2019年9月9日月曜日

流言(ツイート)論 (3) : 開かれた社会とその敵  「歴史の記憶」は「言論の自由」をハックさせない

流言(ツイート)論 (3) 
開かれた社会とその敵
「歴史の記憶」は「言論の自由」をハックさせない

パリ国際大学都市日本館(以下「日本館」)で杉田水脈衆議院議員(以下「杉田氏」)の講演が9月8日に計画されたことに対して、フランス在住の人びとから抗議の声が上がり、change.orgでのオンライン署名が一万筆を超えた。
私もこの抗議声明に賛同して署名したひとりで、自分のtwitterアカウントを通じてこの署名への協力を呼びかけた。

結局この講演は、抗議の声の拡がりを見て関係者が取り下げたのか、日本館館長の対応なのか、日本館での開催が断念されたようで、目的達成につきネット署名終了という連絡が9月1日に入った。

誰がこのような企画を立てたのか、どのような経緯で日本館が会場の提供に少なくとも一時は同意したのか、いかなる理由で会場提供は中止されたのか、詳しい事情はまだ私には把握できていない。
今後、日本館館長には事実関係を公表し説明することが求められる。私もひきつづき成り行きを見守るつもりだ。

今回の声明と署名のイニシアティブを発揮されたフランス在住市民の方々に敬意と感謝を表したい。私をふくめてフランスの学芸と文化に深く関係している学術コミュニティーが長らく係わってきたこの場所で、とんでもない企画が進行していたことに警告を発し、パリ国際大学都市および日本館の理念と名誉を守ることに力を貸してくださった市民のみなさんには感謝の気持ちでいっぱいである。

署名終了をうけて私自身も賛同してくれた皆さんに協力への謝意と今後の連帯を呼びかける連続ツイート4件を9月1日に発信した。それが一定程度の波紋を起こしたことについては後述する。


私は従前から、ツイッターなどソーシャルメディアで経験した特記すべき出来事について、「流言論」というタイトルでメディア論的考察をブログにまとめてきた。そこで、今回もネットをとおして自分が経験したことを「流言ツイート(3)」として記し賢明なる諸姉諸兄の批判に供したい。

(なお、私にとって、twitterfacebook、あるいはblogなどのソーシャルメディアは「メディア未満のメディア」である。したがって、本稿もまた未定稿であり、今後の改稿・改変の可能性があることをお断りしておく。また、理性的なご批判は歓迎するが、ネット上に残念ながら頻見される罵詈雑言の類は受け付けない。)

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今回、何が起こり、何が問題であったのか?
まず基礎的な事実をのべておこう。

「日本館」館長宛の声明文
今回のオンライン署名は「パリ国際大学都市日本館館長」に宛てて、企画の明らかな不適切性を指摘し取りやめるように促し計画が実行されれば強く抗議する旨の声明が出されたものである。

 以下にサイトを掲げるので、まず、声明文を読んでいただきたい。

私自身、この講演の計画を知ったとき大変な驚きをおぼえた。パリ国際大学都市および日本館という場所と、この計画とには想像を超えたギャップを感じたからである。まさか日本館がこのような「野蛮な」企画を自ら立てるなどはありえない、何らかの間違いが介在していると思ったのである。

問題の構図を理解していただくためには、「パリ国際大学都市」とは何か、その中にある「日本館」とは何か、その歴史をまず分かっていただく必要がある。


「パリ国際大学都市」とは何か?
「パリ国際大学都市CiuP 」は、パリの南14区に位置し、世界各国の40ほどの学生研究者宿舎施設・スポーツ文化施設があつまった国際大学都市。住民は研究者と学生で6000名程度。広さは34ヘクタール(東大本郷キャンパスが54ヘクタールだから相当広い)。その運営は「国立法人パリ国際大学都市法人」(la Fondation Nationle cité internationale universitaire de Paris)により、本部に総裁(プレジデント)をおき、各国の会館には館長(多くは大学教授や指導的研究者)がおり、学生(院生クラスが殆ど・滞在研究者が委員会を組織して運営している。

今はどの国にもある留学生のための普通の学生宿舎であろうなどと思うと誤解する。

その歴史は古く1925年の創設、第一次世界大戦後に国際連盟ができ、当時盛んに議論された「国際主義international」、平和主義、寛容の価値と文化の共栄をかかげて各国の会館が建てられていった。詳しくはCiuPのホームページ(http://www.ciup.fr/)やwikipediaの英語やフランス語項目(残念ながら日本語ページはあまりに貧弱)を見てほしい。

創立者たちが描いたのは大戦争の破局を経験した後の世界のある種の学術ユートピアで、中央ゲートから入って正面にある本部棟に名を冠されたAndré Honnorat (18681950) が初代総裁。かれは第三共和制の有力な政治家で様々な社会政策の立案者だったが第二次大戦中ペタン元帥の対独協力政権への全権委任を棄権し1944年にはドゴール将軍の暫定政権に参加した大立て者で1950年の死まで総裁をつとめた。世界戦争の20世紀のなかで、平和と国際主義を掲げ全体主義に抵抗し人類の普遍理念を追求してきた歴史的な場所なのだ。

あとで少し詳しく述べるが、この「国立法人国際大学都市」の運営の諸原則は「定款statuts」に定められ、さらに諸原則をより具体的に定めた「一般規則 règlement général」と、その他諸規則に基づき運営されている


「パリ国際大学都市日本館」とは何か?

他方、パリ国際大学都市日本館(以後「日本館」)は国際大学都市では6番目に1930年に建てられた。詩人大使クローデルから日本館建設を打診された日本政府には関東大震災直後で予算がなく、バロン薩摩と呼ばれ、藤田嗣治らパリの日本人芸術家を支援していた大富豪薩摩治郎八氏が巨額の私財を投じてメセナの力で建てられた和洋折衷様式の建築だ(詳細はwikipediaを参照されたい)。ここもまた日本の近代文化にとっては重要な歴史的記憶の場所で、とりわけ第二次大戦後は哲学者森有正が館長をしていたことは有名である。戦前から戦後の1970年頃までは、ほんとうに数が限られていた日本人留学生や在留邦人の心の拠り所だった場所だ。

運営は、館長と院生・研究者の委員会による自治であり、その規則は、国際大学都市本体の定款と一般規則を上位規範として、それに準ずるかたちで定められている。国際大学都市なのでどの館も原則的に国際混住であり日本館だから日本人だけの場所ではもちろんない。

個人的なことを言えば、日本館歴代館長の何人かは私にとって師であり、あるいは先輩や同僚であった。私自身は日本館に居住したことはないが、最初に留学した1970年代の森有正の時代から何度も訪れて概況は知っているし、国際大学都市の他の館にはパリ大学での客員教授や講演のときなど滞在し複数の館長たちとも交流を持ってきた。
 
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さて、そこで、今回の杉田水脈氏講演の問題点とは何か?
 まず原理原則から確認しよう。
「国立法人パリ国際大学都市定款statuts de la foundation nationale cité internationale universitaire de Paris」は「第一章法人の諸目的」第一条で法人の目的を列挙している。本稿と関わる範囲で訳出する。

第一条
「国立法人パリ国際大学、以下法人と略す、の目的は次のとおりである。1学生、教員、研究者、アーティスト、トップレベルのアスリート及び有資格技術者について、その国籍に関わらず交流を促進し、そのために寛容と個人の尊重の精神のもと、あらゆる差別を廃し、彼/彼女らに目的の達成に必要な住環境及び研究・労働環境を提供すること[以下省略]。
世界の諸文化の普及、研究の発展と人々の和睦に貢献するために、学術的・知的・文化的あるいはスポーツにかかわる活動を受け入れ、組織し、促進すること」。
La Fondation nationale, Cité internationale universitaire de Paris, ci-après dénommée la Fondation, a pour objet : 
de favoriser les échanges entre étudiants, professeurs, chercheurs, artistes, sportifs de haut niveau et techniciens confirmés, de toutes nationalités, en leur fournissant un accueil et des conditions de travail conformes à ses buts, dans un esprit de tolérance, de respect de la personne humaine et exempt de toute discrimination. (…)
de contribuer au rayonnement et à la diffusion des cultures du monde, au développement de la recherche et au rapprochement des peuples, par laccueil, lorganisation et la promotion dactivités scientifiques, intellectuelles, culturelles et sportives; 
第二条では、第一条に定められた目的を実現するために国際大学都市が行うべき活動が列挙され、その中に講演会やカンファレンス等組織・運営も含まれている。
そして第三条は大学都市の奉じる価値について次のように宣言する。

「国際大学都市法人CiuPは、フランスの大学に伝統的な寛容、人格尊重の諸価値を守り抜くことを宣言し、あらゆる政治的、イデオロギー的、人種的、宗教的な差別を禁止する。」
La Fondation affirme son attachement aux valeurs de tolérance et de respect de la personne humaine, traditionnelles dans l’Université française, et s’interdit toute discrimination politique, idéologique, raciale ou confessionnelle.

これに続く次段では、第二条に定められた表現の自由や集会・訪問の自由の行使は、フランス法に適合的になされなければならないこと、またそれら自由の行使の方法は、国際大学都市「一般規則」および日本館を含む各館の個別規則によって定められるとする。


そこでまず国際大学都市一般規則règlement général de la cité internationale universitaire de Paris」を見てみると、第三条「共通の諸価値および諸原則の尊重」は次の通り定めている。

「第三条 共通の諸価値および諸原則の尊重
パリ国際大学都市全体に共通の使命は、創設者たちの趣意に合致すべく、寛容と相互理解の尊重のもとに行われなければならない。
各館、各法人、諸機関は、利用者に基本的な諸自由を自由に行使する便益を保障し、またフランスにおいて適用される実定法に基づいて、とくに非差別原則と世俗性の 原則を尊重しなければならない。()」

ARTICLE 3 : RESPECTER LES VALEURS ET PRINCIPES COMMUNS
2 Les missions communes à toutes les entités de la Cité internationale universitaire de Paris doivent s’exercer dans le respect des valeurs de tolérance et de compréhension mutuelle, conformément aux vœux des fondateurs.
L’ensemble des maisons, fondations et services doivent garantir aux usagers le bénéfice du libre exercice de leurs libertés fondamentales, selon le régime du droit positif applicable en France et respecter en particulier les principes de non discrimination et de laïcité. (

次に、日本館の定める「日本館規則」は前文で日本館居住者による国際大学都市「一般規則」の遵守を定め、第15で表現及び集会の自由について以下のように定めている。

15条 表現の自由、集会、掲示
「日本館は、その居住者に対し、表現及び集会の自由を保障する。
この自由の行使は、意見の多様性、他の居住者の権利及び自由、また大学都市の奉じる諸価値、理想、一般規則をしっかり尊重した上でおこなわれねばならず、あらゆる形態における度を超した勧誘活動を排除するものである。
集会については、パーティー、文化活動、社会活動など、これをおこなうための空間でおこなうことは自由である。集会がよりフォーマルな形になる場合には、館長にその会合の開催を予告せねばならない。
もし集会がより大規模になり、館外者、大学都市非居住者も参加する場合には、特に課される諸責任との関係で、大学都市及び日本館が定めるより詳細な手続きが要求される。
掲示板が居住者委員会の責任で居住者に準備される。日本館の外部から提供される情報の掲示、配布についてはあらかじめ館長の許可を得なければならない。」

今回の「講演」の会場として当初想定されていた日本館大サロンの貸し出しに関しては、HPに次のように周知されている

「日本館には72 の学生・研究者用の居室のほか、催し物が開催できる大サロンがあります。一般の個人・団体にも利用していただけますが、貸出は原則として学術的・文化的催しに限定しています。
 【頻繁にお問い合わせをいただいている件について】
日本館は,パリ国際大学都市の目的に則って運営されています。日本館の諸施設は,一般の個人・団体にも一部有料で利用していただくことができますが,あくまでも,この目的に合致するイベントであることが前提です。」
(この但し書きがいつ付されたのかは筆者には不明)

以上ですでにおわかりと思うが、杉田氏のような人物を招いて講演会をひらくというような企ては、パリ国際大学都市の「定款」「一般規則」、「日本館規則」に照らして、あらゆる点で問題を指摘される可能性の高い企画である。
国際大学都市のコミュニティーが今回の企画の内容を知ったとすれば、大学都市の中で行われる活動としてはまず間違いなく理解を得られない、国際大学都市の理念と目的への挑戦ともいうべき企てなのだ。

フランス語を少し解説すれば「国際大学都市La Cité internationale universitaire」というという呼称にいう、「Cité」はギリシャ語の「ポリス」にあたる言葉で、つまり、都市国家、政治的共同体を意味している。国際大学都市という学術と文化と国際交流のための「都市国家」では、ネオナチや原理主義や差別主義者やカルトの集会や講演会を開催することは認められないし、世界各国から集まる学識者の集うこの「ポリス」において、そもそもそのような考えを抱くものは極めて稀と思われる。そして、もし、そのようなことが行われば、相当に強い抗議の声や抗議行動が起こってまったく不思議ではない。
国際大学都市の歴史を紐解けば、そのような紛争や政治的な出来事は存在したし、いつでも紛争に発展する可能性はある。

思い出話をすれば、私が最初にパリに留学した1970年代半ばは、スペインはまだフランコの独裁の時代で、日本館のすぐお隣のスペイン館は長い間閉鎖されていた。フランコに反対する学生たちの反体制運動の拠点となることをきらって、フランコのスペイン政府が圧力をかけ閉鎖させていたのである。

今回の声明はいう、
杉田氏は過去に何度も問題発言を重ねてきた人物です。以下に挙げるこれまでの彼女の歴史修正主義、性差別・LGBT差別主義、戦前の国家・家族観に根ざした軍国主義、反民主主義的発言に鑑みて、第一次世界大戦後に平和の推進と、若者たちの国際的な相互理解と交流、文化の共栄を目指して設立されたパリ国際大学都市に属する日本館で、この人物の講演を行うことは、大学都市の理念とまったく相容れない行為であり、フランス共和国の理念にも反する催しだと考えます。」

まったくこの通りなのである。
そして、その杉田氏の行状はすでにフランスでも報道を通じて人びとの知れるところとなっている。実際に行われれば、どのような評価を受けることになるか、どのような抗議の声が上がるかは、かなり予測可能で、今回の声明も言及している高級紙ルモンドの記事などを読めばそれは分かる。

私自身は、この講演計画を当初なぜ日本館が受け入れたのか、なんらかの誤認、手違い、ミスがあったのか、それともわざわざ受け入れたのか、理解に苦しむ。

この事案を吟味し判断し決定を行うのは、もちろん、今回の声明の署名者たちではなく、名宛人の日本館館長であり、あるいはそれを超えて国際大学都市本部であり、ひいては、国際大学都市というアカデミック・コミュニティーの全体である。

どのような経過を辿ったのかは今後の報告をまつ以外ないが、幸いにして声明の主張は通り、日本館および国際学生都市では、この講演会は行われないことになった。

メールによるパリ国際大学都市本部への問い合わせに対しても、「杉田水脈氏の講演はパリ国際大学都市では行われない」と本部は明確に返答してきている。

当然の決定というほかないが、異常な事態が未然に回避されたことにひとまず安堵するほかない。上に述べたような国際大学都市の創設理念および先行する世代が払ってきた多大な努力に反し、国際的なアカデミズム共同体から非難されれば、私たちの国の学術文化の評価を毀損するところだった。

繰り返すが、日本館館長は事実経緯をきちんと公表し説明責任を果たしてもらいたい。


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 さて、それで一件落着かというと、そうでもない。

じつは、ここからが固有に「流言論」のパートなのだが、ネット上では幾つかの「議論」というか、まさしく「流言」が起こった。このブログが「流言論」を名乗っているのは、ネット上の「流言」を批評するものだからである。ここからは口調も少し転調してカジュアルになることをお認めいただきたい。何しろ、ブログだからね()


「言論の封殺」? 

823日に開始されたキャンペーン「歴史修正主義者・差別主義者の杉田水脈氏のパリ講演に断固として抗議する。」に対しては、「言論の自由」を封殺する動きだ、という「流言」が起こった。ネットでの「オピニオン」の拡がりは、一部の者がツイートしたワードが拡散されていくことを繰り返すが、この件に関しても、「言論の封殺」である、「言論の弾圧」、などという書き込みが拡がった。

「弾圧」という語の辞書定義は、「支配階級が権力で被支配者階級をおさえつけること。強権的におさえつけること。」(小学館『日本国語大辞典』)「政治的反対勢力の政治活動を阻害,あるいは根絶するために,政治的支配層が国家権力(軍隊,警察,裁判所など)を行使すること。」(平凡社『世界大百科事典』)であるから、権力を持たない者が「弾圧」することは不可能なので、明らかに日本語の誤用である。ただ、ネット上では、「サヨク」や「メディア」による「言論封殺」や「言論弾圧」というシンタグム(=語の組み合わせ)は、ネットウヨクによってよく使われているようである。

私自身は、上記で述べたように、91日のキャンペーン完了をうけて4件の連続ツイートを行った。その文面をコピーする。

1「杉田水脈氏のパリ国際大学都市日本館での講演は中止となった模様です。署名ご協力に感謝します。真理探究と価値多様性の尊重を掲げるパリ国際大学都市憲章に反する催しが未然に防がれたことに安堵するとともに今後とも歴史修正主義、差別主義を許さない戦いをともに続けていきましょう。」

2「本件は「学問の自由」に係わる案件です。パリ国際大学都市は、学術機関として以下の憲章理念に基づいて運用されています(つづく)。
http://ciup.fr/wp-content/uploads/2019/02/statuts_anglais_2019.pdf…

3「学術機関において、真理に明らかに反する活動に機会が与えられないのは、誤った学説、データがねつ造された研究に学会で発表機会が与えられないのと同様です。本件は「言論・表現の自由」とは非関与的は問題なのです。(つづく)」

4「杉田氏には、パリ国際大学都市以外の場所で発表を行うことは権利上保障されています。現にHPではそのようにされると発表しています。但し、フランス共和国では、ホロコースト否定など歴史修正主義、ヘイトスピーチは軽犯罪の対象になります。(了)」

この連続ツイートは、私にもなぜなのか当初はよく分からなかったのだが、何人かの多数フォロワーをもつアカウントにリツイートされて、一方において「朗報」、他方において「凶報」として、拡散されていったようである。ある時点以降は比較的こまめに観察したが、98日現在、22万インプレッションを超え、さほど多くのフォロワーをもたず、それほど頻繁にツイートするわけでもない私のアカウントとしては、ずいぶんの拡散ぶりである。

杉田水脈パリ講演をめぐる「言論弾圧」をめぐる言説編制(discursive formation)のなかに、私のツイート4件もりっぱに編入されて、「石田英敬の弾圧思想」なるページも設けていただけるようになったようである(笑)。(https://www.jijitsu.net/entry/ishidahidetaka-tokyo-sugitamio

こうなってくると、メディア記号学者としては、それなりのフィールドワークの機会を得たということで、1週間ほど観察して、この稿を書いている。杉田氏のパリ講演は予定通りパリのどこかで行われるのだとすれば98日ということだから、その終了をまって、この稿をアップするわけである。

まず事実確認だが、「声明」にも、また上記の私の一連のツイートにも、「言論の封殺」を非難される内容はない。(cf. 4「杉田氏には、パリ国際大学都市以外の場所で発表を行うことは権利上保障されています。現にHPではそのようにされると発表しています。」)。あくまでも、パリ国際大学都市のなかでは、そのような講演を行うことはできません、ということを述べたまでである。その主張の正当性の根拠については、これまで長々と説明してきたとおりである。

このケースでは、「言論の自由」の行使のためには、二つの条件がある。第一に、国際大学都市のなかで「言論の自由」を行使しうるためには、国際大学都市の定める規範を満たしそこで「語りうる者」としての資格を認められる必要がある。第二に、国際大学都市においては「語りうる者」としての資格を認められなかったとしても、国際大学都市の外で語ることは原則的に自由である。ただし、国際大学都市の外であってもは、フランス共和国における「言論の自由」の行使の規範を逸脱しないことが求められる。そして、フランス共和国では歴史修正主義発言やヘイト・スピーチは軽犯罪として処罰の対象となるから、そのような発言は国際大学都市の中で行われようが外で行われようがフランス共和国における「言論の自由」の範疇を超える(国際大学都市においてもフランス共和国の法を守らなければならないことは当然である)。

この二つを正確に指摘することに、どのような意味で「弾圧思想」が含まれているといえるのか? 謎、というほかない。


「学問の自由」

私自身は、今回のような出来事を「学問の自由」にかかわる問題として捉えている。これが私の第二のツイートの意味だ。

上に説明してきた、パリ国際大学都市の設立の経緯、創設理念、定款、一般規則、そして日本館規則は、要するに広い意味での「学問の自由」を擁護すべく歴史的に形成され合意され保持されてきた価値・規範なのだ。

この場合の「自由」とは、学問以外の権力・権威からの自由である。例えば、政治権力、宗教権力、経済権力、などのことだ。

 この「権力」の問題というのは、この杉田氏講演のエピソードでは分かりやすい。杉田氏が「代表」しているような、普遍的価値のコンセンサスとは明らかに背反する諸価値を奉ずるような政治的権力である。

声明には含まれていないが、アカデミズムの世界では、杉田氏の名前は、科研費に関する政治的介入のエピソードなどがよく知られている。この問題は目下訴訟中で、これなどは、「学問の自由」に対する、露骨な政治権力の介入といえる。(https://digital.asahi.com/articles/ASM2D443DM2DPLZB00P.html

口幅ったい言い方で世の中の人びとからは反撥をかうかもしれないが、学術の価値は、その価値を判断しうる科学的共同体によってのみ、妥当性を判断されうる。それ以外の力によって価値判断が曲げられてはならない。これが私の第三のツイートの意味である。

もちろん、学問とて、人間の営為であるから「可謬的」である(つまり「誤りうる」)。いや、むしろ学問とは、つねに自らの誤りを修正し続けている人間のたえまない営為そのものなのだ。そして、つねに誤りを修正しつづけていくことで学問は進歩する。それを可能にするのが科学者共同体による純粋で妥協のない自律的で厳格な審査なのだ。


3「表現の自由」

今回、「愛知トリエンナーレ 表現の不自由展」の問題と時期的に重なったこともあって、「表現の自由」を擁護する人びとが、今回は杉田氏から「言論の自由」を奪うことに荷担している、ダブルスタンダードではないのか、という「流言」も見受けられた。

だが、よく考えてほしい。

「表現の不自由展」問題もまた、芸術表現は、芸術表現の価値を適確に判断しうる人びとの価値判定に帰するべきで、「芸術の自由」をみとめてはじめて豊かな芸術文化は華開くことができるのだ。
だから、「芸術の自由」とは、芸術以外の権力・権威からの自由のことで、これも「学問の自由」と同じで、政治権力、宗教権力、経済権力などから不当な介入を受けない自由のことなのだ。

だから、「学問の自由」も「芸術の自由」も、「文化」が政治権力や非理性的な権威から介入を受けてはならない、という民主主義社会の基本的な自由の一部なのだと私は考えるわけだ。

これで分かってもらえただろうか?

では、なぜ、そのような自律的領域が社会のなかに必要かというと、それは決して、学者たち芸術家たちの独りよがりのためではなくて、学問や芸術が自由に華開くため、いやもう少し分かりやすい用語で言い換えれば、学者たち、芸術家たちの間に自由な競争を起こりやすくして、新しい創造や創発が起こりやすくするためなのだ。だって、政治の力や宗教の力やカネの力で、真理や美がゆがめられてしまったら、学問も芸術も死に絶えてしまうだろう?だから、自由な社会でこそ、学問も発達し、芸術も花開く。これは歴史が証明している真実ではなかっただろうか。


4「無知からの自由」

最後に、メディア学者として、もう一つの視点を導入しておく。
昔、近代社会の始まりでは、普遍的で基本的な「自由」とは、貧困、迷信や因習、専制や宗教的権威などに起因した「野蛮」や「無知」の状態からの自由を意味していた。
しかし、現代では、「野蛮」や「無知」の成り立ち方が異なってきているということをみんなは考えたことがあるかな?

現代の「野蛮」や「無知」というのは、「二次的な野蛮」、「二次的な無知」というあり方をしている。
それは、情報があふれてメディアにサポートされて生がマニュアル化していて、「知らなくてもいい」・「考えなくてもいい」・「想像しなくてもいい」という状態を資本主義が産業的につくりだしつづけることによってもたらされた、人びとの存在状態としての、二次的な野蛮・二次的な無知だ。

本稿では、ながながと国際大学都市とは何か、日本館とは何かからあらためて説き起こし、その運用ルールはどうなっているのか、今回の件でどこに問題点があったのかを説明してきた。
96日になって、Japan In-Depthという私にはよく分からないニュースサイトから「杉田水脈氏パリ講演反対の訳」という国際記事が配信された。https://japan-indepth.jp/?p=47763

そこには、主催者へのインタビューと称するやりとりが掲載されており、詳細はそちらを見ていただく以外にないが、かなり「気楽な」気持ちで – つまり「無知」から-- 今回の講演会を企画したというようなことが語られている。

驚くべきことも語られていて、主催者の説明では、「講演会は申し込み制で少人数制で行われます。最高でも30人。対象はフランスに住む日本人で、講演も日本語のみで行われます。ネットで色々な憶測が飛び交っていますが、不特定多数の日本の憲法について知らないフランス人にお話しするとかではないのです。」とある。
しかし、これこそまさに非常識。国際大学都市で日本人たちだけのために日本語のみで講演会を開く?これこそ、日本館の目的に反している。国際大学都市で、ある国の人たちのためにだけ会をもつことはできない。日本人のみを対象として日本語のできる外国人を排除するなら、それこそ「差別的な」活動である。日本語での講演であっても、日本語のできる外国人は数限りなくいる。日本語は世界言語なのだよ。どれだけのパリの若者たちがマンガを読んだりアニメを見たりするために日本語を一生懸命勉強しているか知っているかな?パリには日本語を学習している人びとは非常に多いのですよ。
 日本は世界のためにある、世界とともにある、世界のなかに日本はあるし、日本のなかに世界がある、そう考えること、つまり日本の「普遍性」を議論し、世界の人びととともに考えることが、本当の「愛国」だと私は考えているのだ。日本は、世界のことなんか知らない、ともに議論しない、無知な日本人たちだけのためにあると思うな!日本はもっとずっと素晴らしい普遍的な価値に満ちた国なのだよ!と言いたいわけです。分かってくれるかな。

また、「自分と違う考えの方が講演会するのは嫌なのはわかりますし、それをご自分のSNSでいうのも自由です。しかし、会場に嫌がらせをしたりというのはどうなのでしょうか?私たちは一個人でどこの団体にも所属していませんし、これを仕事としてやっているわけでもありません。ただ広い知識を得たいと考えているだけです。」との発言を紹介しているが、これこそ、自分たちの「無知」を拠り所として、その場所が刻んできた意味、先人たちが培ってきた歴史的な記憶を消そうとしていることなんだ。「広い知識」を得たいというのであれば、もっと歴史を勉強しなければいけない。あそこの国際学生都市はどのように出来てどのような歴史を生きてきたのか。あの日本館はどのような場所でどのような規則で動いているのか。そういう基本を知らずに、結果的にその場所の歴史を消去したり、人びとが大切に築いて守ってきた価値を踏みにじることは、とてもいけないことだと思う。

この記事はあたかも「中立」の視点からのように書かれているが、その中立性もまた、あやしい。自分たちは何も知らない、何も知らないので、中立に物を書くことができるという、「無知の正統性」を主張しているようなつくりの記事だ。

ネットでの反応にも、どんな意見でも発言させればいいのではないか。意見が異なれば議論すればいという「流言」も散見された。「思想の自由市場」に任せろというわけだが、そこがまた、そういうわけにはいかないのだ。

なぜならば、現代のコミュニケーションとは、自由に内容を吟味する「事実確認的な理性的な討議」ではなく、「行為遂行的な発話」がデフォルトになったコミュニケーションだからだ。というとまた、小難しいことを言いやがると思うかもしれないので、ちょっと説明しよう。

「事実確認的な理性的な討議」というのは、学会発表みたいなやつのこと。つまりコミュニケーションのルールは明示的に合意されていて、中身に集中して論理構成がちゃんとできているか、ちゃんと証明ができているか、をみんなで議論すればいい、という討議。「行為遂行的な発話がデフォルトになったコミュニケーション」というのは、なんでもありで異種格闘技的でやった者勝ちという、アナーキーなルールのゲーム。このゲームでは出場することに意味がある。なぜなら、出場することによって、認知されるからね。それで、出場することによって「出場者」になってしまうし、発言するということで「発言者」としての地位を得てしまう。発言したということが発言者の参入を既成事実化し、正統化する、そんな言語ゲームなのだ。まあプロレスみたいなものだね。

「思想の自由市場」主義者たちが「思想の自由」をいうときには、中身としての「思想」とこの「ゲームの規則の壊乱」とが混ざっているから注意が必要なんだ。現代のメディアは、リアルタイムのメディアになったから、このアナーキー・ゲームがとてもやりやすくなった。だから、テレビ・バラエティとか見ていれば分かるが、デフォルトで「行為遂行的な発話状況」が一般化したのさ。(それがいちがいに悪いと言っているわけではないのだよ、ただ、ルールを自覚しましょう、と言っているわけで、ルールが明示されうるためには、コミュニケーションのプロトコルについての知識が必要)。

そして、いまでは、もっとも無知なものがコミュニケーションを支配するようになった。テレビ討論を見てもらえばすぐに分かる。何にも知らないことは、司会者の「中立」という最も強い立場なんだ。だから何にも知らないひとがキャスターになったり、何にも知らないひとがコメンテーターをつとめることさえ起こる。何にも知らない者こそが、もっとも「偏りのない」意見を言うことができる、というルールになっている。視聴者は「何にも知らない」状態で番組を見るのがよく、何にも知らないがゆえに「予見をもたずに」状況を「印象」でジャッジできるとされる。あ、そうなんだ、知らなかったあ〜〜、なんて平気で言える。そして、みんなすぐに忘れる。

そのようにして、「歴史の記憶」は消去され、メディア時代の「二次的な野蛮」は拡がっていく。いまでは「無知」こそが力だ!「無知」をきもちよく前提にさせてくれるメディアこそがもっともよいメディアなのだ。

昔、メディアは社会を「開かれた社会」にするはずだった。だが、メディアは「無知」や「野蛮」や「忘却」を社会に広めることになった。「第二の無知」「第二の野蛮」の時代になったからだ。

私たちがいまいたるところで目の当たりにしているのは、そのような「二次的な野蛮と無知」の専制支配なのかもしれないのだよ。

ならば、21世紀の第二のファシズムはもう私たちの世界の目の前のすぐそこまで迫ってきているはずだ。

   そのファシズム、みんなで止めませんか!

でも、どうやって?

 「歴史」を勉強することによって、だよ。


             (長文読解、お疲れ様でした!感謝します。)


2019年8月30日金曜日

「夏休みのためのフランス語 ひよこ自習クラス」プロジェクト(第4回)

石田フランス語 2017/08/29
 「夏休みのためのフランス語 ひよこ自習クラス」プロジェクト(第4回) 
    
うーん、ご無沙汰してしまった、申し訳ない。
お盆明けから丸二週間大学院の入試期間でね。なかなか時間がとれなかった。
うーん9月か、ペースを取り戻さねば!
「フランス語の自主夏期講習」第四回だ。
 前回に読み始めた、『カンディード』の第一章の後半です。ベリーエキサイティングな箇所! 下のマンガのとおりなのだ。
https://drive.google.com/open?id=1KRFCGsWFA3S8IzidCpzMfaFRvSBEmHmw

I.

『カンディード』第1章(おわり)



まず、今日の全文は以下のとおり。第6パラグラフから第9パラグラフまでだ。
   Candide écoutait attentivement, et croyait innocemment ; car il trouvait mademoiselle Cunégonde extrêmement belle, quoiqu’il ne prît jamais la hardiesse de le lui dire.

   Il concluait qu’après le bonheur d’être né baron de Thunder-ten-tronckh, le second degré de Bonheur était d’être mademoiselle Cunégonde, le troisième, de la voir tous les jours, et le quatrième, d’entendre maître Pangloss, le plus grand philosophe de la province, et par conséquent de toute la terre.

   Un jour Cunégonde en se promenant auprès du château, dans le petit bois qu’on appelait parc, vit entre des broussailles le docteur Pangloss qui donnait une leçon de physique expérimentale à la femme de chambre de sa mère, petite brune très jolie et très docile. Comme mademoiselle Cunégonde avait beaucoup de dispositions pour les sciences, elle observa, sans souffler, les expériences réitérées dont elle fut témoin ; elle vit clairement la raison suffisante du docteur, les effets et les causes ; et s’en retourna tout agitée, toute pensive, toute remplie du désir d’être savante ; songeant qu’elle pourrait bien être la raison suffisante du jeune Candide, qui pouvait aussi être la sienne.

   Elle rencontra Candide en revenant au château, et rougit ; Candide rougit aussi ; elle lui dit bonjour d’une voix entrecoupée, et Candide lui parla sans savoir ce qu’il disait. Le lendemain après le dîner, comme on sortait de table, Cunégonde et Candide se trouvèrent derrière un paravent ; Cunégonde laissa tomber son mouchoir, Candide le ramassa, elle lui prit innocemment la main, le jeune homme baisa innocemment la main de la jeune demoiselle avec une vivacité, une sensibilité, une grâce toute particulière ; leurs bouches se rencontrèrent, leurs yeux s’enflammèrent, leurs genoux tremblèrent, leurs mains s’égarèrent. Monsieur le baron de Thunderten- tronckh passa auprès du paravent, et voyant cette cause et cet effet, chassa Candide du château à grands coups de pied dans le derrière ; Cunégonde s’évanouit ; elle fut souffletée par madame la baronne dès qu’elle fut revenue à elle-même ; et tout fut consterné dans le plus beau et le plus agréable des
châteaux possibles.
この一頁をさっと読めるぐらいになると、「仮免」を脱して、路上に出られるぐらいなんだがね。パラグラフごとに進もう。学習する文法知識は少しずつ減っていくはず。


[1] 第一章 第六パラグラフ 
   Candide écoutait attentivement, et croyait innocemment ; car il trouvait mademoiselle Cunégonde extrêmement belle, quoiqu’il ne prît jamais la hardiesse de le lui dire.

  Candide écoutait attentivement, et croyait innocemment ;
  ここは問題ないね。直接法半過去の表現
 「カンディードは注意深く聞き無邪気に信じていた」:パングロス先生の言うことを信じ切っていたというわけだね。
car il trouvait mademoiselle Cunégonde extrêmement belle,
ここも問題ないね、「というのも彼はキュネゴンド嬢をとても美しいと思っていたのだから、」
6 〈~ qn/qc+属詞〉…を…と思う,判断する.
trouver qn gentil [intelligent]
…を親切だ[賢い]と思う.
trouver son travail amusant
仕事を楽しいと思う.
Je vous trouve fatigué.
お疲れのようですね.
Il a trouvé ce film excellent.
彼はこの映画を素晴しいと思った.
quoiqu’il ne prît jamais la hardiesse de le lui dire.
これから長い長い文法説明が始まりますから、まずひとまず、この部分を訳しておきますね。ここ「彼女にそれを思い切って言うなどという大胆な行いに彼には決して出なかったのだけれど…」という譲歩構文なんです。quoique は英語でいえば、although にあたるような、譲歩を導入する接続詞なのだ。そして、その譲歩節のなかに現れる “prît”、これが動詞prendreの「接続法半過去」という まだ勉強していない、新文法知識です!

 文法のお勉強のまえに、第六パラグラフをいったん訳してしまうと、「カンディードは(パングロス先生のいうことを)注意深く聞き、無邪気に信じ込んでいた﹆[←このコンマは「白ゴマ」というもの、これもレアな食材(‘-‘*)]というのも、彼には思い切ってそれを彼女に言うなんていう大胆な行いには決して出なかったわけだけど、キュネゴンド嬢がとってもキャワイイと思っていてのだからね。」(つまり、こいつはパングロス先生のいうことはじつはあんまり注意深く聞いていなかった、って、言外に、この文は書いているよね。)

 さて、本日のお勉強メニューのアントレの目玉はこれ!:“prît”
      prendreの「接続法」仕立ての、「半過去」風 !
 これはなかなか、フツーのその辺の安いフレンチでは出していない超高級食材! 今の日本のフレンチで「接続法」の「半過去」風味を出せるのは、三つ星以上の高級フレンチ文法だ。
 では、その蘊蓄とは…

新文法知識3「接続法半過去 l’imparfait du subjonctif 」
 じつは、石井文法では、最後の最後、p.79にちょこっと出てきます。でも石井シェフ、高級食材を惜しんでいるからな、これだけでは分からん。それに坂本先生の授業もここまでは辿りつけないのではないかな。だからこそ勉強しておこう。
 で、まず、その文法的概要を知るには、またしてもあの鎌倉の高級フレンチ『北鎌フランス語』のお世話になりましょう。(石田ミシュランでは『北鎌フレンチ』は☆☆☆)
http://class.kitakama-france.com/index.php?フランス語の条件法と接続法
(URLにリンクがうまく行かない場合は、「北鎌フランス語講座 - 文法編「条件法と接続法」をgoogleで探してみてください。」
 ついでに「条件法」もまだ勉強していませんが、石井文法の13課 (p.65 sq.)、秋学期に坂本さんと勉強することになります。そこも君たち自身で予習をしておこう!

 a. 一般言語学講義:「モダリティ」とは何か:
 まず、基本的な言語知識として、「法」とは何か、を知りましょう。「法」は、法学部の法(law, loi )ではなく、ここは、「モード(英、仏)mode、あるいは(英)mood」の訳語です。
 一般言語学にかかわる知識(「一般言語学」とは、英語とかフランス語とか日本語とか、個別の言語ではなく、あらゆる言語一般にかかわる知識という意味だよ)ですが、ひとが何かを述べるときに働いている文法カテゴリには、「時制・相・法」というものがあります。英語ではTAMと略称したりします。Tense-Aspect-Mood です。Tenseはすでに知っているとおりの「時制」(述べられたことが、話し手から見て、過去なのか現在なのか未来なのか)、Aspectは「完了相・未完了相」(すでに完了しているのか、まだ続いているのか、繰り返し起っているのか: ex.フレンチの 複合過去 vs 半過去)、Mode はフランス語では「直説法・条件法・接続法」あるいは「命令法」などのモード(法)で、話者が述べられた内容に対して「どのような態度」をとっているのか、意識の志向性の「様態(モード)」のことです。
(Cf.「モダリティ (modality) または法性(ほうせい)、様相性(ようそうせい)[1]とは、話している内容に対する話し手の判断や感じ方を表す言語表現のことである。」Wikipedia 「モダリティ」20170829 13:50 https://ja.wikipedia.org/wiki/モダリティ)
 それでフランス語についていえば、多くの場合、動詞活用がモダリティをコントロールしています(日本語もかなりそう、助動詞とか助詞もそうだけど、学校文法で勉強したよね)。
 これまでみんなが習ったのは、「直説法 l’indicatif」で、これから上述のように「条件法 le conditionnel」、そして「接続法 le subjonctif」を勉強します。
   それらの概念については、やはり、『北鎌』の説明がいいね!それは次のとおり:
http://class.kitakama-france.com/index.php?フランス語の条件法と接続法
から引用:
「3 つの法の根本概念は、次のように要約することができます。
直説法:事実を述べる時に使う。
条件法:事実に反することを述べる時に使う。
接続法:事実か事実に反するかは別として、頭の中でイメージして述べる時に使う。」

 この説明のとおりなんだ。
 「直説法」っていうのは、「le mode indicatif」って言うんだけど、indiquer という動詞は、指し示す、指示するということだから、事実を事実としてそのまま述べるということですね。
 「条件法」というのは、「le mode conditionnel」で、もしこういう条件であれば(現実にはそうじゃないのだけど)、という仮定のうえで、何かをいうときに使われます。
 それに対して、「接続法」は、「le mode subjonctif」というフランス語なのですが、subjonctif って結びつける、あるいは、従えられる、従属的っている意味だね。原則として従属節(la subordination)のなかに現れる。

豆知識:英語にも「接続法(叙想法)」はあった。
  ヨーロッパ言語のうち英語しか知らないと、「接続法」なんて知らないよ、って思うかもしれない。
 しかし、フランス語だけでなく、ドイツ語にもスペイン語にもイタリア語にも、もちろんラテン語、古典ギリシャ語にもある。というか、インド・ヨーロッパ語族には属する言語で、こうした法がないのがおかしい。そして、じつは英語にも接続法はあったんだ。英語のsubjunctive moodは「叙想法」なんて訳されています。God save the Queen。のsaveはsubjunctive moodです。しかし、下の理由で、仮定法に取って代わられる傾向が生まれた。
 英語は、かなり特殊な歴史的な経験を経て現在にいたっている。元はインド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派の言語だった英語(「古英語Old English」の時代 5世紀半ばから12世紀にかけて)にも接続法はあった。名詞に格変化もあったし、動詞だって体系的な活用があった。でも、英語は「ノルマン・コンケスト」(西暦1066年)と呼ぶフランスのノルマン人により征服され、支配と被支配の言語が折り重なっていくうちに、文法的な体系が解体されて、極端に単純化されていったのだ。授業でも言ったと思うけど、英語は「クレオール化」された「クレオール言語」だっていう説は有力な仮説になっている。
Cf. https://en.wikipedia.org/wiki/Middle_English_creole_hypothesis


 b.「接続法 le mode subjonctif」
 基本的には、従属節のなかで接続法は使われます。しかも、従属節を導入する動詞は決まっています(辞書に、該当する動詞には、「+ 接続法」、とか「 + subj.」とか 書いてあります)。
 直説法に、「現在 le présent」と「複合過去 le passé composé」、「半過去 l’imparfait」と「大過去 le plus–que-parfait」があったように、条件法にも接続法にも単純形(助動詞avoir 、être を用いない形)と複合形(助動詞avoir かêtre の活用形+過去分詞)があります。 
 接続法にはしたがって、「現在 le présent du subjonctif」と「過去(完了形) le passé du subjonctif」、「半過去 l’imparfait」と「大過去 le plus-que-parfait du subjonctif」があります。その用法については、『北鎌』の頁を下の方まで読んでいってください。

 c. 「接続法現在 le présent du subjonctif」と「接続法過去 le passé du subjonctif」
 直説法現在が直説法の起点であったのと同じように、接続法現在から接続法の勉強を開始しましょう。
 その活用と用法については、石井文法では、14課に出ています(p.69 sq.)
 活用形についても、『北鎌』の上の頁からリンクを辿りましょう:以下のページです。
http://verbes.kitakama-france.com/index.php?フランス語の接続法#navigator
 ここを見て勉強をしてください。

 さらに、その接続法の複合形として、「接続法過去(le passé du subjonctif)」があります。これは上に説明した「相(aspect)」でいうと、完了相(parfait)になります。
 その活用と用法については、石井文法では、同じ14課のp.72以下です

 これを全部説明していると長くなるので、上の『北鎌フレンチ』と石井文法14課をざっと見てください。

 d. 「接続法半過去 l’imparfait du subjonctif」と「接続法大過去 le plus-que-parfait du subjonctif」
 さて、その接続法の「現在」と「過去」という基本形を知ったうえで、つぎに、「半過去」と、その完了時制である「大過去」があります。
 (『北鎌』の該当頁を見てください。次頁に貼り付けますけど、ここはサイトからのコピーですから『北鎌』にcopy rightsがあることをお断りしておきます。
http://class.kitakama-france.com/index.php?フランス語の条件法と接続法#content_1_4 )
  「直説法半過去」と「直説法大過去」の関係を思い出してもらえば、これらの時制の相互関係は分かるはずです。

e. 「接続法の用法」の概要
 以上は、「法」と「時制」についてのおおまかな説明でした。
 次に、接続法はどんな風に使われるか、その「用法」の簡単に説明します。
 1.接続法現在 le présent du subjonctif
1) まず、「接続法現在」を使って説明しましょう。
 石井文法の70頁を見てください。
石井さんの説明は以下のとおり
【用法】直説法があることがらを現実として提示するのにたいし、接続法はあることがらを単なる観念として提示する主観的な法である。
 (表現は異なるが、『北鎌』と同じことを言っているね。)
 そして、
「(1) 名詞節において
①意志・願望・要求・必要性などを表す語句・表現の後で
 Je veux qu’il vienne.
  Il faut que je parte. 」 ・・・ 
というように説明をして行っているね。(70頁〜71頁)
 この二つの文例で説明すると、
 Je veux(私は欲する) は直説法現在だけど、que 以下の名詞節は接続法現在で表された私の願望内容で、事実ではない観念内容というわけだね。そのように「あることがらを[…]観念として提示する」、あるいは「頭の中でイメージして述べる」(『北鎌』)のが接続法なのだ。
 Il faut que って、習ったよね。非人称構文il の構文だけど、 « falloir »を辞書で引くと、例えば、小学館『ロベール仏和大辞典』には次のように出ている。
  2 〈Il faut+inf. //Il faut que+subj.〉…しなければならない,すべきである,する必要がある.
 ここの Il faut que+subj. が学習事項なんだ。
 Il faut que je parte. は、だから「私は出発する必要がある」という意味だね。

2. 接続法過去 le passé du subjonctif
2) 次に、単純形である「接続法現在」に対して、複合形である「接続法過去」があって、それについては、石井さんの72頁
【活用】助動詞の接続法現在+過去分詞
   danser : j’aie dansé, tu aies dansé, etc.
      arriver : je sois arrivé(e), tu sois arrivé(e), etc.
 【用法】主節の動詞にたいしてそれ以前に完了している(はずの)ことがらを表す。用いられるケースは接続法現在と同じ。
 Elle est fâchée que nous ne l’ayons pas invitée.
  Il est possible qu’il ne se soit aperçu de rien. 」 ・・・ (72頁)
 上記のIl faut que+subj. を使って例文をつくると、
「接続法現在」が Il faut que je parte. であるのに対して、(例えば、「リヨンに正午に到着するためには、私は今出発必要がある。Pour arriver à Lyon à midi, il faut que je parte maintenant. 」)
「接続法過去」は Il faut que je sois parti(e). と複合形となる(「私はもう出発してしまっている必要がある。」例えば、「リヨンに正午に到着するためには、私はもう出発してしまっている必要がある。Pour arriver à Lyon à midi, il faut que je sois déjà parti(e).」)

 さて、「接続法」についてずいぶんと長い説明を行ってきましたが、これでやっと最後のパートに辿りつくので、もうひとがんばりして勉強しよう。
 
  主節が過去時制のときの、従属節の接続法の時制について・・・
 以上の「接続法現在」および「接続法過去」の説明は、主節が「直説法現在」のときの、従属節のなかでの接続法についての説明でした。
 で、主節が直説法「複合過去」、あるいは直説法「半過去」、あるいは直説法「単純過去」、あるいは、直説法「単純未来」、あるいは、(これはまだ勉強していないけれど、これから勉強することになる、もう一つの「法」である、「条件法」[英語の「仮定法」])の場合には、従属節の中の「接続法」は、どのような「時制」となるのか、という問題が生じます。
 それで、現在の日常のフランス語(話し言葉では)と簡単な書き言葉では、主節の時制に関係なく、従属節のなかでは、「接続法現在」と「接続法過去」を使います。
 他方、現在でも文語体では、主節が直説法の過去時制(複合過去、単純過去、半過去)、および、条件法(これまだ勉強してないけど、条件法現在と条件法過去)の場合には、「接続法半過去」と「接続法大過去」を使います。
 ちょっと前までは、日常的な話し言葉でも(ちょっと前というのは、18世紀ぐらいまでかな)同じように、「接続法半過去」と「接続法大過去」を使っていたらしい。
 次のような18世紀のエピソードが残っている;
 « Madame Beauzée couchoit avec un maître de langue allemande. M. Beauzée les surprit au retour de l'académie. L'Allemand dit à la femme : Quand je vous disois qu'il étoit temps que je m'en aille. M. Beauzée, toujours puriste, lui dit : que je m'en allasse, monsieur. »
 「ボーゼ夫人がドイツ語の教師と同衾していたちょうどそのところへ、アカデミーからご主人のボーゼ氏が帰宅した。そこでドイツ人はご婦人に曰うて曰く:「だからもう帰らなきゃ je m'en ailleと言ったんだ」。ボーゼ氏は、文法潔癖派であったので、聞き逃さず:「ムッシュー、もはや身罷らむとje m'en allasse、申すべきじゃ!」」
 je m'en aille が接続法現在、je m'en allasse が接続法半過去 (s’en aller はaller のイディオムで、「立ち去る、いなくなる、退出する」という意味)。アカデミーは、アカデミー・フランセーズで、17世紀からフランス語の国語辞典を編纂しつづけている、王の学術機関(https://ja.wikipedia.org/wiki/アカデミー・フランセーズ)。Beauzéeはアカデミー会員で文法学者。
 本当の話かな? フランスらしい艶話だからね、事の真相よりも、ドイツ人が文法の間違いをして、アカデミシャンの文法学者が間違いを指摘するというところが噺のミソだね。この当時から、接続法半過去は日常語では、使用がおぼつかなくなっていた、というわけだ。(ここで、いずれにしても、conjugaisonの問題だよね!とか、コメント出来るようになると、フランス的エスプリに少し近づける!)

 さて、そういうわけで、主節が過去の場合には、従属節のなかの接続法は、「接続法半過去」か、主節の時制に対して完了相で捉えられる事態については「接続法大過去」で記される、というわけなのだ。
 やっと、これで、「接続法半過去」の説明にたどり着いた。
 それで、やっと、第六パラグラフの最後の文:
il trouvait mademoiselle Cunégonde extrêmement belle, quoiqu’il ne prît jamais la hardiesse de le lui dire.
主節が(il trouvait…)が直説法半過去だね、だから、譲歩節のなかは、接続法半過去になるわけです。というわけで、prît は動詞prendre の接続法半過去の三人称単数の活用なのだ。(山がたアクセント ^ が付いていることに注意 石井教科書の活用表で確認しておこう)。
譲歩構文というのは、それを導入する「副詞+que +subj.」というセットが決まっていますから、そのセットを知っている必要があります。
encore que+subj.
bien que + subj.
quoique + subj.
これらがよく使われる譲歩節を導入する表現ですから覚えましょう!

 そこで、やっと、
 第一章 第六パラグラフのまとめ:
   Candide écoutait attentivement, et croyait innocemment ; car il trouvait mademoiselle Cunégonde extrêmement belle, quoiqu’il ne prît jamais la hardiesse de le lui dire.
 カンディードは注意深く先生の話を聞き、無邪気に信じていた。なぜって、キュネゴンド嬢がとってもキャワイイと思って見とれていたのだからね。もっとも、彼女にそう打ち明ける勇気が沸いたなんてことは一度もなかったんだけどね。

  最後のla hardiesse de le lui dire ですが、prendre la hardiesse de の表現は、
◆ prendre [avoir] la ~ de+inf.|大胆にも[あえて]…する,失礼を顧みず…する.
Il a la hardiesse de résister au pouvoir.
彼は勇敢にも権力に反抗する.
Excusez-moi si je prends la hardiesse de vous contredire.
意見が食い違ってお気に障ったらお許しください.

le lui dire の le luiが分かんないかな。
le は、石井11課の56頁 
「1.中性代名詞 le
文や節の内容を受ける
J’ai pris ma retraite le mois dernier. – Je ne le savais pas.
(ぼくは先月リタイヤしたんだ。—— 知らなかったよ、それ。) 」
 このleは前に言われたことを指す代名詞なんだ。英語のthatとかと思えばいい。人称代名詞(pronom personnel)」が、特定の名詞(あるいは名詞句)に置き換わるというのに対して、「中性代名詞(pronom neuter)」は、文脈を指示する、と説明します。
 より詳しく、坂本先生と秋学期に勉強することになるでしょう。
 それに対して、lui のほうは、間接目的補語に置き換わる人称代名詞elleの間接目的格だ。dire à Cuégondeという代わりに、lui dire と言っているわけだ。
 そして、このように二つ代名詞が併置される場合、どっちが先に来るかというシンタックスの規則は、石井の48頁にようになり、leが中性代名詞であっても、同じルールです。

[2] 第一章 第七パラグラフ 
   Il concluait qu’après le bonheur d’être né baron de Thunder-ten-tronckh, le second degré de Bonheur était d’être mademoiselle Cunégonde, le troisième, de la voir tous les jours, et le quatrième, d’entendre maître Pangloss, le plus grand philosophe de la province, et par conséquent de toute la terre.

 やっと、次のパラグラフに進むことができた!
ここは問題ないはず。

Il concluait qu’
(1) après le bonheur d’être  né barod de Th. ,
  (2) le second degré de Bonheur était d’être mademoiselle C.
      (3) le troisième                     de la voir tous les jours,
      (4) le quatrième                     d’entendre maître Pangloss
というようにque の節のなかで、était を省略して、列挙を繰り返すことで行われ、
そして、 Pangloss にたいて、同格で、le plus grand philosophe… et par conséquent de toute la terre. という表現が行われている。

 かれは、トゥンデール・テン・トゥローンク男爵に生まれる幸せに措けば、それに次ぐ第二の幸せとはキュネゴンド姫である幸せなのであり、第三の幸せは、毎日姫を目の当たりする幸せであり、第四は、この国で最も偉大な、ということはしたがって、この世で最も偉大な哲学者でおられるパングロス先生のお話を拝聴する幸せなのであると、結論づけていていた。(la provinceは地方といっても、ここでは日本語でも「お国」というようなときの国、toute la terreは全地球だけど、ま、「この世」の方が分かりやすいだろう、マドモワゼルも「姫」と訳してみた。)

 よかった、ここ簡単だったね。とくに大きな新知識も必要なく、すっと理解できた。


[3] 第一章 第八パラグラフ 
  Un jour Cunégonde en se promenant auprès du château, dans le petit bois qu’on appelait parc, vit entre des broussailles le docteur Pangloss qui donnait une leçon de physique expérimentale à la femme de chambre de sa mère, petite brune très jolie et très docile. Comme mademoiselle Cunégonde avait beaucoup de dispositions pour les sciences, elle observa, sans souffler, les expériences réitérées dont elle fut témoin ; elle vit clairement la raison suffisante du docteur, les effets et les causes ; et s’en retourna tout agitée, toute pensive, toute remplie du désir d’être savante ; songeant qu’elle pourrait bien être la raison suffisante du jeune Candide, qui pouvait aussi être la sienne.
 そして、このパラグラフ、ここも難しくない。でも、お話においては、とっても肝心なところだ! 注意深く観察することにしよう。

 勉強ポイントとしては、前に少し勉強した「代名動詞」、それから「現在分詞」、すでに勉強した「直説法単純過去」、関係代名詞「dont」、中性代名詞の「en」、これらすべて、もう勉強したんだけど、そして、上に言及した「条件法」がこのパラグラフには出てきている。そういう意味でも、これまでの知識の復習と新知識の勉強にはとても言い箇所だね。

 まず、訳してみよう。

 ある日、キュネゴンド姫がお城の近く、園と呼ばれていた小さな森を散歩していると、植え込み茂みの間からパングロス博士の姿を目にしたのだった。博士は、姫の母君の小間使いである、とても美しくもたいへん従順な、いと可愛らしい茶髪の娘に、実験身体学のレッスンを講じている最中であった。キュネゴンド姫はいろいろな学問に大変な興味をお持ちの方であったから、息をひそめて、彼女の目の当たりで、繰り返される実験をじっと観察し、パングロス博士の充足理由、その結果と原因とを明晰に見てとった。それから、とても興奮してどきどきしつつ、物思いにふけりつつ、物知りになりたいワクワク感にすっかり満たされて、館へと戻ってきたのだった。彼女の頭を満たしていた考えは、アタシもあの若きカンディード君の充足理由になりえりのではないかしら、そしてあのヒトもまたアタシの充足理由でありうるのだ、ということだった。

 分かった?

キュネゴンド姫が目の当たりにした、パングロス先生の「実験身体学 la physique expérimentale」のレッスンとは、これ:


で、繰り返し、こんな、こんな、だった。それで、よーく「観察」して、「自分も実験をして勉強しなきゃ」、と姫も思って、お城に戻った、というわけ。



分かるよね。シチュエーション自体は。

そこで、「言葉 la langue」のお勉強と、「思想 la philosophie」のお勉強をしましょう。

まず、文法の復習とお勉強。
Un jour Cunégonde en se promenant auprès du château, dans le petit bois qu’on appelait parc, vit entre des broussailles le docteur Pangloss qui donnait une leçon de physique expérimentale à la femme de chambre de sa mère, petite brune très jolie et très docile.

主文:
Cunégonde  vit(直・単過去) le docteur Pangloss
                              関係代名詞節:qui donnait(直・半過去) une leçon …
                        
ここは問題ないね。

en se promenant: ここがちょっとしたお勉強新知識
これフランス語文法で「ジェロンディフ」といいます。
詳しくは、石井文法の63頁を見てください。
形としては、前置詞のen に 動詞の現在分詞をつづけることで表現します。
【形】en+現在分詞
danser → en dansant  finir → en finissant
【用法】常に副詞句として主文の動詞を修飾する。主語は主文の主語と同じ。
時・同時性
  En arrivant à Paris, j’ai téléphoné à mon mari. (パリに到着するや、私は夫に電話しました。)
・・

ここのen se promenantは、代名動詞 se promenerのジェロンディフで、同時性を表す表現。(代名動詞は前回勉強したよね)。

 * なぜ ジェロンディフ le gérondif という耳慣れない用語がそのままカタカナで使われているかというと、その説明は込み入っています。
 フランス語のle gérondifは、元は、ラテン語の gerundivum(動形容詞) という文法用語です。ただし、ラテン語のgerundivum とフランス語のle gérondifとは相当異なった文法機能をもっていて、それを区別するために、たんに「ジェロンディフ」とフランス語そのままで呼んでいます。詳しく言い始めるとまた長くなるから以下をとりあえずどうぞ。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/動形容詞

つぎの文、
Comme mademoiselle Cunégonde avait beaucoup de dispositions pour les sciences, elle observa, sans souffler, les expériences réitérées dont elle fut témoin ;

ここも問題ないね。関係代名詞の dont は初学者にはわかりにくいけど、いいね。石井の第8課43頁思い出してね。先行詞と関係詞節の述語être témoin de がdeを介してつながるから、dont が使われている。

disposition n.f. は
5 ((多く複数で)) 能力,素質,資質.
dispositions innées [naturelles]
天賦の才.
avoir des [manquer de] dispositions pour l'étude
学問に向いている[いない].

elle vit clairement la raison suffisante du docteur, les effets et les causes ;
ここも問題なし。意味内容の「充足理由」「結果と原因」については後で述べる。

et s’en retourna tout agitée, toute pensive, toute remplie du désir d’être savant;
ここのenですが、石井第11課56頁を見てください。
 2. 特殊な代名詞 en と y
(1) en
  一般の補語人称代名詞と同じく動詞(複合磁性では助動詞)の直前に置かれる。
① 〈前置詞 de + 他の諸要素〉を受ける。
a) de + 名詞(原則として物)
Venez-vous de Belgique ? – Oui, j’en viens.

このen と同じ。
et elle se retourna de là (そこから戻ってきた)という意味がこのen には込められている。tout agitée, toute pensive, toute remplie du désir d’être savant は、彼女にかかる属詞表現、tout はこの場合、très と同じ、意味を強める副詞、toutは次に母音がくるとtout、そうでない女性形単数が来るとtoute となります。

songeant qu’elle pourrait bien être la raison suffisante du jeune Candide, qui pouvait aussi être la sienne.
ここは現在分詞句 songeant que 〜 

で、もう一個重要な文法学習事項があって、elle pourrait のpourrait はpouvoirの「条件法現在」です。

で、「条件法」とは何か、というお勉強をここで始めると、また大変な量の頁が必要になってしまう。
その動詞の形を説明するには、「直説法単純未来」の話をしないといけなくなる。
「直説法単純未来」は、石井教科書では、第9課で、秋学期の最初に坂本先生と勉強しましょう。予習をするひとは、石井50頁です。その複合時制は「直説法前未来」といって、その次の頁51頁です。

それで、「条件法現在」について、この箇所での用法について最小限の説明をしておくに留めましょうね。
「条件法現在」のお勉強は、石井先生の第13課で、僕たちのこの箇所での用法については、66頁の次の箇所を見てほしい。
 「②」に「推量」を表す。とあって、
『カンディード』のこの箇所の、songeant que (頭の中で想像をたくましくしながら)は songer の現在分詞とque の従属節なわけだけど、ここの「接続法現在」は、「確かではないけれど、ひょっとして〜ではないかしら」という「推量」を表している。elle pourrait bien être la raison suffisante du jeune Candide (彼女はあの若いカンディードの充足理由にきっとなれるのではないかしら)と推量しているわけだね、他方、
若きカンディードを先行詞にして、du jeune Candide, qui pouvait aussi être la sienne. と、こちらは直説法半過去で書いてあるね。こちらは断定しているね。それは彼女が自分自身で自分のことを巡って考えているわけだからだね。「あの方だって、アタシの充足理由でありうるのだし」と、自分の気持ちなわけだから、こっちは確実性が高いわけです。

これで、言葉の問題は解決し、まとめると、こうなる。

ある日、キュネゴンド姫がお城の近傍、園と呼ばれていた小さな森を散歩していると、植え込み茂みの間からパングロス博士の姿が目に入った。博士は、母君の小間使いである、たいそう美しくもたいへん従順な、いとキャワイらしきの娘に、実験身体学のレッスンを講じている最中であった。キュネゴンド姫はいろいろな学問に大変な興味をお持であったから、息をひそめて、目の当たりで、繰り返し催される実験をじっと観察いたし、パングロス博士の充足理由、その結果と原因とを明晰に見てとったのだった。それから、とても興奮してどきどきしつつも、物思いにふけりつつも、物知りになりたいワクワク感にすっかり満たされつつ、館へと戻ってきたのだった。彼女の頭を満たしていた想念とは、アタクシもあの若きカンディード殿の充足理由になりえるのではないかしら、そしてあの方もまたアタクシの充足理由になりうるのだし、ということだったのだ。

哲学のお勉強コーナー
 ま、そういうわけですが、次に「哲学 la philosophie」のお勉強をしておきましょう。
「la raison suffisante」という言葉が飛び交っていますが、これを「充足理由」と訳すにつけては、この言葉が、パングロス先生のモデルである、ライプニッツ大先生の哲学用語である、ということがあるわけです。
 それについて、詳しく述べることは、僕には興味があるが、君たちには、いま、興味があるかは分からない。それで、最小限のことだけを述べて、あとは、興味のある人は自分で追求してもらうことにしましょう。
 これについて最小限のことだけをいえば、つぎのようなことだ。
 ここでいう「la raison suffisante」とは、平たくいえば「十分な理由」という意味です。「何かが起こる」、「何かが存在する」、「誰かが何かする」、「A君(さん)がBさん(君)を好き(嫌い/好きでも嫌いでもない/考えたこともない、etc. )になる」、「ネコがネズミをとる」、「犬が棒に当たる」、「ネコが転ぶ」、 etc. etc. この世界はありとあらゆる出来事が起こり続け、いろんな事態に満たされている、わけでしょ。で、それらすべてには、それなりの理由がある。その「それなりの理由」というのが、「十分な理由」、つまり「充足理由 la raison suffisante」です。そして、「すべてのモノ・コトには理由がある」というこの世界(というか、この宇宙)の原理のことを、「十分理由の原理」、あるいは「充足理由律」、あるいは「根拠律」といいます。元になっているライプニッツの言葉は「le principe de raison suffisante」といいます。その原理はとてもシンプルなもので、「すべてには理由がある」、「理由のないことなどない」、という原理です。
 すべてには理由がある。そんなの当たり前だろ、って思うでしょ。ぼくが夏学期のフランス語の試験がよく出来なかったのは、その前の日の帰り道に車に轢かれたカエルの死骸が目に入って、それ以来、そのカエルの生涯について考えていたので時間をとられて、フランス語の試験の勉強時間がたらなかったからだ、とか、そういうのも「十分理由」のひとつで、そのようにカエルのことが気になったのには、幼児記憶としてはオタマジャクシを飼っていたことがあって、それは小学生の頃で、隣の家には、同学年のミッチャンという女の子がいて、その子のお母さんのことを僕は好きで …他方、轢かれたカエルにも理由があって、その晩は雨でカエルは…、さらにカエルを轢いた車にもその晩そこを走行していたことについては理由があって… みたいに、「十分理由」の連鎖はどんどん伸びていって、最後にはよく分からなくなって、それで、またそんなことを考えていると君の勉強の時間が足らなくなる、とか、そういうすべてのことが、「十分理由の原理」のなかに収まって、この世の出来事は、いつもそれなりの十分な理由があって次々と起こり、世界は運行されて行っています。つまり、すべてには理由があり、原因があり、結果がある、と。
 じつは、この「十分理由の原理」には、それとペアになるもう一つの原理があって、それは、「起こりえないことは、起こりえない」、「ありえないことは、ありえない」という原理です。そして、「起こりえないことが、起こりえる」、「ありえないことが、ありうる」とする考えは「まちがい(偽) le faux」で、「起こりえないことが、起こりえる」ということは「起こりえない」、「ありえないことが、ありうる」ということは「ありえない」という考えが「ほんとう(真) le vrai」だ、ということになります。このような考え方のもとにある、宇宙の原理を、「矛盾の原理 le principe de contradiction」と言います。この矛盾の原理にしたがうと、「まちがい」は「ありえない」、ことになります。
 なんか、当たり前じゃない? そんなことどうでもいいんじゃない、と思ったかな?この宇宙に生きている僕たちにとっては、それは問題なく当たり前のことのようなんだけれど、それを「式」にしようと思い立ったのが、じつはライプニッツ大先生だった、というわけなのさ。それについては、またそれで、十分な理由があるのだけれど、これ以上君たちを疲れさせるのはやめておこう。
 で、いくつかの関連する引用をしておくよ。
 一つ目は、木田元先生の執筆した、平凡社『世界大百科事典』第二版の「根拠律」の項:

根拠律
こんきょりつ
principle of sufficient reason
くわしくは充足根拠律。充足理由律,理由律とも言われる。矛盾律と並ぶ二大原理としてライプニッツによって提唱されたもので,〈何ものも根拠のないものはない〉という形で表現される。その意味するところは〈一つの事物が存在し,一つの事件が起こり,一つの真理が生ずるためには,十分な根拠がなければならない〉ということであり,したがってこれは論理学的原理であるとともに形而上学的原理でもある。たとえば主語概念を分析し,そこに述語概念が含まれているかどうかを単に理性によって確かめるだけで真偽が決定されるような理性的認識は矛盾律を原理とするが,そうした操作では真偽が決定されえぬ経験的認識の真理性を支えるのが根拠律なのである。こうしてライプニッツは真理を2種に区分する。矛盾律に基づく永遠の真理ないし必然的真理と,根拠律に基づく事実の真理ないし偶然的真理とである。偶然的真理と見えるものも,事実の無限の系列をたどることができれば,したがってその系列を一瞬に直観しうる神の目には必然的と映るにちがいないのだが,それをなしえぬ人間はその真理が成立するのに十分なだけの根拠があると想定するしかないのである。のちにショーペンハウアーがこの根拠律を生成,認識,存在,行為の4領域に即して精密に規定しようと試み,近くはハイデッガーが根拠律を手がかりに根拠の問題を問い深めようと試みた。
[木田 元]

つぎに、ライプニッツ大先生の『モナドロジー』(Gottfried Wilhelm Leibniz, La Monadologie  1714) から、「充足理由律 le principe de raison suffisante」と「矛盾律 le principe de contradiction」が語られる、パラグラフ31番と32番のフランス語原文からの引用とその英訳と日本語訳:

31. Nos raisonnements sont fondés sur deux grands principes, celui de la contradiction en vertu duquel nous jugeons faux ce qui en enveloppe, et vrai ce qui est opposé ou contradictoire au faux.
32. Et celui de la raison suffisante, en vertu duquel nous considérons qu’aucun fait ne saurait se trouver vrai, ou existant, aucune énonciation véritable, sans qu’il y ait une raison suffisante pourquoi il en soit ainsi et non pas autrement. Quoique ces raisons le plus souvent ne puissent point nous être connues.

31. Our reasonings are based on two great principles, that of contradiction, in virtue of which we judge that which involves a contradiction to be false, and that which is opposed or contradictory to the false to be true.
32. And that of sufficient reason, by virtue of which we consider that we can find no true or existent fact, no true assertion, without there being a sufficient reason why it is thus and not otherwise, although most of the time these reasons cannot be known to us.

三一 われわれの思考のはたらきは、二つの大きな原理がもとになっている。ひとつは矛盾の原理で、これによってわれわれは、矛盾を含んでいるものを偽と判断し、偽と反対なもの、すなわちそれと矛盾するものを、真と判断する。

三二 もう一つの原理は、十分な理由の原理である。これによると、AがなぜAであって、A以外ではないかということを、十分に満たすにたる理由がなければ、どんな事実も真ではない、存在できない。またどんな命題も、正しくないということになる。もっともこのような理由は、十中八九、われわれは知ることができないのであるが。

 (英訳は、Stanford Encyclopedia of Philosophy “Principle of Sufficient Reason”
Copyright © 2017 by the authors Yitzhak Y. Melamed and Martin LinFirst published Tue Sep 14, 2010; substantive revision Wed Sep 7, 2016)
 (日本語訳は、「モナドロジー」清水富雄 竹田篤司 訳 『モナドロジー 形而上学叙説』 (中公クラシックス 中央公論新社 2005年 Kindle版 位置情報 No. 875/3890)


で、その「充足理由律」についての、
パングロス先生の「実験身体学」講義は、
具体的には、どうだったのか? 
それについては、このマンガ(というか、フランスでは la bande dessinée 通称BDというのだけど)を描いている、Joann Sfarが、描いてくれているね。
(この人、有名な漫画家なんだよ。https://fr.wikipedia.org/wiki/Joann_Sfar)
上のp.16の吹き出しを訳してみよう。

「ウイ、神様と球体とモナドのご加護でな」
「モナドってなあに?」
「極微細な目に見えぬ坊主たちがおってな、せわしく立ち働いておるのじゃ」
「その微細な坊主たちがお前から私へと、私からお前へと、行ったり来たりしておる。その立ち働く往き来がね、お前の頬を赤らめてな、そして、ワシのなかの幾つかのコミュニケーション器官をな、目覚めさせおる。触ってごらん。」
「あら、それなら、知ってるヮ。」
「その器官はな、このちょっとした瓢箪のようなものじゃがな、その原因と充足理由を知っておるかな。もっと近くで見てご覧。」
「それしたら、何をくださるの」
「厚かましい女じゃな、ワシはお前を教育しとるというに、要求までするとは」
「Allons !」
「Allons !」
「Allons! Allons!」


つまり、これが、「充足理由」だった、というわけさ。もちろん、すべてには理由があるからね。

というわけで、最後のパラグラフに移ります。


[4] 第一章 第九パラグラフ 
  Elle rencontra Candide en revenant au château, et rougit ; Candide rougit aussi ; elle lui dit bonjour d’une voix entrecoupée, et Candide lui parla sans savoir ce qu’il disait. Le lendemain après le dîner, comme on sortait de table, Cunégonde et Candide se trouvèrent derrière un paravent ; Cunégonde laissa tomber son mouchoir, Candide le ramassa, elle lui prit innocemment la main, le jeune homme baisa innocemment la main de la jeune demoiselle avec une vivacité, une sensibilité, une grâce toute particulière ; leurs bouches se rencontrèrent, leurs yeux s’enflammèrent, leurs genoux tremblèrent, leurs mains s’égarèrent. Monsieur le baron de Thunderten- tronckh passa auprès du paravent, et voyant cette cause et cet effet, chassa Candide du château à grands coups de pied dans le derrière ; Cunégonde s’évanouit ; elle fut souffletée par madame la baronne dès qu’elle fut revenue à elle-même ; et tout fut consterné dans le plus beau et le plus agréable des
châteaux possibles.

 いままでのお勉強の甲斐があって、もうそんなに新しい文法知識は出てこないよ。
Elle rencontra Candide en revenant au château, et rougit ; Candide rougit aussi ; elle lui dit bonjour d’une voix entrecoupée, et Candide lui parla sans savoir ce qu’il disait.
 ここの文の時制は、基本は「単純過去」だ。rencontra  rougit  rougit  dit  parla
これら主文の時制はすべて直説法半過去。 ce qu’il disait ここだけが半過去。
 en revenant au château ここが上でお勉強した「ジェロンディフ」

訳してみよう。
城へと戻ってくる途上で彼女はカンディードに出くわして、顔を赤らめた。カンディードのほうでも頬を真っ赤にした。彼女は彼にボンジュールと、途切れ途切れの声で言い、カンディードのほうは自分が何を言っているのか分からないままに彼女に話しかけた。
どきどきしちゃっていたわけだね。

Le lendemain après le dîner, comme on sortait de table, Cunégonde et Candide se trouvèrent derrière un paravent ;
訳:
その翌日、夕食の後、食事の席を立ったところで、キュネゴンドとカンディードは屏風の後ろで鉢合わせしたのだった;

ここの接続詞のcommeは、「〜しているとき」という時間を表すcommeです。みんなが一緒にご飯を食べているテーブルの席を(食べ終わって)立つことを、sortir de tableといいます。
comme 接続詞
 ((動詞は多く直説法半過去)) (ちょうど)…のときに.
Elle entra (juste) comme le rideau se levait.
彼女が入ったのは(ちょうど)幕の上がるときだった.
Comme je commençais à m'endormir, j'entendis du bruit dans la maison.
眠りかけたとき家の中で物音が聞こえた.

se trouvèrent は、ここでは、trouver の代名動詞用法の、相互的用法です(石井文法の53頁の②を見てください)。時制は単純過去ですね。

Cunégonde laissa tomber son mouchoir, Candide le ramassa, elle lui prit innocemment la main, le jeune homme baisa innocemment la main de la jeune demoiselle avec une vivacité, une sensibilité, une grâce toute particulière ;

使役動詞 laisser は、初めてかな。
〈~+inf.+qn/qc// ~ qn/qc+inf.〉…に…させておく,させる.
laisser partir qn=laisser qn partir
…を引き留めない.
ne laisser entrer personne
だれも中に入れない.
laisser tomber de l'eau sur le pantalon
ズボンに水をこぼす.
Ils ont laissé échapper le prisonnier.
彼らは囚人に脱走されてしまった.
Laissez-moi vous parler sans ambages.
単刀直入に言わせてください.
L'analyse de la situation laisse prévoir d'innombrables difficultés pour cette entreprise.
状況を分析すると,この計画には無数の障害が予想される.

laisser tomber で「落とす」:(tomberが自動詞なので、文字どおりに訳すと「落ちるままにする」という意味だ。)

elle lui prit innocemment la main 彼女は無邪気にも彼の手を取った。
ここも説明が必要かな。身体部位に関する表現。

誰かの手を取る。 prendre la main à quelqu’un
手(身体部位)の所属主を間接目的補語格において、身体部位は定冠詞をつけて直接目的補語格に置きます。
そこから、代名動詞表現でも、「自分の顔を洗う;se laver la figure 」というように、「自分に」を表す再帰代名詞を間接目的補語格にして、「顔」を定冠詞つきで直接目的補語格にします。直訳すると、「自分に顔を洗う」みたいな意味になるわけ。

その次の文では、le jeune homme baisa innocemment la main de la jeune demoiselle
となっていて、「la main de la jeune demoiselle お嬢さんの手」に接吻した、と手が直接目的補語で、手の所有者のお嬢さんはそのシンタグムに所属していますが、これは、この文になると、すでに「手」が主題化しているからで、前の「彼女の手をとる」という、対人的な動作とはすでに違うレベルの記述なのだ。

それで、訳ですが、
キュネゴンドははっとしてハンカチを落としてしまい、カンディードがそれを拾った。彼女は清らかな様子で彼の手を取った。青年も清らかな様子でお嬢様の手に口づけした。あつく、やさしく、妙なる気持ちを込めて。

それで、どうなったか?
leurs bouches se rencontrèrent, leurs yeux s’enflammèrent, leurs genoux tremblèrent, leurs mains s’égarèrent.
二人の唇は出会い、目は燃え上がり、膝はがくがくと震え、お互いの手はあてどなくお互いを求めてさ迷った。

で、どうなったか?
Monsieur le baron de Thunder-ten- tronckh passa auprès du paravent, et voyant cette cause et cet effet, chassa Candide du château à grands coups de pied dans le derrière ;
トゥンデール・テン・トゥローンク男爵がその屏風のそばを通りがかられて、この原因と結果をご覧になり、カンディードの尻に一蹴とばし、お城から追放してしまわれた。

で、どうなったか?


Cunégonde s’évanouit ; elle fut souffletée par madame la baronne dès qu’elle fut revenue à elle-même ;
キュネゴンド姫は気を失って、我を取り戻すやいなや、男爵の奥様から平手打ちをくわされることにあいなった;

まあ、そうだろうねえ・・・
で、ちょっとだけ文法事項ですが、
dès qu’elle fut revenue à elle-même ここの時制ですが、主文が直接法単純過去なのに対して、dès que … (「… するやいなや」という時間差を表す接続詩句)の従属節の時制は、「前過去 le passé antérieur」、すなわち、主節の過去時点において、すでにそれ以前に完了していた事態を表す完了相の複合時制:「助動詞の単純過去+過去分詞」です。それについては、石井さんの78頁を参照しょう。

で、どうなったか?
et tout fut consterné dans le plus beau et le plus agréable des châteaux possibles.
そして、可能な城のなかの最も美しく最も心地よき、かのお城においては、すべてが茫然自失の態と打ちなりき。

つまり、だれもが目をむき、気絶してしまいそうな、大スキャンダルと受けとめられた、ということさ!

まとめ
 城へと戻ってくる途上、姫はカンディード君にばったりと出くわして顔を赤らめた。カンディード君のほうでも頬を真っ赤にした。姫は彼に、かろうじてボンジュールと途切れ途切れの声で言い、カンディードのほうは自分がいったい何を言っているのやら分からないまましどろもどろに姫と会話を交わしたのだった。その翌日、夕食の後、食事の席を立ったところで、キュネゴンド姫とカンディード君は、屏風の後ろでまたしても鉢合わせしたのだった;キュネゴンド姫ははっとして驚きのあまりハンカチを落としてしまい、カンディード君がそれを拾った。すると彼女は清らかな様子で彼の手をそっと取った。青年も清らかな様子で、お嬢様の手に接吻した。あつく、やさしく、妙なる気持ちを込めてね。そして、二人の唇は出会い、瞳は燃え上がり、膝はがくがくと震え、お互いの手はあてどなくお互いを求めてさ迷いまさぐり合った。そのときちょうど折悪しく、トゥンデール・テン・トゥローンク男爵が屏風のそばを通りがかられて、この原因と結果をご覧になり、カンディードの尻をおもいっきり一撃蹴とばし、お城から追い出してしまわれた。キュネゴンド姫は気を失ってしまったが、我を取り戻すやいなや、こんどは男爵の奥様から平手打ちをくわされる羽目にあいなった。そして、可能な城のなかでも最も美しく、最も心地よき、かのお城におかせられては、すべてがこの大スキャンダルに茫然自失、この世の終わりかとも受けとめられたのであった、とさ。

というわけなのだ。



 つまり、この第一章で、カンディード君の幸福なお城での幼少時代が終わることになったわけ。そして、彼は、これから、世界の冒険に出発することになります。

  この第一章は、「楽園追放 le Paradis perdu 」のエピソードというわけなのだ。













 さて、これで、やっと『カンディード』第一章が終わりだ。

 思ったより、時間がかかった。というか、これをこのように書き下ろしてくるのは、先生にとっても結構大変だったよ。

  他の本に執筆作業に影響が出て、編集者に文句を言われてしまった。
  ともあれ、九年ぶりのフランス語教師の経験としては端的に面白いね。
  で、今後どうするかな。

 それを、考えるためにも、みんなから第一章の感想を書いて送っておくれ。
どんな、観点からでもいい。分かんなかったところ。フランス語として難しいところ。
少し自信がついたところ。

 まだ、しばらくは続けたいと思うが、みんなのリアクションをみてから考えることにするよ。

  リアクションペーパーは「課題コーナー」に設定しようね。
  では、また。


                    2017年9月3日 

                             石田英敬

ps. 長いテクストなので、タイプミスなどバグがあると思う。それからリンクが効かないところも出る可能性がある。その場合は、自分で検索をかけてみて、それでも難しいようなら連絡してくれば何とかするよ。

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