようになってきています。ハイパーメディアに関して見たように、固有の「場」を離れて時空間は存立しえないことになった。時間や空間は、厳密にいえば、私たちの外にあると前提される経験の一般的枠組みとして成立することはもはやなくなっているのです。だれでもが固有の時間や空間を日々選び取り発明することが不可避になったテクノロジー環境を私たちは生きているということなのです。
 そこに、テクノロジーとアートとのまったく新しい関係があると私は考えています。テクノロジーが、人間の主観や意味活動に捕らわれない、表象の一般的条件を規定し、アートが人間の固有な意味や感性の経験を提示するという、テクノロジーとアートとの分離は、もはや不可能になっているのです。VRのインタフェースについて見たように、テクノロジー環境は今日では単独な主体の位置からしか動かし得ないという成立の仕方をしています。固有の感性的経験、主体の単独な意味活動を離れてテクノロジーが作動しないということは、すべてのテクノロジーがアートを求めるものであること、テクノロジーとアートとはいまでは切りはなしえないものであることを示唆しているのです。


2019年6月11日火曜日

「人工物と自然」:藤幡正樹×胴金裕司「Orchisoidプロジェクト」2001

III 人工物と自然 
 情報テクノロジーは、VRやロボットのような人工物にのみ関係しているわけではありません。遺伝子のような生命・生物現象にまで働きかけて、自然を操作するところにまで、その技術が及んでいることは皆さんも知っているとおりです。人間は自然に働きかけることによってそれを変形し、人工的な営為としての文化を生み出してきたと考えられるわけですが、「情報」のパラダイムはこうした「自然」と「文化」、「自然物」と「人工物」という区別自体に重大な変更をもたらしつつあります。
 現代日本のメディア・アーチスト藤幡正樹(1956年生まれ)とバイオ・メディア・アーチストの胴金裕司(1957年生まれ)によるコラボレーション「Orchisoidプロジェクト」は、環境によって変化する蘭の生体電位を植物の「脳波」のように測定し、植物の蘭が動かされたり、人が近づいたり、あるいは他の蘭を近づけたりするときにあらわれる波状の変化をとらえることによって、植物の「コミュニケーション」を想定し、植物の「脳波」にもとづいて植物の「意志」にもとづいて動くロボットを作ったり、あるいは、蘭を進化させて1万年後には「歩行する」蘭を作り出そうという、思考実験的なアート作品です。2001年に科学未来館の「ロボット・ミーム展」では、温室のようなコーナーにつるされた何種類もの蘭たちが植物同士であるいは環境とコミュニケートする電流波形がパソコンのモニター上に映し出され、また鉢植えの蘭が車輪型ロボットに載せられ、植物の生体電流の値にもとづく運動パターンにしたがって動く、「Orchisoid(蘭もどき)」として展示されました。藤幡によれば、ドーキンスの「ミーム(文化遺伝子)」論がいうように「人間」とは「ミーム」の「乗り物」であると考えられるとすれば、ロボットは「人間」のミームが「機械」に乗り移った姿である。その考え方を植物にまで適用していくと「蘭」のミームを仮定してみることができるのであって、その振る舞いを測定することができれば、蘭の「意志」行動に働きかけることができるだろう、というのです。
 このような「実験」としてのアート作品に表れているのは、「情報」がもたらした、「機械」と「生物」、「動物」と「植物」、「人工」と「自然」を分ける境界の消滅です。「人間」も「機械」も「動物」も「植物」も、ひとしく「情報」の「乗り物」という視点からとらえ、「情報」のプログラムをとおして、自然物をふくむあらゆる生き物とコミュニケートしうるというヴィジョンを提示することを通して、人間中心の人工物の世界を脱し、植物的な生命との連続性へと向かおうとする批評的意識を、そこに見て取ることも不可能とはいえないのです。
(『新訂 表象文化研究: 芸術表象の文化学』共編 渡辺保、小林康夫、石田英敬、放送大学教育振興会 2006年3月 第14章「表象メディア論(II):コンピュータ」)

2015年12月10日木曜日

石田英敬(著)『大人のためのメディア論講義』(ちくま新書)




この本は、メディアとヒトとの古くて新しい関係について書いた本です。大人のためのメディア論講義と断ってありますが、子どもが読んではいけないアダルトな本という意味ではありません。誰にでも読めるようにすべての〈文字を読み書きするヒト〉に向けて書いたつもりです。
 クロマニョン人だって、もし彼らが私たちの文字を読めたとしたら、この本を読んで、三万年後の現代のヒトのメディア生活のことを思い描いてくれたかもしれない。そして、彼らのメディア生活と比較したかもしれない。そんなことを考えながらパソコンを打ちました。
 なぜ、クロマニョン人かって?
 クロマニョン人たちは、すでに三万年前に洞窟という彼らのメディア装置をもち、そこで「原-シネマ」を読み書きしていたことが知られているからです。
 一九九四年に発見された、フランス南部のショーヴェ洞窟は、人類最古の動物の絵に覆われています。突進する牛の頭は何重にも輪郭線をかさねてえがかれ、疾駆する野牛や飛びかかるライオンの四肢は幾筋もの線を重ねて、いまにも動き出しそうに、文字通り動く画として描かれている。かがり火のゆらめく洞窟の暗がりに浮かび上がった動物たちの運動は、映画のショットの連続のように描き出され、物語的なコマ割の分節のなかに連らねられています。人びとのこだまする唄いと語りとともに、猛獣を追い狩りをする人間たちと群れをなしひしめき合い角を突き合わせる動物たちの疾走と鳴き声が、まざまざと目に見え耳に聴こえる、洞窟とは先史時代のシネマ装置だったのです。
 クロマニョン人たちとは、「ホモ・シネマトグラフィクス(運動を描(か)くヒト)」だったと、この洞窟を調査した洞窟先史学者のマルク・アゼマは書いています。〈シネマトグラフ〉の語源は、動きの(cinemato-)書き取り(graphe)ですから、クロマニョン人たちは、「運動の文字」を「書/描(か)」いていた。そのように、先史学者たちは結論づけているのです。

 クロマニョン人たちが教えること・・・

 クロマニョン人たちのメディア装置は、現代のメディア論に多くを教えます。
 洞窟は、集団的な〈心のメディア装置〉、〈夢の装置〉であったこと。地上の自然の光の下で繰り広げられた動物たちの戦い、人間の狩りの動きを、記録・記憶・再現して、時間を先取りするかのように投影する〈想像力の母胎(マトリクス)〉であったこと。かがり火のゆらめきの下で、生き物たちの動きをリアルに現出させ、谺(こだま)する音響とともにリズムに合わせて唄う〈語りの装置」でもあったこと。〈シネマトグラフ〉という文字は、文字プロパーの成立よりもずっと古く、運動という時空間の現象を、視覚要素に分解して〈分析〉すると同時に、視る/聴く意識を分節化して〈総合〉するものであったこと、など、など。私たちが、そこから引き出すべき知識はとても多いのです。
 それから三万年をへて、人類は、今度は、本物のシネマトグラフ(映画)を発明しました。
 1895年12月、ぞろぞろと出てくるリヨンの女工たちの行列が、リュミエール兄弟の最初のフィルム「工場からの出口」で撮影された時です。運動が、シネマトグラフという〈テクノロジーの文字〉によってはじめて書き始められた瞬間だった。しかし、それは同時に、機械が書/描(か)く文字が、ヒトには読めなくなり、人間の意識のコントロールを逃れていくメディア史的な瞬間でもあったのです。
 私たちは、一秒一六コマで流れる映像の一コマ一コマを視ることができないので、シネマトグラフが書き取り投影するフィルムの流れを運動として見ることができる。見えないから見えるという、メディアの〈技術的無意識〉の問題が、人類文明を捉えるようになりました。メディア・テクノロジーに支配される文明の危機が、二十世紀以降の人類社会に次第に濃い影をおとしていくことになったのです。
 この本は、そうしたメディア・テクノロジーの栄光と悲惨を、読者とともに深く考えることを目的としています。
 二十一世紀初頭の私たちの世界にいたるまでのわずか一世紀余りの間に、人類はメディア生活において、それまでの何世紀分にも、あるいは千年紀分にもあたる巨大な変化を経験してきました。
 今日、私たちは0と1の記号列が光速に近い速度でめまぐるしく計算され、すべてが情報として無限のメモリへと送り込まれていく、コンピュータの「数の行列(マトリクス)」からなる洞窟の住民となっている。
 そんな人類文明の変化を、二十世紀以降のメディア革命に照準して語ってみたのが、この本です。・・・・

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 第一章では、フロイトの「不思議のメモ帳」をとりあげます。メディアを手掛かりに「心の装置」を構想したフロイトと、二十一世紀にはスマートフォンやiPadのようなメディア端末が人びとと一対一の関係になった現代生活との関係を考えることから始めます。人間の心の働きと、それを補完するメディア装置とがびったりと対応するようになってきたことが現代の私たちの「メディアの問題」だからです。

 第二章では、メディアの問題と文字の問題とを直結させて考える私の基本スタンスを説明します。二十世紀以後、シネマトグラフやフォトグラフ、フォノグラフ、テレグラフといった文字〈テクノロジーの文字〉が人類文明を大幅に書き換えます。これが「二〇世紀のメディア革命」で、メディアは人類文明に〈技術的無意識〉という大きな課題をもたらしました。
そこで、メディアと文明とを考える学問的枠組みとして、「記号論」という学問について解説します。記号論は、二〇世紀の現代記号論をさらに遡って、コンピュータの思想的な設計図を書いたライプニッツのバロック期の記号論にルーツを求めるべきこと、新たにこの学問をつくりなおすことによって、現代のコンピュータの発達によって進みつつある、「世界の記号論化」を捉えることができる、という私の理論的立場を解説します。

 第三章では、大量生産・大量消費という二〇世紀の資本主義の構成要素として、テイラー・システム、フォーディズム、文化産業、マーケッティングの四要素を取り上げます。二〇世紀のアメリカ資本主義の発達を「欲望の経済」(リビドー経済)の側から支えたのは、映画やレコードのアナログ・メディア革命が可能にした意識の産業的な生産でした。それが「文化産業」の問題です。フォードがT型フォードをベルトコンベア・システムで大量生産していくのと並行して、ハリウッドの映画産業が、「夢の工場」で、大衆の夢を長編映画として組み立てていったこと、大衆心理の「心のなかの隠された市場」を操作するノウハウとして「マーケティング」のテクノロジーが、フロイトの甥エドワード・バーネイズによって確立されていったことを解説します。

 第四章では、二〇世紀の第二のメディア革命である、デジタル・メディア革命について考えます。デジタル革命とは、全てのメディアがコンピュータになる大転換であること、人間の記号生活において、「記号」と「情報」とが表裏の関係になることを説明します。それを原理的に捉えるためにはライプニッツの普遍記号論にまで遡って、記号論を情報記号論としてつくりなおす必要があることを説きます。さらに、メディアの「デジタル転回」によって、人間と情報との間に、「検索人間」化や「端末人間」化、「言語資本主義」、「アルゴリズム型統治」、「アルゴリズム型消費」など、これまでにない問題が浮上してきていると問題提起します。

 第五章では、デジタル・メディア時代の意識資源の枯渇の危機と、「精神のエコロジー」について考えます。ヒトの情報処理能力を超えた、大量の情報が氾濫するメディア生活では、「注意力の経済」による意識資源の争奪が激化して、「ハイパー・アテンション」状態が常態化しかねません。情報生活においても、エコロジー的な視点の導入が必要です。そのためには、メディアを捉え返す知識技術の研究開発、メディアの生態系の設計とデザイン、公共空間の整備が必要なことを説明します。

 最後に、第六章では、「メディア再帰社会」と題して、メディアの再帰化の問題、メディアを捉え返す回路を社会が整備していく必要、精神のエコロジーのために、これからのメディア社会を私たちはどのように構想して生きてゆけばよいのかを、具体例を交えながら展望します。



大人のためのメディア論講義 
 〜 メディア再帰社会のために 

【目次】

はじめに

第1章 メディアと〈心の装置〉 
不思議のメモ帳とi―Pad/記憶を補完する/心の延長線――身体拡張論/記憶をためる・消す・呼び戻す/心の構造/プラトンとファラオの文字/メモリーとリマインダー/文字とドラッグ/コピペ学生の起源/メディアは心の装置/知覚と意識は作られる

第2章 〈テクノロジーの文字〉と〈技術的無意識〉 
ケータイがついて回る/手の解放は技術を、脳の解放は高度な言語活動・表象活動・記憶を/記号論とは――記号論は死んだ?/記号論を新しくつくりなおす/記号論がコンピュータを生んだ/記号論の二つのはじまり/コンピュータの「思想的発明」/ライプニッツの普遍記号論/哲学マシンとしてのコンピュータ/脳の活動を手が書く・機械が文字を書く/「原-メディア論」と「原-記号論」/ふたつのメディア革命①――アナログ・メディア革命/文字テクノロジー/遠隔テクノロジー/「テクノロジーの文字」の革命/ソシュールの言語記号学/「テクノロジーの文字」と「知の革命」/「技術的無意識」の時代」/技術的無意識/「私たちはテクノロジーの文字を読むことができない」/わたくしといふ現象/意識の産業化/「年代区分」と「3つのテーゼ」

第3章 現代資本主義と文化産業 
パースの記号論/資本主義の4要素/「テイラー・システム」/テイラー・システムからフォーディズムへ/夢の工場ハリウッドの誕生/「マーケティング」の創始者――欲望が消費を生む/軍事・ラジオ・コンピュータ/リビドー経済――「生きるノウハウ」を奪う/「消費」を「生産」する/コカコーラに脳を売る

第4章 メディアの〈デジタル転回〉 
ふたつのメディア革命②――デジタル・メディア革命/情報革命と意識の市場/デジタル革命の始まり/計算機による書換え/ライプニッツの発明/情報記号論/世界のデジタル化/デジタル・メモリー/「検索人間」と「端末人間」/すべてがコンピュータになっていく/ボルヘスの地図、忘却を忘れた人/デジタル革命の完成/モノのインターネット/グーグル化する世界/グーグルの言語資本主義/ことばの変動相場制/アルゴリズム型統治/デジタル化時代の消費/アルゴリズム型消費/人間を微分する

第5章 〈注意力の経済〉と〈精神のエコロジー〉
注意力の経済/「ハイパー・アテンション」状態の脳/チカチカする文字/ヒトの情報処理能力の限界/意味のエコロジー/メディアの気持ちになる/メディア・リテラシーの課題/テクノロジーの文字の「クリティー」は可能か/ニコ動は批評か?/目には目を、デジタルにはデジタルを/真のクリティークを目指して/わが国のデジタル・アーカイブ事情/批評空間を構築する/新しい図書館をたちあげる/東京大学「新図書館計画」/電子書籍/電子書籍vs 電子ジャーナル/理系の読書/文系の読書/人工知能と学問/電子書籍とノートの統合/文明の中心にある読書//読字と読書の脳神経科学本という空間/ハイブリッド・リーディング環境/社会に「精神のエコロジー」を保障する場所

第6章 〈メディア再帰社会〉とは何か 
メディア社会に再帰的になる/成長と消費から遠く離れて/日本の敗北/アメリカの情報資本主義/記号論の問いを立て直す/「デジタル転回」と再帰性/メディアから「プラットフォーム」へ/記号の再帰化/記号過程と情報処理/メディアの再帰化/生のアルゴリズム化/コミュニケーション文明の中の居心地悪さ/「象徴的貧困」の進行/「メディア再帰社会」という課題/クリティークの更新は可能か/認知テクノロジーとリテラシー実践/自分のプラットフォームをつくる/来るべきユマニスト

おわりに

参考文献


(以上は、著者校からのコピーですので、刊行本との異動があります 石田 記)http://www.chikumashobo.co.jp/blog/news/entry/1252/

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