Language_Information_Text_v25-1.2018.12.20
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻 [編]
詩の言語と数の言語〜「社会のポイエーシス講義」への補論 〜 石田英敬
Henri Meschonnicの想い出に捧ぐ
« Une poétique et une politique de l’individuation est en jeu. »
私も駒場を卒業する歳となった。そこで詩の言語と数の言語をめぐる一つの考察をここに書き留めておくことにする。これは1995年から言語態理論演習で数年間続けた「社会のポイエーシス講義」への補論である。
1993年の言語情報科学専攻の発足に際して、「言語態研究」とは「社会や文化の単位としての言語活動の研究」であるという定式を私は与えた。言語論的転回や構造主義と呼ばれた二〇世紀の知の地平を踏まえたうえで、言語科学が扱うような言語能力の研究とは異なる水準に、社会や文化を成り立たせる言語活動の研究を位置づけようという主旨だった。
私の研究の出発点は、構造主義以後の詩学的分析を方法としたマラルメの詩の研究だったから、最初の二年間は詩学の問題を扱う演習をおこなった。他方、当時フーコーの翻訳を責任編集し、また社会学者のブルデューと研究セミナーを開いたり、ドブレやスティグレールとメディオロジーのシンポジウムを組織したりして研究領域を拡げていく時期だったから、言語態研究では、言説分析やメディア論と詩学理論とを架橋しようと試みた。それが「社会のポイエーシス講義」である。
新しい専攻には、池上嘉彦教授や山中桂一教授がいて、言語学や記号学の泰斗と共に仕事ができたのは幸運だった。故出淵博教授からマクルーハンの「ジョイス・マラルメ・新聞」をご教示いただいたことは、その後の私のメディア論の仕事に大きなヒントとなった。
駒場に言語をキーワードとする新しい専攻をつくる計画に皆が情熱を傾けたあの頃、それはつい昨日のように思い出される。
「社会のポイエーシス」というタイトルに込められていたのは、言語としての詩と社会および文化にかかわる一般的問題系である。アリストテレスのpraxis とpoiesisの区別からいえば、言語態とは言説の実践態praxisなのであるが、詩や文学は言説の制作poiesisに関わる言語態である。
言語態研究としての詩の研究は、文学批評や文学史を自明視せず、言語と社会・文化の相関の一般性の地平から詩の成立を問う研究だ。私の博士論文のテーマは「マラルメの詩の形成」であったから、自分自身が詩や文学の研究を離れてずいぶんと遠くまでやってきた現在、あらためて「社会のポイエーシス」にどのような視点をもちうるのか、そのほんの一端をここに素描してみたい。これは厳密な意味での学術論文ではなく一種の覚え書き的エッセイ、言ってみれば四半世紀をへて遅ればせながら提出された、過去の講義への宿題レポートである。
1 マラルメ1842-1898
マラルメ最後の作品Un Coup de dés jamais n’abolira le hasard1898(以下Un Coup de Désと略記)を取り上げることにする。
先行テクストavant-texteであるIgitur草稿群(1869年頃執筆以下Igiturと略記)からUn Coup de dés制作まで詩人の人生が約30年。自分のことを書くのは恐縮だが、Igiturの成立までを扱った博士論文研究から現在まで私の学者人生がやはり約30年、「社会のポイエーシス講義」から教師人生が20~25年、その間マラルメ研究関連の研究状況も変化してきただろうし、いま”老教授” として抱くある種の時間感覚をもって、「社会のポイエーシス」問題にどのような視点をもちうるのか、Un Coup de Désを手掛かりに考えてみたいのである。
1860年代初期のポスト・ロマン派的な不能力の詩人の詩学から、Hérodiade詩編制作に始まるいわゆる「マラルメの危機la Crise de Mallarmé」の時代をへて、Igiturの制作と「大いなる作品L’Œuvre」の詩学の定式にいたる「マラルメの詩の形成」については私自身の博士研究で詳細に跡づけた。
1870年代パリにもどると、言語学や神話学の計画の延長上で『英単語Les Mots anglais』や『古代の神々Les Dieux antiques』といった翻訳や翻案を出版するかたわら、〈劇場〉を構想し、モード雑誌『最新流行La Dernière Mode』を個人編集し、徐々に第三共和国の詩人として文化場に参入していくことは、かつて幾つかの論考で示したとおりだ。
マラルメの詩と詩学が成熟していくのは、1870年代から1890年代にかけてのフランス第三共和制の成立期、普仏戦争に敗れパリコミューンを経験したフランスが、「共和国」を政体として国民国家としての性格を露わにしていく時代である。エルネスト・ルナンの「国民とは何かQu’est-ce qu’une nation ?」(1882年)が発表され、ジュール・フェリーの教育改革により無宗教の「国民教育」が制度化され、「国語教育」が再編され、「文学」がその国語教育の柱となり(ランソンの「文学史」の誕生)、植民地経営が軌道に載り、電話や電信の通信技術の革新、輪転機の発達によって大衆ジャーナリズムが全盛をむかえ、鉄道網が都市を結び、鉄とガラスの建設が出現した時代だ。普仏戦争の敗北の記憶をバネに、「対独報復」が合い言葉とされ、アルザス・ロレーヌ問題をめぐって「国民感情」が昂揚をしめし、国家と教会との分離の問題が、共和国の「宗教的中立(ライシテ)」の問題としてクローズアップされていく。「パナマ疑獄事件」にみられる政界・財界のスキャンダルが多発し、プロレタリアートの問題が浮上し、アナーキストの爆弾事件がおこり、さらに「ドレフュス事件」にいたって決定的となる「人種問題」が浮上し、知識人や大学人の権力が生み出されていく時代でもある。
王政や帝政のような神権的秩序を拠り所としない、共和国res publicaという世俗的で徹底的に無根拠な「虚無rien」の制度-- 「想像の共同体」(アンダーソン)-- が姿を現す。宗教も国教としての権威を失って、「宗教とは何か」という問いが生まれる。文学もまた超越的根拠を失って、「文学とは何か」という問いを余儀なくされる。「詩句を一人で体現していた」ヴィクトル・ユーゴーの1885年の死とほぼ同時に、伝統的韻律が崩れて「自由詩句le vers libre」が出現し「詩句の危機la crise de vers」が訪れる。虚無が一般化した、マラルメのいう「空位時代l’interrègne」である。
以上のような記述はどの研究書にも読まれるし私もかつてそう書いた。
マラルメは、第三共和国の文化表象一般を、詩的言語のポジションから批評=批判していくメタ言語の実践として、彼一流の難解な フランス語で「批評詩poèmes critiques」群を書いた。それが『ディヴァガシオンDivagations』であり、宗教や政治を含む表象制度に向けられた実に鋭い社会批評、文明批評、ひとつの〈社会の詩学〉の試みだった。次の世紀のロラン・バルトのように言語学や記号学や精神分析という飛び道具をもっていなかったから、記号と記号学ではなく、詩と詩学を単位として文明を批評する挙に出たわけだった。そのようなことも私は随所に書いたし、多くの研究者も「文化詩学cultural poetics」(グリーンブラット)の対象として扱ってきたことだろう。
以上までなら、いまあらためて25年後の宿題レポートの提出は必要ない。「社会のポイエーシス」の研究対象、目的、方法について、少なくとも〈マラルメ〉というコーパスについては当時からはっきりしていたし、いまも明確であるように思える。
しかし、やや気になることがらもある。それはひと言でいえば、その後のマラルメ研究における「宗教性の回帰」-- 原理主義化? -- であり、フランス文学研究の「第三共和国化」-- ナショナリズム化 ? -- であり、文学研究における「理論の後退」-- 知的内向化?-- である。それぞれの現象にはそれぞれの理由があり、もはやフランス文学者を名乗らなくなった私がとやかくいうつもりはない。ただ言語態研究はそれらの現象をも相対化しうるメタ言語としての認識の力を持ち合わせているべきだと考える次第である。
そこで、あらためてUn Coup de Désの頁を開いてみることにしよう。
2 『イジチュール』 から『骰子一擲』 へ
Igitur草稿群は1860年代のマラルメに独自の詩学を誕生させた危機のエクリチュールである。他方、詩人の絶筆ともいえるUn Coup de Dés(1898)を動機づけているのは、一方では詩人におけるかつての危機の記憶でもあるだろうが(« la mémorable crise »)、他方では『ディヴァガシオン』所収の批評詩「詩句の危機Crise de vers」に述べられた二〇世紀への転換期における「文学」の危機( « La littérature ici subit une exquise crise, fondamentale. »)である。
〈数の言語le langage du nombre〉と本稿では呼ぶことにする〈韻律la métrique〉と〈詩の言語le langage de la poésie〉とをめぐって、メディア社会・大衆社会の〈社会のメトリクスla métrique sociale〉と〈詩〉の関係が問われたエクリチュールなのだというのが、ここでの仮説である。この短いエッセイでどこまでそれを学問的に議論できるかには限界がある。しかし二一世紀の現代にまで通じる言語態研究の地平にこの問題系を書き込んでみたいのである。
Un Coup de Désには、Igiturのようなドラマの筋書きはない。一方は、「事物を自分自身で舞台にかける読者の〈知性〉」に向けられた「小話」( « Ce conte s’adresse à l’Intelligence du lecteur qui met les choses en scène elle-même . » O.C.I 475)として計画され、他方は, 「すべては、省略により、仮説において起こり、物語は避ける」(« Tout se passe, par raccourci, en hypothèse ; on évite le récit. » O.C.I 391)とナラティヴをヴァーチャル状態に止めている。
Igiturは四部構成(「1 真夜中2 階段3 骰子一擲4蝋燭を吹き消した後の、亡骸の上での眠り」 « 1 -- Le Minuit 2 -- L’escalier 3- Le coup de dés 4 Le sommeil sur les cendres, après la bougie soufflée »)で構想されていたが完成しなかったことには、マラルメの詩的発話に関わる構造的な原因があった。
第1部のle Minuit の「時間の部屋」において、すでに主人公Igiturは非人称化して、heure-heurt, écho-ego, moi-miroir, choc-chûte, hora-or, temps-tentures, といったシニフィアンのネットワークのなかに影l’Ombreとなって消え去っていくことがテーマである。これが第1部le Minuit の「時間の部屋la chambre du temps」におけるIgiturの自己反省auto-réflexion -- 同時期にかかれた「言語科学ノートNotes sur la Science du Langage」にいう「言語の自己反省le langage se réfléchissant」--の「行為Acte」である。
つづく第2部L’escalier でも、Igiturは「時間の部屋」を出て「人間精神の階段を降り事物の根底へといたるIg : descend les escaliers, de l’esprit humain, va au fond des choses」かに読めるが、〈夜la Nuit〉と分裂し〈影l’Ombre〉と化したIgiturの暗闇のなかの歩み(ヘーゲル的な精神の弁証法の寓意)を哲学的な「演繹déduction」の連続が言語的自己反省をとおして遂行される「精神の歩みmarche de l’esprit」という発話構制をとっている(マラルメにとってそれがデカルト的なコギトである)。
のちに「詩句の危機Crise de vers」で「L’œuvre pure implique la disparition élocutoire du poëte, qui cède l’initiative aux mots, par le heurt de leur inégalité mobilisés 」(O.C. II211)と書かれることになる、詩的言語における〈非人称化la dépersonnalisation〉の原理が成立している箇所である。哲学的コントとして完成しえない原因には、この〈非人称化〉を伴うマラルメの詩の〈不在化〉の言語が、ドラマや物語における行動や登場人物を成立させる〈現前のエコノミー〉とは相容れないという根本的な動機がある。行動の不在によって劇場から拒否されたHérodiadeとLe Fauneの制作を機に「危機」を迎えた原因こそ、まさにそれだったのだが、その事情にかかわる詳細なテクスト分析はすでに遠い昔に博士論文で書いたことなのでここでは割愛する。
ただ、一点確認しておけば、Igiturのエクリチュールにおいて重要なのは、「時間の部屋la chambre du temps」における時間性と言語的主体性との関係である。ここで遂行される「エクリチュールのコギト」(ソレルス)では、柱時計horlogeが真夜中le Minuitの十二時を打刻heurtした直後の時間heureの合間intervalleに時は設定されていて、その残響échoと自我egoとが一致して残存している(« certainement subsiste la présence de Minuit » ) 状態が内的時間意識の内部から書かれていることだ。フッサールの現象学のいう「大現在le grand Présent」(G.Granel)の「把持・原印象・予持」の内的時間意識の構造のただ中に、〈シニフィアンの主体〉の自己省察は記入されているのである。
時刻heureの打刻heurtの音の黄金son orの残響échoが自我egoとしてle Minuit の自己意識と一致する。そのシニフィアンスのプロセスがこの自己省察であり、そのような詩の言語の内的時間意識を動機づけるための神話的シナリオがIgiturというアレゴリカルな偶然の廃棄の物語だったのである。時計が十二を打つのを〈数える〉のと、アレクサンドランの十二音綴詩行を〈読む/詠む〉の発話の分節化とが一致して、自我egoが言語の響きéchoのなかに消失するのが物語の仕組みなのである。Igitur では、まずそのようにして、〈詩の言語〉と〈数の言語〉の一致が起こったのである。草稿断片には « Vous, mathématiciens exprâtes » という台詞が読まれるが、詩人の種族は、その意味で「数学者たち」に近いのである。
マラルメにおいては、詩のシニフィアンが形而上学を動機づけているのであってその逆ではない。二〇世紀の〈理論〉が光を当てようとしたのは、こうしたエクリチュールに内在する内的時間性や言語的主体性の構造であったはずだ。その部分こそ詩の言語態分析の第一の対象なのであって、パースのsemiosisとの対比において詩的言語のシニフィアンスをpoiesisと呼ぶとすれば、マラルメにおいては〈詩のポイエーシス〉がまず詳らかにされなければならなかったのである。
3 マラルメと〈新聞〉
それに対して、後期マラルメは詩人として成熟して、彼の関心は〈社会のポイエーシス〉にまで拡がっている。詩の言語態を社会の言語態のなかに位置づけ、詩と社会の象徴的根拠を特異なやり方で明からしめるようになった。彼自身が評したユゴーと詩句の関係のごとく、マラルメもまた独自のやり方で「一人で詩句を体現する」ようになったのである。
老成した詩人は現前のエコノミーには従わない自分の詩的言語の特性を知悉していたから、Un Coup de DésではIgiturとは逆の方向からエクリチュールを起動させた。発話行為の内側にドラマの舞台を移し、十二頁からなる詩の頁の下に姿を消し(« disparition élocutoire »)て、詩の創発の出来事をタイポグラフィで紙面上に演出mise en pageしたのである。
最初の句« UN COUP DE DÉS» を最大ポイント活字の大文字でいきなり第一頁に投擲した。そのために採用されたのが、二つ折り(フォリオ)版の紙面構成で、文学理論家時代のマクルーハンが喝破したように、そこには〈新聞la Presse〉との対比が明確に意識されていた。
[…] ce lambeau [=le journal] diffère du livre, lui suprême. Un journal reste le point de départ ; la littérature s’y décharge à souhait. (« Le livre, instrument spirituel » O.C.II224)
この[新聞という]ぼろ切れが書物というものとどう異なっているか、[留意するよう提案する]。書物こそは最高のものなのだ。新聞はいずれも相変わらずの出発点の儘である。一方文学は、望み通り新聞に流入している。(「書物、精神の楽器」清水徹訳)
新聞紙面は社会の出来事のトピック地図である。大きなニュースは頁の上段に最大ポイントの活字組で見出しとして掲げられトピック階層の最上位を占める。つづいて、そのトピックを噛み砕いて敷衍する記事が枝分かれしてツリーの下位トピックを繰り広げる。言説分析のテーマ/レーマ構造の区別からいえば、見出しはテーマ、それを敷衍するサブの記事はレーマという位置づけである。
マラルメの詩Un Coup de dés も一見同じような構成をとっている。
表題の頁をふくめてアレクサンドランを思わせる全十二頁面で構成されている。新聞では見出し文にあたる主文 « UN COUP DE DES (I頁) /JAMAIS (II頁) /N’ABOLIRA (V頁) / LE HASARD(IX頁) » は、四つの句に枝分かれして九頁に渉って 、鳥が折り畳んでいた翼を拡げるように展開する。その九頁の間、主文の成立は遅延され、シンタクスは宙づり状態のまま頁が繰られてゆくことになる。その間に、言語内意識の現在の〈把持・予持〉構造を維持したまま、状況補語句(quand bien même lancé dans des circonstances éternelles du fond d’un naugrage » (II頁)),譲歩節(soit que…)(III頁),絶対分詞句(LE MAITRE surgi…inférant…) (IV頁),同格(Fiançailles) (V頁)というように、挿入句が、シンタクス技法を駆使しながら、モダリティ、態、時制を変化させつつ、ヴァーチャルな光景を「省略により仮説においてpar raccourci, en hypothèse」繰り広げてゆく。
詩の中央にあたるVI頁にいたって、比喩句の « COMME SI … COMME SI » とタイポグラフィックにシンメトリカルに反復し、その間の頁の空白の中心に « gouffre »をめぐる挿入句を記入したのち、 VII頁の省略文 « plume solitaire éperdue » と状況補語節 « sauf que …), VIII頁での« SI »条件節 の導入, IX頁における前頁の条件節« SI »を引き継ぐ « C’ETAIT LE NOMBE, CE SERAITLE HASARD »における«LE HASARD »の出現で、それまで九頁に渉って複雑に展開してきた挿入文のカスケードが合流して、主文のシンタクス構造が完結するという極めて複雑な文構造になっている。
第二の文は第X頁で « RIEN/ N’AURA EU LIEU/ QUE LE LIEU »と、詩の行為がもたらすのは発話の場所としての頁面であるという、偶然の不廃棄の結果を提示し、最後のXI頁にいたってマラルメ特有のシンタクスである、除外の補語節 « EXCEPTÉ … PEUT-ÊTRE»により導入される « UNE CONSTELLATION »の北斗七星の星座の成立をもって、『骰子一擲』という詩の語の数え上げ « compte total »は結論を迎える構成となっている。締めくくりの 第三文« Toute pensée émet un Coup de Dés »は作品の教訓ともいうべき結語である。
「シンタクスの名手」マラルメのこの特徴ある文法アーキテクチュアをとおして、文の完成を遅延さて、参照référenceや述定prédicationの成立を宙づり状態にとどめつつ、骰子投げの行為 « LANCÉ) »主体« LE MAÎTRE »、場所 « l’Abîme »、状況« DANS DES CIRCONSTANCES ETERNELLES)、意図(LE NOMBRE »が、あくまで「仮説」的に暗示される(« Tout se passe, par raccourci, en hypothèse »)。ポイントと字体を変えて散種され繰り広げられるタイポグラフィーのゲームが、この複雑なシンタクス構造の展開を視覚的に支え、活字と余白のレイアウト、頁の「折れ目の介入intervention du pliage」、開かれていく頁の配置と展開といった紙メディアとしての文法化が、読解の記憶構造の成立を支援してゆく。そのようにして、マラルメは複雑な言語シンタクスと活字と紙のシンタクス構造の内部に、かつてIgiturの制作において構想された詩的形而上学のドラマを、ヴァーチャルなままに折り畳んで内包したのである。
新聞の紙面が現実世界を参照する文の集合からなるのに対して、この大文字の「詩POËME」の頁面は、以上に要約したように、文の成立を遅延させて挿入文をかさねることで、行為、主体、場所、状況の現実性を宙づりにしたまま、物語要素を暗示性のままに包み込んでゆく。新聞第一面が最大ポイントの見出しで大事件を告知し、内部の紙面が付随する詳報や解説、経緯や消息を抱え込み折りたたんでいるのとまったく同じ構成をとりながら、それとは逆の非現実化の発話を実現したものであることがよく分かるのである。
その意味で、Un Coup de Désは、〈反—新聞l’anti-Journal〉の〈詩le POËME〉のパフォーマンスである。この〈反-新聞〉が伝えるニュースは、「骰子一擲は偶然を廃さず」という自己情報量ゼロの自明命題truismeである。そのように詩の行為を宣明した後に導かれる結論とは「何も場以外には起こらない(=場をもたない)」という、これまたトートロジックな命題による〈頁の成立〉の自己指示であり、そこから引き出されたモラルは、「全ての思考は骰子一擲を投ずる」という、〈ことば〉の〈偶然〉による〈思考〉の生成についての命題である。これらすべての命題は、ジャーナリズムの言説を停止したときに初めて露呈する、〈詩のことば〉と〈メディア〉の生成にかかわる定式として読むことができるものである。
そこで誰もが思い起こすのが、「詩句の危機」における「ことばの二態le double état de la parole」の区別という、まさしくわれわれのいう〈言語態〉にかかわる定式である–
Un désir indéniable à mon temps est de séparer comme en vue d'attributions différentes le double état de la parole, brut ou immédiat ici, là essentiel.
我が時代の否定しがたき欲求とはことなった用法のために、ことばの二態を区別することである。一方は生で直接の、他方では本質的な状態というがごとく。
「文学を除く」すべてが依拠する、「普遍的ルポルタージュ」に役立てられる「生で直接的な」状態の、ジャーナリズムの言語態では、偶然にみちたメッセージによって情報が伝われば、ことばは虚無のなかに消えてしまう。詩のことばの「本質的な」状態においては、〈頁〉が生まれ、ことばの〈偶然〉の〈廃棄〉の思考が企てられる。
かつてJ .イポリットがウィナーのサイバネティクスを援用しつつ論じたことだが、Un coup de Désは、この意味で、世界の情報エントロピーの増大に抗する詩のメッセージの成立を主題としていると読むことができる。ジャーナリズムの「生で直接的な」言語態では、メッセージは瞬く間にエントロピーの海に呑み込まれてしまのかもしれないが、「マクスウェルの魔」の喩えにいうように、偶然を廃することを試みる、詩の言語態の局所的なシステムにおいては、偶然性のエントロピーの増大を抑えて準安定的な状態を一時的に保つことはできる。マラルメの偶然の廃棄とはそのような詩のメッセージによる個体化individuationだというのである。
4 偶然の廃棄
マラルメが「偶然の廃棄」を生涯のテーマとしたのは早く、ボードレール訳でポーの「構成の原理」を読んで以来である。このときすでに「数学の問題」とも出会っている。
ポスト・ロマン派的な霊感(インスピレーション)の詩学の拒否(L’Azurの制作)からHérodiadeおよびLe Faune以後の構成の原理をもった「効果の詩学」へと、ことばの〈効果〉の〈計算〉による詩的言語の有縁化作用こそ詩の原理であるという思想はこのとき以後一貫して「偶然の廃棄」のタームで語られてゆく。
しかし、Igiturの制作によって、〈詩句le vers〉の問題が骰子一擲の喩えと結びつけられた意味は大きい。〈偶然〉の契機を内在的にふくむ〈創発〉-- poiesis -- として詩が考えられるようになったからである。すでにIgiturの断片« Le Coup de dés »がその特異な肯定と否定の弁証法を記している---
« Bref dans un acte où le hazard est en jeu ; c’est toujours le hazard qui accomplit sa propre Idée en s’affirmant ou se niant. Devant son existence la négation et l’affirmation viennent échouer. Il contient l’Absurde -- l’implique, mais à l’état latent et l’empêche d’exister : ce qui permet à l’Infini d’être. » O.C. I476
「骰子一擲は決して偶然を廃さず」という命題はこのときすでに打ち出されていたと考えられるべきだ。偶然の廃棄が一時的で局所的にでも起きるとして、それもまた偶然のなせる業である。Un Coup de Desが打ち出した主命題とはまさにこれである。
この〈詩の弁証法〉においては、語の組み合わせの偶然(シンタクス)が、意味の必然(セマンティクス)をもたらす。それこそDés とIdéesの関係であり、〈構造structure〉と〈転位transposition〉をめぐるマラルメ的な詩的想起(アナムネシス)の論理が引き出される。詩の行為の主体は語を投擲することで「語にイニシアティブを譲り」、骰子の目の布置の下に消え去るのだ。語の〈組み合わせ〉によって詩は〈構造〉として生みだされる。語の組み合わせの偶然が、始原のイデーを回帰させる(これがマラルメ流のプラトニズムである)。マラルメ詩学の基本命題は、〈骰子一擲〉の喩えによって-- 権利上は-- そのとき一挙に生み出されたのである。
そのようにして〈構造〉と〈転位〉、〈偶然〉と〈始源〉のあいだを揺れ動く、〈非決定性l’indécidable〉の詩学がそこから翼を拡げ始めた。その弁証法の駆動装置こそ、〈詩句vers〉である。
ここで詳細を論ずる余裕はないが、じっさい1870年代以降、一方では、詩による言語の有縁化は、始原の言語の探究として、『英単語』のや『古代の神々』における詩的語源論や言語系統論を動機づけ、晩年にいたるまでクラチュロス主義的傾向、アダム言語への言及は継続することになる。
他方では、しかし、マラルメの詩学はつねに構造論的であって、『最新流行』や『ナショナル・オブザーバー』でのジャーナリズム、「芝居鉛筆書き」の演劇、バレエ論、『ディヴァガシオン』に収められたエッセ・ポエティックともいうべき「批評詩」において、カトリックの典礼について、オルガン演奏について、あるいは、書物、新聞について、いたるるところに、〈詩〉を読むことになるのは、同時代のあらゆる現象を〈詩句〉との対比を念頭に〈構造〉論的に読み解く姿勢によっている。マラルメの批評詩の実践は、次の世紀のバルトの一般記号学la sémiologie généraleに近い一般詩学la poétique généraleの試みとなるのである。
5 詩の言語と数の言語
骰子遊び(le jeu de dés)とは二個の骰子を同時に投げて1から6までの36通りの組み合わせで2から12までの合計数を出すことを無限に繰り返す結合法combinatoireの遊びである。この〈技術〉によってランダムな偶然の生起が〈数の言語〉に翻訳される。宇宙は無秩序で無数の偶然の出来事に満ちているが、骰子遊びは偶然の出来事を、一定の身ぶりの反復と数の組み合わせに還元する。『パイドロス』で、ソクラテスが、テウト神の技術的発明として、文字とともに、算術と計算、幾何学と天文学、「チェスπεττείαと骰子κυβεία」をあげていることは決して偶然ではないのだ。チェスはゲームをマス目の空間にプロットし、骰子は偶然性を数の言語に変換する。あらゆる偶然の出来事をこの装置のなかに呼び込めば、宇宙の生成変化は、結合法と確率をめぐるゲームのなかに集めることができる。
骰子遊びはそれゆえ偶然を廃棄しない。むしろ、偶然と〈戯れる〉ことを可能にする。詩においては、その〈戯れ〉の原理とは〈韻律métrique〉であり、〈構造structure〉の成立がその効果である。音綴数のような数の組み合わせが音韻単位mètreの括りをもたらし、チェス面のように言説の線状性を横切って韻律パターンが反復するためのマトリクスが成立するようになる。それらの反復するパターン間に〈等価性の原理〉が働くようになる。これはヤコブソン「詩的機能」の第二定義(「等価性の原理の選択軸から結合軸への投射」)が述べていたことである。ヤコブソンの第一定義の方は現象学的な定義(「メッセージそのものへの志向」)であって、詩のメッセージという時間対象そのものへと志向性を向ける言語意識を説明している。
骰子遊びの喩が表しているのは、記号関係-- Signifiant/Signifié -- および記号と事物の関係-- Signe/Référent-- のそれぞれがラディカルな恣意性-- « radicalement arbitraire » Saussure-- を帯びた人間言語を、韻律単位units of measureの組み合わせ術combinatoireのなかに投入することで、リズム的な言説形成が起こり記号の配列と事物の秩序との固有の関係づけの場(lieu)が生まれるという意味創発の仕組みであろう。
鍵となるのは〈冗長性redundancy〉である。
韻律それ自体は詩ではなく、言説の音韻パターンの成立を促す冗長性のシステムである。音数律の場合には、一定のシラブル数の繰り返し、césureのような詩行の切れ目、アクセント、さらに脚韻の場合には、同一シラブルあるいは男女韻カテゴリーの反復と交替が冗長性のシステムを構成する。アレクサンドラン二詩行を例にとれば、音数律としては、hémistiche の6音綴が二回繰り返すか、ロマン派的trimètre 4 /4/ 4 、最後の脚韻が前後の行と呼応する。そのなかで、アクセントがmesuresを刻む。
音数律の反復、脚韻の反復が、言説の音韻組織を準備する冗長性redundancyのシステムを組織する。dictionがアクセント化されて強勢され、記憶の把持が補強され、言語要素の相互対比が際立つ効果をもたらす。そのようにして、韻律の〈数の言語〉がまず〈詩の言語〉のための境位を準備するわけである。
このような冗長性のシステムは、書記メディアでも、句読記号・分かち書き・行・余白という頁の構成、さらには本全体の構築(architectural et prémédité)にも拡張されうる。あるいは、日刊紙のような印刷物(la Presse)の刊行リズムにも、教会のミサ合唱隊、劇場や読書会の公衆の配置や数にも拡張されうる。 つまり、群集にも、社会一般にも拡張しうるということである。「書物についてのノートNotes en vue du « Livre »」の草稿群が示しているのは、まさしくこの冗長性の拡張原理である。
マラルメを離れて、より一般的な観点からいえば、そもそも韻律と数との結びつきは原初的である。音声的にも観念的にも同一性のユニットの数え上げがなければ、どのような〈数の言語〉も成立しない。人類学的な次元にまで掘り下げれば、指折り、手拍子、ステップ、その他の身体所作による冗長性の組織が、象徴システムとして韻律と数を本質的なレヴェルで結びつけている。間主観的な集団性が組織され記憶の構造化がおこる。ル・ロワ=グーランのいう〈身ぶり〉と〈言葉〉の連動である。
リズムのない言語活動など存在しない。言説の断片はその固有のリズムにおいて新たな韻律の構成要素として、韻律単位としての〈詩句vers〉となり得る。その意味で「自由詩」とは「詩句」の拡大であり、「散文と呼ばれるジャンルにも、あらゆる種類のリズムからなる詩句が存在している。じっさいには散文などは存在せず、アルファベットとそして程度の差こそあれ密な、あるいは粗な詩句があるのだ。文体への努力があるときには、そのつど韻律化があるのだ」とマラルメは言うのである。
近年のマラルメ研究において特記すべき事件と言えばメイヤスーの『数とシレーヌ』をあげなければならないが、この哲学者が解読したように、Un Coup de Dés が707語で書かれ、その707語がこの詩に固有な「語を数えることによる」韻律として構想されていたとすれば、それこそが、散文詩を経験し自由詩を目撃したマラルメにとって〈数の言語〉の究極のかたちを指し示すものであったと考えるべきだろう。
言語のあらゆる冗長性のシステムが韻律となりうるのは、ことばと文字を〈言うこと〉/〈読むこと〉が同時に〈数む〉ことでありうるからである。それが言語を詠む・文字を読む活動を成り立たせてきた〈口承性orality〉の原理である。
しかし、この口承性の原理は、およそ〈1900年〉をメルクマールとして大きな区切りを迎える。
マラルメの時代には、〈詩の言語〉と〈数の言語〉の一致とその一致の拡大を思考しえた。マラルメの〈書物〉とはその神話的審級である。
〈ヒトの言語〉と〈数の言語〉の一致はそれ以後大きく崩れることになる。それが〈書き込みシステム1900〉(キットラー)の問題系である。ヒトが〈詠む/読む/数む〉のではなく、機械が数む、別の〈数の言語〉が、音声言語を書き始めるからだ。
その意味で、二〇世紀以後、自由詩が詩の基本となり、伝統的韻律は解体されていく。詩を詠む/読むことと数むことが一致しなくなるのである。それが「メディアの世紀」の到来ということである。そして、そこからは、私の研究では「一九世紀の詩の言語態研究」というテーマからは離れることになる。私の研究では、それ以後は、メディア記号論の研究領域に関わることになる。マラルメの詩の言語態とは、永年の友人ピエール・バイヤールのMaupassant についての書名を借用すれば、〈ソシュール〉の一歩手前-- juste avant Saussure --- のエピステーメに帰属していると私には思えるのだ。
じっさい、別の〈数の言語〉が〈書き込みシステム1900〉を刻み始める。機械による〈数の言語〉の時代の到来である。アナログな〈数の言語〉では、数えるのは人間の言語ではなくなる。フォノグラフという機械が痕跡をそのまま記録し反復するようになる。デジタルな〈数の言語〉では、さらに、その痕跡は数字にかえられアルゴリズム化する。ことばも意識もマシンの〈数の言語〉と界面で接するようになるのである。そう、そしてこれ以降はメディア記号論の問題領域である。
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以上は、一九九〇年代に駒場で行った「社会のポイエーシス講義」への補論である。
私がマラルメの詩の研究をおこなっていたのは相当に昔のことである。
東大仏文科では恩師渡邊守章教授の手ほどきでマラルメのコーパスとエクリチュールの口承性・演劇性を学んだ。Igiturと出会ったのもそのときである。散文とはじつに韻文であり、それぞれの文章に固有なリズムが詩句versをつくるというマラルメ詩学の本質を先生の『マラルメ詩集』ほど実践しえた傑出した訳業を私は他に知らない。
留学して、ナンテールで最初に師事したClaude Abastado教授は、私の博士研究の完成をまたずに他界されたが、著作Mythes et rituels de l’écriture でマラルメらのシンボリズムの文学研究をLévi-Strauss流の人類学と結びつける方法を提示された。
私が詩学理論と詩の分析の方法を学んだ我が師にして友Henri Meschonnic教授は詩学にもとづく批判理論を打ち立てる壮大な計画に取り組んでいた。
本稿でも引いたヤコブソンら二〇世紀の知の巨人たちが植えた言語科学の巨木から新たな理論が次々と芽吹いた人間諸科学の全盛の時代だった。
一九九〇年代の初め、私たちが言語情報科学専攻を創設し、駒場から言語や文化についての新しい知の動向を創りだそうとしたのもそのような人間科学の刷新を私たちのアカデミズムにおいて発展させたいと考えたからだ。私たちはその企てに「言語態研究」という名前を与えたのだった。研究領域は以後さらに大きく拡がり、メディア学、認知科学、情報科学、脳神経科学、進化生物学など、文理の区別を超えて諸科学の知の百学連環へと連なっている。
大学を変え知を刷新する-- 一九九〇年代に開始した私たちの「コマバ発知の改革」が実を結ぶのはまだこれからである。