2015年7月31日金曜日



NHK放送文化研究所『放送研究と調査』レビュー 
20157月号
「制作者研究 過ぎ去らない巨匠たちの仕事場>
 【第6回】田原総一郎(ジャーナリスト)
 〜死ぬまで生テレビ〜
 (メディア研究部/七沢 潔)」

レビューアー 石田英敬 (東京大学)


 七沢潔氏の論考「制作者研究 過ぎ去らない巨匠たちの仕事場>【第6回】田原総一郎(ジャーナリスト) 〜 死ぬまで生テレビ〜 」は、テレビ界の“怪人”「田原総一朗」の軌跡を、おもに1960年代から1970年代初めにかけて田原が手がけたドキュメンタリー番組を“捜査”することを通して解明しようとした労作である。
 レビューアーに期待されているのはおそらく、筆者である七沢“刑事”の“捜査記録”を読んで、“いかなる罪状で立件可能か”を考える予審判事、あるいは“検事”の役割であろうと勝手に仮定して、以下では、七沢捜査が捉えた〈田原総一朗〉の”真実“ を、テレビ研究のどのような「純粋理性の法廷」に召還することができるのか、いささかの 法理上の見通しを述べてみることにする。
 テレビ界の人間によって行われるテレビ界の人間の“捜査”は、実践的であり、そこに醍醐味があり面白い。足を使って、証拠を集め、犯人を追いかけて、聴取し、ときに“自白”させる、そんな警察のやり方と似て、現場主義の泥臭さとスリルが入り交じっている。アカデミックな“検察”の立場はそれとはちがって、たとえ刑法も近年は口語化されたとはいえ、使う用語も異なっている。どちらが優位にあるというわけではない。“検察”は偏見に満ちている。“立件”することが仕事だからだ。
 偏向した“検察官”の立場からいえば[1]、この老人の功績罪状は重大である。七沢の捜査が明かしたのは、もうほとんどの人びとの記憶からは消えかけている、“過去の犯罪”の記録であり、それをいまにわかに“立件”することは難しい。しかし、その過去の事件簿が、現在の彼のジャーナリズムとテレビにおける“功罪”を決定していることが、七沢により証されようとしている。
 

I  刑事が刑事を追う「オイディプス的」研究

 七沢刑事自身ドキュメンタリー制作者であるだけに、テレビ的語りとも言うべき叙法を採用して、「はじめに」と「おわりに」に田原との面会と取材の場面を配し、1.「『異彩』の構造」、2.「『主観』の挑戦」、3.「『修羅場』の人間像を求めて」、4.「『敗北』を抱きしめる」というジャーナリスティックな見出しを持つ四部構成で、読み物としても、“楽しく視聴”できる論文のつくりとなっている[2]
 「田原総一朗とは何者なのか」(p.2 右段)が、主導モチーフだが、「塀の上を走り」続けるこの〈テレビ怪人〉を捉えるために、七沢がとる捜査方法は、第一に、〈張り込み〉、第二に〈聴き取り〉、第三に〈資料下調べ〉、そして、第四にお蔵入りしていた〈過去の事件簿〉の調べである[3]。 

1)〈張り込み〉捜査
 最初に、印象的な〈張り込み〉の場面から、〈番組〉は始まる。
 二年前に“犯人”は目の前に現れた。しかし、七沢は、“彼”であると気付かなかった。なぜなら、彼は、「静かな老人」の“仮面”を被って、ホテルのロビーの片隅のソファーに、ひっそりと座っていたからだ(p.2 左段)。(この最初の邂逅で「原子力」事件簿をめぐる、先輩刑事と後輩との関係は、興味深いが、ここでの主導線ではないから省く)。
 二度目の張り込みでも、七沢は、田原の〈犯行〉の現場を押さえられなかった。今度は、すでに彼は“変身”した姿で目の前に現れたからだ(「老人はすでに田原総一朗の顔になっていた」p.5 左段)。
 「うーん、オモシロオシイな」と、この冒頭シーンに視聴者は思うだろう。二度目は、犯行の現場を押さえるべく現場に向かったのだが、〈犯行は行われた後〉だった。犯行現場とは、〈生〉で犯行が行われている場所である。〈テレビ局〉のスタジオである。オシイのは、遍く、オモシロイ刑事番組のはじまりは、まず、オシイしくじりの場面から始まらねばならないからである(それを文芸理論では、「ジャンル的規則」という)。そういう意味で、鉄則通りに番組は始まっている。この現場に、七沢は、番組の最後に、「おわりに」のパートで戻って来るだろう。
 冒頭パートは、「『異彩』の構造」と名打たれている。言いたいのは、表層的には、田原がテレビ界で「異彩を放ってきた」ということだろうが、七沢は説明していない。田原老人のキーワードは、「表のディレクター」と「本音」である(「『本音』を出させることへの執拗なこだわりこそ、ディレクター田原総一朗の真髄である。」、p.6 左段)。

2)〈聴き取り〉調査
  つづいて、七沢は、田原による二つの〈供述〉を引用して、捜査目的をまとめている。

 40年以上前のドキュメンタリー番組を制作していた時代からいまに至るまで田原の 番組の本質は「本音」という言葉に集約できそうだ。表層的に扱われがちな人間や社会の奥に隠された「本音」を語らせる, 読み取ることは, 6 0年の齢を刻んだ「テレ表現」のみならず, ジャーナリズムの基本命題であり続けた。
 ここで田原の言う「本音」とは何か。そしてそれを引き出すのに必要な「土俵」づくり とは何か、それは時代の中でどのような審判を受けてきたのか。田原総一朗のドキュメンタリー制作史を中心に探し、考察してみる。 (p.6右段)

 下線を付した、引用第二文が中心的、かつ、曖昧である。
 ここで、七沢の推論は、まず、「人間や社会の奥に隠された〈本音〉を語らせる/読み取る」のは、「テレビ表現」、「ジャーナリズム」一般にとっての、根本的な活動である、という「基本命題」を提起している。そして、次に、田原の言う「本音」とは何か、という問いが動機づけられる。「土俵づくり」は田原のいう「本音」をもたらす技術である。
 七沢は、したがって、二つの意味で“本音”という用語を使っている。第一に、ジャーナリズムおよびテレビ表現一般にとっての「基本命題」としての〈本音〉という論点であり、第二に、田原のいわゆる、固有の、「本音」とは何か、である。
 ここでよりメタな立場からいえば、“検察”的に言えば、田原を〈起訴〉するためには、彼の「本音」という言葉遣いをそのまま受け容れて論を進めていいのか? 相対化する、別の用語を導入すべきではないのか?そんな自問の余地が浮かび上がる。
 まず、〈本音〉とは何かを、考えてみよう。本音は、一般的には、秘匿されていたが、〈言われる〉ものである。沈黙されていたが〈言われる〉、つまり、〈自白〉される、ものである。したがって、それはまた、何らかの〈真実〉を語っていると想定される。
 最も一般的にいえば、〈本音〉の問題系は、〈真理〉の問題系の一部である。田原のいうテレビが「本音を言わせる」経験とは、テレビにおける〈真理〉を言う経験の一部であるだろう。〈建前/本音〉の区別にもとづいて、〈本音が言われる〉瞬間の経験を、テレビが〈生〉で実現(パフォーム)するのが、田原的な意味での「本音」の「生テレビ」的暴露の成就ということになるのだろう。そのためには、「本音」を言わせるべく、追い込むための「土俵」-- 対論の〈アリーナ〉-- をしつらえる-- 〈アジェンダ・セッティング〉-- ことが必要で、それを可能にしたのが、田原の司会者としての強引な〈議論マネージメント〉の技術ということになるのだろう。「表のディレクター」とは、視聴者の見ている目の前で、そのような〈真理暴露(アレーテイア)〉の〈番組をつくる(パフォーム)〉という意味だろう。テレビ自体が自己の演出を前景化して露出するという、「ネオ・テレビ」(U.エーコ[4])的傾向のベクトルに関わることだろう。

II「前歴調査」の射程
 七沢の聴取は、田原のそれほどに「強引」ではなく、はるかにその手前で済ませている。彼が“立件”しようとしているのは、〈現在の田原〉ではない。そこに、この“犯罪調査”を分かりにくくしている、過去現在の段差がある。
 七沢は -- 少なくともこの論文では -- 〈現在の田原〉を立件しようとしているわけではない(このレポートを書いている -- 検察の -- 私は、どちらかというと、現在の田原を“上げたい”と思っている。そのためにその関心からこの七沢レポートを読んでいる)。
 田原の「土俵」は、ある時期、この国の〈TV的公共空間〉にあるタイプの政治的な〈論争アリーナ〉をつくることに成功した。そのことによって、良くも悪しくも、この国の政治空間は歪んだ。そのことこそが、TVの現在にとって、田原の功罪だ、と私は考えている。毀誉褒貶激しいことがまさしく示している事態だ。それを“立件”できないか、が検察の関心事である。そのためには“国策調査”が必要だ。そのための、“前の調べ”をやってくれたのが、今回の七沢刑事の仕事だ、と勝手に位置づけて、興味を持って読んでいる。
 遠慮がちに現在の田原には接し、(表面上)おとなしく田原老人のご意見聴取し、『朝生』の収録を参与観察してきた、七沢刑事だが、彼が調べているのは、田原老人の“前科”としての「ドキュメンタリー」時代である。七沢の見取り図では、田原のキャリアは、1「岩波映画」時代、2「東京12チャンネル」時代、3東京12ちゃん退社後のジャーナリスト時代、そして、4「フリーになってからのレギュラー番組」時代(『朝生』、『サンプロ』から現在まで)、と区別されそうである。このうち3と4は、一部重なっている。
 このうち、常識的には、4が〈田原の現在〉に対応するだろうから、4を説明するために、2の〈前歴〉の調査と分析が行われた、というのが今回の七沢調査ということになる。

 それを説明するために、七沢は「異彩」の検討に戻る。田原ドキュメンタリーの「異彩」性は、丹羽による田原ドキュメンタリーの先行研究(「介入型」、「挑発型」の時代性)、田原DVDプロデューサー五箇による証言、今野勉による証言、により、おおよその目処をつけられる。
 さらに、〈出自調査〉もされていて、佐幕派の滋賀彦根出身、早稲田二文、岩波映画、「テレビ番外地」としての東京12チャンネルというように、ブルデュー社会学が行うような「ハビトゥス」の分析につながる基本的材料も提出している[5]「こうしたテレビ制作者としての非エリート意識(コンプレックス)こそが、『エリート局のエリート制作者には負けない。』という田原のバイタリティーの源となる、強いバネとなったと推察される。」p.10左段)。
 この第一パート「『異彩』の構造」は、要するに、〈田原〉をめぐる、1 テレビ界の〈ヘテロドクシー問題〉の提起、2 その出発点としてのドキュメンタリー番組の位置、 3「テレビ場」(ブルデュー)における田原の出発点、というように、〈テレビ怪人〉の〈生成と構造〉の問題系を導入したことになる。

III 田原ドキュメンタリーの「事件簿」
 本研究の主要部分を構成しているのは、第二パート以下の、ドキュメンタリー番組分析である。
 このうち、第二パート「『主観』の挑戦」が田原ドキュメンタリーの〈文法〉形成期
第三パート「『修羅場』の人間像を求めて」が、その文法を使っての〈行為論〉成立期、第四パート「『敗北』を抱きしめる」は、〈問題論〉化と〈危機〉の時期ということになる。
 ドキュメンタリー制作者でもある七沢の丹念な調べと分析が光る。

1) 岩波映画と東京12チャンネルを結ぶキャリア上の接続線が、『未知への挑戦』の「主観的な科学番組」であるとの指摘は面白い。NHKの同時代同一テーマのドキュメンタリー番組と比較して、ナレーションの「客観性」を規範とするジャンル規則からの逸脱から、「主観的介入」の技法の出発を割り出している。
 第二の対象番組、「『日本1967』「愛」」の考察になると、より複雑化する。見せ場の「クライマックスシーン」の設定、「疑似同時録音」によるライブ性の追求、「演出」の〈虚構性〉と〈真実性〉、〈プライバシー〉と〈真実性〉との関係など、多角的に論じられている。 
 二つの分析をつなげてみると、主観的介入、探求性、状況設定性、ライブ性、作為性、プライバシー性、というように、田原ドキュメンタリーにおける〈田原的真実〉の〈関数〉の〈布置〉が浮かび上がる。これが、田原TV的〈真理〉のマトリクス化(=〈文法〉化)である。

2) 第三パートの『ドキュメンタリー青春』の番組分析と考察は、言語科学やコミュニケーション科学の言う〈行為論(Pragmatics)〉に関わっている。番組がいかに社会行為となったか、対象に働きかけたか、どのような実効的関係を作ったか、に関わる研究である。克明な記述と分析がされているので内容については繰り返さないが、その前の時期の田原ドキュメンタリーの〈文法化〉を踏まえて、「対象との『かかわり』」を実践する、〈テレビの行為論的転回〉を跡付けている。
「新宿ラリパッパ」での「フーテンの味方」としてのリポーター、「バリケードの中のジャズ」のイベントの「仕掛け」、「カルメン・マキの体験学入門」、「宣言ポルノ女優」等と、田原ドキュメンタリーが「行為論」化し、そのコミュニケーションが〈パフォーマティヴ(行為遂行)〉化して、次第に、社会的現実を作り出すようになっていく進化を、七沢の研究はきれいに捉えている。これは、取材対象との「共犯関係」の成立であると同時に、テレビ放送のイベント化、リアリティーTV化へのベクトルを描き出していると理解できる。

3) 第四パートが七沢論文の最もポレミカルな部分である。七沢は制作者らしく推論している。「出発 〜 少年院を出たMの場合 」での、トラブルをめぐっての、実存的ともいえるレヴェルから、田原ドキュメンタリーがぶち合った限界(田原の「敗北」)を説明しているように読める(4−1「『かかわり』からの逃走」)。TVがドキュメンタリーを通して社会的現実に「介入」し、現実を生み出せば、その分、介入の対象となった社会からのリアクションを受け、その渦に巻き込まれる。制作者の生活も、テレビ局も、社会の力に巻き込まれる。そのような〈実存的巻き込まれ〉(状況へのコミットメント)が社会的に価値付与されていた時代がかつてあった。それが1960年代末だろう。「時代がそうだった」と説明されがちな現象だが、私見では、テレビと世界との関係は、さらに入り組んで複雑だったと思われる。
 1960年代以降のおよそスベテの世界および日本の出来事は、急速にテレビを通して〈経験〉さることになっていた。テレビが歴史を創り始めた時代だったのである。だからこそ、村木・萩元・今野の『お前はただの〈現在〉にすぎない』のような問いが出現した。
 TVをとおして社会の救済が起こり、その営みの挫折も起こる『出発』のような番組や、TVをとおして「恋愛」が起こり「有名人」が生まれ、それゆえ「別離」と「心の傷」が起こる『カルメン・マキ』のような番組が成立することを、社会が初めて経験していた「テレビの青春」(今野勉)時代だったのである。TVドキュメンタリーと社会との「かかわり」は、TVの力が社会の事実をパフォーマティヴに作り出すことが現実化したとき、社会との間に、抜き差しならぬアポリアを生み出すことになった。
 他方で、七沢は、田原における「土俵」づくりとTV的〈真理〉、とを、「虚と実」の関係、および「やらせ」問題から、考察している。そして、この問題を、今村昌平、今野勉、木村栄文らの同時代作品、あるいは、それ以後の世代のドキュメンタリー作品における「虚と実」の問題として、最終的には、「やらせ」問題の社会化へといたる事実連鎖のなかで捉えている。他方で、Reality ShowReality TVへ向かうテレビの「バラエティー化」のベクトルとの類似と相違を議論してもいる(cf. p.31 右段「1990年代以降のテレビ」の「『マジなドキュメンタリー番組』か『笑いや涙をもたらすドキュメンタリー風の番組』への二分化が進んでいった」との記述)。

IV 〈インタビュー〉の両義性:ジャーナリストとTVディレクターの間
 七沢刑事は、最終パート「おわりに」で、〈犯行現場〉に戻ってくる。そこは、この番組的論文が説話論的に起動された『朝生』の収録スタジオである。
 七沢刑事の〈推理〉が明かされる結論部だ。
 七沢の推論は弁証法的に進む。1) 1960年代末の「ディレクター」期は、他の龍村や萩元、村木らとともに、「テレビの青春」の時代だった。2) これらの〈異端者たち〉と同様に、田原も次第にエスタブリッシュされていった1970年代のTV界から排除されて、「ジャーナリズム」期を経験して、「ジャーナリストこそが田原の第一のアイデンティティーとなった」(p.33右段)。3) さらに冷戦が終結する1980年代末から『朝生』(1987〜)や『サンプロ』(1989~2010)が開始、「インタビュー」をめぐって、〈田原的なもの〉の総合が起こった、という弁証法による推論である。
 そして、そのインタビューを起点とした“強引”なアジェンダ・コントロール技術による〈討議アリーナ〉の設定(「土俵」づくり)、TVカメラの前でのリアルタイム(「生」放送)でのTV的真理の開示(「本音」の“自白”)という、田原的な〈政界リアリティー・ショー〉の誕生である。
 七沢刑事は、やや善良な見方をしているようにも見え、そのなかでも田原の〈ジャーナリズム擁護〉の役割を押さえている。

  しかし、どうだろうか。
 冷戦以後の田原的〈政界リアリティー・ショー〉にどのような評価を与えるべきなのか。〈テレビ史〉的評価と、〈政治史〉的、あるいはむしろ〈公共空間史〉的評価をどのように調整すべきか。
 そこで、問われるべきは、特殊的には田原的「本音」の構築性であり、一般的には、TV的〈真理〉のステータスと、その〈政治的妥当性〉だろう。〈真理〉のステータスをめぐって、〈メディア〉と〈政治〉との関係が問われることになる。
 
 この七沢刑事の捜査につづいて、TVと政治をめぐる、〈検察〉的〈国策捜査〉に乗り出せば、次に、何が言えるだろうか。
 冷戦の終結とともに登場した田原のTV的論争アリーナ(彼のいう「土俵」)は、55年体制の自民党の〈建前型利権配分政治〉を突き崩すとともに、左翼政党の〈教条主義的建前政治〉をも突き崩す効果をもった。それは、日本にも、〈テレ・ポリティクス〉の時代の幕開けをもたらし、小泉劇場の時代の「テレビ国家」とシンクロする結果を生んだ。最近の橋下政治にまでいたる、政治自体のリアリティー・ショー化をもたらした。
 「これらをどう評価するか?」が、TV怪人〈田原〉老人捜査の本丸になると、偏向した検事としての、レビューアーは思うのだが、そのためにも、〈刑事七沢潔〉の捜査は、まだ、これから、〈ケイゾク〉すると期待したい。

 


 


 
 






[1] このレビューアーが〈田原〉問題を追っているのは、かつて、〈小泉劇場政治〉をめぐって田原と論争になった経緯があり、当時、田原との座談で、彼の〈アジェンダ・コントロール能力〉を前に、完全に敗北した苦い経験があるからである。このレビューはしたがって、いつかリベンジを果たしたいと考えている、遺恨を持つ者によって執筆された、偏向調書なのである。Cf. 石田英敬「『テレビ国家』のクーデター」、『論座』、朝日新聞社、200511月号, pp. 87-92; 「テレビ人よ、政治家を裏切ろう」、田原総一朗、金平茂紀、石田英敬、『論座』(朝日新聞社)、20062月号、pp.148-163.
[2] 副題の「〜 死ぬまで生テレビ 〜」は、もちろん「朝まで生テレビ」から導き出されたことが明白だが、最近落ち目の団塊オジサン・サラリーマン向け週刊誌の見出しタイトル「死ぬまで○○○特集」と響き合っているようにも読めてしまうところも面白い。60年代テレビ研究を、「テレビの青春」(今野勉)論と呼ぶとしても、60年代メディアカルチャー研究は、同時に、「団塊の世代」文化論でもあって、そういう意味では、この連想も無償とは決して言えそうにない。
[3] ここでの七沢の論は、〈刑事もの〉でも、主人公の〈現役の刑事〉が、先輩であり、犯罪を犯しているらしい犯人の〈元刑事〉を追うという、よくあるサブタイプ・ジャンルだろう。余計なことだが、七沢自身、NHKの「塀の上を走って」いるようなところもあるようであり、この構成は痛快だ! せいぜい、塀から落ちないで走り続けろ!七沢潔。

[4] ウンベルト・エーコ「失われた透明性」、水島 久光/西 兼志『窓あるいは鏡 ネオTV的日常生活批判』慶應大学出版会 2008 所収

[5] ブルデュー社会学の〈ハビトゥス〉と〈場〉の概念については、ブルデューの『実戦感覚』や『ディスタンクシオン』のような諸著作以外に、拙著で恐縮だが、石田英敬「歴史性の理論としての文学史」、『文学』(岩波書店)、1994年冬号、pp.73-79 が、ブルデューの著作より、分かりやすいと、竹内洋氏が昔言っていた。

2015年5月8日金曜日

「政治のメディア介入:少数派沈黙させる権力」『北海道新聞』コラム「各自核論」2015年5月8日(金曜日)朝刊6頁

政府・自民党のメディアへの介入が目に余る。
 昨年十一月にはTBS番組に出演した首相が、アベノミクスの評価に関する街頭インタビューの選別を問題視する発言を行った。続いて、自民党が「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保について」の要請を行った。最近では、テレビ朝日「報道ステーション」でのコメンテータの発言、NHKの「クローズアップ現代」の「やらせ」問題に関して、自民党が両テレビ局の幹部を呼び出して意見聴取。さらに、NHKと日本民間放送連盟でつくる「放送倫理・番組向上機構」(BPO)について、政府が関与する仕組みの創設を含めて組織のあり方を検討する方針を自民党が表明するなど、踏み込んだ対応へと突き進んでいる。
 政治権力とメディアとの緊張関係は、今に始まったことではない。しかし、アベノミクス株高を背景に支持率が維持されるなか、衆議院選挙で圧勝、地方選でも有利な結果を手にしたとはいえ、政治的アジェンダとしては、日米ガイドライン・安保法制審議の本格化、原発再稼働への動き、TPP交渉、沖縄辺野古問題、戦後七〇年談話問題など、今後は世論が割れるアジェンダが目白押しという政治状況で、政府・自民党がメディアへの対応を強めていることには、政治的な計算が働いているとも考えられる。
 この動きはイデオロギー性が濃厚である。昨年の「朝日新聞」従軍慰安婦報道問題を糸口にして、批判的なメディアへの攻勢を強めているふしもある。テレビ朝日の「報道ステーション」やNHKの「クローズアップ現代」のような、ジャーナリズム的性格の番組に関連してこうした動きが起こっていることも偶然ともいえないだろう。
 言論への圧力は、メディアへの注文を超えて、より深刻なレベルに達してもいる。国会の場で社民党の福島議員の質問中の「戦争法案」の表現を議事録から削除させようとしたなどは、国会という代議制民主主義の中心的な場での表現の自由へのあからさまな挑戦というべきである。
 放送の公平中立・公正の議論にしてもイデオロギー的な非対称性は明らかである。
 政府が任命したNHK会長による、「政府が右と言うものを左とは言えない」など一連の発言はどうなのか。これこそ放送法に触れる物言いだが、「個人的な発言」として政府は問題にしようとしない。別の経営委員が特定候補の選挙応援演説をして他候補を「人間のクズ」呼ばわりするのはどうか。こうしたことのすべては問題視されずに忘れ去れることになった。
 国の行政の最高権力者が、テレビ番組内で編成について論難しても「言論の自由」を主張し、テレビ番組で政府の圧力を批判したコメンテータの発言を官房長官が放送法に触れる等の発言をおこなう。
 さらに、そのゲストコメンテータに入れ替わるように一か月後に同じ番組に登場して、集団的自衛権について容認論を述べたのが元首相補佐官であるとなると、政権のメディア介入という話は現実味を帯びてきたと受けとめられても仕方あるまい。
 現在の政権・与党には、表現の自由や言論の自由について、基本的な規範意識を欠いた政治家の放言が目立っている。他方で、政府は、したたかな世論操作の技術を蓄えてきているようである。状況に合わせて、完全に計画的とはいえずとも、メディア・コントロールを駆使していくノウハウの存在が見え隠れしている。
 政治の勢力バランスが右へと大きく傾き、これに反対しようとする少数意見が沈黙させられていきかねない。メディア界には、足して二で割るようなあやふやな論点設定に終始することなく、より踏み腰の据わった骨太の議論を起こすことが求められている。そして私たち国民にも、政権や与党の物言いを額面通りに受けとらない、健全な洞察力が必要である。
 戦争はいつも平和の大義のもとに進められる。多数派が公平や公正を語るとき、往々にしてそれは、少数派を沈黙させるレトリックである。何事もないがごとくに、戦後民主主義の体制がなし崩し的に変更されかねない時代に、私たちは、より注意深くこの国の政治の動向を監視していくのでなければならない。
 

 
 
 
                                 

2015年1月16日金曜日

「フランスの連続テロ: 根底に若者の生きづらさ」『北海道新聞』コラム「各自核論」2015年1月16日(金曜日)朝刊9頁

世界が迷い込んだ途方もない闇を前に暗澹たる気分でいる。
 一月七日のフランスの風刺紙『シャルリー・エブド』の襲撃に始まるパリ・テロ人質事件は、あらためて、現代民主主義が直面している困難を浮き彫りにした。
 パリの中心部で白昼週刊紙の編集部が攻撃されジャーナリストが皆殺しにされる。特殊コマンドのような犯人による銃撃映像がネットに上げられてすぐさま世界中をかけめぐり、別の銃撃事件、人質事件へとめまぐるしく展開。テレビ中継下で特殊部隊の突入が繰り広げられる。
 ニュースは世界を駆け巡り、数日後には世界の首脳がパリに集まって「テロとの戦い」を宣言。「表現の自由」を守れ、テロに屈するな、と、数百万人もの空前のデモがフランス全土を覆い、「共和国」の価値が昂揚する。まるで急テンポで進む記録映画を見ているような展開だった。
 殺されたマンガ家たちは、フランスでは知名度の高い描き手たちだった。門外漢の私でも、彼らのデッサンならすぐ思い浮かぶ。 
 フランスにおける風刺画の歴史は、そのまま共和国の歴史に根ざしている。カリカチュアと呼ばれる風刺ジャンルが誕生するのは一八世紀末のフランス革命期。教会権力と共和派が闘争を繰り返した一九世紀を通じて政治の武器として研ぎ澄まされた。共和国はカトリックの宗教権力と鋭く対立して、神権性を否定することで、世俗権力を打ち立てていった。世俗性こそ共和国の基盤であり、風刺画は、まさしく、宗教権威の「聖性」を笑いによって打ち砕き、民衆の力を呼び込むための世俗化の装置として発明された。だから、あらゆる権威を笑い飛ばし、支配者の偽善や欺瞞をグロテスクにえぐり出すことで、笑いによる解放をもたらそうとする。今回テロの標的になった『シャルリー・エブド』紙も、一九六八年のフランス五月革命のなかから生まれ、アナーキーなユーモアを売り物にしていた。
 問題は、民主主義の装置である風刺画が、聖性と世俗性との区別を認めず「偶像崇拝の禁止」を根本教義とするイスラムに直面するときである。信仰を私的領域へと棚上げすることで宗教対立を収め、内面の自由、表現の自由を普遍的な基礎として成立してきた西欧の近代政治と、一神教の神権政治とが、鋭く対立する構図が生まれる。
 だが、今回の事件はそのような「文明の衝突」では説明できない要素が顕著である。事件が明るみに出したのは、一方における、訓練を受けたテロリストとしての手口の周到さ冷酷さ。他方における、それとは対照的な、犯人たちの驚くべき軽さである。
 まるでコンピュータ・ゲームを演ずるかのごとく、訓練を受けマニュアル通りに戦闘を繰り広げ、冷酷に警官や人質を撃ち殺すかと思えば、あまりに屈託のない声でインタビューに応じ、犯行ビデオを残して、最後はシナリオ通りに特殊部隊の銃弾の雨に向けて駆け込むように身を投げて「殉教」を果たす。このリアリティを欠いた行動の軽さに戦慄を覚えるのである。
 犯人たちは、フランスに生まれたアルジェリア系移民の子、マリ移民の子、それぞれ子どもの時分に親を失い孤児として育ったじつに哀しい境遇の若者たちである。被害者の側にもまた、マルチニク出身の見習い中の黒人女子警察官、倒れたところを冷酷に撃ち殺されたのは幼い頃に父を失ったイスラム教徒の警察官。被害者たちの無念が、事件の不条理さに折り重なっている。
 根底にあるのは、この世界の若者たちにとっての生きづらさである。民主主義が建前の先進国で育っても、教育格差、人種差別は顕著でまともな職はなく、社会的公正は見つからない。「第四世界」といわれるブラックホールに陥ってしまう。世界から見放されたと感じる者たちが辿り着くのは、死の彼方の聖性への跳躍の誘惑である。そこに「ホームグロウン(本国生まれの)・テロリズム」のつけ入る余地がある。
 私たちの社会はこの若者たちの生きづらさに、どのように手をさしのべればよいか。それは私たちの国にとっても決して無縁な問題ではないはずだ。

 



 

2014年12月18日木曜日

「〈百年の愚行〉は、まさしく百年前、1914年頃に始まった。...」『続・百年の愚行』、小崎哲哉(編著)




ベルナール・スティグレール(石田英敬 訳)

 〈百年の愚行〉は、まさしく百年前、1914年頃に始まった。

 ヨーロッパでは第一次世界大戦が、一千万の兵士を殺戮した。ポール・ヴァレリーやエドムント・フッサールが強調したように、この世界戦争は科学を死の役に立てる産業戦でもあった。ベルギー及びフランスの一部は破壊され、ドイツではナチズム、イタリアではファシズム、ロシアではスターリニズムの起源となるような歴史的な動きを引き起こした。

 アメリカでは、労働の科学的な組織化が実行され、生産者のプロレタリア化を極限にまで推し進めた。20世紀初頭には長編映画が生まれ、第一次世界大戦前に開発されたラジオが1920年から放送を開始し、その後はテレビ放送が始まる。こうした文化産業の発達が消費者のプロレタリア化を推し進める。商品開発のリサーチ・オフィスが生産者から〈作る知(すべ)〉を奪うのと並行して、マーケティング・オフィスは消費者たちに〈生きる知(すべ)〉を指図するようになり、消費者は広告の指示する消費行動を模倣するようになる。いる。アドルノとホルクハイマーの『啓蒙の弁証法』は、そこに近代的「合理化」の本質を見いだすことになるだろう。近代の「啓蒙(Aufklärung)」が生み出した〈理性〉は、もはや大量生産される〈愚かさ〉へと変質したのである。

 21世紀初頭の現在では、暗雲が嵐を告げるがごとく、さらなるアポカリプス(黙示録)が告知されているかのようだ。プロレタリア化はさらに徹底されて、破滅的な段階に達している。それこそ、トマ・ベルンとアントワネット・ルーヴロワが「アルゴリズム的統治性」と呼ぶ、「ビッグ・データ」による統治として具体化したものである。それはまた、ジョナサン・クレーリーが描き出す、週七日二四時間私たちをコンピュータネットワークに繋ぎっぱなしの状態にしておく、ネットワーク状かつ純粋計算論的な資本主義として繰り広げられる統治である。
 その結果、私たちは眠りを妨げられる。夢見ることもできず、遂には思考することさえ妨げられる。この資本主義の原理は、マッツ・アルヴェソンとアンドレ・スパイサーが「機能性愚鈍(functional stupidity)」という言葉で描き出したものだ。ロンドンの金融街、また、おそらく日本の東電の中枢部に働いているのは、このような機能性愚鈍の原理である。

 『Wired』誌編集長クリス・アンダーソンは2008年に挑発的なタイトルの記事を発表した。「理論の終わり:データの洪水は科学的方法を過去のものとする。」だ。グーグルが確率論的数学を世界中のあらゆる言語表現に適用するさまを分析してみれば、アルゴリズムが言語を活用するためには、言語学者も言語理論ももはや要らないことが分かると主張するのである。彼が導き出した結論とは、デジタルなアルゴリズム計算が、科学的実験や科学的仮説、定理、モデルに取って代わり、科学を終わらせることになるだろうというものだった。しかし、フレデリック・カプランが指摘したように、彼が忘れていたのは、そのような言語の活用の仕方が行き着くのは言語自体の破壊であって、言語のエントロピーが増大してしまうだけだという事実である。

 2008年10月23日、ワシントンではアメリカ下院議会が、米FRB(連邦準備制度理事会)議長アラン・グリーンスパンに対し、FRBのいい加減な運営が導いた金融破局について説明を求めた。このとき、ノーベル賞受賞者を含む多数の経済学者たちが推奨した市場の自動化こそ、金融工学の粋を集めて作り上げたシステムにおける、完璧なる〈知性の不在〉の原因だったのだと彼は述べた。これこそ、「機能性愚鈍」が、グリーンスパンその人にまで及び、すでに1848年にマルクスとエンゲルスがすべての給与生活者がやがてはそうなると予言したように、FRB議長までもがプロレタリア化したことを示しているのである。

 以上の二つの事例は、いかなる意味で、アルゴリズム的統治性が不可避的に精神のプロレタリア化を生みだし、あらゆる知、それが、〈作る知(すべ)〉であれ、〈生きる知(すべ)〉であれ、〈思考する知(すべ)〉であれ、あらゆる知を破壊するものであるかを示している。

 では、世界はこの百年の愚行を、無限にとは言わずとも、世界の自己破壊にいたるまで継続するよう宿命づけられているというのか。別の未来はありうるのだろうか。惑星規模のデジタルなネットワーク化が辿り着いた統合的で全体化した自動化のプロセスにおいて、今後、新たな出発はありうるのだろうか。
(以下は、本書をお読みください。)

2014年12月5日金曜日

Hidetaka Ishida “Grammatisation technologique et appareil psychique: l’iPad, le Wunderblock, la Hybrid Reading”, ENMI 2014, 5 Decembre 2014, Centre Pompidou, Paris France

Grammatisation technologique et Appareil psychique 

Le iPad , le Wunderblock et la Hybrid reading

Par Hidetaka Ishida

C’est un grand plaisir que d’être ici de nouveau parmi vous pour nous réunir à la huitième édition du congrès annuel d’ ENMI : j’y ai participé par le passé deux fois, c’est toujours agréable de voir que les idées nouvelles et innovantes s’échangent et que les convergences se dessinent et que les projets se forment. Je suis vraiment heureux d’être ici de nouveau .

Ce matin, j’ai un petit problème de rhume et je ne suis pas sûr de pouvoir articuler bien les paroles, j’ai un peu perdu de ma voix et je vous prie de m’excuser si je ne me fais pas bien entendre. Mon débit de parole risque d’être un peu lent.

Ce matin, mon propos tournera autour des trois axes : la question de l’interface numérique que forment les réseaux d’ordinateurs portatifs du type iPad ; la question de l’appareillage psychique dans leur rôle de modélisation -- ou de grammatisation -- de la psychée humaine ; et la question de lecture aujourd’hui de plus en plus biface, que j’appelle lecture hybride à la fois du livre physique et du livre numérique. Si les réseaux de terminaux numériques grammatise de plus en plus l’ensemble d’âmes humaines et que la psyché s’interroge dans cet appareillage technologique, cette problématique d’interface numérique en réseaux pénètre aujourd’hui dans le cœur même de la question du livre, livre comme élément par excellence de la vérite, c’est par là que je voudrais rejoindre le thème commun de cette année « la ‘ vérité’ du numérique ».

Mon topos prolonge sur son versant théorique mon travail sur la pensée critique du vingtième siècle, pensée des média ; comment relire Saussure,  Freud,  Huserl, etc. grands ingénieurs de la pensée humaine ; tandis que  le versant pratique reflète mon projet de bibliothèque, comment réaliser une hybrid library du 21 ème siècle à l’université.

Que le livre se numérise, signifie beaucoup plus que n’importe quelle numérisation des outils analogiques ; la numérisation du livre est tout autre chose que le traitement de texte sur la base du Natural language processing. Elle touche le cœur même de la question de vérité. Nous le savions bien sûr depuis longtemps, mais je ne suis pas sûr qu’on en ait tiré toutes les conséquences.


Comme le temps est limité, voici l’itinéraire que je vous propose. Pour soulever la question de l’appareillage psychique, je vais reprendre la question de  l’appareil psychique freudien à travers la lecture de sa fameuse note sur le Wunderblock. Cette lecture je l’ai déjà présentée virtuellement par skype – par téléprésence --  cet été à l’Académie d’été de l’Ecole d’été d’Epineuil : je la reprends en augmentant de ma présence « réelle » ici c’est mieux je pense.
Ensuite, je vais entrer dans le problème de la numérisation du livre et de la lecture hybride. Cela pour souligner l’importance de la formation d’un nouveau milieu de écriture-lecture , que j’appelle « Augmented Reading », milieu requis  pour ne pas simplement abandonner les livres à l’augmentation entropique d’information pour employer le terme de Bernard.

Je projette les citations pour ne pas les lire intégralement pour que vous puissiez les situer dans le contexte.



1  Retour à Freud

   De nos jours, nous nous servons de plus en plus d’ordinateur de type tablette comme le macintosh i-Pad, qui présente une étrange similitude avec l’outil d’écriture décrit par Sigmund Freud dans son fameux petit texte de 1925  « Note sur le ‘ Bloc magique’ »( « Notiz über den ‘Wunderblock’ ») : le nom en anglais du Wunderblock est le « magic pad ». Ce parallèle entre l’i Pad et le magic Pad, me semble particulièrement intéressant,  car si les i-Pad sont devenus  nos outils quotidiens –  notre « prothèse d’âme » en quelque sorte  -- , Freud avait élu le bloc magique comme modèle pour illustrer sa conception de l’appareil psychique  (seelischer Apparat) . 

   Je vous livre mes réflexions sur cette implication d’appareillage informatique de notre vie contemporaine en rapport avec notre vie psychique en retraçant l’évolution théorique de la conception de l’appareil psychique  -- il en est de sa théorie de la topique  -- chez Freud tout au long de son œuvre.
   Je considère Freud non comme un penseur abstrait ; il est davantage un ingénieur de l’âme humaine. La réflexion que je vous livre aujourd’hui fait partie d’un travail qui tente de montrer que contrairement à ce que disait Dr. Jacques Lacan, l’Inconscient n’est pas structuré comme un langage, mais qu’il l’est comme un cinématographe : il est graphique – grammatologique --  et technologique. Ce point me semble important pour penser la question de la vérité, nous sommes devant l’alternative : langage et vérité vs. gramma et vérité.

1  Le « Bloc magique » (1925)

   D’abord, voyons un peu ce que dit Freud du bloc magique.
   Pour une économie du temps, je ne lirai pas l’intégralité des passages que j’aurais voulu citer ; je revoie aux citations que je projette sur l’écran.

    Freud compare cet outil d’aide mémoire appelé le blog magique à sa conception de l’appareil psychique («… si on l’examine de plus près, on trouve dans sa construction une concordance remarquable avec la façon dont j’ai supposé qu’est édifié notre appareil de perception »).
    Il dit ceci. Sur la note de papier on peut écrire mais ne peut effacer la surface pour une nouvelle écriture. Su la tablette d’ardoise, on peut effacer l’écriture mais on ne peut garder les traces. Il y a une incompatibilité entre inscription renouvelable et enregistrement indéfini : entre la perception (ou conscience) et la mémoire. Freud rappelle sa distinction du système « Perception-Conscience(Pc-Cs) » et des « traces mnésiques » dans son Interprétation des rêves (Die Traumdeutung 1900), nous allons revenir à cet ouvrage plus loin.
    Or c’est justement un système rendant possibles les deux que Freud découvre dans ce « petit instrument » appelé « bloc magique » :

Mais si on l’examine de plus près, on trouve dans sa construction une concordance remarquable avec la façon dont j’ai supposé qu’est édifié notre appareil de perception, et on se convainc qu’il peut effectivement fournir les deux choses, une surface de réception toujours prête et des traces permanentes des notations reçues.

Le bloc magique est muni d’une « plaque de celluloïd transparent » qui sert de « pare-stimulus » ; la vraie « couche réceptrice de stimulus » se trouve juste au dessous du celluloïd, qu’est le « papier ciré mince, translucide » :

  Le celluloïd est un « pare-stimulus ». La couche qui est à proprement parler réceptrice de stimulus est le papier. Je me permets ici de faire référence au fait que, dans l’ « au-delà du principe du plaisir », j’ai exposé que notre appareil de perception animique se compose de deux couches, un « pare-stimulus » externe qui doit abaisser la grandeur des excitations qui arrivent et, à l’arrière, la surface supérieure réceptrice de stimulus, le système Pc-Cs.

Ces deux couches de surfaces sont, pense Freud, exactement comme le système « Perception-Conscience » ; depuis son Esquisse d’une psychologie (Entwurf einer Psychologie 1895), la psyché humaine (le système Ψ)  chez Freud se définit en se déchargeant de la quantité d’énergie Q du monde extérieur ; c’est seulement la quantité d’énergie réduite Qηqui peut être investie dans le psychisme ; la perception se fait par les neurones φ, la conscience par lesω, toutes les deux perméables, tandis que les traces mnésiques se constituent de neurones ψ imperméables  (nous allons parler tout à l’heure de «barrières de contact » et de « frayage ») . C’est l’appareil φψω, la première ébauche de l’appareil psychique. 
   La tablette de cire constituant le fond du bloc magique où vont se déposer les traces d’écritures est comparée à l’« Inconscient » :

Le bloc magique ne peut pas non plus, de toute façon, « reproduire » de l’intérieur l’écriture, une fois celle-ci effacée : ce serait effectivement un bloc magique s’il pouvait accomplir cela comme notre mémoire. Il n’empêche qu’il ne me paraît actuellement pas trop osé de mettre en équivalence la feuille de couverture consistant en celluloïd en papier ciré avec le système Pc-Cs et son pare-stimulus, la tablette de cire avec l’inconscient à l’arrière, le fait que l’écriture devienne visible et qu’elle disparaisse avec le fait que s’illumine et se dissipe la conscience dans la perception.

   Freud écrit que « Le bloc magique ne peut pas non plus, de toute façon, « reproduire » de l’intérieur l’écriture, une fois celle-ci effacée : ce serait effectivement un bloc magique s’il pouvait accomplir cela comme notre mémoire. ». Or justement si c’était un iPad, il serait possible de réactualiser les mémoires ; si bien que l’iPad serait en fait une forme achevée du bloc magique selon le modèle de l’appareil psychique freudien.

   Et Freud d’ajouter que la périodicité des gestes de détachement de la feuille de couverture pourrait être comparée avec la discontinuité du flux d’innervation venant de l’intérieur de l’organisme du corps. Cette remarque finale montre qu’il y voit aussi une dimension permettant d’illustrer l’instance du Ca qu’il avait déjà introduite dans sa deuxième topique avec le Moi et le Ca (Das ich und das Es 1923)

Si l’on s’imagine que pendant qu’une main écrit à la surface du bloc magique, une autre détache périodiquement de la tablette de cire la feuille de couverture, on aurait là une façon de rendre sensible la manière dont j’ai voulu représenter le fonctionnement de notre appareil de perception animique.

   J’ai synthétisé la conception de l’appareil psychique que Freud tente d’expliquer à l’aide du bloc magique dans les slides 1 et 2.

   Si je compare le bloc magique freudien avec l’iPad, je dirais seulement ceci :  l’iPad tout en renouvelant constamment notre Perception-Conscience, en liaison permanente avec les réseaux, enregistre et conserve toutes les traces ; il est capable aussi de les réactualiser toutes. Cela veut dire que notre appareil psychique est en interface avec ce véritable bloc magique. Notre Pr-Cs – notre rétention -- est en interface avec cette surface communicationnelle qui est renouvelable à tout instant (notre prothèse de présence) ; notre mémoire est assistée par la machine de mémoire tierce ; notre inconscient est traversé de part en part par cet inconscient technique, sans parler de la question d’énergie.

(La raison pour laquelle l’iPad permet à la fois l’inscription indéfiniment renouvelable de stimulus de perception et l’accumulation indéfinie de traces mnésiques consiste en signalisation électronique numérique des caractères. Les lettres s’effacent et se conservent par signalisation, c’est un aboutissement de la logique de traces , d’archi-trace, enfin implémentée dans cet appareil numérique. Mais de là, découle une crise profonde de l’homme comme finitude, l’homme commence à ne pas pouvoir oublier, nous sommes tous en train de devenir un Funès borgesien ! ).


2 L’Interprétation des rêves (Die Traumdeutung 1900)

   Dans la « Note sur le ‘bloc magique’ », Freud citait l’appareil psychique de la Traumdeutung (p.120). 
   En effet, Freud avait présenté son premier appareil psychique (appareil animique) – la « première topique », dans le chapitre VII « Sur la psychologie des processus de rêve » du livre.
   Le schéma n’est pas en fait fondamentalement différent de celui du bloc magique.
    Freud adopte  en apparence la métaphore optique – les système de lentilles de la longue-vue --  pour expliquer le schéma :

    Nous nous représentons donc l’appareil animique comme un instrument composé dont nous appellerons les parties constituantes instances, ou pour mieux visualiser, systèmes. Nous nous attendons alors à ce que ces systèmes aient peut-être l’un par rapport à l’autre une orientation spatiale constante, un peu comme les divers systèmes de lentilles de la longue-vue se trouvent les uns derrière les autres. (p.590)

  Cette première topique freudienne est bien connue : elle illustre selon les trois schémas comment la psyché appelée « Systèmes Ψ » se constitue à partir de la perception (W/Pr) en formant les « traces mnésiques » (Er, Er’, …/S, S’, …) .
   Freud vient d’abandonner depuis peu son projet neurologique, c’est pour cela qu’il recourt à la métaphore optique et spatiale, mais derrière cela subsiste encore l’hypothèse neurologique et il faut lire les implications neurologiques.


1      Les schéma d’ un « appareil réflexe » :

Le processus psychique se déroule en général de l’extrémité-perception à l’extrémité-motilité. (p.590)

2      Les schéma montrant la formation des  « traces mnésiques » ou « mémoire » .

Il reste dans notre appareil psychique une trace que nous pouvons appeler « trace mnésique ». La fonction qui se rapporte à cette trace mnésique, c’est elle que nous appelons « mémoire ».
….
Le fait de l’association consiste en ceci que par suite d’amoindrissements de la résistance et de frayages de l’un des éléments S, l’excitation se propage plutôt vers un deuxième que vers un troisième élément S. (p.592)
  

Nous savons que derrière cette figuration selon un modèle optique, il y a une considération neurologique telle qu’il avait essayé de la formuler dans le Esquisse d’une psychologie (Entwurf einer Psychologie 1895). Freud y introduisait bien la théorie des neurones : les barrières de contact et des frayages est une théorie de synapse en termes d’aujourd’hui.  Ces frayages (Bahnung) sont représentés dans les schémas par un rapprochement des traces mnésiques au courant de stimulus, tandis que les neurones ψ frayées sont investies d’énergie Qη, si l’on réinvesti les concepts théoriques qui avaient été élaborés dans l’Esquisse de 1895.
   Remarquons en passant que les différentes éditions de la Traumdeutung n’ont pas toujours fidèlement reproduit les schémas de Freud.


説明: Macintosh HD:Users:nulptyx:Desktop:新しい記号の学(作業中):SigmudFreudについて資料集:fig1.png
φ
ψ
説明: Macintosh HD:Users:nulptyx:Desktop:fig3.png説明: Macintosh HD:Users:nulptyx:Desktop:新しい記号の学(作業中):SigmudFreudについて資料集:fig2.png





          
3      La « Perception-Conscience W-Bw » /« l’Inconscient Ubw» / « le Préconscient Vbw »

    A l’extrémité motrice du processus est assigné le système Pcs.
    Dans la lettre à Fliess de 1896, Freud écrivait :  « Le Préconscient est la troisième transcription liée aux représentations verbales et correspondant à notre moi officiel. Les investissements découlant de ce Préconscient deviennent conscients d’après certaines lois. Cette conscience cogitative secondaire, qui apparaît plus tardivement, est probablement liée à la réactivation hallucinatoire de représentations verbales ; ainsi les neurones de l’état conscient seraient là encore des neurones de perceptions et en eux-mêmes étrangers à la mémoire. » (Lettre No 52 du 6-12-1896).

    Chez Freud, le langage est conceptualisé comme représentation de mot (Wortvorstellung) qui est essentiellement acoustique, dont l’articulation est active et quasi-motrice. C’est donner du mouvement articulatoire à l’image sonore, auquel se trouvera associée la représentation de chose (Dingvorstellung ou la représentation d’objet dans la terminologie de son étude sur l’Aphasie de 1891).
    C’est ainsi que la verbalisation devient un moment de prise de conscience en rejoignant au second degré la Perception --Conscience. Ainsi parvenus au système Pcs et investis d’ énergie d’attention et associés avec les mots, les éléments de traces mnésiques peuvent accéder à la « conscience cogitative ».  Le processus Ψ se trouve bouclé, la verbalisation sera bien un retour réflexif à la Pr-Cs.

Le dernier des systèmes, à l’extrémité motrice, nous l’appelons le préconscient pour indiquer que les processus d’excitation en lui peuvent parvenir à la conscience sans être davantage empêchées, au cas où sont encore remplies certaines conditions, par ex. le fait d’atteindre une certaine intensité, une certaine répartition de cette fonction qu’il faut appeler attention, etc. C’est en même temps le système qui détient les clés de la motilité volontaire. Le système se trouvant derrière, nous l’appelons l’inconscient parce qu’il n’a pas accès à la conscience, sauf à passer par le préconscient , passage lors duquel son processus d’excitation doit accepter de subir des modifications.
(Note ajoutée en 1919) L’explication ultérieure de ce schéma, ici déroulé linénairement, devra tenir compte de l’hypothèse que le système qui suit le Pcs est celui auquel nous devons attribuer la conscience, et que donc Pc=Cs. (pp.594-595)

    Freud dit que jusqu’au système Inconscient, c’est le processus primaire qui règne dans les associations, et à partir du Préconscient le processus secondaire.  Cela veut dire que jusqu’au système Inconscient, c’est la représentation de chose, qui « consiste en un investissement, sinon d’images mnésiques directes de la chose, du moins en celui de traces mnésiques plus éloignées, dérivées de celles-ci » (« L’Inconscient », 1915), avec le Préconscient, la représentation de chose se conjugue avec la représentation de mot (c’est-à-dire, le langage verbal au sens de Freud) .

   Nous pouvons remarquer ici que contrairement à chez Lacan, pour Freud, l’Inconscient n’est pas structuré comme un langage. La représentation de chose est plutôt de l’assemblage polyvalente d’images sensorielles et visuelles. Pour les frayages de traces mnésiques du processus Ψ Freud écrit :

   Une étude plus approfondie montre la nécessité de faire l’hypothèse non pas d’un, mais de plusieurs de ces éléments S (Er) dans lesquels la même excitation propagée par les éléments Pc connaît diverses sortes de fixation. Le premier de ces systèmes S contiendra en tout cas la fixation de l’association par simultanéité : dans les systèmes se trouvant plus loin, le même matériel d’excitation sera ordonné suivant d’autres sortes de conjonction, si bien que, par exemple, des relations de ressemblances, etc. , seraient présentées par ces systèmes ultérieurs. Il serait naturellement oiseux de vouloir indiquer par mots la signification psychique d’un tel système. La caractéristique de celui-ci résiderait dans l’intimité de ses relations avec des éléments du matériel mnésique brut, c.-à-d., si nous voulons renvoyer à une théorie allant plus en profondeur, dans les gradations de la résistances de conduction en direction de ces éléments. (p.502)

   Le premier système de traces mnésiques se définit par la simultanéité des éléments de la perception. ; le deuxième et ceux qui se suivent se définissent par les ressemblances, etc. , et puis par «  l’intimité des relations avec des éléments du matériel mnésique brut » , etc.
    Dans la métaphore théorique expliquant la stratification des traces mnésiques, Freud comparait celles-ci aux « divers systèmes de lentilles de la longue-vue » : tout se passe comme si cet appareil --  métaphoriquement optique, métapsychologiquement psychique et secrètement « neuronal »  --  procédait aux prises successives de la représentation de chose dans l’Inconscient avant que le processus ne soit doublé au terminal Préconscient de la représentation de mot. Le procès est donc – pourrait-on dire --  cinématographique. Il y a des successions de morceaux de prises de vues -- des shots -- et multiples conjonctions en latences. Et avec le Préconscient, cette représentation de chose sera doublée de représentation de mot du langage, un scénario viendra articuler des récits cinématographiques en rationalisant mais en laissant toujours déjà les non-dits, censures et les refoulements. L’Inconscient est structuré comme une cinématographie. C’est à mon sens ce que révèle notre Retour à Freud
    C’est d’ailleurs pour cela que lorsque dans le sommeil, la jonction avec la motilité est débranchée et que la machine est mise en marche inverse, l’appareil psychique se met à faire le processus « régrédient »  -- c’est le « processus de rêve » selon Freud -- et à faire la projection hallucinatoire des « images » sur l’écran du rêve.

Ce qui se passe dans le rêve hallucinatoire, nous ne pouvons le décrire qu’en disant : l’excitation prend une voie rétrograde. Au lieu de se propager ver l’extrémité motrice de l’appareil, elle se propage vers l’extrémité sensitive et parvient finalement au système des perceptions . Si nous appelons progrédiente la direction dans laquelle le processus psychique se prolonge, à partir de l’inconscient dans l’état de veille, nous sommes en droit de dire du rêve qu’il a un caractère régrédient. (p.595)

De jour, il y a un courant continu s’écoulant du système Ψ de la Pc jusqu’à la motilité ; celui-ci cesse la nuit et ne pourrait plus opposer d’obstacle à un reflux d’excitation. (p. 597)


3.  Le Moi et le Ca (Das Ich und das Es 1923)


   De la première topique dans la Traumdeutung, à la deuxième topique, je n’aurais pas le temps de développer intégralement mon propos aujourd’hui.
   Comme on le sait, c’est dans le Moi et le Ca (Das Ich und Das Es)  que Freud introduit sa deuxième topique avec le système « le Moi, le Ca et le Surmoi ». Contrairement à la lecture classique, j’aurais tendance à nuancer la rupture de la deuxième topique avec la première topique de la Traumdeutung. D’ailleurs, cet écrit est tout à fait contemporain de la Note sur le bloc magique (1925).
    Le schéma de l’appareil psychique a conservé la fonction Pc-Cs ; Freud a ajouté le Pcs en continuïté avec la « calotte acoustique » à l’hémisphère gauche ; les traces mnésiques sont dessinées sans être nommées dans le Moi, c’est-à-dire le système Ψ ; le refoulement est figuré alors que l’Inconscient n’est pas nommé, tandis que le Ca s’introduit pour marque l’instance de source d’excitation interne qui en tant que instance de force psychique existait en fait déjà depuis l’époque de l’Esquisse. 

    
    Ce qui m’intrigue dans ce dessin figurant vaguement le cerveau humain avec le contour cortical c’est la « calotte auditive », le fameux hearing hat de Freud :

Nous reconnaissons  aussitôt que presque toues les partitions que nous avons décrites à l’intention de la pathologie ne se rapportant qu’aux strates superficielles – les seuls qui nous soient connues – de l’appareil animique. Nous pourrions esquisser de ces rapports un dessin dont les contours ne servent assurément qu’à la présentation et ne doivent prétendre à aucune interprétation particulière. Ajoutons éventuellement que le moi porte une « calotte auditive », d’après le témoignage de l’anatomie cérébrale, seulement sur un côté. Elle est pour ainsi dire posée sur lui de travers. (p.269)

Que cette  « calotte auditive » (qui renverrait à l’aire Wernicke) soit dessinée sur la ligne de continuité du Pcs montre qu’il s’agit de la fonction du langage (la représentation de mot) qui permet de ramener les traces mnésiques à la Pc-Cs. Au modèle du bloc magique manquait l’inscription de cette instance Pcs qu’on pourrait éventuellement ajouter au schéma de Freud (c’est d’ailleurs pour cette raison que le bloc magique ne pouvait pas rappeler les souvenirs).

On peut se demander à cet égard s’il ne faudrait pas rapprocher la fonction du Préconscient ou du langage de celle du moteur de recherche ; les mots associés permettent de retrouver les traces des choses.

Il est aussi intéressant de constater que Freud mentionne le « homoncule cérébral », dont je donne le fameux dessin de Wilder Penfield :

Le moi est avant tout un moi corporel, il n’est pas seulement un être de surface, mais lui même la projection d’une surface. Si on cherche une analogie anatomique pour cela, le mieux est de l’identifier avec l’ « homoncule cérébral » des anatomistes, qui se tient sur la tête dans le cortex, tend les talons vers le haut, regarde vers l’arrière et, comme on sait, porte la zone du langage à gauche. (p.270)

De la Perception à la motilité en passant par le langage, les fonctions sensorielles, mémorielles et langagières, sont ainsi modélisées sur la surface corticale comme lieu de projection du corps propre.

   La place du Surmoi n’est pas marquée dans ce dessin. Or dans la variante évoluée de la deuxième topique dans Nouvelles conférences d'introduction à la psychanalyse (Neue Folge der Vorlesungen zur Einführung in die Psychoanalyse, 1933), on la trouve est bien dessinée, alors que la fameuse « calotte auditive » disparaît. 

 Pourquoi cette disparition, et l’apparition du Surmoi à la place de la fonction auditive ?
 On trouve un élément de réponse dans le passage suivant du Moi et le Ca :

 …le sur-moi lui non plus ne peut absolument pas dénier qu’il a sa provenance dans de l’entendu, il est en effet une partie du moi et reste accessible à la conscience à partir de ces représentations de mot(concept, abstractions), mais l’énergie d’investissement est apportée à ces contenus du sur-moi, non pas par la perception auditive, l’enseignement, la lecture, mais par les sources qui sont dans le ça. (pp.296)

De là il faudrait sans doute penser que la Voix s’est fait entendre – téléphoniquement – par la « calotte auditive », mais elle s’est en fait intériorisée subissant les investissements d’énergie du Ca.

Les systèmes Ψ peuvent ainsi se communiquer téléphoniquement depuis le « Circuit de parole » de Saussure, tandis que nos perceptions ne cessent de s’initialiser et nos mémoires s’accumuler cinématographiquement par nos magic ou iPads .


II  L’époque de la Hybrid Reading


La visée analytique freudienne se formulait :  « Wo es war, soll Ich werden » (là où le Ca était, le Moi doit advenir ». Notre situation s’est transformée fondamentalement depuis Freud par notre environnement technologique. Notre appareil psychique est branché sur les machines à quantité d’énergie Q immense. Notre motilité interne est imprégnée flux de diverses excitations. Notre Perception-Conscience est en interface permanente avec donc les interfaces électro-informatique du type iPad. Les barrières de contact et frayages synaptiques de nos systèmes Ψ sont directement en phase avec les pulsations désomais neuronales des machines. C’est la situation de 24/7 décrit pas Jonathan Crery .
C’est justement cette situation que les modèles d’appareils psychiques par Freud permettent de penser, pour que là où c’était, dans cet environnement technologique aussi, notre psyche doit advenir.

Or c’est justement à partir de cette relecture de Freud que nous tentons de développer notre propos sur la lecture hybride et par là soulever la question de la « vérité » du numérique.

La topique freudienne nous invitait à interroger comment notre environnement technologique grammatise notre âme. Qu’un iPad devienne notre prothèse d’âme traduit cette situation de symbiose de l’homme-machine, nous somme tous hommes à l’iPad.

Or que devient cette interface d’âme-corps,  Où va se coucher notre homoncule, si cet homoncule est branché sur le livre électronique ? Qu’en est-il du livre et de la « vérité » quand le livre est lu à partir de cette interface ? Ca sera le deuxième développement de mon propos d’aujourd’hui.

Je disait au début :  Que le livre se numérise, signifie beaucoup plus que n’importe quelle numérisation des outils analogiques ».
Que le livre se déconstruise numériquement entraîne la mise en crise de la « vérité », mais cette crise est intéressante. Car que la numérisation du livre ou plutôt sa mise en réseaux soit autre chose que n’importe quelle numérisation veut dire deux choses : 1) le livre est traité comme données numériques comme coulée de texte et d’hypertexte ; 2) on a enfin le livre qui soit connecté avec les autres flux d’informations et qu’il ait enfin possibilité de les lire et les écrire à sa manière à lui, le livre.
Le livre est une chose trop importante pour le laisser aux seules mains de spécialistes de natural language processing. Il y a toute une séries de questions d’ éditorialisation.
Il s’agira d’opérer cette déconstruction avec beaucoup de soins. Et cette situation du livre, je l’appelle hybrid reading, lecture hybride.


2 Hybrid Reading

   
    D’abord qu’est-ce que la Hybrid Reading ?  C’est tout bonnement la pratique de lecture qui est en train de s’installer dans notre monde à cheval entre le livre physique en papier et le livre électronique : c’est ce qui se banalise, mais dont on ne sait pas encore très bien les enjeux cognitifs et les transformations épistémologique qui en découleront.

    J’ai défini dans un texte récent la Hybrid Reading comme une activité – transformatrice --  de lecture qui a lieu à l’époque de la technologie numérique, époque qui redouble l’activité de lecture qui s’était installée il y a très longtemps avec l’invention du livre, voire avec l’invention de l’écriture. Hybrid Reading c’est en ce sens un nouveau tournant grammatologique.

    La Hybrid Reading n’est pas à mon sens simplement une lecture dans les milieux de coexistence de différents média de lecture, mais lecture de transformation et/ou transformation de lecture qui s’opère à l’époque de la numérisation et qui par là même nous incite à réinterroger l’activité en générale de lecture/écriture dans tous ses états y compris les strates historiques profondes de la pratique de lecture et de l’écriture (question de l’archive numérique).

HR. Condition épistémologique et technologique

    Aujourd’hui, la connaissance de l’écriture/lecture n’est pas simplement littéraire. Ou plutôt les conditions épistémologiques de l’écriture/lecture sont en train d’échapper aux humanités dans leur acception traditionnelle.
    Dans le domaine de recherches neuro-cognitives, il y a tellement d’acquis scientifiques passionnants qui renouvellent la compréhension du reading brain : ex. Stanislas Dehaene Reading in the brain, Mayranne Wolf Proust and the Squid. Les études de Changizi-Shimojô, ont démontré que nous écrivons la même écriture sous apparence de centaines de sortes de système d’écriture. Les traits distinctifs spatiaux qu’on trouve dans la nature sont utilisés pour former les traits graphémiques ; tous les caractères sont composés de traits – gestuels – dont le nombre ne dépasse pas généralement trois (three srokes) . L’aire cérébrale qui traitait les repères spatiaux distinctifs est recyclée pour traiter les traits d’écriture. C’est, comme on le sait, l’hypothèse de « recyclage neuronal » par S. Dehaene. Le reading brain s’acquiert épi-philogénétiquement par l’apprentissage et l’éducation : cette épi-philogenèse du cerveau lisant est une formation lettrée de l’homme comme homo lector.
   Or cette genèse synaptique de l’homo lector est en crise avec la révolution technologique depuis deux siècles.
  Notre milieu pour l’écriture/lecture se transforme radicalement avec la révolution des média, révolution analogique et numérique.
  Aujourd’hui notre reading brain est branché sur les machines. Les traces de lectures sont captées. Notre lecture se trouve connectée aux réseaux de lectures, aux réseaux de connaissances. Notre lecture devient de plus en plus hypertextuelle, de plus en plus multimodale -- hypermédia --. La lecture était depuis longtemps devenue un acte individuel fermé à soi-même, formateur d’intériorité de l’homme typographique de McLuhan. Aujourd’hui cette activité devient quasi-visible et systématiquement captable.
  Cette nouvelle condition technologique cependant ne rend pas caducs les livres en papier : les études par exemple de Changizi-Shimojô montrent que la lecture est fondamentalement une activité cognitive spatiale. Depuis que l’homme lit, il a quatre yeux. Ce dont témoigne le portrait de Can Jie ,  inventeur mythique  -- un équivalent de Thot raconté dans Platon -- des caractères chinois : une paire pour lire la nature, l’autre paire pour lire les lettres qu’il invente.
   Le livre codex en papier avec ces trois dimensions restera encore longtemps un « instrument spirituel », milieu primordial de la mémoire et de la pensée pour l’homme qui lit et qui pense.

Le retour à Freud que nous venons d’esquisser nous permet de saisir un enjeu véritable de la transformation de l’écriture-lecture qui est en train de s’opérer et la problématique de la « vérité » du numérique.

« Tout dans le monde existe pour aboutir à un livre », disait Mallarmé. Ceci était une formulation de la question de la « vérité » dans le contexte de la « Fin du Livre » de la fin du XIXème siècle. L’augmentation de l’entropie à l’ère de l’informatisation analogique -- l’ère de la Presse relayés aux réseaux télégraphique et téléphonique, Mallarmé l’appela question de « hasard » : le Livre tente d’abolir le hasard dans sa construction  « architechturale et préméditée », ce que McLuhan avait souligné dans son « Joyce Mallarmé and the Press » texte de 1954, article qui prélude à sa Galaxie Gutenberg : la Presse et l’information comme augmentation de l’entropie  d’une part  et  le Livre comme élément de néguentropie d’autre part. Jean Hyppolyte a analysé le coup de dés mallarméen, en le situant par rapport à l’encyclopédie de Hegel,  en ces termes de la question de l’entropie dans son article  « Le coup de dés et le message ».

Le « livre, instrument spirituel », disait Mallarmé,  est lu, aujourd’hui, à travers l’interface numérique. Dans une telle situation, nous sommes placés devant une alternative. Ou bien le numérique décompose l’architecture du livre en augmentant l’entropique ? : un E Pub est entrain de diluer l’architecture du livre dans la culée de texte et d’hypertexte.  Ou bien faudra-t-il tenter d’ « abolir le hasard » pour constituer un milieu idéal pour la hybrid reading ?  Ce milieu idéal pour la lecture à venir, nous l’appelons « Augmented Reading ». Le Livre augmenté peut devenir un lieu de promesse -- pour la transindividuation -- non seulement de tous les livres comme le rêvait Mallarmé (« Le Livre, persuadé qu’il n’y en a qu’un, chacun l’a tenté à son insu, même les génies » écrivait-il) mais de tous les média, y compris les média d’image et de son. Si l’homme lisant procédait par le recyclage neuronal à l’adoption des signes de nature pour signes d’écriture-lecture, l’homme lisant d’aujourd’hui – un nouveau homme de lettres ? – ne doit-il pas procéder au média-recycling (recyclage des média) en annotant les objets temporels, en fléchissant les flux d’images et de sons dans les circuits de connaissance ; en recatégorisant les grilles de critiques.

Nous ne sommes pas encore totalement conscient de l’enjeu de  

C’est évidemment pour cette deuxième voie que nous optons en essayant de constituer l’environnement augmenté de la lecture que nous appelons « Augmented Reading ».  



6. Implémentation

    Nous menons à l’université un projet de nouvelle bibliothèque dont l’un des principaux objectifs est d’implémenter une bibliothèque hybride pour la lecture hybride au sens où nous venons de la définir. Je ne vais pas me développer sur les détails de la construction et des outils.
    Simplement pour l’illustrer, prenons un exemple.
  
Notre idée consiste à faire de ce type de terminal une interface d’ « écriture/lecture » pour annoter les livres, enregistrer les traces de lectures, pour se connecter aux réseaux de connaissances, de visualiser les stratifications de lectures, etc. Ce genre d’interface contribuera à nouveaux types de lectures : lecture assistée, lecture contributive, lecture multimodale et hypermédia, lecture raisonnée, etc.
    Alors s’engagera un nouveau type de lecture profonde, s’organisera un noveau type de hyper reading, s’installera un nouveau milieu pour augmented reading. Se réorganisera une nouvelle psychée par augmented « écriture/lecture » : cet outil deviendra un véritable « appareil psychique » noétique) de « trans-individuation » dirait Bernard -- pour réorganiser les humanités.
    C’est seulement alors que on pourra enfin espérer sauver les sciences humaines de leur crise fondamentale dans lesquelles elles ont plongé depuis plus d’un siècle, c’est-à-dire depuis l’époque où Freud commençait à ré-appareiller la psychée humaine et Saussure à redéfinir la « science générale » qui permettra de situer les sciences de l’esprit du 20ème siècle.
   



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