2022年7月1日金曜日

世界の悲惨 ~ 文学は心を大きくする 石 田 英 敬  (名古屋外国語大学 2022年6月27日)

世界の悲惨 ~

文学は心を大きくする

石 田 英 敬

 

みなさんこんにちは

 

石田英敬と申します。

 

今日は亀山先生とお話ができるということでとてもうれしく思っています。

亀山さん(と皆さんの学長先生を呼ばせてもらいますが)とはだいぶ昔30年以上前に京都で同じ大学の同僚で、いろいろとご一緒しました。楽しい思い出ばかりです。

 

そこで、今回エリス先生からこの講演会の提案をいただいたとき、私はいったい何の話をすればいいのか、と少し考えました。

 

私は自分の博士論文までは詩の言語の研究をしていたのですが、その後、東大で教えるようになってからは、だいぶいろいろな方向に研究を広げるようになりまして、文学の研究はやめたわけではないのですが、あくまで自分の扱う分野の一つということになっています。

 

どんな研究か、

一例をあげると、来年から高校の国語の教科書が変わって『論理国語』と『文学国語』というふうに分かれるらしい。私の文章は、その両方に出てきます。ええと、ちょっと自慢に聞こえるかもしれませんが、それだけではなくてあとで今日の話に関係することが分かります。

「イメージの時代と文化産業」という文章が『論理国語』に出てきます。これは私にとってメディア論・メディア哲学の研究からのもの。他方、『文学国語』の高校国語教科書には「都市は/を語る」という写真と都市と文学についての文章が出ますが、こちらは都市記号論の研究から、という具合です。文学もやめたわけではなくて、人工知能の人たちと仕事をしていたりもするなかので、今月は東京の渋谷パルコで東京芸術中学という課外クラスで、AI(正確にはAF)を題材にしたノーベル賞作家のカズオ・イシグロの小説『クララとお日さま』について特別授業をしたりもしています。

 

さて、亀山さんといえばドストエフスキーなので、『世界の亀裂』というテーマをいただいたときに何を話そうかと思ったんですね。

そこで選んだのが,ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』です。

 

 

Les Misérables

なぜ、ユーゴーの『レ・ミゼラブル』か?

そして、何の話をしたいのか?

 

まず。『レ・ミゼラブル』ですが、今日ここにいる皆さんのなかで、本として全部読んだというひとはどのぐらいいますか。全部読んだ人は、たぶんスゴく少ないのではないか、と思います。

とっても分厚くて長い本です。

 

僕としては、亀山さんのドストエフスキーも分厚くて長編ばかりだから、ああ、だったら、ユーゴーで組み合うといいかな、と思った、ということがあります。


I 世界の亀裂 世界の悲惨


つぎに、今日の催しのテーマ、「世界の亀裂」ですが,

『レ・ミゼラブル』というタイトルは、最初ユーゴーが構想していたときには「レ・ミゼール」っていうタイトルで、「悲惨」とか「困窮」とか「貧困」とかいう意味です。ラテン語の「miser 不幸な、哀れみをおぼえさせる」という形容詞から来ています。

 

1)

いま、世界はほんとうにとても困った状況、「悲惨」な状況にどんどんなってきていることは皆さんも気がついているでしょうか?

 20世紀にあんなに大きな世界戦争を二度も経験して、そして冷戦も終わり、人類は学んだのだから戦争はもう起こる時代ではないと思われていたのに、ウクライナで戦争が起こってしまいました。平和な世界になったはずだったのに、どんどん歴史が逆戻りしている感があります。そう「世界の亀裂」が進んでいる。

そして、かの地の人びとは「哀れみをもよおさずにはいられない不幸」な境遇におかれています。もちろんこれはウクライナだけではありません。イラクやアフガニスタンや数限りない紛争地域があり、無辜の人びとが苦しめられている。戦争はとんでもない「悲惨」です。『レ・ミゼラブル』にもナポレオン戦争のことが書かれている章がありますね。ナポレオン戦争はこの時代の「世界戦争」でした。

 

2)

他方、人びとの社会や経済生活も、「豊かな社会」になったはずだったのに、いま世界では「貧困」が進んでいる。先進国のなかでも、「貧しい人たちが」増えてきてしまっている。「レ・ミゼール」がもどり、「悲惨な」(それがミゼラブルの第一の意味なのですが)境遇にあるひとたちが増えてきてしまっています。

 

3

それから、みなさんもソーシャルメディアとか使っていると思うのですが、コミュニケーションが発達すると人びとがお互いにわかり合えるようになってみんなが仲良くなると思っていたのに(マクルーハンというメディア論の学者は「地球村 グローバル・ビレッジ」が実現すると言っていたのですが)、逆に、人びとのコミュニケーションはだいぶ「貧しく」、「悲惨」になっていきている。人びとがいがみ合い、寛容が劣化しているという言い方をしますが、これもまた別の種類の悲惨です。

さきほど論理国語の教科書の話をしましたが私の文章では、メディア社会における「象徴的な悲惨/象徴的貧困」を語っているんです。

 

こうしたこと、すべての「悲惨」を、私たちはもういちど根本的に考え直すべき時に来ていると私は思うのですね。

 

そこで、いろいろな分野に研究を広げてきた私も、いまは、いちど「原点」に戻って考える必要があるとも思い始めているんです。

 

 

II「心の問題」

そして、それを考え直すための一番重要なポイントは、何か、というと、「心」の問題だと私は思うのです。

詳しく説明するのは簡単ではないですが、戦争も「心」の問題、貧困も「心」の問題、そして、コミュニケーション不全の問題ももちろん「心」の問題と深く複雑に絡み合っています。

 

それでね、「心」の問題をもう一度深く考えなおすために、大きな手がかりになるのは、やはり「文学」だろう、とこう思っているのです。とくに『レ・ミゼラブル』のような文学だと思うのですね。

 

なぜそうなのか? それをこれからお話します。

 

さきほども言いましたように、『レ・ミゼラブル』、とっても分厚い本、長い小説ですね。ここにフランス語のポケット版を持ってきましたが1200頁以上あります。フランスの歴史に残る名作小説のなかでもとくに長いもので、史上5番目ぐらいということのようです。

 

で、これを読もう、と言いたいのかな、それはだいぶたいへんだ。

ぼくたち時間ないぞ、と思った人、今日この会場でも多いと思います。

 

ところがね、考えてみれば、『レ・ミゼラブル』についていえば、じつは、知らず知らずのうちに、みんなだいぶ「知っている」お話なんですね。

主人公のジャンバルジャンって、知ってますよね。

コゼットのこの絵も知っていますよね。

 

あ、ミュージカルなら見たよという人、けっこういませんか?

日劇でみたとか、ブロードウエイで見たとか、ロンドンで見たとか、

あるいは、あ、見たいな、と思っているとか、そういう人はいませんか。

 

「日本では1987年6月に帝国劇場で初演を迎え、以来熱狂的な支持を得ながら、東宝演劇史上最多の3,336回という驚異的な上演回数を積み上げるに至る。全世界での観客総数も7,000万人を突破し、“世界の演劇史を代表する作品の一つ”であることは、もはや誰しも疑うことができないでしょう。」って帝国劇場のHPには出ています。

 

また映画とか、ネトフリでミュージカル映画でみたとか。

こどものころ青い鳥文庫のような子供のための本で読んでもらったとか。

エピソードが、まんがやアニメになっていた、とか、『レ・ミゼラブル』って、いろいろ、ありますよね。

 

小説の初版が1862年に出たのですが、それから160年経ったいま、世界中でいろいろなかたちで『レ・ミゼラブル』が受け止められているというわけですね。

 

そこで、

今日は、まず二つの道筋で、考えてみたいと思います。

1      ひとつめは今160年後から考えて分かること。

2      二つ目は、ヴィクトル・ユーゴーはどう考えてこの作品を世に出したのか  -- プロデュースしたか -- を考えてみる、

 

この二つの方向で少し話しましょう。

そして、この二つが最終的には出会うのが「文学と心の問題」だ、こういう順番でおはなしします。

 


III「レ・ミゼラブル」の神話

 

1 160年後の世界から: 「メディアミックス」

ひとつめは、ですから、160年後のいまの時点から考える。

すでに言いましたように、いま世界中で知られている。

映画であったり、演劇であったり、ミュージカルだったり、アニメやテレビ番組だったり、本でも児童書であったりダイジェスト版だったり、幾つもの層(レイヤーで知られている)。そういうメディア状況がある。

これを「メディアミックス状況」と呼びましょう。

ミュージカルがこんなにヒットしたのは、じつは1985年がユーゴーの死後100年だったということと関係しています。いろんな記念イベントが企画されたなかでミュージカルがヒットしたんですね。

でも、それよりずっと前から、作品が出版された1862年から、たくさんの『レミゼラブル』が出て、世界中で知られてきたのですね。日本だけでも8つも完訳があるし、映画化も40以上あるし、テレビ番組や演劇やマンガやアニメやものすごくたくさんある。

で、どうしてだろう? と考えてみる。皆さんも、考えてみてほしい。

そうすると、「現代の神話」とか、そういう話になります。文学の「古典」って、みんな、読んだことがない人でも大体そのストーリーは知っている。登場人物も知っている。みんな読んだことがある、といえるようなふうに文化のなかに位置づいている。

次のようなこと、みなさんも多かれ少なかれ、知っていますよね。

Ex1 とても貧しくて困り果てて暮らしていたお姉さんの7人の子供を育てていた若者がついにパンを買うお金もなくなって盗みを働いて刑務所に入れられて、というジャンバルジャンのお話。

Ex2 無責任な学生に捨てられて子供を産んで一生懸命子供を育てるんだけれどあくどい預け先に騙されてお金を取られ続けて娼婦に身をやつして死んでいくファンーヌの話。

Ex3 孤児のコゼットのお話。 

Ex4 マリウスの話。 

Ex5 孤児の少年ガヴロッシュの話。

いまのことばでいうとこうした「キャラクタ−」をみんな知っていますよね。それらみんな「ミゼラブル」な人たちの物語。それが160年の間、何度も何度も重ね書きされて、ぼくたちみんなが知っているお話になっているわけですね。これってスゴいことだと思いませんか?

みんな知っているということは、「集団的に共有されているお話」、つまり「現代の神話」になっているということですね。

これが、ひとつ「文学は心」をつくる、ここでは、「集団的な心」をつくるという今日の僕の話のひとつのテーマです。

 

2 「ユーゴーの世紀」

二つ目は、これは偶然にそうなったのだろうか?という、作者サイドの話です。

ユーゴーは1802年に生まれて1885年に亡くなりました。シャルル・ペギーという思想家の言葉を引くと、ユーゴーは19世紀と一致することができた希有な作家だと言います。生まれたのが1802年で亡くなって国葬されるのが1885年。フランスの歴史に皆さんどれぐらい詳しいか分かりませんが、ナポレオン帝政、王政復古、七月王政、第二共和制、第二帝政、パリコミューン、第三共和政とめまぐるしく変化したフランスの歴史の激動の19世紀と完全にともに生きた生涯でした。彼自身がその激動の中で深く歴史にコミットした作家でした。

 ユーゴーについて詳しく語るにはきっと何年間も授業をしなければいけないですね。

 で、私の今日の話題に引きつけて言うと、このユーゴーが生きた19世紀はフランスの産業革命が社会を変えていった時代(産業化によって人びとが貧しく悲惨な生活を余儀なくされていった時代でもある)、そしてメディア革命の時代でもあったということです。

 ファンティーヌのように字が書けない、読めない人も多い。でも同時に写真が発明されて、新聞や出版のジャーナリズムも発達していく時代でもあります。

 ユーゴーの写真には有名なものが多いのですが、『レミゼラブル』を書いていた頃、かれはナポレオン三世のフランス第二帝政に抵抗して亡命生活を英仏海峡のガーンジー島で送っていました。この亡命のときにかれが行ったのは当時発明後間もない写真撮影機器一式をもって亡命して写真を撮って、第二帝政への抵抗に活用したことです。そんなところからもいち早くメディア戦略をもった作家だったことも分かります。あるいは、新聞や出版が当時急速にはったつしますから、自分の著作をプロモートすることにも積極的でした。つまり、興隆するメディア時代の作家だったのですね。で、『レミゼラブル』は初版が1週間で」3500部売り切れるのですが、すぐに新しいイラスト付の版を出していきます。

 だから、ユーゴーの方でもメディアミックスに積極的だったということです。

 コゼットのこのイラストはいまでもそれこそミュージカルや切手などの図版に使われていますが、1880年に出した挿絵付の版の挿絵画家エミール・バイヤールによるイラストです。

 つまり、さきほど160年後の「メディアミックス」状況という話をしましたが、ユーゴーの方では、かなりはっきりとした「メディアミックスの戦略」をもって出版をした。必ず、ベストセラーになるように仕掛けをして、満を持して出版した、ということなんですね。

 フランスの外に「亡命」しているにもかかわらず、あるいは、外に亡命しているからこそ、そのように戦略的も様々な仕掛けをして出したということだったわけです。そして、私たちは160年後にそのイメージを受け取って、それを拡大しながら『レ・ミゼラブル』を鑑賞している、読まないでも知らず知らずのうちにユーゴーのメッセージを受け止めているというわけなのです。

 

IV 〈文学〉と〈心〉の問題


 さて、ユーゴーはなぜ、そのようなメディア戦略をとったのでしょうか。

 ベストセラーを創りだして、お金儲けをしたいと思ったからでしょうか?

 あるいは、ナポレオン三世の第二帝政に反対する政治的なアクションからでしょうか?

 

 いいえ、そうではないんです。

 

答えは、単純で、「この本を万人に読んでもらいたい」から、というのが正解になります。

本が出た同じ1862年、ユーゴーはイタリア語版の出版社に次のように書き送っています。

 

「男に無知と絶望があり、女が麺麭のために身を売り、子に学びのための本なく、暖をとる家なきところでは、それがどこであれ、この『レ・ミゼラブル』という書はその人の扉を叩き、あなたの扉を開けよ、これはあなたのための本なのだと告げるのです。私たちの文明がまだほの暗い現在、ミゼラブルとは〈人間〉の名なのである。どのような気候のもとでもいま人間は死に瀕しており、どのような言葉においてもうめき声を上げているではないか。」

 

つまり、文字が読めない人にも少しでも近づくことができるように、いろんな境遇、さまざまな地域、異なる言語の人にも、読んでもらえるように、という意図があって、あらゆるメディアをつかってこの本を読んでもらおうとしたわけですね。

 

で、そのように本を知ってもらう、本に近づいてもらう、ビジュアルも駆使して本のストーリーに親しんでもらう、という入念な準備をしたうえで、では、その肝心の「本を読んだ」ときに、「何が起こり」、「何が伝わる」と考えたと思いますか?

 

これは、ほんとうは、皆さん自身がこの本を読んで考えてみてほしいことです。

 

でも、私は今日これを話すためにやってきましたから、最後に少し説明します。

 

それは、つまりつぎのようのようなことです。

 

読書が心をつくるしくみ

やや改まって、学者的な物言いをすると、この問題は、文学研究の中心にあるべきだと私が考えている、「文字を読み書きするとはどういう活動か?」「本を読むとはどういう活動か?」に関わるテーマです。

さきほど「象徴的貧困」という話をしましたが、そのこととも関係しています。多くのメディアが共存・競争して注意力を奪い合うようになった現在、「文字を読み書きする」とはどういう活動なのか、が改めて問われているのです。そういう研究は、脳神経科学の研究とかメディアの研究とかとの関わりでいまさかんに行われているのです。

 

本を読んだときには、「本に読みとったこと」が「伝わり」ます。

「当たり前だ」と皆さんは思うでしょうか?

でも、そこでは、「文字を読む」という活動に関して、じつはけっこう複雑なことが起こっています。

本は、自分で文字を読み進めていかないと読めないですね。これも当たり前ですが。

でも、例えば動画や録音だと、メディアの方が勝手に放送したり再生したりしてくれますね。意識の作り方がだから、本と他のメディアとでは全然ちがうわけです。

 

本を読むときは、たとえ音読しなくても、頭のなかで自然と声に出して読んでいますね。私はそれを「意識の声」と呼んでいます。自分で意識をはたらかせたときに聞こえてくる声だからね。あなたいまが読んでいる文章はもちろん作者が書いたものだから、そこに書かれているのはたしかに作者の声なのだが、それでも、それを読むには、それぞれ固有の読者の意識の声を必要とする。だからその声は半分は読者であるあなたの声でもありますね。この声が聞こえているとき、つまり読んでいるときというのは、読者であるあなた自身が、自分のことばの活動を自分自身で能動的に働かせて、「内面の声」をつくり、「心」を作りだしています。

読書においては、「読書する意識」が、作者と共同でつくられている。つまり、読書することで「作者とともに世界を語る意識」がつくられ続けているというわけですね。

 

「心」は目に見えない

これらすべての「読字・読書の経験」は、人からは見えないものです。作者からももちろん見えないものです。でも、その目に見えないものである「心」が、読書によってつくられるわけです。それぞれの人の内面に、それぞれ、ひとりひとりちがうように、「心」がつくられるわけです

 

そのようにして、目に見えない「心」が「伝わる」のですね。

その作品の世界が、読者の「心」と一致するようになるのですね。

これって、「想像力」といいます。「世界を想像する力」です。

 

ユーゴーの本は、先ほど言いましたように、最初ユーゴーは「レ・ミゼール」っているタイトルで構想していました。

「ミゼール」とは、「悲惨」とか「困窮」とか「貧困」とかいう意味です。ラテン語の「miser 不幸な、哀れな」という意味から来ています。

 

最初ユーゴーは、

 

「ある聖人の物語

ある男の物語

ある女の物語

ある人形の物語」

という四つの「ミゼール」の物語を考えていたのです。

ここで「ある聖人」とはディーニュの司教ミリエル、

「ある男」とはジャン・ヴァルジャン、

「ある女」とはファンチーヌ、

「ある人形」とはクリスマスの日にジャン・ヴァルジャンから人形をもらうコゼットの物語のことです。

 

四つの「ミゼール」の物語、つまり「不幸な境遇」の物語、というシチュエーションですよね。

そして、完成に近くなって、題名を「レ・ミゼラブル」に変えました。「ミゼラブル」とは、「不幸な、悲惨な」だから「哀れみをおぼえさせる」「哀れに思わざるを得ない」ひらたくいえば「可哀想でしかたがない」という意味の形容詞で、それが名詞化すると、そういう同情を禁じ得ない人、哀れな人、という意味です。そこから、「可哀想なやつ」「情けないやつ」というネガティブな意味もシチュエーションによっては生じます。

小説の中で、最初に「ミゼラブル」という言葉が発せられるのは、ジャンヴァルジャンが、プチジェルヴェから硬貨を取り上げてしまったことを後悔して、「俺はなんて情けない男なんだ」という「俺はミゼラブルだ」という場面です。

 

「世界の悲惨」と「想像力」

ここで、私が強調したいのは、「ミゼール」とか「ミゼラブル」という言葉、それがこの小説の本当のもっとも中心的なテーマなんですが、それが、「心」に関わる言葉だということです。

「ミゼール」(悲惨、貧困、困窮)というのは、客観的な事実や状態を指すだけの言葉ではなくて、「心の問題」をいつも伴った表現で使われる。「ミゼラブル」は、まさに「心の動き」を指す表現に使われることばなのですね。

で、「ミゼール」や「ミゼラブル」をテーマに小説を書いたのは、「世界の悲惨」を包摂する「心」、抱擁するとか抱きしめるといった方がいいかな、ミゼラブルな人々を心に抱きしめるような作品を書こうとして書いたということなのです。

「小説を読む」ことで読者の「心」が「世界の悲惨」を受け止めるぐらい大きくなるだろう、そうユゴーは考えて書いたと私は思うのですね。「世界の悲惨」を描いたこのユーゴーの作品では、そのように「心」がつくり出されていくように出来ているのだと私は考えているのです。

そして、それは「文学」、つまり、「文字を書き文字を読む活動」を通じてしかできないことだと思うのですね。

 

それが出来るようになると、「世界の悲惨」を受け止めて世界のこれから、悲惨な人びとを受け止めることができる「心」が育つ。そのようにユーゴーは考えたはずなんです。「文学は心を大きくする」。そうユーゴーは考えていたし、それを可能にするような文学を生み出そうとしたのだと思うのです。

 

その「心」は、それぞれの読者の心の中でしか育たないもので、他人からは見えないものです。「心」は目には見えないものです。その目に見えない「心」が読者それぞれのなかに大きく育てtいったとき、世界がもっとよくなるはずだ、とユーゴーは考えていたはずです。

 

私のお話はとりあえずまず以上です。

 

 

 

 

 

 

2022年3月6日日曜日

「歴史が退行するとき」『北海道新聞』2022年3月3日(木曜日)朝刊「各自核論」

 

「歴史が退行するとき」


 歴史がみるみる退行していく。過去三十年の冷戦後の時代(ポスト・コールドワー)を超えて、第二次世界大戦後の世界秩序(ポスト・ワー)さえ超えて、歴史は1930年代や、あるいは列強の時代にさえ逆戻りしつつあるのではないか。にわかに信じがたい時代感覚に私は襲われている。直近のウクライナ危機がきっかけだが、軍事的・地政学的な危機にとどまらず、20世紀には二つの大戦と冷戦をへてまがりなりにも
よりましな世界へと歩んでいたように見えた歴史が、ここに来て全面的に後ずさりしていくように見える。

 手元の百科事典には、「退行」の項に、「精神発達が止まり、逆の方向に進むこと。一般的には、組織化され分化した行動や表現が未成熟な発達段階に逆戻りすることで、幼児的になることをいう」(小学館『日本大百科事典』)とある。人類の歴史を幼児から大人への発達にたとえてよいかは大いに議論の余地のあるところだろう。しかし、どうも人類は歴史の経験から学ぶところがあまりに少なすぎるのではないだろうか。

 いま世界は、冷戦終結後三十年をへて、すっかりひび割れを起こし、どうやら大変な不安定期に入ってしまった。国際秩序だけでなく、経済社会も、国内政治も、そして情報コミュニケーションの秩序も大きく揺らいで、世界中で不信と不安が拡がっている。しかも、私たち人類の共通の星、地球がもはや取り返しがつかないかもしれない絶体絶命の持続可能性の危機にあるというのに、このありさまなのである。

 冷戦が終わったときには、「歴史の終わり」が声高に語られた。資本主義は最良の経済原理で、市場の自由な競争に委ねておけば、豊かな社会が約束されると喧伝された。だが、結果はその逆で、豊かだった国にも大量の貧しい人びとが生まれた。世界では、上位1パーセントの超富裕層が 世界全体の個人資産の4割ちかくを所有するまでになった。

 インターネットの情報革命も、文明生活を向上させたとはいえず、フィルターバブルと呼ばれる人びとの分断をうみ、メディア機器が生活時間を占有することで、落ち着きのない生活を強いるようになった。監視社会化もまた情報技術がもたらした負の側面だ。 

 政治社会の惨状は目を覆うばかりだ。トランプ米元大統領に代表されるような幼児的なパーソナリティの政治家が各国の政治に登場し、ポピュリズムが席巻するようになった。それらミニ・トランプ的政治家が幼児的な言動を繰り返し、政治の常識を変えてしまった。権力の透明性が失われて腐敗が進み、議会政治や政党政治が機能しなくなった。わが国の政治などはさしずめその好例だろう。あげくには、反ユダヤ主義や反中嫌韓といった、あからさまな差別言説が台頭するようになった。

さきほどの百科事典がいう、精神発達が止まり、逆の方向に進むこと、行動や表現が未成熟な発達段階に逆戻りすること、という退行の定義がやはりあてはまるのだ。

 で、どうしたらいいのか?

 残念ながら私にも分からない。それほど事態は深刻である。しかし、どうしたらよいかと自問する人びとは確実に社会にはひろく存在しているはずだ。

歴史の退行に抗いうる力は、文明の力というようなものだろう。それこそ歴史に学んできた人びとがもつ文化の力でもある。

近年、新聞を読む人の数は減りつつあるが、テレビやネットでは、人びとが理性的に物事を理解し長期的な判断力を養うために十分ではない。文明はおもに文字によって培われてきたものからだ。

混迷の世界を生きる人びとに理性的な視座を提供するために、良識と良き意志をもった上質な新聞には、今一度メディアとしての出番が回ってきているのではないか。メディア学者としての私はそう考えている。

2022年1月12日水曜日

演劇とその分身 --渡辺守章先生の思い出 『図書』岩波書店 2021年12月号

演劇とその分身  --渡辺守章先生の思い出

 

パリ、1976年9月9日 夜

 今では印象派のコレクションで知られるパリのオルセー美術館の建物は、1900年の万国博覧会に合わせて建設されたオルセー駅の旧駅舎で、1970年代は五月革命でオデオン座を追われたジャン=ルイ・バロー・マドレーヌ・ルノー劇団の常打ち館「オルセー劇場」だった。最も野心的な演劇活動を繰り広げていた劇団で、日本の学生運動を逃れてパリで亡命生活を送っていた二十歳を過ぎたばかりの私は、そのシンプルな鋼材で組まれた劇場に頻繁に通ってベケットやデュラスやサロートなどの実験的作品を観ていた。

1976年の秋には日本の能「世阿弥座」がやってきて公演した。9月9日の夜のことだ。日付を正確に思い出せるのは、幕が上がる前、「中国で毛沢東が死んだ」という緊急ニュースが場内アナウンスされて客席がどよめいたのを覚えているからだ。

能の公演が始まる前、舞台には守章先生が裃姿で登場した。これから演じられる能の演目についてよく通る流暢なフランス語で解説した。あの精神的な日本の能を観ようと集まった、パリの知的な聴衆は、聞き逃すまいとじっと聞き入った(この時の様子は翌日のルモンド紙の一面に詳しい劇評が載せられている)。それが私が渡辺守章の「舞台」を間近に目撃した最初である。そのときの演目は、以後伝説となった、観世寿夫が舞った「砧」。生涯初めて能を観た青二才の無知な学生には猫に小判だったが、照明に照らし出されたオルセー大劇場の能舞台と謡の低い声、観客の静かな熱狂が記憶の底から甦ってくる。

今年4月に亡くなった渡辺守章先生が『ポール・クローデル――劇的想像力の世界』を上梓したのは、この公演の前年のこと。「守章」先生と呼ぶのが先生を知る人びとのつねであったから、この稿ではファーストネームを基調とすることお許しいただきたい。証言者の私はといえば、当時ソルボンヌの学生で「マリアへのお告げ」や「堅いパン」などクローデルの戯曲を読み、75年秋にはコメディ・フランセーズでアントワーヌ・ヴィテーズの演出によるクローデル劇「真昼に分かつ」、76年9月にはパリ市庁座でアンヌ・デルベによるクローデルの野心的な演出「交換」を観てはいた。守章先生と関係の深いミシェル・フーコーのコレージュ・ド・フランスの講義に出たりヴァンセンヌの森にあったパリ第八大学でジル・ドゥルーズやジャン=フランソワ・リオタールの授業に出ていわゆるフランス現代思想にもどっぷりとのめり込んでいた。

 

マラルメを読む

あとから考えれば、守章ワールドにかなり近いところにすでにいたはずだ。しかし、実際に先生の授業に出るようになったのは、帰国して東京大学本郷 仏文の大学院に進学した80年。そこで出会ったのが守章版「マラルメ」だった。当時の仏文は少数精鋭だったから、十名足らずの院生と教官で難解で知られるマラルメの原詩を徹底的に読解する。すべての単語についてあらゆる辞事典を調べあげ、それぞれの詩について蓄積された解釈史を精査する。そこまでならどの原書講読も同じだが、守章先生の演習では、読むとは身体の実践が伴わねばならない。詩を詠むのである。それには生きたフランス語が大変よくできる必要があるだけでなく、韻律詩法に裏打ちされてそらんずることができるのでなければならない詩の言語を身体的に演ずるパフォームが必要なのだ。

だから、先生の授業はまず詩の読誦から始まる。『エロディアード』詩群など長いものを読む場合には守章先生が朗々と詩を詠むことで初回の授業は終わる。そこからマラルメの詩的言語の宇宙へと分け入っていくのだ。マラルメの詩の読解は、いわば終わりなき分析で、つい先日、先生が亡くなるまで、私は守章先生とマラルメのコーパスについて40年以上の解釈の対話を続けたことになる。あの詩のあの箇所は、このように読むのではないか、新たな解釈についてどう評価すべきか、マラルメの蘊蓄について話が途切れることはなく、いつも緊張感をもってご高説を承ったものだ。その膨大な研究の蓄積が、岩波文庫『マラルメ詩集』に結実したことは、編集者泣かせの膨大な注釈と解説が明かしている。すでに日本近代詩史のなかに位置を占める鈴木信太郎訳の旧版を廃して成った偉業だが、これこそはマラルメ的な「墓」詩群の意味で、「渡辺守章の墓」なのである。

1980年代初めの東京で二年間みっちりとマラルメの詩について教わった。未刊行草稿も多かったが、守章先生のドゥーセ文学図書館の伝手つて貴重な書誌情報を入手して作業は続いた。詩人イヴ・ボンヌフォアが書写した「イジチュール」草稿群を先生のゼミでつぶさに読み解いた経験は、私たちのマラルメ研究を世界最先端の水準に引き上げたと今でも思う。マラルメという文学の極星を同時代の誰よりもよく知悉してその詩を身体化し得ていることは、バルトフーコーデリダドゥルーズを〈マラルメ〉から出発して読むことを可能にする。それをから教えていただいたと私は思っている。

 

身ぶりと言葉

1980年のラシーヌ「ブリタニキュス」から始まって、ジュネ 「女中たち」、「バジャゼ」、「フェードル」、「ハムレット」、ミュッセ「ロレンザッチョ」、さらに、「シラノ」、「内濠十二景」、そして、翻訳家としても演出家としても集大成となったクローデル「繻子の靴 – 四日間のスペイン芝居」の完全上演にいたるまで、ほぼすべての渡辺守章演出劇は観た。1986年のラシーヌ「フェードル」パリ公演は、ちょうど二回目のパリ留学中だったから、シャイヨー宮に出向き、プレスリリースの資料づくりの手伝いなどをしたこともあった。その頃から気になり始めたのが、ラシーヌ韻文劇のアレクサンドラン(十二音綴詩句)をどのように日本語に翻訳しているのかという問いである。

  フランスの古典劇は韻文で書かれ、そもそも音節言語ではないモーラ(拍)言語の日本語にその言葉の劇の構造を移すことは至極困難な作業である。守章先生の場合には、日本の能などの伝統的な拍構造に言語的身体が通じていることが、フランス古典劇を現代日本語の言葉の劇として翻訳する道を開いたのだと思う。 

渡辺版ラシーヌに慣れ親しんだ者であれば、「エロディアード 舞台」の七七五七五拍の独白のなかに、渡辺ブリタニキュスの絢爛たる〈守章節〉を聴き取ることができるはずだ。

 

おお、鏡よ!

冷たい水よ、そなたを囲む縁の中、倦怠によって凍れる水よ、

幾度(いくたび)となく、いや長い時の間、夢想に打ちひしがれて、

ただ独り、我が追憶を、さながら深い筒井の底、

そなたの氷の下に沈む 枯れ葉のように、追い求めつつ、

遥か彼方の亡霊か、そなたの内に現したのだ、この姿を、

だが、おぞましい!幾夜かは、そなたの畏るべき泉水のうちに

知ってしまった、散乱する我が夢の 裸形の姿を!(渡辺守章訳『マラルメ詩集』岩波文庫より)

 

 拍や節がないような詩や演劇の翻訳はありえない。渡辺訳では戯曲の翻訳においても、そして詩の翻訳においても、言語の内部へとその舞台を移した潜勢劇が、言語「態」 -- 言葉の「たたずまい」 -- として、演技する言語の身ぶりを濃い陰影をもって浮かびあがらせるのである。

 

表象とエクリチュール

言語と言語の間、文化と文化の間に開かれる、このような創造の場所を語るための〈知の言説〉を、20世紀後半のパリの思想界は発明していっていた。フーコーがドゥルーズ論に与えた表現を一般化して使えば、それが構造主義・ポスト構造主義という「哲学の劇場」だった。

 この思想の劇場の架橋にもまた、渡辺守章の演技する身体が十二分に活躍したことは周知のとおりだ。

 

昨年と今年お送り戴いた『ルプレザンタシオン』の創刊号と第二号をもう一度読み直しまして、貴兄のプロジェクトの大胆さに改めて感服いたしました。つまり、真にバイリンガルな雑誌という点であり、そこでは、フランスと日本の思想家が、詩人が、小説家が、互いに自分の仕事を提出し、みずからを現前させている。しかし、そればかりではありません。彼らは、この雑誌のタイトルである『ルプレザンタシオン』(表象であると同時に代表)が暗示しているように、互いに自らを「代表的表象として、あるいはそれぞれの表象を代表するものとして、提出している」のであり、これは、フランスと日本が旧世界の両極にあって占めて来た対照的な位置についての自覚に促された行動だと思われます。(1992年5月12日 渡辺守章教授へ クロード・レヴィ=ストロース 『渡邉守章評論集 越境する伝統』ダイヤモンド社、所収)

 

フーコーが古典主義の時代のエピステーメーについて語った「ルプレザンタシオン」を「再現= 代行=表象」と読み解き、「舞台上演」とも等号で結んだ。デリダの「エクリチュール」を、「態」の字のなかに「能」の文字を読み込むことで、「言語態」と捉え返した。このような翻訳の操作によって、守章先生の文化的な「仕掛け」は、知の変革のプログラムとされていったのだ。それはやがて、一九八七年には東京大学教養学部に「表象文化論研究室」 をつくり、1990年代の「教養学部解体」の危機から東大「駒場」を救い出すことにつながった。

 

「一つの演戯」

 「所詮、演戯であるかもしれない… 私がフランス語をなぜ学ぶか、という問いに答えようとする時に、私のつぶやく言葉。少なくともそれは、もう一つの言葉を引き出すための〈仕掛け〉としての一つの演戯なのである」。なぜフランス語を学ぶのかを問われて、守章先生は1974年にそのように書いている(「距離と構造 – あるいは、おのが分身を育てること」、渡辺守章『虚構の身体 -- 演劇における神話と反神話』中央公論社)。 

「十代後半からフランス語を始めた」自分が、ラシーヌやクローデルやジュネのような音声言語の精緻な演劇に殊更にひかれるのは、その絶対的な音声言語の先にある深淵から「〈影 =分身〉として、やがて、新しい言語態として、別の何物かが 立ち現われて来るのを見たからである」、と。

文化的な〈仕掛け〉としてのひとつの〈演戯〉。その演戯は、随分と遠くにまで創造の軌跡を延ばしてゆき、「この劇の舞台は世界である」という世界演劇の地平に辿りついた。

そして、これ以後、われらは、『繻子の靴』の開幕を告げる口上役の台詞に耳を澄ませ、渡辺守章演出劇の行方に胸をときめかせるばかりである – 

 

耳を澄ませてお聞きなさい。咳は我慢して、ちっとは理解するように努力していただきたい。お分かりにならないところが一番素晴らしい、一番長いところが一番面白い、それから、なにが面白いんだとお思いにならないような箇所が、実は最も滑稽なので。

(ポール・クローデル著 渡辺守章 訳『繻子の靴(上)』 岩波文庫)

 

 






2021年10月20日水曜日

デジタル格差、コロナ下拡大 対策急げ 『北海道新聞』「各自核論」2021年10月14日朝刊

デジタル格差、コロナ下拡大 対策急げ 『北海道新聞』「各自核論」2021年10月14日朝刊


デジタルデバイド(あるいはデジタル格差)とは、コンピュータやインターネットなどの情報技術を利用したり使いこなしたりできる人と、そうでない人の間に生じる、貧富や機会、社会的地位などの格差のことだ。個人や集団の間に生じる格差と、地域間や国家間で生じる格差がある(以上「IT用語辞典 e-Words」の用語解説より引用)。
 そのデジタルデバイドだが、現在の新型コロナ感染症危機(以下、コロナ危機と記す)は、その格差を拡大させつつある。そればかりか、コロナ危機が終わったとしても、情報生活の差をとおして、大げさにいえば、人びとの生き方が分岐していくとさえいえるほど大きく複雑な差異が生まれつつあるのだ。
テレワークによる就労が急速に拡がり、都市部ホワイトカラー層を中心にオンラインで仕事をする人たちが急激に増えた。この傾向は世界でも日本でも同じで、業種により浸透度は異なるが、週に一度か二度しか出勤しないという人もいまではざらである。
労働の時間と余暇の時間との区別も曖昧になりつつある。ワーケーションと呼ばれるような半ば休暇をとりつつ仕事をする、という労働と余暇のかたちも一部ひろがりつつある。
 学校でも、コロナ危機で登校が抑制され、初等中等教育でもオンライン授業が拡がり、家庭での学習への対応が社会的な課題になったことは記憶にあたらしい。
対面授業ができないことはそれ自体が教育にとって大きな障害である。学校で全員が同じ教室で先生から授業を受ければ、少なくともその場面においては平等な教育条件が一応は揃う。しかし、オンラインに移行すれば、すぐさま教育は大変困難な問題に直面する。
ブロードバンドに常時接続し遠隔で教育を受けられる情報機器環境が整っているか、静謐な居住環境は確保されているか、常にサポートしうる親族や助言者がいるか、など、経済格差、学歴格差、言語や文化差、等々の様々な現実社会のはらむ問題が、デジタルデバイドとして立ちふさがるのである。
大学でもこの一年半はほぼすべての講義がオンラインで行われてきた。しかし、ここでも、居住・経済環境によるネットアクセスの差、あるいは、いわゆる偏差値下位校ほど学生がスマホはもつがパソコンをもっていないというような経済的および文化的な格差など、デジタルデバイドが生まれることが分かっている。
コロナ危機は、したがって、私たちの社会に潜伏して進行してきたデジタルデバイドを一挙に現実に目に見えるものにした。しかし、それだけではない。このコロナ危機は、過去三十年来続いてきた世界の情報化の歴史的段階を飛躍的に高めるきっかけになることは確実だからだ。
じっさい、オンラインで行うことができる仕事であれば、わざわざ時間をかけて出勤する必然性はない。その時間を別の活動に振り向けて労働生産性を上げることができる。教育に関してもおなじである。オンラインですべき教育活動と実地に対面で行う教育とを合理的に組み合わせて行うこができれば教師にとっても生徒にとっても効率がよい。
だからコロナ後の世界においては、オンラインでの仕事や勉強、あるいは社会活動と、オフラインでの仕事・学習・市民生活とが、さまざまに有機的に組み合わさりミックスした生活のあり方へと移行していくだろう。
だが、問題なのは、そのベストミックスを誰もが享受できる条件には、少なくともわが国の情報社会はなっていないということだ。残念なことに、わが国は情報化に乗り遅れた国になりつつある。人びとが平等に情報社会における労働・教育・社会活動の手段にアクセスできる条件はこの国では未整備のままである。本気でこの深刻な問題に取り組もうという意思がこの国の政治的指導層には希薄である。

2021年5月29日土曜日

石田英敬「テレビ記号論とは何か」 新記号論叢書[セミオトポス 1]日本記号学会編 慶應義塾大学出版会 2007  


テレビ記号論とは何か 石田英敬

 

 二十世紀の始まりにフェルディナン・ド・ソシュールによって「社会における記号の生活」 を研究する一般学として提唱された現代記号論にとって、テレビの研究は今日最も重要なテーマのひとつである。現代人の「記号の生活」に最も大きな影響を与えているメディアはテレビであり、私たちは、日常テレビをとおして世界のニュースに接し、世の中の話題を知り、プライヴェートな生活を送り、テレビなしに消費も経済も成り立たない。20世紀から21世紀初頭の人間は、テレビをとおして「社会における記号の生活」を営んでいるのだ。

 しかし、記号論は果たしてテレビの「記号生活」について十分な研究を展開してきたといえるだろうか。

 ソシュールの一般記号学の延長上で言えば、「テレビ記号論」とは、社会における「テレビの記号生活」を研究する学ということになる。しかし、テレビ記号論はすでにあるなんらかの記号論の理論や方法をテレビの記号作用に対して適用することで可能にはならない。テレビ記号論とは、私の考えでは、記号研究の根底にあるべき、記号の仮説や記号作用の公準を問い、「記号論」の成立条件自体を全面的に問い直す作業を含む、新たな認識論的パラダイムの探求なのだ。

 テレビの壁

 二十世紀の記号論は、文学作品や芸術作品、あるいは映画作品のような審美的対象を内在主義的に分析することを特権的方法としていた。しかし、「私はテレビから排除されていると感じる」 1970年代末にロラン・バルトが述べたように、第二次世界大戦後のテレビ文化の興隆期に当たる時期に最もソフィスティケートされた記号分析の理論と方法を確立していったフランス構造主義者たちにとってさえ、テレビは内在的な分析研究の対象とはならず、むしろ「記号社会」の現象として、マス・メディア社会や大衆文化に関するマクロな文脈で扱われるようになっていった。「神話作用」のバルトやジャン・ボードリヤールの仕事がそれにあたる。

 「メディアはメッセージ」というマーシャル・マクルーハンの定式との対比でいえば、「言語モデル」から出発した、記号論の関心はメディアにはなく、メッセージが中心となった。そこから「技術の問い」は閑却され、メッセージの記号としての意味構造を記述することに研究は焦点化されることになる。そして、メッセージ構造だけを抽出するとすれば、たとえばテレビと映画との区別はつきにくくなる。映像記号論において最も優れた成果を残し、今日のテレビ記号論にとっても重要な理論的ソースでありつづけているクリスチャン・メッツの議論においてさえ随所に述べられているように 、映画とテレビは基本的に同一の理論フォーマットで扱えるものとされてしまうのである。<記号>・<社会>・<技術>という、メディアを成立させる三つの基本的な問題次元のうち、記号論は<記号>の次元のみに着目することによって、<記号>としての自律性が低く、<技術>および<社会>による制約変数が高い<テレビ記号>は、研究対象としての像をついにくっきりと結ぶことがなかったのである。作者や作品をめぐって、「文学」という言説ジャンルや「芸術」という文化実践の制度を前提とし、「テクスト」に表れる「文体」や「レトリック」の「読み」を方法に、「意味作用」の「批判=批評」に身をゆだねる「読み手」という記号学者の「人文主義的な解釈の枠組み」からは、テレビのセミオーシスは十全に捉えることが出来なかったというべきかもしれない。

 他方、フランス記号論の諸概念を、メディア論の文脈で受け止めて、ヘゲモニー論やイデオロギー論、エスノグラフィー研究と組み合わせて発展させ、テレビにおいて成立するポピュラー・カルチャーの分析を研究の中心に据えたのは、よく知られているように、イギリスの「文化研究」の流れである。この研究動向は、スチュアート・ホールの「エンコーディング/ディコーディング」やジョン・フィスクの「テレビジョンのコード」に見られるような文化コード論とメディア・テクスト論を特徴としている。それらの研究がテレビ・カルチャーの成立について重要な成果を上げたことはまちがいない。しかし、操作概念についてより緻密な理論的検討を加えるならどうだろうか。「文化研究」における「コード」や「メディア・テクスト」の概念には、フランス構造主義から受け継いだ記号論モデルの影響が読みとれるのであり、テレビの「文化研究」を支える概念装置については再度の問い直しを求められているといえるだろう。とくに、その限界は、ポピュラー・カルチャーが成立しなくなる、テレビの「ネオ・テレビ期」(ウンベルト・エーコ)になると顕著になる 。「社会」がテレビに吞み込まれ、テレビが「社会」を「表象」しなくなるネオ・テレビ期における、テレビのセミオーシスの理解には、テレビの記号原理に関する認識論的な一新が不可欠だというべきなのである。

 テレビの「記号生活」の社会における全面化とうらはらに、記号論にとって、テレビは次第に認識論的な壁として立ち現れてきたといえるだろう。それはまさにテレビが既成の文化のジャンルを突き崩してコミュニケーションを流動化させ、「社会における記号の生活」をつくりだす主導的な記号装置として機能してきただけに、記号論にとってはまさに致命的な障碍であったというべきだ。今日記号論が、現代世界の意味生活について本来果たすべき批判的役割を担いきれていないことの原因には、こうしたテレビの非-思考の問題が横たわっているとみるべきなのだ。

 記号学者はテレビを前に自省すべきである。これほど日常的で影響力の大きいメディアを批判できない記号学とは何なのか、テレビを説明できない記号学者なんかいらないのではないのか、と。じじつ、記号学ルネサンスは、テレビ研究から起こりつつある。現代記号論はテレビ研究を自身の仕事の主要な源泉のひとつとしてきたエーコという例外的なパイオニアをもち、1990年代以降のヨーロッパのテレビ研究では「第二世代の記号論」 の登場も語られているのである。

 

記号テクノロジーの問い 

 テレビは何よりもまず「記号テクノロジー」である。この点において、テレビ記号論の問いは、二十世紀以後の記号論のまったくオーソドックスな問いの系譜のなかに位置づけられるのである。なぜなら、記号テクノロジーの問いこそ、ソシュールによる記号学の企てそのものを生み出した核心的問いだからだ。

 「テレビの記号作用」は、機械によって「テレビ記号」を生み出し送り手と受け手とをむすぶ一連のテクノロジー回路とオペレーションの手続きから成り立っている。この「技術的-社会的-記号的配置」において視聴されるのが「テレビ記号」であり、「番組」というメッセージであり、そこに生み出されるのが視聴者という「テレビ的コミュニケーションの主体」である。

 それはあたかも、ソシュールにおいて、「言語記号」が、お互いに「電話的回路」によって技術的に結びつけられ会話する二人の話し手/聞き手の「ことばの回路」という間主観性において「発見」されたのと同様である。フォノグラフと電話という記号テクノロジーが可能にした認識の図式なしに、ソシュールの「言語記号」の概念も「話す主体」の理論も成立しない。アナログ・メディアの「テクノロジーの文字」が書き取ることを可能にしたものこそ、ソシュールに記号学を提唱させた「記号」であって、テレビの「テクノロジーの文字」が書き取って送信しているものが「テレビ記号」なのである。

 そこにはしかしフリードリヒ・キトラーのいう「1900年の書き込みシステム」 に固有なひとつの根源的なパラドクスが潜んでいる。ソシュール以来、ことばという「意識」の「記号」現象の認識は、フォノグラフという「テクノロジーの文字」によって書き留められ構成されるという「技術的無意識」を伴うことになった。そしてじっさいにひとびとの「意識」はアナログ・メディアの記号テクノロジーによって構成されるようになったのである。

 「語る主体」は「意識」において「言語記号」をコントロールすることができる。だがアナログ・メディア以後は、「記号」の「意識」への「現われ」を支えているのは、テクノロジーのエクリチュールである。このようなコミュニケーションの条件が20世紀以降は一般化したのだ。私たちは、テレビ映像の一コマ一コマを見ることが出来ないがゆえに、私たちの「意識」自体が技術的に生み出され、私たちはテレビの「記号」を見ることができるのである。

 二十世紀の記号論は、こうした記号テクノロジーの認識論的な回路のうえに記号の「意識」と「無意識」をめぐって成立してきたのである。記号論の実定性の根拠はそこにあり、現象学や精神分析との本質的な結びつきはそこに起因している。記号論はもういちどこの認識論的技術論的な条件を思い出すべきなのである。

 現代記号論は自らを生み出した「記号テクノロジーの問い」を問うてこなかった。その間に、人びとの生活世界に深く食い込み意味環境の成立条件を一変させてしまったのは、テレビやITのような「記号テクノロジー」だったのである。記号論の認識革命が行き詰まったのはある意味で当然だった。世界の方が全面的に「記号論化」したのに、「記号論」の方は理論的に失効するというパラドクス的状況である。テレビやコンピュータという「記号論マシン」が人間生活のおよそすべてを統御しているのに、「記号論」の方は手も足もでないという情けない状況である。これは現代記号論がある時期以降、「言語モデル」を始めとするあまりに均質的な意味モデルに閉じこもった結果である。

 いまではソシュールにはちがった読み方が求められているといえる。「記号学」はより根本的な認識論的な批判を求めている。それはソシュール派記号学を根底的に批判しつつ、それが始まりにおいて持っていた認識論的なダイナミズムを回復する試みを意味している。その批判のひとつがたとえば、このような観点から求められるテレビ記号論なのである。あるいはパースの記号論からも補助線を引かれるべき問題も多い。記号テクノロジーに媒介されたセミオーシスの解明である。

 例えば、テレビ記号論において現在注目される立場は、パースの「類像記号」、「指標記号」、「象徴記号」の三分類のうち、テレビ記号の「指標性」に着目することによって、「テレビ記号」の定義を立体的に組み直し、そこを突破口に、<技術>的制約性や、<社会>的構築性の問題へと至るという理論戦略である。そこでは、コミュニケーションの「同時性」という「時間」性や、スタジオの「ダイクシス」の「現在」性に照準した、理論的審級の組み直しが求められる。これらはすべて従来の記号論の公準のラディカルな組み替えなしに完全に理論化しうるものではない。「テレビ記号論」が、新たな記号論を求めるものである所以はまさにそこにあるのである。

 

テレビの一般記号学

 テレビは「現実世界」を「リアル・タイム」で指示しつづけるあまりにも「リアル」なメディアである。しかし、その自明性に反して、そこに流れているのは、無機質な物理的信号の流れであり、画面上に刻々と浮かび上がっては消えていくのは一般性を欠いた個別のイメージの「いま・ここ」の連続である。その視覚に突如として闖入してくる「偶然性」の「出来事」…。テレビは脈絡を欠いた無数の「idiot(=個別)」(ジャック・ラカン)な映像から成り立っている「現実界の砂漠」(スラヴォイ・ジジェック)への入り口なのである。

 しかし、その根源的な寄る辺なさゆえに、テレビはあらゆる記号手段を動員して、象徴体系を築き上げようとする。刻々と紡がれるアドホックな「筋」、「声」や「顔」といった「言表行為」の「痕跡性=指標性」を裸出させつつ即興的に組み立てられる誇張的な「語り」や「演出」、急ごしらえの映像文法と編集…。こうした「偶然性と筋」(エーコ)の戯れによってテレビは、その記号作用のゲームを繰り広げてみせるのだ。

 テレビの「記号」はラディカルに恣意的であると同時に、「いま・ここ」の指示作用において絶対的に動機づけられている。リアル・タイムの「いま」、リアル・ワールドの「ここ」において偶発的な痕跡からアドホックに組み立てられて「編集」されている「指標的シニフィアン」の組織、それこそがテレビなのである。

 リアルからシンボルへ、こうしたすべてにおいて、テレビは刻々と生み出される「記号」の「いま・ここ・わたしたち」の社会的機関(ルビ:オルガノン)なのである。

 物理的な信号からリアル・タイムのテレプレゼンスを生み出し、その時間の流れから意識を構成し、リアル・ワールドの指示作用を立ち上げ、コミュニケーションのフレームを指定し、世界とのコンタクトを組織する・・・。テレビのスイッチをオンにするだけで、こうしたセミオーシスの全プロセスが一挙に立ち上がるのである。

 テレビの番組表は、テレビという記号テクノロジーがつくりだす「意識」のダイヤグラムでもある。スタジオはテレビ的コミュニケーションの「いま・ここ・私たち」の「ダイクシス」装置であり、バラエティにせよ、ドキュメンタリにせよ、スポーツ実況にせよ、すべては、以上のような記号のあらゆる組み合わせと、言語行為の連続から成り立っているのである。

 テレビの記号テクノロジーのセミオーシスは、その信号の「実時間」の流れをとおして「意識」を生産するところからテレビという記号生活をたちあげる。「意識」は、スタジオの「ダイクシス」とじかに結ばれて間主観的に「人称化」され、「主体化」を受ける。私たちが、テレビをとおして「接触」しているテレビ局のスタジオとは、社会的「人称化」のための「主体化のモジュール」である。その「ダイクシス」をとおして「世界」が組織され、「人口」の意識が整流(モジュレート)され、「人口」の「生」が「リアル・タイム」で「管理」されていく。

 テレビがおこなっているのは、そのようなまさしく現代的な「管理社会」(ジル・ドゥルーズ)の「生政治」(ミシェル・フーコー)なのである。テレビという社会的な「機関(オルガン)」をとおして組織される「記号の生」とはまさに一般化した記号実践の性格を帯び、テレビはその記号テクノロジーのセミオーシスをとおしてひとつの「一般記号学」を実践しているのである。

 テレビ記号論はしたがって社会批判にとって死活的に重要な「意味批判」の一般学の可能性を拓くものなのである。テレビはその指示作用をとおして「顔」とは何かを「映し出している」。「声」とは何かを露呈させている。「眼差し」とは何かをカメラワークで示している。テレビという記号テクノロジーの「メタ言語」を裸出させ、その一般記号学的な射程を明るみにだすと何が見えてくるのか。「テレビのセミオーシス」をとおして「世界」を視ると何が見えてくるのか。テレビは「世界」をテレビの記号活動をとおして「一般記号学化」しているのである。あるいは、テレビはそのセミオーシスをとおして世界の記号を、その固有の視点から配列しなおしているということができる。

 いまや、ソシュール派記号学を根底的に批判しつつ、<ソシュールに帰る>ときである。ソシュールが電話モデルによって「ことばの回路」から「言語記号」の仮説を引きだしたように、テレビという「番組の回路」からどのような「テレビ記号」の認識を抽出できるのか、その技術的-記号的配置dispositifを先験的な「可能性の条件」として引き起こされる「意味の出来事」がどのように「社会」を生み出していくのか、それこそが「社会におけるテレビ記号の生活」を研究する「テレビの一般記号学」なのである。

 ソシュールが述べていた「一般記号学」の可能性は、「記号テクノロジー」のなかに内在している。そして、テレビのテクノロジーの文字がその問いを延長したその先にはさらに情報技術によるデジタルなテクノロジーの文字の問いが広がっている。「一般記号学」のプロジェクトの射程をさらにそこにまでのばすならば、そのとき「記号論」はふたたびロック、ライプニッツの「大計画」と合流することになるだろう。

 

2021年4月25日日曜日

「『マラルメ・プロジェクト』讃」『舞台芸術』Vol. 17 Spring 2013 角川学芸出版, pp. 160-165 (2013年3月25日刊)


「マラルメ・プロジェクト」讃 石田英敬

Je tapporte lenfant dune nuit dIdumée !

 二〇一〇年より京都春秋座でこれまで夏に三度にわたり公演されてきた「マラルメ・プロジェクト Ⅰ・ Ⅱ ・Ⅲ」(企画浅田彰、渡邊守章)は、幾重にも独創的なパフォーマンスの実験である。
 難解をもって知られる十九世紀フランス詩人マラルメの作品を題材に、フランス語と日本語とを往還しながら、プレオリジナルを含む異同テクストを、厳密な生成論的研究を踏まえたうえで、考え抜かれた演出と、即興をふくむ声と身体のパフォーマンスをとおして、「舞台」にかけようというのだから、一見無謀ともいえる企てであることはまちがいない。
 浅田彰、坂本龍一、高谷史郎、白井剛、寺田みさこ、そして渡邊守章という当代の名だたるパフォーマーたちの参加をえて、初めて可能になった、思考とコトバをめぐる、音響とイメージ、声と身体で書く演劇的エクリチュールの実験なのである。

Ⅰ「危機」

 (はなし)は、マラルメの「危機」という、現代文学の巨大な起源神話(いんねんばなし)である。書簡の朗読をとおして語られることになる、「美」を求めて詩句を掘り進んでいった詩人が出会った「虚無」の深淵、おぞましい羽をもつ「神」との格闘の末、神殺しを果たした詩人を襲う酷たらしい人格解体の劇、言葉の意味をも失ってしまう「狂気」の経験、「破壊こそわがベアトリーチェ」と嘆ずるマラルメのあの「トゥルノンの夜」のドラマのひとくさり、コトバの焔の地帯に少しでも近づかんと試みた者ならば、誰もが聞き及んだことのある、私たちの思考を捉えて放さぬ冥府の(へそ)の経験なのである。
 『エロディアード』の制作に途上で詩人を襲ったこの危機は、やがて、ひとつの「哲学的小話」のシナリオに結実する。「マラルメ・プロジェクトⅡ」以降、渡邊らが遡上に載せた「イジチュールの夜」の素材となった草稿群である。
 「イジチュール」とは、自己療法として書かれたとされる、詩を書くこと自体を主題とした一種の形而上学的なドラマである。コトバという存在の住処を掘り崩すことで逢着した危機を、その当のコトバと似たコトバで書こうというのだから、自らのカタストロフを言語化する自ずからカタストロフィックな実践である。「もし、その話が成立するなら、僕は治るだろう、似タモノハ似タモノニヨッテ Similia Similibus(毒をもって毒を制す)だ」と、詩人が表白するゆえんである。

2 潜勢劇 

 さて、こうしたマラルメの危機の進行を跡づけるように、浅田・渡邊の「マラルメ・プロジェクト」もまた、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲと螺旋状に進化してきた。公演の構成が、その冥界下りの道行きを構造化している。
 発端には、劇場のための「エロディアード」の構想があり、夏の幕間劇としての「半獣神」の執筆があり、劇場と詩とを巡る、書くことの「不能力」との心身にわたる格闘があった。書簡の朗読が点描する危機の進行・・・。
 フランス第二帝政の終焉期、詩人二十代の頃である。
 詩のコトバの演劇性を掘り下げていくことによって、隠退する世界と入れ替わるようにせり上がってくるエクリチュールの舞台。不在の劇場に上演されるコトバは、その内部に、暗示的に、身体と身ぶり、音楽と光景をはらんでいる。「事物を描くのではない、その効果を描くのだ」という「とても新しい詩法」とはこのコトバの潜勢劇の発明なのである。
 それに応えるかのように、春秋座の舞台の上にしつらえられた大きな書物の頁のように開かれた二枚のスクリーン。そのうえに暗示的に浮かび上がっては消えていくイマージュと文字、黙劇(ミミック)」に似た踊る身体と、暗示的に垣間見られる「成り得ぬ潜勢の君主」ハムレットの劇・・・。目ざされたのは、身体の象形文字でかく「エクリチュールの劇」なのである。

3 翻訳の「呪法」

 この潜勢劇(ヴァーチャル・シアター)の原動力は、なんといっても言語である。渡邊の翻訳の力が、かれが「言語態」と呼ぶ、コトバの劇の定立を可能にしている。いま、そのコトバの(すがた)を調べてみよう。
 マラルメが、詩句を穿つことで虚無を発見するにいたったとき、制作にかかっていた詩作品は、エロディアードの「音楽的序曲」として書かれ、「古序曲」の題で知られている。
 偶然を完全に排除するエクリチュール。全四連、九六行が、第三連二〇行を中心部として、大きな鳥の翼を拡げたごとく、完全にシンメトリカルな建築的構成をとって配置され、作品全体にわたって、詩句が反響し合い語が鏡的反映を繰り返す完璧な交響楽的構築体。その中央部に、巫女(シュビラ)である乳母の「降霊術」の「声」の発話が、ただ一つの主動詞を軸に、一文二十行に渡って繰り広げられる。
 これを「魔法の影は、遣う 象徴の呪法を」で始まる渡邊訳は、修辞的疑問「〜か」、動詞の終止形、原文に密着した統辞的リズム、原文のカトリック典礼の語彙を、仏教の密教的用語に置き換えて生み出される擬古的な語彙系、五拍と七拍を交えた声明を思わせるリズム、等々のテクニックを駆使して、実に見事に、音楽的に翻訳の「言語態」を組み立て、主文動詞「今 立ち昇るのは、」の周囲に、絢爛たるコトバの織物を繰り広げてみせる。

 魔法の影は 遣(つか)う、象徴の呪法(しゅほう)を!
 あの影は 遥かな過去を 長々と 呼び起こす
 あれは わたしの声か、降霊の呪法(しゅほう)に 入らんとする?
 今もなお、思考の 黄ばんだ 襞のなかを
 徘徊して居る、古の あたかも香(こう)に 染()みた織物(きぬ)
 冷え切った香炉の 雑然と山をなす その上を
 (いにしえ)に穿(うが)たれた穴により、はたまた硬い 襞によって、
 いずれも律動により 穿(うが)たれて、また穢れなき レース編みは
 (きょう)帷子(かたびら)、美しき 浮き彫りかと見まがう 布(きぬ)を通して、
 立ち昇らせる、絶望のうちに、ヴェールの覆われた 古き輝き、
 今 立ち昇るのは、(この叫び声の封印する、遥かの地平、あれはなにか!)
 異形(いぎょう)なる真紅(しんく)の 鈍(にび)(いろ)に覆われた 輝き、
 声は悩ましげに、何も語らず、傍らには 侍()(さい)もおらず、
 ・・・・(残念ながら紙幅の都合上、以後省略)

「古序曲」の「乳母」はシュビラ(巫女)でもあって、彼女の「降霊術」の声は、聖ヨハネによる「新たな書物」(新約聖書)の世界の到来の預言という運命の日の曙の訪れをまえに、その発話のテクストのリズムがエロディアードの部屋のタペストリを喚起するとともに、彼女自身がこの降霊の発話を通して魔術的な「影」と化してタペストリのなかに消え去る(「あれは わたしの声か、降霊の呪法に 入らんとする」)とともに、彼女の「わたしの声」は、「わたし」から離脱して漂い、来るべき「預言者」ヨハネの「声」に一致しようと憑依する。マラルメにおいて、この「降霊術」の発話は、来るべき「新しい詩法」の「発話」を先取りする発話でもある。詩的発話自体の自己預言という、詩的言語の自己言及性の問題系を伴っているのである。
 他方、渡邊の構築する翻訳の発話の「声の詩法」は、まさに、その意味では、マラルメの「新しい詩法の声」を現代日本語へ「降霊」させるべく組織されているともいえる。
 乳母の声が、「旧約の世界」から「新約の世界」へのキリスト教進学のいう「契約置換」の境界に立つ発話(聖ヨハネの「新しい詩学」の声)の声を呼び出そうとする声であったのと相同形で、我が国の古いコトバの記憶に汲みつつ、原文の声を発明しようとする、渡邊流翻訳の「降霊術」の声とでもいうべきものである。それは、まさに、ほとんど「人間国宝」的なメートル(巨匠)の言語技であると言ってもいい。

 あるいはまた、渡邊版ラシーヌに慣れ親しんだ者であれば、「エロディアード 舞台」の七七五七五拍の独白のなかに、渡邊ブリタニキュスの絢爛たる〈守章節〉を聴き取るはずだ。

おお、鏡よ!
冷たい水よ、そなたを囲む縁の中、倦怠によって凍れる水よ、
幾度(いくたび)となく、いや長い時の間、夢想に打ちひしがれて、
ただ独り、我が追憶を、さながら深い筒井の底、
そなたの氷の下に沈む 枯れ葉のように、追い求めつつ、
遥か彼方の亡霊か、そなたの内に現したのだ、この姿を、
だが、おぞましい!幾夜かは、そなたの畏るべき泉水のうちに
知ってしまった、散乱する我が夢の 裸形の姿を!

 拍や節がないような詩の翻訳はありえない(巷に、「学者的な余りに学者的な」翻訳があふれているのは、この国の外国文学研究の衰弱の兆候である)。演劇のために書き起こされ、劇場を放棄することにより、言語の内部へとその舞台を移した潜勢劇が、渡邊訳の言語「態」として、その身ぶりを濃い陰影をもって浮かびあがらせるのである。

4 「イジチュールの夜」

 さて、そのようにして、渡邊版エクリチュールの舞台をとおして、われわれは「イジチュールの夜」の潜勢劇に招じ入れられる。
 「自ら事物を舞台にかける読者の知性に向けて」書かれた「哲学的小話」。おおまかなシノプシスらしきものをとどめた草稿群は細部については未分明な箇所が多く、いわば想像力がオープンに残されている。四部構成なのか、五部構成なのか、はたまた三段構成なのか、いずれにせよ。この暗示的な劇は、「絶対」や「無限」や「観念」や「行為」や「不条理」や「虚無」といった抽象的な「概念」たちの間で、「深夜」、「夜」を登場人物として組み立てられ、天地創造の際に紛れ込んだ「偶然」を「廃棄」する「宇宙の行為」の遂行という、まことに大それた「大きな物語」の「要約」としての「小話」なのである。
 それが、マラルメ自身のエクリチュールの危難を再現する演出によって、独特の語呂合わせ的な言葉遊びを通してテクスト化されている、まことにやっかいな散文の難物である。
 春秋座の「イジチュールの夜」では、こうした未完の草稿群の重ね合わせを、朗読と録音音声、映像とダンス、音響と演奏のそれぞれの即興を重ね合わせることで、断片的で暗示的なパフォーマンスの舞台を成り立たせている。
 朗読を担当する渡邊と浅田の声のパートは、渡邊が、作者〈マラルメ〉、浅田が主人公〈イジチュール〉という分身構造と見立てることができるのだろう。

5 「深夜」

 「イジチュール」の散文の特徴は、そのテクスチュアにある。「内部的脚韻」と呼ばれることもある、音韻エコーの関係が、語のカテゴリカルな同一性を揺るがせるところに、物語の仕掛けがある。このドラマの主人公は「時間(le temps)」であり、「部屋(la chambre)」の空間でもある。すなわち、あるいは、「不在(labsence)」でもある。
 「時間の部屋」の柱時計が、世界に引導を渡す「絶対」の「深夜」の十二時を打った直後の把持の時間性のなか、不在化したはずの「わたし」の「影」は、その現在時のなかにまだ幽かに残存している ー

[]確かに、[男姿の]深夜は、そこに現前して残っている。時刻は、鏡を通って消え去りはしなかったし、壁掛けに埋もれもしなかった、その虚ろな響きが、家具調度の存在を喚起してはいたのだが。わたしが思い出すのは、その黄金の響きが、不在のなかで、夢想の虚無なる宝石の姿を、豪奢で無用な生き残りだが、その姿を取ろうとしていたことであり、金銀細工の海と星々の複雑な配置の上に、無限に組み合わせの可能な偶然が、読み取れていたことを除けば、である。

「深夜Le Minuit 男性」と化した「わたし」は、「夜 La Nuit 女性」の中に、「影」となって、十二時の「時刻」の「衝撃」の「木霊」に導かれて、「人間精神」の螺旋階段を「事物の底」へと降下していく。「時間」「空間」のカテゴリ化がゆらぐ、この絶対的な「時刻」の経験を、マラルメは、「絶対」「偶然」「観念」「無限」「永遠」「混沌」「思考」のような、哲学素を擬人化してドラマ化している。
 ここでは、「深夜Le Minuit」とは、「ワタシガ夜ト化ス時刻 lheure oû je my fais Nuit.」であり、その「時刻(lheure)」は、時計の「打刻(le heurt)」として「時(hora)」の「黄金(son or)」を響かせており、その「衝撃(le choc)」が、時刻と主人公の墓への螺旋状の「落下(la chûte」というように、響き合う語の連鎖をとおして、空間も時間も、人物も小道具も、情景も行動も組織されている。マラルメが残した草稿には、「echo- ego heure heurt  choc-chute plume-plumage je 」といったパラダイムが記されているから、こうしたシニフィアンの連鎖にもとづいて、物語素を組織していったことが分かる。「深夜」の男性形や「夜 La Nuit」の女性形に渡邊訳はこだわっているが、じっさい、これらのパラダイムは、男性/女性の対としても機能しており、語の形そのものがドラマを駆動させる原動力として機能しているのである。
 かつて、フィリップ・ソレルスが「イジチュール」をさして「エクリチュールのコギト」であると評したが、たしかに、「深夜」の段は、「語に主導権を譲り、発話をとおして消失する詩人(la dispariton elocutoire du poete qui cede linitiative aux mots)」の「わたし(ego)」の「木霊(écho)」の自己反省=自己反射を書き留めているのである。

6 「回廊」にて

 「イジチュール」において、最も難解な断章は、第二幕「回廊 LEscalier 」である。
 「深夜」がコトバの「自己反省」によって「時間の部屋」を喚起していたとすれば、「回廊」はコトバによる演繹が、その展開を成り立たせている。例えば、次のようにである ー
 
 影は、暗がりに消えて、夜は、振り子の、振り子自身に合致してそこに消えようとしている、疑わしい知覚と共に残った。しかし、光り輝き、それ自身において息絶えつつ、消え去ろうとするものに対しては、彼女は、今なおそれを担っているのは自分であると知っている。したがって、彼女から発しているのだ!疑いはない、・・・」 彼女とは、夜である。時が終わり、永遠の夜が訪れているはずなのに、意識はまだ消えていないようだ。影と化した意識はそう自問しているようだ。

「懐い」(懐疑 le doute)と、「確信」(la certitude)を交互に繰り返す方法の進行が、「推論」(演繹 la éduction)による「反省(レフレクション)」の「階段」を作っていく。この思考実験の場所は、ここでもやはり言語の運動とともに形づくられて、「意識」の「影」がその回廊に自己を映し出す「自己反省」=「自己反映」の鏡の連続体とし、回廊のパネルが繰り広げられていく。マラルメにおける、「方法的懐疑」とは、このような言語の自己反省の運動なのである ー
 ――今度は、もはや疑いの余地はない。確信は明晰さとなって、己が姿を映す。無駄なのだ、虚偽の記憶の蘇り、その結果に他ならなかった確信だが、一つの場のヴィジョンが、なおも現れていた、そのようなものとして、たとえば、期待された間隙がそうであったはずのもの、事実それは、両側の壁面としては、パネルの二重の相対する形があり、対面する形で、前と後ろには、内実を欠く疑いの開口部があって、それが翼あるものの逃げ去ったパネルの音響の延長によって反響され、探索された曖昧さによって二重にされているから、推論として予想された事態の完璧な相称構造は、己が現実を裏切っている。もはや思い違いの余地はない、これは自己の意識であった・・・

 この「回廊」の段は、ポーの「大鴉The Raven」と「落穴と振子The Pit and the Pendulum」、デカルトの「方法序説」、そしてヘーゲルの「精神哲学」とを混ぜ合わせて書かれていると私は睨んでいるが、第一段「深夜」で遂行されたエクリチュールの自己反省を、こんどは、ヘーゲルばりの「精神史」のなかに記入し、詩人の種族の歴史の「自己意識」へと辿り着こうとする演繹をおこなっている。「影」の推論は、「疑い」から「確信」へ、さらに、「虚偽」の否定から「明晰さ」へ、そしてついに、「夢の構築物」の「美しい相称構造」の螺旋階段の踊り場で、詩人の種族の歴史と一致する「自己の意識」の明証性に辿り着く。
 渡邊訳は、この主人公の「推論」による場の構築を、原文が生硬にいきなり使用するむき出しの哲学素を生かしながら、トポスの移動を原文のシンタックスのリズムと合わせながら、じつに巧みに日本語化してドラマ化している。
 この反省=反映が「自我の頂」において、種族の歴史との一致を実現した後、「人間精神」の階段を降ってついに「事物の底」へと辿り着いた主人公は、賽を投げて、「偶然の廃棄」を確認して、種族の亡骸のうえに横たわる、とスクリプトには読めるのだが、渡邊版イジチュールは、最後に、主人公が自身の生涯を表白する「イジチュールの生涯」の場を設定している。

7 「やがて 鮮やかに 極北の 七重奏」

 さて、残念ながら約束の紙幅が尽きた。まだまだ語るべきことは多くあるが、「書物を閉じ 蝋燭に息を吹きかける」時だ。

見上げれば、夜空には、

煌めきの やがて鮮やかに 極北の 七重奏。
     
 ドビッシー生誕一五〇年の今年は、最後に、渡邊による「半獣神の午後」の原詩朗読と坂本龍一の演奏が添えられた。来年も京都の夏の「イジチュールの夜」が楽しみである。


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