2021年4月11日日曜日

『マラルメ詩集』讃




 
「マラルメ詩集」讃     石田英敬

Tel qu’en lui-même enfin l’éternité le change
     彼その人へと ついに 永遠は彼を・・

 
前口上


 渡辺守章がついに完成させた『マラルメ詩集』(岩波文庫 二〇一四)[1]への讃をここに書くことにする。
 詩はコトバの(たたず)まいである。その姿と所作は文字として書きとめられ、詩句に折りたたまれて、書物を開けば扇を拡げるがごとく精神の声に詠まれる。
 翻訳は原詩の佇まいを国の文字に映す舞台である。これを渡辺守章は言語態(ことばのすがた)の実践であるという。
 この国から詩のコトバが消えて久しい。
 佇まいのないコトバほどしだらないものはないが、ゐずまひを正す者もはや少なく、なんともすさんだ世になったものである。コトバの伝統の喪失が、人心を荒廃させ、虚無(インフォメーション)を氾濫させ、そして文学が後退している。
 この末世においてなお、幽かな影のごとく立ち現れたる翁の姿が、ゆるりと舞台に進み出でて、一冊の書を懐より扇のごとく取り出し、その読む本は、世界が至りつくべき秘法の一冊、マラルメの「詩集(ポエジー)」。では、その声を聞くことにしよう。

一 〈()〉の詩学
  翁、続 誦(プローズ)を唱える --

天翔る詩法(イペルボル)よ! 我が記憶から
勝ち誇って 立ち上がる
それができないという、いまは呪文だ
鉄を(まと)った 書物のなかで。

低くしかし朗々と響くその声を聞くべきである。

けだし住まわせている、 わたしは
知識により 霊を育む 心の頌歌を、
我が 忍耐の作品のうちに、
地図、植物図鑑、典礼書である。

 原題の「Prose」とは、むろん散文の謂ではない。これはカトリック典礼の用語で、荘厳ミサでアレルヤ唱に続いて唱えられるラテン語頌歌のこと。脚韻を重ね、詩聯をつづら折りにして歌われる。原詩は、八音節詩句四行交差韻で、十四聯にわたり重畳的に脚韻を繰り広げる。エドガー・ポーの「ウラリューム」での「我が魂、プシケ」[2]との道行き語りを思わせる一人称複数の〈語り〉の構成をとり、マラルメ一流の〈観念(イデー)の詩法〉が(そらん)じられる。
 この難解な「詩法の詩」(渡辺翁)、西欧語の韻律を、日本語というモーラ言語のを強調して、語句の切れ目に空白  すなわち、〈()- を入れ、詩行跨ぎには十分な〈間合い〉をとって、読みのリズムが生み出されている。

さまざまなる 魅惑の 風景に、
おお、妹よ、君の魅惑を比べつつ。

この〈間の詩学〉が、散文化してしまった現代日本語に韻律を取り戻す仕掛けをつくる。〈間合い(エスパスマン)〉が入ることで、コトバがくっきりと口承性を帯びて身体で詠まれるようになる --

花菖蒲の百花(ひゃっか)繚乱(りょうらん)、この風景が
現に存在したかは、人も知る、
ただ名をもたぬのだ、夏のトランペットの
黄金の響きが 呼び出す その名を。

 天地創造の始まりにまで遡る古の「記憶」に因んで、詩人の究極の詩法(イペルボル)が「名」づける「観念」の花々の「百花繚乱」。詩の女神(「妹」)を伴った「(ピュルケリー)」の「島」への滞在の「風景」である。「詩句の危機」のあの条り -- 「わたしが言う、一輪の花!と。・・」[3] -- を想いだそう。

かくのごとく 巨大なる その花の
一輪ごとに 常のごとく 身を飾る
鮮やかな輪郭、それは間隙(かんげき)となって
庭園から 切り離す、その花を。

〈花〉は名づけられることで〈不在〉化し  「間隙となって」-- 「庭園から 切り離」され、〈観念(イデー)〉となって浮かび上がり「屹立」するのだ。

長きにわたる欲望 その栄光たる 観念よ
全てが体のなかで 昂揚し 見ようとする、
菖蒲科の花々が 悉く 新たなる
務めに応えて 湧出(ゆうしゅつ)し 屹立(きつりつ)する(さま)を、

 詩史のパリンプセスト -- 「永遠の犢皮紙」 -- (しる)された、美の島の女神(ミューズ)の名は、「アナスターズ」 --Ana-stase(記憶ヲ遡リテ立ツ存在)。道行きの末に刻まれた墓碑には、「ピュルケリ―()[4]の名が読まれる。この「続誦」は、詩の美の復活祭を歌う、ビザンチンな詩的転位の歌なのである。

少女は 退位する王者、 放棄する 恍惚を、
そして、道すがら既に 知恵に通じた
彼女は発する、一言、アナスタ―ズと!
永遠の犢皮紙のために 生まれた言葉を、

一つの墓が、笑うよりも先にである、
いずれ 見たこともない土地に、祖先のものと
この名が刻まれていて、ピュルケリ―と!
隠してくれている、なんとも巨大なグラジオラスが。


 詩の冥界へと降る「ピュルケリ―」の墓扉は巨大な花萼の下に開き、「地図」、観念の花々の「図鑑」、「心の頌歌」の「典礼書」を携え、翁の「知識」に導かれて、「いまは呪文」と見紛う「忍耐の作品」に分け入るときである。

二 〈扇〉の詩学

 マラルメにおいて、詩集とはある種の〈扇〉である。

 そもそも、一篇の詩とは、その裡に、詩句を折り畳んでいる、〈扇〉である。


言葉に対して するに 等しく
空に向かって ただ煽ぐ (はね)
来たるべき 詩句の 姿を現す
いとも優美な 住処(すみか) から


(はね)は 声をひそめて 伝令の
この扇こそは もし それが
同じものなら 君の 姿の
後ろに何か 鏡は (きら)めき
( 「扇 マラルメ夫人の」 )

 胡蝶が舞うように、「言葉」に向けて頁が拡げられる、「煽」られる、と同様、扇の「(はね)」が、「空に向かって」、煽がれて、「来たるべき 詩句」が沈黙のうちに-- 「声をひそめて」 -- 舞うのである。

  「偶然を廃する」ことを生涯の業とした詩人のことだから、詩集の編纂は入念を極めた。ドマン版『詩集』は、「建築的で予め考え抜かれた」(「書物、精神の楽器」)配列構造を宿している。

 -- 渡辺翁の回想 ・・

  数十年の昔のこと、あれは一九七三年の秋の頃、パンテオン広場に面したパリ聖ジュヌヴィエーヴ丘のドゥーセ文学図書館の一室。近くのサンテチエンヌ・デュ・モン教会の鐘が刻を打つ鈍い音がときに聞こえてくる。
 パンテオンからの光がうっすらと影を射す机の上には、ドマン版マラルメ『詩集』の編集のための「貼付帖(マケット)」が開かれている。
 「指示 (indications)」と赤鉛筆で手書され最初の用紙には、詩集の頁割り付けについての指示が詳細に描き込まれている。その裏には、やはり赤鉛筆で「エドゥアール・ドマンのための、『ステファヌ・マラルメ詩集』草稿と頁割り付け指示」という書き込みと、「12 9bre 1894」の日付、そして、マラルメ独特のSMのパラフ(イニシャル署名)。日付の「9bre」は「novembre」すなわち「十一月」である。
 浄書された草稿に混ざって、『詩と散文』など他の詩集から切り抜かれたテクストが貼り付けられ、まさしく詩集コラージュといった体裁で、校正指示が黒のインクや赤の鉛筆で加筆されている。そのようにして、H・モンドールが所有していた、「ドマン版『マラルメ詩集』貼付手帖(マケット)[5]は先行出版の頁を、物理的にも、その構成のなかに折り畳んでいるのである。

  -- このコラージュの折り畳みの手触りから、おそらくは、渡辺翁の翻訳の構想は懐胎したのだった。 
 じっさい、『詩集』貼付手帖(マケット)は、中央部に、第二次『現代高踏派詩集』に発表された「エロディアード  -- 舞台」の『詩と散文』からの切り抜きと「半獣神の午後 田園詩」のそれを配し、この二篇を頂上として、初期詩篇から始まる前半、中心の二篇をへて、「詩法の詩」や、ソネ、「墓」詩群へと降っていく後半部という、渡辺翁のいう、「富士山構造」(渡辺)の配列構造を採っている。
 収録された詩篇の数は、じつに驚くほど少ない。四十年にわたる詩作の集大成に選ばれたのは、わずか、四九篇。
 マラルメの完璧主義だが、しかし、それだけではない。
 一つのマラルメ詩のヴァージョンは、その下に、それ自身が独立した詩作品である、幾つもの先行ヴァージョンを折り畳んでいるからである。頁の折れ襞が、内側に折り畳まれていた頁を開かし、さらにまた、そこに秘められていた頁の折れ目が開かれていくというような〈扇構造〉がそこにはみとめられるのである。
 その意味で、マラルメの詩は、彼があのブリュージュの街の石襞に見た、「独り身の石」が、その時間性の衣裳を「襞にそって襞を(プリ スロン プリ)」脱いでいくような、エクリチュールの潜勢態である。

 己が姿を 見せまいと しても見える それをわたしは
 独り身の石が 衣裳を脱ぐ 襞にそって襞を その姿と観る故に

(「ベルギーの友の想い出」)

 『マラルメ詩集』を拡げるとき、したがって、そこからは、幾つもの隠されていた 潜勢的な -- 詩集が開かれることになる。ひとつの詩集は、その襞のうちに、もう一つ別の詩集を潜めており、さらにその傍らでも、畳まれていた扇は、また、打ち開かれていく。
 その意味で、表層構造にあっては、Ⅰ『ステファヌ・マラルメ詩集』(ドマン版)、Ⅱ「拾遺詩篇」、Ⅲ「半獣神変容 エロディアード詩群」からなる、渡辺守章訳、『マラルメ詩集』は、その本質的な内部性において、ラディカルに複数の(マルチプル)詩集なである。

三 〈危機〉の詩学

 ドマン版『マラルメ詩集』は、詩人の〈危機〉を、その構造 -- 「構成の原理」(ポー/ボードレール) -- の中心に組み込んでいる。
  渡辺が「富士山構造」と呼ぶ、詩集の中央部の二つの詩篇  「エロディアード 舞台」と「半獣神の午後 田園詩」-を高峰とする、マラルメ詩作(ポエジー)の地理を、「地図(アトラ)」(「続誦」)として、描いてみることができる。
 その登り道は、1860年代のマラルメの危機にいたるまでの、「不能力の詩人」をテーマとした作品群。ロマン派的な超越の声がもはや聴こえぬ呪われた詩人たちには、それでも「蒼穹(アジュール)」(「蒼穹」)がアイロニカルに目指されている。
 対して、二つの峰以後に並べられた詩群は、〈虚無〉の発見以後の〈危機〉の詩学に基づいた作品群と一応の整理をすることができる。富士山のメタファーをさらに延長すれば、ふたつの峰はいわば、美しい休火山であって、〈危機〉がそこから噴出した痕をとどめているというべきか。火口の底には虚無の闇が拡がっている。
 それ以後は、いわばなだらかな降りのプロセス。 詩集全体が、この地理学をとおして、〈危機〉を反復することで、詩の地図を拡げている。
 「続誦」やテオフィル・ゴーティエへのオマージュでもある「喪の乾盃」のような「詩法の詩」(渡辺)に続いて、折々をとらえた小品もある。
 例えば、(たお)やかに訳出された、可憐な高山植物ともいうべき、この音楽的小品 --

       聖女


窓辺にあって かすかに見える
古き白檀の 金も 薄れて
かの人のヴィオル 煌めくは
過ぎし日の、フルートか マンドール。

そこにまします、蒼ざめた 聖女の拡げる
古き書物、折り畳まれて 開いたページは
聖母賛歌 荘厳なる 煌めきの、
過ぎし日 晩鐘ならびに 終課の折に、

聖体顕示台か あの窓ガラスを
かすめて行くは 天使の竪琴
夕べの飛翔の折に 作られて
ほっそりとした 指の 関節の

技、 かの人は今 古い白檀もなく
古い書物もないままに それを揺らす、
楽器となった 翼の上に、
沈黙の 演奏家である


 マラルメの詩は、前半の提示部が、後半でメタ言語的に二重化されて、詩についての詩となる構造を初期から有している。
 この「聖女」の原詩は八音綴一六行の小品だが、渡辺は、七五調をゆるやかに駆使して第二聯、第三聯で鄙びたオルゴールのような機械仕掛けの音楽を奏でさせている。
 対比的に、聖女セシリア(音楽の守護聖人)の古い像が陳列された窓辺を喚起する第一聯との対部をなす第四聯では、聯跨ぎの孤立語(「技」)、二、七、七、三という拍の崩しと、否定辞を重ねる(「・・・もなく/・・・もない」)ことで、発話に転調が起こり、(「古い白檀もなく/古い書物もないままに」)、窓ガラスの夕暮れの雲の反映の「翼の上に」、「天使の竪琴」を奏でる、「指関節」を定着させ、コトバの音楽によってモノの不在を在らしめる沈黙の音楽を遂行してみせている。
 
 『詩集』の詩的地理には、マラルメがエクリチュールを通して、自身の詩的系譜を確認する「墓」群も拡がっている。

 「エドガー・ポーの墓」は、その第一行(アタック)が、フランス語表現になるほどにも人口に膾炙したが(その意味では、「部族の言葉に より純粋な 意味を与え」たといえようか)、それらの墓詩の結末部は、とくによくマラルメの批評性が言語遂行される場所である。
 
混沌たる 宇宙の 壊滅から 地上に墜ちた 身じろぎもせぬ 塊、
この花崗岩が せめて永久に その境界を 画すべしと
未来に散乱する 冒涜の 黒々しい飛翔に対して
 (「エドガー・ポーの墓」)


戦きつつも 不在なる 女人の額 飾るヴェールは
彼女 まさしき 彼の影こそ 守護の毒薬にして
たとい我ら 破滅となるも つねに 吸っているべきもの
(「シャルル・ボードレールの墓」)


ヴェルレーヌを? 隠れているのだ 草叢に ヴェルレーヌは、

不意に捉えるとしても、むろん 素直なままに、
唇の そこに飲むことも その息を 漏らすこともなく、
さして深くもない流れ、その汚名を 死という それを。
(「墓」)


喨々たるトランペットの 黄金は 犢皮紙の上に 色を失い、
神リヒャルト・ワーグナーこそ 目も眩む 戴冠の盛儀は、
イングでさえも 黙するあたわず、巫女の嗚咽の 痕を記す。
(「頌」)


 『詩集』の高原の高みでは、典雅な十二音綴ソネが、最も高度なコトバの業を駆使しつつ繰り広げられてもいる。それらの孤高の詩の風景には、血を流す壮麗な夕暮れも、孤独の夜の真夜中も、星辰も、凍てついた氷河の朝もある。

 すでに以前書いたことだが[6]、「-yxのソネ」([浄らかなその爪は ・・・・])では、渡辺訳は、五と七のモーラからなる基本的リズムとその崩し、係助詞「は」、疑問終助詞「か」を多用して、外界から室内に向かう「注意力の地平」を暗示的にセットする構文のリズムを実現する。対比的に、主体格助詞「が」の「《虚無》」における唯一の使用、体言止めの頻用によって、謎の言葉PTYXをめぐって事物を宙づりにする、ゼロ度のセマンティクスが焦点化されている --

淨らかなその爪は 縞瑪瑙を高々と掲げ、
《不安》はいま 松明かざす女か、深夜 捧げ持つ、
《不死鳥》に 西の地平の焼かれた夢、数多の夢を、
その灰を納むべき 骨壷もなくて、あるのはただ

毒味の式台、空虚の間。プティックスもない、
殷々たる無生気の 打ち捨てられたる骨董か、
(けだし《主人》は 《冥府の河》に 涙を汲みに、
携えたものはただ、《虚無》が誇る 唯一の品。)


「白鳥のソネ」([処女にして、生気あふれ ・・・・] )では、原詩ではLe vierge, le vivace et le bel と定冠詞+形容詞を三重に重ねて名詞主語aujourdhui (今日)を提示して、白鳥の羽ばたきの運動をパフォームして見せている箇所だが、渡辺訳は、シンタックスのリズム、半句跨ぎで羽ばたきの活性を導入し、つづいて、詩行を区切ることで、白鳥が捕らえられている湖の硬い氷結の非活性と対比させている。

処女にして 生気あふれ、美しい 今日という日
我らのために 打ち破ってくれようか 酔った翼の一撃で
この硬い 忘却の 湖を、その霧氷の下 棲みつく
透明な氷塊は 遁れそびれた 飛翔のもの!
 

四 〈昇華〉の詩学 

 さて、『マラルメ詩集』中央部の二つの高峰に登るときである。  
 詩集の〈扇〉の要には、「エロディアード舞台」と「半獣神の午後 田園詩」が聳えている。そこは舞台のための詩作が、マラルメの詩を生み出した詩の場所である。
 渡辺訳「マラルメ詩集」では、そこから、第Ⅲ部の「半獣神変容」と「エロディアード詩群」という二つの扇がさらに拡げられることになるだろう。マラルメの翻訳の仕事が渡辺守章の仕事と特権的に結びついているのも、演劇の身体と詩の言語が、コトバの舞台をめぐって切り結んでいるからである。

 『半獣神』は、「古代英雄詩風幕間劇」として、コメディー・フランセーズでの上演をめざして書き始められ、その「独白」が「半獣神即興」として独立させられたが第三次『高踏派詩集』からの拒絶にあって、「半獣神の午後 田園詩」として一八七六年にマネの挿絵入りで刊行されたことはつとによく知られている。
 マラルメが中心に据えたのは、言葉が開く〈欲望(ファンタスム)の舞台〉の問題系である。
 改稿をへて、当初「幕間劇」ではト書きで与えられていた外界への指示が消去され、劇場での「独白」の台詞から、「田園詩」の音楽的詠唱へと作品の構造を変えていくのが、「半獣神の午後」成立のエクリチュールの深化である。その過程で、〈欲望の光景〉の位相が、〈虚構/現実〉、〈眠り/覚醒〉、〈想起/空想〉、〈夢/記憶〉の境界を溶融させ、詩的発話の音楽的な調べのなかに統合されてゆく。
 そのようにして、「半獣神」は、コトバを舞台とする〈昇華の劇〉となったのである。
 ならば、そのコトバの流ちょうな流れと、欲望の光景そのものの位相転位を、どのようにすれば、日本語の調べに映しうるのかが翻訳の掛け金となる。
 散文調の台詞的発話と七五調を基本とした表白的発話とを組合せ、詩的発話の舞台が開かれてゆく。


           愛したのは、夢か あれは?

疑いは、降り積もる (いにしえ)の夢、その端は
細やかに枝分かれして葉叢(はむら)となり、まことの
立木、そこで(あか)すのは、ああ 何ということ、独り
勝利と思ったのは、観念の内に 薔薇たちの犯す過ち――

考えてみなくては……

 音楽的昇華のモチーフは、美しい和風アレクサンドランともいうべき渡辺的韻文(七・七・五調を基本として、その崩し)でパフォームされて、軽やかに滑空し、天上界へと立ち昇る。


せせらぎもなく、(つぶや)くものは、音の調べの 露に濡れた
草むらに、わたしの笛の 注いだ水。風は
二つの(くだ)より立ち昇り、音をたちまち
乾いた雨と まき散らす この風ばかり、
一筋の皺も 動きはせぬ 水平線に、
まざまざと見える 澄みきった 霊感の 巧みの
息が 今再び、天上界へと 昇ってゆく。


 そして、イタリック体で、〈欲望の光景〉が、詩のなかに開かれるもうひとつの詩として、想起され語られ始めるのである --



 「 ・・・          遥かに遠く、緑の枝の
吹き上げに 葡萄の房を捧げる辺り、金色(こんじき)の 水も暗く、
何か白い生き物の 休らう姿が 揺れている。
やがて緩やかな前奏に、草笛が生まれるやたちまちに、
飛び立つ群れは白鳥の、と思う間もなく、水の精たち、
一斉に(のが)れ、水に(くぐ)って……」

一八六〇年代の「エロディアード」制作に際して打ち出された「とても新しい詩学」「事物を描くのではなく、事物の効果」を描くのだという、印象派詩学を確認できる箇所である(「金色の水も暗く、
何か白い生き物の 休らう姿が 揺れている」)。原文では、マラルメ的代換法(hypallage)が多用され(「生き物の白さ」が「揺れている。」、「遠くの緑の暗い水の金色」、「白鳥の飛び立ち」、云々)、指向対象が消されることで、事物の観念が取り出される詩法が発動されている。渡辺訳では、これらの語のシンタグムを頭韻的に配することで、同じような印象派的効果を導き出している。

もう、よい!かかる秘宝の 打ち明けのためにと 選ぶ相手は
末広がりに対をなす葦、それを 蒼空のもとに 吹き鳴らす。
頬の(はら)む惑乱を 自分のほうへと引き取って、
長い独奏のうちに 夢見るのは、美しい景色と
我らの信じやすい歌と、二つながら 偽りのうちに
溶け合わせては、風景を 楽しませること。
そして 愛が転調する、それと等しく 高い虚空に
消えてゆくのは、背中と そして清らかな 腹と、
わたしの閉じた眼差しの 追いかけていた その月並みな夢の、
音高く 虚しく 単調な 一筋の糸。

欲望がかくのように、音楽的に「一筋の糸」として音高く「転調」する。これこそが、マラルメ的な音楽的「転位」であり、詩的発話による芸術的「昇華」なのである。
 性的な欲望を清らかな()で描き出すのは詩の笛の役割であり、芸術家と化した半獣神は、欲望の光景を「詩」として音楽的に昇華してみせる。

やってみるがよい、遁れ去る楽器よ、おお、心悪しき
シランクス、わたしを待つ湖へ行って、再び 花開け!
己が噂を誇るわたしは、長々と 語るであろう、
女神たちのことを。そして、女神を崇める絵姿のなかで、
その影から 取り去ってやる、もう一度 女神の帯を。

・・・

おお、ナンフたち、もう一度膨らませよう、様々に見える 追憶を。
「俺の視線が 葦を穿って、不滅の女の 襟足をすべて
射抜くや、女たちは波に 焼けつく傷を鎮めつつ、
森の上なる天空に 届けとばかり、怒りの叫びを挙げる。
と見る間に、波に浸った一面の 豪華に輝く髪の毛は
消えて行く、冷たい光と戦慄のうちに、おお、(きら)めく宝石か!
  ・・・」


五 〈婚姻(イメン)〉の詩学 

 「詩句をその地点まで彫り進めていくうちに、僕は自分を絶望させる二つの深淵に出会った。そのひとつは、虚無で・・」- よく知られた一八六六年のH.カザリス宛書簡の一節である。そのとき制作に没頭していた「エロディアード」詩篇の「舞台」を、『詩集』は、中央部に抱えている[7]
 そして、まさしく、ここは、渡辺翁による翻訳の出番である。ここに実現した、まさに劇場のために上演可能な翻訳の言語態 --



生きている! それともこれは 姫君の亡霊か、
あなたの指を、指輪を この唇に ええ、おやめ下さい、
何とも知れぬ(よわい)のままに 歩むのは ・・・


                         お退がり、

(けが)れなき我が髪の、 黄金(こがね)なす滝津瀬(たきつせ)
孤独の体を浸すとき 逆毛(さかげ)立つ
恐怖に 五体を凍らせる、そう、 光の(まと)わる
この髪は 不在のもの。 女よ、接吻などと、 死ぬであろうよ、
美というものが 死でないと したなら ・・・

 かねて渡辺版ラシーヌに慣れ親しんだ者は、「エロディアード 舞台」の七七五七五拍の独白のなかに、渡辺ブリタニキュスの絢爛たる〈守章節〉を聴き取ることになる。

もうよい! お持ち、この鏡を、 わたしの前に。
おお、鏡よ!
冷たい水よ、そなたを囲む縁の中、倦怠(けだい)によって凍れる水よ、
数幾度(あまただび)、いや長い時の()、夢想に 打ちひしがれ、
ただ独り、我が追憶を、さながら 深い筒井の底、
そなたの氷の下に沈む 枯れ葉のように、追い求めつつ、
遥か彼方の亡霊か、そなたの内に 現したのだ、この姿を、
だが、おぞましい!幾夜かは、そなたの 畏るべき泉水のうちに
知ってしまった、散乱する我が夢の 裸形(らぎょう)の姿を!

 演劇のために書き起こされ、劇場を放棄することによって、言語の内部へとその舞台を移したマラルメの潜勢劇が、渡辺訳の〈言語態(ことばのすがた)〉として、その身ぶりを濃い陰影をもって浮かびあがらせる。
 この「エロディアード」は、「イジチュール」と並んで、渡辺らによる「マラルメ・プロジェクト」の中心を構成した詩篇であり、「舞台」およびその「古序曲」については、筆者はすでに、劇評をしたことがあるので、重複は避ける[8]。が、まさしく、言葉の中に開かれた〈潜勢劇〉の完成は、マラルメ畢生のプロジェクトであったのであり、一八九八年六月の詩人の死の直前まで、この作品の制作にかかっていたことも知られている[9]
 今回の渡辺訳『マラルメ詩集』では、第三の扇ともいうべきⅢ部「半獣神変容 エロディアード詩群」に、未完の絶筆である『エロディアードの婚姻 --  聖史劇』(以下、『婚姻』と略記) を収めている。
 その構成は、「序曲」「舞台」「繋ぎの場」「終曲」の四部構成から成る。
 一八六〇年代末に書かれた「エロディアード 古序曲」に代わって、『婚姻』では、「序曲」が、預言者聖ヨハネの斬首とエロディアードの婚姻という運命劇への導入をおこなう。 
 この濃厚に神話的なドラマには、すでに「古序曲」の段階から、典礼的な舞台装置が設定されていた。そこにおそらく「聖史劇」の副題の意味がある。なぜなら、聖ヨハネ伝説とサロメ伝説を題材として構想されたこの詩劇にとって、「旧約の世界」から「新約の世界」へという、キリスト教神学のいう「契約置換(le changement dalliance)」の境界に立つ発話という状況が、この「序曲」の神話的文脈だからである。
 サロメ伝説が位置づけられている「旧約の世界」(=古い書物(リーヴル))から、預言者聖ヨハネが告げに来る、「新約の世界」(=新しい書物(リーヴル))への移行という、この「契約置換」の神話素が、マラルメにおいては、「旧詩学」から「新しい詩学」への移行の寓話(アレゴリー)として、一八六〇年代の危機の時代にはすでに構想されていた[10]
 聖ヨハネの預言とは、「新しい詩学」の声を告げる発話であって、一八六〇年代の「古序曲」においては乳母=シュビラ(巫女)の発話がそれを先取りしようと準備する憑依の発話だったのだが、『婚姻』では、序曲を三部構成に変えるよって、第Ⅰ部と第Ⅲ部の乳母=シュビラ(巫女)による発話、その真ん中に第Ⅱ部の「聖ヨハネ頌歌」を挟む、いわばサンドイッチ構造をとることになった。

 「古序曲」では、不吉な明け方の暁を歌うシュビラ(巫女)としての乳母による九六行にわたる降霊術的呪術的発話が繰り広げられたのだったが、『婚姻』において「序曲」は、暮れなずむ旧世界の夕陽に血なまぐさく不吉に浮かび上がる城館の室内、聖ヨハネの斬首される首が載せられることになる金色の皿を主題に、これまた、乳母=シュビラ(巫女)による、降霊術的・シャーマン的な濃密な詩的発話のテクストを繰り広げるところから開始される。
 ここでも乳母=シュビラ(巫女)の声は、運命の声に憑依しようとする預言の発話である。『婚姻』の草稿は、完全に完成にはいたっていないが、その複雑なシンタックス構造は比較的読み取り可能であり、これもまたアクロバティックな詩の言語を繰り広げ、主文が、第二五行にいたって初めて明かされるという、重層的な構文を採っていることは分かる。
 条件節が二四行続き、主文構造が二五行に至って初めて明かされるという、マラルメ的呪術的発話が用意されていことは明白である。

もしも・・・
     膝折って礼拝す 目も眩まん
遥か彼方 光背こそは まさしき栄光に輝く 円形
強張(こわば)らせた聖人は 不在のままに

  ・・・・・

   いとも甘美な料理の 有り余るほどに
   たとい 気の狂うまでに 激しい飢えが
   二人を 口に口付け 抱きあわさせ ついで満ち足らせる
   互いにむさぼり喰らう 至高の 料理とは これ。
  ならば、言うがよい、おお 口閉ざす未来よ、何故なのか
   ここに留まり、 永劫に 変わらぬ姿で いるのは、
   その理由とて、豪奢な軌道が ひたすらに 吸う  
   執拗なまでに 己が軌道を 完璧にせんがため
最後の輝きのうちに 死に絶える 地平に到るまで
   この視線の合わぬ 声も出ぬ 空虚を載せた 皿の故か?


「古序曲」では、乳母=シュビラの声は、その発話の運動を通して聖ヨハネの預言の声に一致しようとしていたが、新たに書き直されたこの序曲では、預言者の声は、別の一個の詩としてとして独立させられた。それが、「聖ヨハネ頌歌」である。「六音節三節+四音節一節という短い詩形を七聯繰り返す」(渡辺守章『マラルメ詩集』四八一頁)極めて特異な詩形をとり、斬首された聖ヨハネの首が、その最後の飛翔において発話する、という大変にめずらしい仕掛けとなっている。渡辺訳をここはインテグラルに引用しよう



       聖ヨハネ頌歌]



         太陽は 超自然な
         停止 昂揚し
         たちまちに 落下する
            炎は灼熱の

         感じる 脊髄に
         広がる闇
         ただ一声に ことごとく
            共鳴して

         首は 躍りあがる
         孤独な 灯台
         この鎌の 勝ち誇る
            飛翔のうちに
 
         まぎれもなき 断絶をこそ  
         押し拡げ 切り捨てるのは
         肉体との 古き
            不一致
 
         それは 断食に酔い()
         執拗に 追い迫る
         当てもない 跳躍にはあらず
            純粋な己が視線を

         彼方の高み 永遠の
         冷気の許さぬ 果て
         汝ら全て おお 氷河よ
              視線を超えることは

         だが 洗礼に則り
         照らすのは わたしを
         選んだ 同じ原理 今や
             地に注ぐのは 祝福。


斬首された〈預言者ヨハネ=詩人〉の首による、の間、地上との間、発話沈黙との間での、いわば無重力状態における詩的発話の言語的パフォーマンスである。
 ここから、引き出されるべき詩的含意はじつに大きい。「発話による詩人の消失」[11]をすでに定式化していたマラルメ後期の詩学における、〈詩人〉の〈供犠〉の寓喩がここにある。
 さらに、『婚姻』序曲は、第三部で、乳母=シュビラに発話者を戻し、「古序曲」でも謡われた、エロディアードの城館のなかの不吉な前兆の喚起をおこなって、運命の日への導入を果たそうとしている。

 
一面に開かれたる 窓のガラスは 目も眩めよと 飛び散って
塊は塊と 激突し 撒き散らす 不吉な装置を、 
そこに肘付く亡霊は 色蒼ざめて 目には定かに 見えぬ反響
ヴェールを(まと)い 立つ さりとて 隠しもしない
いかにも高く垂れさがる 黒い襞こそ 預言者なりと
  ともあれ 存続せしめんとはしない 天頂の
様々なる (きら)めきの 結びつく 絶対を。

  ・・・・
   その場(しの)ぎの 皿は 載せる物もなく ただ輝くに任せ、
   曖昧さは 今やことごとく この物言わぬ(ふち)からは 消え去って、
   自らを磨き、言うなれば、埃を払い 磨き上げ
   否認によって まさしくも 狂った如く
   遥かに遠く          触れて来るのは
   である 家事にはなおも 心奪われた者ではあるが。
  皿は           皿は 誇張する
  己が死相とも言おう 輪郭の 墓穴の 恐怖を。
 ・・・・
 
これに続く『婚姻』の構成では、「舞台」が続き、さらに、「繋ぎの場」ののち、テクストが未完で読解は困難を極めるのだが、「終曲」では、エロディアードを発話とした独白が、斬首された聖ヨハネとの〈血の婚姻〉のダンス(「舞踏」)を謡うことが予定されていた、と渡辺は読み解いている。
そなたのものと いずくか 遥かの高み 眩暈(げんうん)から落下し
ついで わたしの茎に沿い 流れ降って
(おとし)められたる 我が命運を担いつつ いづくか 天空を目指し
解き難い血の 飛沫こそは 百合の花弁(はなびら)を (けが)しつつ
永劫に ()け反らされて 両の脚の 代わる代わるに

・・・・・
あれこそは わたしも知らぬ 異形(いぎょう)の 殺戮の最中(さなか)
日輪こそは      かつて我が身を 熟せしめたるもの
舞踏を 照らし出すシャンデリア それとてもなく かるが故に
必要であった、わが生きてある 内部へと 抽象的なる侵入か、 
一つの顔の 何にしもあれ 突如 取り()き来たり
我が身をまさに 内より開き 女王なりと勝ち誇る それが。
  

 「聖史劇」と副題の付けられることになった『婚姻』だが、斬首された生首を受けとめる黄金の皿からしたたり落ちる血を体に浴びて、舞踏を踊る、エロディアード(=サロメ)血の婚礼が、「視線によってはもはや犯すことのできない死者の眼球と、死者のすでに死んでいる血によって、処女膜を喪失することなく婚礼を遂げる」(渡辺)という秘蹟の劇である。それが歌われると同時に踊られるという、いかにも、まことに、渡辺守章好みの「残酷劇」による結末が、マラルメ畢生の『エロディアードの婚姻』には予定されていたと読み解かれたのである。


結び

  以上が、渡辺守章の訳業になる、この『マラルメ詩集』の(複数の)扇を拡げて詠まれる言葉の舞台の情景の幾ばくかである。
 この人にして、この演目があり、そして、このようにかくもその人自身のように、文学は、かれを選び、詩句がかれにのりうつるとは、いかなることなのか。
 マラルメ詩のテクストの扇の奥には、潜勢劇の舞台の襞が幽かに開き、そこから、謡と拍子が、まだ遠く聞こえてきている。 
 だが、今や、翁は、扇をしずかに閉じ、しばらく向きを変えると、橋掛かりへとゆっくりと消えていこうとしている。
 その姿、幽玄の境に入らんがごとく・・ 




[1] 岩波文庫『マラルメ詩集』渡辺守章 訳 岩波書店 二〇一四年一一月刊 六〇〇頁
[2] マラルメは習作時代からポーの「ウラリューム」を翻訳しており、マネの挿絵による一八八八年のドマン版『エドガー・ポー詩集』にもその翻訳は収められている « Ici, une fois, à travers une allée titanique de cyprès, j'errais avec mon âme ; - une allée de cyprès avec Psyché, mon âme. », Stéphane Mallarmé, Œuvres complètes, tome II,  édition présentée, établie et annotée par Bertrand Marchal, Gallimard coll. La Pléidade, 2003, pp. 737-738.
[3] 「わたしが言う、一輪の花!と。すると  声が消えればその輪郭も消える忘却の外で、具体的な花々とは違う何かが、音楽として立ち昇る、観念そのものにして甘美な、あらゆる花束には不在の花が。」(渡辺守章訳「詩句の危機」『ディヴァガシオン』)

[4] グレゴリオ聖歌に、“Tota pulchra es Maria” と歌われる。
[5] Poésie de Stéphane Mallarmé
Cote : MNR Ms 1171
Date : 12 novembre 1894 
Maquette destinée à l'édition d'Edmond Deman
Bibliothèque littéraire Jacques Doucet Collection Henri Mondor
http://www.calames.abes.fr/plus/num/Calames-2011211162247810# 
[6] 「『マラルメ・プロジェクト』讃」『舞台芸術』Vol. 17 Spring 2013 角川学芸出版, pp. 160-165
[7] 1866年のカザリス宛書簡の「虚無」の発見の時期に執筆していた詩編は、エロディアード詩篇のうち「古序曲」であると推定される。
[8] 註6参照。
[9] 『マラルメ詩集』「年譜」を参照。前掲書 五二六頁
[10] Bertrand Marchal, La Religion de Mallarmé, José Corti 1988参照。
[11] 「詩句の危機」『ディヴァガシオン』所収

2021年1月27日水曜日

<石庭にて>

 詩学のポリティクス5 


<石庭にて>


「石をたてんにハ、まづおも石のかどあるをひとつ立おゝせて、次々のいしをバ、その石のこはんにしたがひて立べき也。」(『作庭記』)


「美しいひとつの環のように、俳句はおのれ自身のうえに自らを閉じ、跡づけられたかにみえた記号の水脈は消え去る。何も手に入れられたわけではない。語の石は何のためにでもなく投げられたのだ。意味の波も流れもおこりはしない。」(ロラン・バルト『記号の帝国』)



1. <タブラ・ラサ>

 世界をタブラ・ラサすること。時間から、空間を切り取り、永遠に向かい合うこと。ここ、大徳寺境内の石庭には、別の時間が、“永遠”に似た時間が舞い降りている。白壁に囲まれて世界から切り取られた空間。リズムをつくり出すよう配列された石たち。箒により跡づけられた砂の流れ。それが、どのように聖なる場所、山、河、海をかたどっているといわれようと、石庭は世界のミニアチュアであるわけではない。山水の庭が、世界のミクロ・コスモスであるとすれば、石庭は、むしろ世界の表象を無化し、表象自体から精神を解き放つための装置なのだ。

 いま、この石庭には、明るい三月の光が舞い降りて、椿の木々にはシジュウカラたちがさえずって枝を渡っていく。世界の時間から空間をを切り取ること。しかし、滑らかな思考の処女なる表面をとりもどすためにではなく、世界との結びつきに絡まりあった「多くの襞の絡み合い(コンプレックス)」の結ぼれをときほぐすこと。それは、コンプレックスの襞をのばし、滑らかな表面を回復することではなく、それをただ実体のない襞としてたどる想起から始まるのだ。

 白壁の向こうの植え込みの枝枝ではシジュウカラが渡っていく。遠くの竹林では強い風に、竹たちが打ち合う乾いた音がときどき響いている。しかし、光はしずかに柔らかく降りそそいで、白い砂をほのかにその少し暖まった粒子で混ぜ合わせている。石たちのつくる基本的なリズム、その流れと形は、生まれると同時に、しかし、石としての不動、無機物としての無時間に引き戻され打ち消される。形の成立であると同時にその消去でもある、形象の運動であると同時にその運動の停止でもある、記号の連想の発動であるとともにその停止であり、その無である、そのような、パラドキシカルな記号の生成と無化の装置として、石も砂も、砂の上に描かれた文様も、壁囲いもここでは機能しているのである。

 砂の上に描かれた文様はむろん何かを表しているわけではない。白砂の無数の微粒子は、形象をかたどることに協力すると同時に、一方でそれを崩そうとしている。生まれでようとすると同時に消去されかかっている記号は、ここでは、どこにもその実体をもたない形象としての自らを指さしているのだ。たしかに、石庭には、「ロールシャッハ・テスト」に似た連想を誘発するメカニスムがある。しかし、それは、たんに連想を誘い出すという働きだけではなく、むしろ、連想を「解く」こと、連想を石や砂といった無機物にもどすという働きをしている。形の成立であると同時にその消去でもある、そのような、ありえない記号の生成と消滅の場として、どこでもない場所を成立させているのだ。「治癒」として効果は、まさに、このような働きからのみ引き出される。表象が流れはじめると同時に、停止してしまう庭。運動とその停止とが同時に引き起こされる場所。石の庭は、そのようなパラドキシカルな働きによって、ある固有な解放をもたらすのである。

 だから、このように世界から切り取られた庭は、世界をたんにタブラ・ラサして、消去してしまうのではない。記号を消し去るのではなく、記号のはたらきにおいて世界の表象を無化すること。エクリチュールに還元することとは、純粋な意識の原初の現前へと空間を立ち返らすのではなく、記号の痕跡がおこなう無化のはたらきへと世界をもどすことにある。それこそが、石庭の記号論的原理であるといえるだろう。


2. <無の記号の庭>

 バルトの『記号の帝国』は、石庭の写真図版を、俳句をあつかった四つの断章の真ん中に挿入している。そして、その東福寺の庭の写真には、バルトの肉筆で、次のように書き込まれている ---


 禅の庭 --

「いかなる花も、いかなる足あともなく、

 人間はどこにいるのか

 岩石の搬送のなかに、

 箒の掃き跡のなかに、

 エクリチュールの仕事のなかにだ。」


<西洋>とくり返し大文字で名指されている「意味の帝国」からの治癒として書かれたこの書物において、<日本>ととりあえずは名づけられた「記号の帝国」の空虚な開口部にひらかれた「禅の庭」。その石庭の図を、俳句という<詩>についての四つの断章が取り巻いている。俳句をめぐる、「意味の侵入」、「意味の免除」とタイトルを付された前二つの断章から、「偶発事」、「こんな」という後ろ二つの断章へといたる、バルトの<俳句の詩学>をいわばイラストするように、この「エクリチュールの仕事」の光景は挿入されている。このテクストの配置自体が、「禅」と「俳句」と「エクリチュール」をめぐって、俳句の詩学を、ひとつの<石庭の詩学>として語ろうとしているのである。じじつ、バルトが、石庭のメタファーにおいて、俳句という<詩>を読もうとしていることは、本稿の冒頭に引いた、俳句についての四つの断章の結語(「語の石は何のためにでもなく投げられたのだ。意味の波も流れもおこりはしない。」)に明らかなのだ。

 やや先回りして、この<俳句>と<石庭>をめぐる問題系のアウトラインを引いておくと、およそ次のようになる。<日本>という「記号の帝国」を構成している記号のシステムを描くことが、この本では終始めざされているのだが、方法論的な論点をめぐる最初の幾つかの断章を除いて、他の箇所では、料理にせよ、都市にせよ、儀礼にせよ、身体技法にせよ、あるいは写真や建築にせよ、すべて、<非言語--記号>のシステムをめぐって、断章は書きつがれている。ところが、<俳句>をめぐる四つの断章は、初めて、そして、唯一、<言語記号>を相手にしている点、しかも、<詩>を扱っている点において、他の断章とはまったく違った問題系に踏み込んでいる。「記号の帝国」において「詩」はどのようなものであるかが、そこでは述べられていると考えれば、バルトの<詩学>がそこにひそかに像を結んでいると見ることは十分に可能なのである。それが、どのような<詩学>であるのか。それを読みとってみることが、本稿での主なモチーフとなる。

 ともあれ、『記号の帝国』という、一見ささやかな一冊が、バルトの記号論にとっていかに重要な転回点をなす書物であることは、あらためて強調しておいたほうがいい。一九五0年代後半に『神話作用』で始まったバルトの記号論は、一九六0年代に入ると、「コノテーション」や「コード」の概念を中心として、「記号学の原理」、「物語の構造分析」や『記号学の冒険』におさめられるその他の理論的な著作に開花した。しかし、『モードの体系』(一九六六)を最後に、それも転機をむかえる。一九六0年代後半を過渡期に、一九七0年代にはいると、厳密に理論的な記号論から、『テクストの快楽』に読まれるような「快楽主義」的なエクリチュールの実践へとバルトは転回したのだ、とふつうはいわれている。『記号の帝国』は、『S/Z』とならんで、一九七0年に発表され、その転回を印づける位置にくるテクストなのである。

 もともと、意味現象がつくりだしているイデオロギーとしての<現実>を構成している<記号>の働きを露呈させるのが記号論の役割だったのだけれども、その暴露の働きを担う<メタ言語>の科学性や一義性を信じられなくなるというのが、バルトの六十年代後半をとおした転回の動機にはある。コトバをつかって、<コトバ以外の記号>および<コトバという記号>を読みとるという<メタ言語>の成立の条件についての根本的な問いが次第に強く頭をもたげてくるのである。<メタ言語>がどのような体系にしたがっているのかという問いは、記号論の成立条件についての問いにとって極めて重大な意味をおびてくるのである。

 さらにいえば、<記号の体系>を読みとろうとする記号論は、言語学においても社会理論においても六十年代末で終わりをとげる。<言説(ディスクール)>という、記号とはまったく別の次元の問題系が言語理論でも社会理論でも前面にでてくるのがこのころなのだ。フーコーの『知の考古学』、サールの『スピーチ・アクト』が出版され、「記号の記号学」から、「言説の記号学」への移行を説いたバンヴェニストの遺言的論文「ラングの記号学」が発表されるのが一九六九年のことである。六十年代に、「記号の記号学」をおそらく最もあざやかに実践してみせたバルトは、最初、記号の問題系から言説の問題系への移行の連続性について極めてオプチミストである。しかし、かれの記号論は、この記号論の「ディスクール論的転回」をおそらくうまく切り抜けえなかったのだ。この時期、バルトには、<記号>を語り続ける根拠が集中的に問われているのである。

 そして、そこで、開始されるのが、記号を語るメタ言語の根拠を、<エクリチュール>の無根拠性のなかにもとめるという道だったのだ。テクストを断片化し、自らの科学的「メタ言語」としての性格を否認する<エクリチュール>の実践、それが、「エクリチュールという<悟り>」(『記号の帝国』)だったのである。<西洋>や<意味>や<真理>の現前の体制に従わない<エクリチュール>の運動と、自らの言説を化すことによって、<言説の問題系>を迂回し、<意味の宇宙>の外への通路をさぐりつつ、記号の表層を露呈させつづけること。そのような迂回の戦略が、『テクストの快楽』(一九七三)に表明されることになる、かれのメタ言語の<戯れ>となる。<記号>を、<言説>と<意味>の体制としての社会性の方へと向かわせて考えるのではなく、<記号>にそれ自身の空虚な身ぶりをとりもどさせるエクリチュールの実践。記号の空無を悟る場として、記号論をエクリチュールの逆説的なテクストとしてくりひろげること。「エクリチュールという<悟り>」は、その実現のために、<石庭>のように記号が空無化する場所--<無の記号の庭> --を求めるのである。東福寺の石庭が具現しているのは、そのようなエクリチュールの<無の場所(ア・トポス)>なのである。


3. <語の石...>

 <記号>を無の場所へ解き放つことで、<ディスクール>の体制の外へと通じること。バルトは、七十年代以降、記号論を捨てたと言われているけれど、あるいはそれはまったく逆であったのかもしれない。言語科学の「ディスクール論的転回」以後も、バルトは、<記号>にこだわりつづけた。そのために、<エクリチュール>という、ラディカルに無規定的な<実践>が、かれには必要であった。そう考えてみることもできる。何も意味しない場所。<意味の宇宙>をエポケーしつつ、<記号>たちは、参照作用の無をこそ指し示す場所。「異邦の(異質な)言語を、決して理解することなく、識ること」という、意味を捨象しつつ、記号のみの戯れに身をまかせる記号論者の夢。この逆説的な態度が、バルトの<日本>という記号のシステムの読解を貫いている。世界を、タブラ・ラサしつつ、宇宙(コスモス)の記号の生成と消去、その生成の運動と停止とを無限定につくりだしている石庭のパラドキシカルな成り立ちと、バルトの方法とは完全に一致している。空虚な記号の場へと、バルトのエクリチュールはつねに一歩踏み出すところから始まるのである。

 『記号の帝国』における、俳句をめぐる四つの断章は、<石庭>の配置をもって並べられている。

 第一の断章「意味の侵入」。「まったくよく分かるものではありながら、俳句は何も

意味しはしない」。それを読みとることこそが、世界の意味の編成に参加しない<記号論者>のエポケーであるべきなのだ。このパラドキシカルな態度にこそ、バルトの<ポリティクス>があるのである。

 俳句のコトバが位置する<無の記号の庭>に侵入しようとする、<解釈>という<意味>の暴力。単独化され、希薄で孤立した言語活動であろうとする俳句のコトバに対して、<解釈>は、<比喩(メタファー)>や<論理>という補助手段を使って、世界の意味付けの重層的な体系のなかに、そのコトバを取り戻そうとする。それに対して、俳句の仕事は、「コトバを宙づりにすることだ」と述べられている。社会的意味の言語活動の連続性から、コトバを隔絶し、意味の<不在>の領域を切り取ること。「何も意味しない」無の記号の場所を画すること。まずそのように、俳句の庭は画定される。<意味の侵入>から、身をふりほどくこと。そこに、無の記号の場としての俳句という<詩の場>が確保される。

 第二の断章「意味の除去」で示されるのは、そのように画定された無の記号の庭が、どのような記号の表面をつくるのか、についてである。言語という「宇宙の分類」を受け入れつつ、その「分類」が意味の重層へと結びついてゆかぬように、言語があくまでも平板で希薄なつやのない無機的な記号の表面を張るようにつとめること。バルトは、<記号>の重層的な意味作用から、記号をすくいとり、限りなく薄く、平板で、つやを消された状態に、記号を手入れし維持する作業を、俳句の「短く、空虚な形式」に見ようとする。ちょうど、石庭の無機的な不毛な表層が細心の手入れによって維持されるように。そこに見いだされる記号の生成と消去のあわい。「コトバの終わり」の姿、言語活動の流れをせき止め、コトバを停止させ、コトバが最も希薄化した表面になるまでコトバを制約すること。

「言語の局限化」、質素さの実践、貧困化の戦略。石と砂の極限にまで切り詰められた無機質のなかから、仄かに記号が現れるや消し去られる禅の庭のように...。コトバの記号性を「測り」、「節制し」、「制約する」こと。そのような記号の「節制」によって、俳句のコトバは、「意味の根元」に働きかけることになるのだ、とバルトはいう。

 俳句によるコトバの出来事としての「偶発事」が語られるのは、そのような無の記号の場所とそのエレメントが提示された後なのだ。あらゆる解釈から解き放たれ、無の記号の希薄な表面となったコトバが記のは、決して上位の、あるいはより深い意味連関のなかにとらえられてしまいはしないコトバと事物との出会いなのだ。「事象をまえにした覚醒」それこそが俳句のコトバが提示する出来事だとバルトはいう。プライマリーでミニマムな言語と化した俳句は、コトバの無数の微細な出来事を、石庭の砂の上に描かれた波紋のように描き出す。それらひとつひとつのコトバの波紋は、それぞれ別のコトバの波紋との関係においてしか、読みとられえず、しかし、それらひとつひとつのかたちはコトバの出来事の「起源なき反復」でありつづけるような、無数の砂粒のつくりだす記号の無の出来事。私たちはここでも、微細な砂粒からなる石庭の痕跡(エクリチュール)を前にしている。

 そして、最後の断章「こんな」では、俳句の無の記号が指し示すもの、別の記号によっては言い換えられることのない(=解釈意味の解釈の連鎖をつくり出さない)「記号の身ぶり」として「指示」の働きが述べられる。記号が、もっとも「空虚な意味形式」となるときが、<指示>である。それが指示であるということは、まさにそれが指していることだけを、そのときだけ指すということである。そして、「その身ぶり」の成立ととともに、その記号はもう消え去っている。石は、何かを意味すると同時に、自らの記号としての虚無を打ち消して、記号としては消え去る。だから、「語の石は何のためにでもなく投げられたのだ。意味の波も流れもおこりはしない」。

 このような、ミニマリストなコトバの出来事の記号論がバルトの俳句論である。そして、「記号の帝国」がバルトにとっての「記号のユートピア」であったことを考えるならば、俳句こそバルトにとっての<詩学のユートピア>なのである。


4. <空虚>、<干渉>...

 バルトが夢みているような、<無の記号>の詩学は、しかし、本当に俳句に裏打ちをもつものであろうか、と私たちは問うてみたくなる。かれが引用する俳句のフランス語訳を、そのまま訳してみれば、それらは、ミニマリスト的な自由詩の域をたしかに出ていないように感じられる。 例えば、--


私は初雪を見た

その朝、私は忘れた

顔を洗うのを

(初雪を見てから顔を洗ひけり 越智越人)


牛をのせて

小舟が一艘河を渡る

夕暮れの雨を通って

(牛つんで渡る小舟や夕しぐれ 子規)


バルトの“俳句”に欠けているのは、季語、区切れの位置、語彙のレヴェル、韻律など、ジャンルとして俳句を成立させている、およそすべての要素である。川本皓嗣(『日本詩歌の伝統』岩波書店)は、とくに、「基底部」、「干渉部」という区別をつかって、初句切れ、二句切れがつくり出す、俳句の構成部分間の意味論的な干渉を論じている。私なりの理解をすれば、川本の説は、俳句が成立するためには、「基底部」(例えば、今引いた子規の句でいえば、「牛つんで渡る小舟や」)の「トピック(話題)+コメント(話題に関して述べられていることがら)」と「干渉部」(「夕時雨」)をなす「トピック」という、少なくとも二つのトピックが、意味論的な干渉の関係に入るという出来事が必要だという主張である。バルト自身にも、俳句の読者共同体についての認識はあるものの、「俳句は何も意味しはしない」というときの、意味のステータスははっきりしない。レトリック空間、解釈共同体、異質な言語レヴェルの響き合い、あるいは異化作用など、俳句の「ディスクール制度」としての側面はまったく議論から捨象されている。

 おそらく、バルトの立論にもっとも役立っているのは、名詞文に訳されている句や、論理的結合を希薄化され平行構文されて訳された句である --


満月

畳の上に

松の影

(名月や畳のうへに松の影 其角)


漁師の家

干し魚の臭い

そして暑気

(海士が家に干魚臭ふ暑さかな 子規)


冬の風が吹く

猫の目が

光る

(凩(こがらし)や盻(またたき)しげき猫の面(つら) 八桑)


これらの句では、「名月」も「暑さ」も「凩」も、語というよりはトピックなのだが、それが語と解されてしまっている。そして、それがさらに、「こんな」という指示詞に近い語の使用とされてしまっている。「語」だけで事態を的確に指すことができるのは、語がすでにひとつのトポスとなっていることばの共同性が成立しているからである。それが、ひとつの<無の共同体>でありうるのかどうか。そして、二つ以上のヘテロジニアスなトポスの間におこる意味の干渉とずれとして、俳句のコトバの出来事はおこる。それでも、バルトの<石庭>のメタファーはここでも生されないこともない。「基底部」という主なる石の傍らに、別の石が「干渉部」として投ぜられることになる。干渉の波紋が意味論的な文様を一瞬拡げてみせるというふうに思い描くこともできる。

 俳句は、「コトバを停止させる」とバルトは書いていた。この停止をつくるのは、韻律とリズムの働きである(それは、俳句にかぎらない、すべての詩に共通した問題である)。川本は、俳句の五・七・五のリズムが、固定休止と移動休止をその内部に配した、8コマのリズムからなり立っていることを明らかにしている。ことばの連続した流れを止め、ことばの断片をそれ自身の上へ回帰させるのは、韻律がもたらす休止のリズムの働きである。日常言語による意味の侵入をくい止めて、詩の言語の領域を休止や行変えの空白によって画するのもリズムの働きである。ことばの絶えざる内なる流れを止める「沈黙の記号」を挿入することによって、ことばはそれ自身の固有な身ぶりを取り戻し始めるかに見えるのだ。

 虚ろな白砂の余白が、黒い石のリズムを縁取るように、メトリカルなことばの空間は、外界からの意味の侵入を遮断する。語はそこでは石のように、「その石のこはんにしたがひて立」ち、自身の無を指示しつつ回帰し、他の語との干渉をつくりだしてゆく。何のためにでもなく投げ入れられ、そのあとには、意味の波も流れもおこりはしない。

97.4.17 5:45 AM詩学のポリティクス5

「<詩学のポリティクス>5:<石庭>にて」、『現代詩手帖』、1997年5月号、pp.150-155



2021年1月24日日曜日

松谷武判 「時の隕石体としての絵画」

時の隕石体としての絵画 石田英敬

 

松谷武判の芸術は「存在」を深く鋭く問う芸術である。

私たちは言葉が持つ最も基本的な「存在の語彙」でその作品の「形而上学」を述べることができるだろう。

 

「かたち」が起こる

ボンドの粘体がゆっくりと流れ、滞留し、固まる

墨汁が滴り落ち雫の飛沫が跡をのこす

ビニールの粘体がふくらみ固定する、あるいは、はじけて破裂し、しぼんで凝固する、

画布に斜めうえから侵入したロープが固着する、

すべての偶然のかたちの出来事をキャンバスはとどめている。

こうしたかたちの生成と遅延、形成への待機と期待、その痕跡の滞留と記憶が松谷の画の舞台だ。

 

かたちは理由も行為主もなくそれ自身を動因として起こる。かたちがかたちづくられる、その偶然の出来事を捕捉するための舞台として画はしつらえられているのである。

 円 直線 斜線 球体 波動・・・ かたちは出来事としてのボリュームとレリーフをともなって遂行されていく

 

時空の「間(あわい)」に触れる

 ある時期以後、画は色をうしなって黒のみでかかれるようになる。松谷の作品は色彩をもたない。事物が輪郭をもち色を獲得するより以前にある「存在」の次元に絵画が触れようと試みるからだ。「形而下」(時間空間のなかにかたちをもち感覚に触れる次元)と「形而上」とが触れる時空の間(あわい)。質料から形象へ、アモルフからモルフへ、空白から図へと反転するその無の場所から、痕跡の運動が時間とともに流れ出している。

 その方へ向かって、鉛筆の黒鉛の無数の痕跡が、時間の雨となって、あるときは稲妻の鈍い光を放ち、あるときには煙るように、画布に降り注いでいる。

 

光か影が 黒く塗り込められた表面から、鈍い光が反射して、流れる 伸びる 波うつ、微細な粒子が煙をあげる

時の粒子がそれぞれの傾き(クリナメン)にしたがい流れ続けている

 

「書く・描く・掻く」

 作家は何かを描いたりはしない。ここではただ「かく」ことが、画布に触れることが、黒鉛芯をえらびとらせている。時間を塗り込め痕跡を残すこと。「書」の「筆触」の身ぶりが「画」と化した松谷の「絵」には、「かく」身ぶりの時間性が塗り込められている。

 「かく」には、「書く・描く・掻く」の区別なく、その「身ぶり」のみが共通語だ。語源にも諸説ある。いわく「カク(掻)」の義〔言元梯・大言海〕、「カカグ(掲)」の義〔名言通〕、「カオク(置)」の約〔紫門和語類集〕、「カタオキク(象置来)」の義〔日本語原学=林甕臣〕、「カは日で色の源」の意、「クは付き止る」意〔国語本義〕、「カタコル(形凝)」の反〔名語記〕。「画」の入声音Kak から〔日本語原考=与謝野寛〕。

 そのいずれの語義も松谷武判の絵画を想わせる。

 

物が孕み 息づく

無から有へ

かたちが生まれ 

息を吹き込まれ 

在ることの官能にふれようとする

物が孕み

息づく

ときに焔に焦がされ 

軟体動物のように妖しく顫動する

 

絵画はここで物のエロスの場所である

 

力に横切られる

松谷の作品は外からの力に過ぎられている。宙空から激しく侵入してくる力だ。波打つ波動 斜めからの入射 伸びていく水平の線 どこまでもつづく流れ。宇宙ではすべてが流れであり時間は渦巻き空間は彎曲しつづけ暗い光を放って波動している。


 作品は、ここではすべて始まりの宇宙から落下した隕石体であり、黒く焦げた鉱物質の鈍い眼ざしを私たちに投げかけているのである。

2021年1月19日火曜日

[『トビウオと毒薬』予習編 3]

フランス語の聞き取りが出来る人は、次のFrance Culture のインタビュー全5回を聞いてみてください。(聞き取れなくても講義中に紹介しますから心配はいりません。)


France Culture  

Bernard Stiegler 

La Philosophie et la vie 

Épisode 1 : 

Du plomb dans l'âme

https://www.franceculture.fr/emissions/a-voix-nue/bernard-stiegler-15-du-plomb-dans-lame


Épisode 2 : 

Errer, penser et bifurquer

https://www.franceculture.fr/emissions/a-voix-nue/bernard-stiegler-25-errer-penser-et-bifurquer


Épisode 3 : 

Un laboratoire carcéral

https://www.franceculture.fr/emissions/a-voix-nue/bernard-stiegler-35-un-laboratoire-carceral


Épisode 4 : 

La voie néguentropique

https://www.franceculture.fr/emissions/a-voix-nue/bernard-stiegler-45-la-voie-neguentropique


Épisode 5 : 

Prendre soin de nos désirs

https://www.franceculture.fr/emissions/a-voix-nue/bernard-stiegler-55-prendre-soin-de-nos-desirs




2021年1月4日月曜日

[『トビウオと毒薬』予習編 2]


「トビウオのように」

https://cvb.be/fr/films/poisson-ne-voit-pas-leau



「ひとつの行為への移行の結果としてのサン=ミッシェル刑務所への私の投獄は、私のあらゆる行為の停止であり、またあらゆる行動の中断となりました。それが監獄というものの機能です。しかし停止中断とは哲学の始まり(たとえばソクラテスのダイモーン daimonは彼を一時中断させるものでした)でもあり、私にとっては、行為への移行一般とはどういうことかを考えるモーメントとなりました。またそれは、私をそこに至らせたすべての行為を想起することでもあったのです。」(ベルナール・スティグレール『現勢化』ガブリエル・メランベルジェ+メランベルジェ真紀訳 新評論 2007 44頁に対応 訳文を私の文脈に合わせて大幅に修正した。)



「アリストテレスは『魂について』の中では、ロゴスに場所をあたえる思惟の知性的環境 を検討していません。(そのかわり『分析論』ではそれを扱っています。かれの論理学とはそのようなものでした)。 アリストテレスを読みながら、独房の中で私が何度も思いをめぐらしていたのは、知性的な魂の日常生活の境位(エレメント)としての、そのような思惟の環境の可能性そのものでした。私の独房のなかで、私は水から飛び出た魚のようだったのです。私は、感性的魂の五感にとっての環境と同様に、知性的な魂にとっての環境があるのではないかと考えたのです。」(同書に対応 50頁)


**


アリストテレス『魂について』


『De Anima 魂について』

423 a 30

「このことに私たちが気づかないのは、ちょうと水のなかの動物も、濡れたものが濡れたものふれているのか気がつかないのと同じである。」


(講談社学術文庫『心とは何か』桑子敏雄 訳 p. 127)






2021年1月2日土曜日

[『トビウオと毒薬』予習編 1]

 毒薬 [どく/くすり](ファルマコン)

Pharmakon (philosophy)

https://en.wikipedia.org/wiki/Pharmakon_(philosophy)


Pharmakos

https://fr.wikipedia.org/wiki/Pharmakos


http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.01.0173%3Atext%3DPhaedrus%3Asection%3D275a


ソクラテス 

よろしい。ぼくの聞いた話とは、次のようなものだ。―― エジプトのナウクラティス地方に、この国の古い神々のなかのひとりの神が住んでいた。この神には、イビスと呼ばれる鳥が聖鳥として仕えていたが、神自身の名はテウトといった。この神様は、はじめて算術と計算、幾何学と天文学、さらに将棋と双六などを発明した神であるが、とくに注目すべきは文字の発明である。ところで、一方、当時エジプトの全体に君臨していた王様の神はタムゥスであって、この国の上部地方の大都市に住んでいた。ギリシア人は、この都市をエジプトのテバイと呼び、この王様の神をアンモンと呼んでいる。テウトはこのタムゥスのところに行って、いろいろの技術を披露し、ほかのエジプト人たちにもこれらの技術を広くつたえなければいけません、と言った。タモスはその技術のひとつひとつが、どのような役に立つものかをたずね、テウトがそれをくわしく説明すると、そのよいと思った点を賞め、悪いと思った点をとがめた。このようにしてタムゥスは、ひとつひとつの技術について、そういった両様の意見をテウトにむかって数多く述べたと言われている。それらの内容をくわしく話すと長くなるだろう。だが、話が文字のことに及んだとき、テウトはこう言った。

「王様、この文字というものを学べば、エジプト人たちの知恵はたかまり、もの覚えはよくなるでしょう。私の発見したのは、記憶と知恵の秘訣なのですから。」―― しかし、タムゥスは答えて言った。

「たぐいなき技術の主テウトよ、技術上の事柄を生み出す力をもった人と、生み出された技術がそれを使う人々にどのような害をあたえ、どのような益をもたらすかを判別する力をもった人とは、別の者なのだ。いまもあなたは、文字の生みの親として、愛情にほだされ、文字が実際にもっている効能と正反対のことを言われた。なぜなら、人々がこの文字というものを学ぶと、記憶力の訓練がなおざりにされるため、その人たちの魂の中には、忘れっぽい性質が植えつけられることだろうから。それはほかでもない、彼らは、書いたものを信頼して、ものを思い出すのに、自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出すようになり、自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。じじつ、あなたが発明したのは、記憶の秘訣ではなくて、想起の秘訣なのだ。また他方、あなたがこれを学ぶ人たちに与える知恵というのは、知恵の外見であって、真実の知恵ではない。すなわち、彼らはあなたのおかげで、親しく教えを受けなくてももの知りになるため、多くの場合ほんとうは何も知らないでいながら、見かけだけはひじょうな博識家であると思われるようになるだろうし、また知者となる代りに知者であるといううぬぼれだけが発達するため、つき合いにくい人間となるだろう。」

(プラトン,藤沢 令夫. パイドロス 『プラトン全集5 饗宴 パイドロス』岩波書店 2005、254~256頁)


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「骰子遊び(le jeu de dés)とは二個の骰子を同時に投げて1から6までの36通りの組み合わせで2から12までの合計数を出すことを無限に繰り返す結合法combinatoireの遊びである。この〈技術〉によってランダムな偶然の生起が〈数の言語〉に翻訳される。宇宙は無秩序で無数の偶然の出来事に満ちているが、骰子遊びは偶然の出来事を、一定の身ぶりの反復と数の組み合わせに還元する。『パイドロス』で、ソクラテスが、テウト神の技術的発明として、文字とともに、算術と計算、幾何学と天文学、「チェスπεττείαと骰子κυβεία」をあげていることは決して偶然ではないのだ 。チェスはゲームをマス目の空間にプロットし、骰子は偶然性を数の言語に変換する。あらゆる偶然の出来事をこの装置のなかに呼び込めば、宇宙の生成変化は、結合法と確率をめぐるゲームのなかに集める-- ハイデガーの技術論になぞらえれば宇宙の偶然を〈集- Gestell〉する --ことができる。」

(石田英敬「詩の言語と数の言語」Language_Information_Text_v25-1.2018.12.20

東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻 [編] 10~11頁

https://drive.google.com/file/d/16ktXbPAjNIZgun8YY0kEY4CiH7EQf5Qk/view


2021年1月1日金曜日

トビウオと毒薬:フランス現代思想の系譜―哲学者ベルナール・スティグレールの仕事を手がかりに(日仏会館教養講座)オンライン




 緒言

これから、「トビウオと毒薬:フランス現代思想の系譜 ベルナール・スティグレールの仕事をてがかりに」という4回の講義を始めます。

まず、はじめにお断りなのですが、

私は、この講義を通じて、みなさんの期待を幾重にも裏切ることになるかもしれないということをあらかじめ申し上げておかねばなりません。

じつは、この講義のタイトル

「トビウオと毒薬:フランス現代思想の系譜 ベルナール・スティグレールの仕事をてがかりに」

には幾つもの誤解の余地が故意に仕組まれています。

まず、「トビウオと毒薬」というタイトルですが、「トビウオ」は魚のトビウオでよろしいのですが、「毒薬」をみなさんは当然のことながら「どくやく」と読んでしまっておられるだろうと思います。しかし、この漢字二字は私のタイトルでは「どくくすり」と読みます。あるいは「どく/くすり」です。「毒にも薬にもなる」という意味です。「ファルマコン」です。

トビウオは「思惟の自由」を、毒薬は「技術」を、このタイトルでは表意しています。

つぎに、副題の「フランス現代思想の系譜 ベルナール・スティグレールの仕事をてがかりに」ですが、「フランス現代思想の系譜」と聞かれると、きっと「思想史」のようなことを石田は話すに違いない、それを「系譜学」と主張しようという魂胆だろう、などと思われるかもしれません。しかし、私がお話したいのは、「フランス現代思想」という「世界史」のことです。

「ベルナール・スティグレールの仕事」というと、きっとベルナール・スティグレールの哲学の話をするのであろう、それをフランス現代思想の系譜のなかに位置づけようしているのだと皆さんは理解されるとは思います。それはまさしくそのとおりであるとしても、皆さんが期待されているかもしれぬ哲学者についての話し方をひどく裏切るような仕方で「位置づけて」いくことになるであろうと思います。

そのように、思想を語るための「前提」を何度も「覆す」ことをめざしながら、この講義は進められていきます。

講義の開始日までに、関連の文献や資料等を掲示していきますので、このブログの頁および私のツイッター(https://twitter.com/nulptyx)をときどきチェックしてください。

この新しい年が皆さんにとって悦ばしき知の年でありますように。

1月27日(水)にお会いしましょう。

2021年 元旦

石田 英敬


2020年11月12日木曜日

「国立大学長選 相次ぐ混乱:法人化でゆらぐ『自治』」『北海道新聞』コラム「各自核論」 2020.11.12 木曜日 朝刊

 

「国立大学長選 相次ぐ混乱:法人化でゆらぐ『自治』」

 『北海道新聞』コラム「各自核論」 

  2020.11.12 木曜日 朝刊


 国立大学の総長・学長選考で混乱が続いている。東京大学では10月に新総長を選んだが不透明な選考プロセスに学内外から批判が噴出した。筑波大学でもおよそ民主的とは言い難い方法で現学長が選んだ学長選考会議によって任期上限が撤廃されて現学長が再任された。そのような混乱ではないが、大学統合との関わりで静岡大学など他の国立大学でも学長選考のプロセスが注目を浴びた。北海道大学では「不適切な行為」を理由に前学長が解任されたが、大学はいまもって詳しい経緯を明らかにしていない。

 これらは、学園人事のごたごたというよりは、より深く国立大学をとりまく構造的な問題を露呈させている。日本学術会議の問題とともに、社会に「学問の自由」を保障する機関としての国立大学の「大学の自治」にも世論は注意を向ける必要がある。

 国立大学は2003年の国立大学法人法によって「国立大学法人」となった。国立大学時代には、事務組織は国(文部科学省)が担い、教学組織は学部教授会を単位とした教官組織による自治が建前だった。法人化後は、学長を法人の長とする役員会のもとに、経営を審議する経営協議会、教育研究を審議する教育研究評議会を配する体制がとられてきた。

 国立大学法人は広義の独立行政法人と理解され、六年ごとの中期目標を立てて計画を実行し評価を受ける。この制度に移行し現在三期目の途中、二〇年足らずの歴史しかない。その間にも、国からの運営費交付金は、発足当初の国の約束が反故にされて毎年削減され、ポストの削減、教職員の業務負担の増大等々、問題は山積している。民間資金の導入にも大学の規模、地域の差が拡大し、北海道の国立大学も相当に苦しいやりくりを余儀なくされていると思われる。地方の国立大学の合併や統合が浮上してきたことにはそのような背景がある。

 法人化した国立大学の学長は名誉職ではなく、法人の経営の責任者であり、国立大学時代とちがって、大学執行部が主導権を握らないと計画は実行できない。大学のガバナンス(統治)改革や学長のリーダーシップがキーワードとなることには必然があるのである。

 そこまでは大学に関わる誰でもが理解できる。しかし、同時に、大学には、他の独立行政法人とは異なる、広く学問を社会に保障するという普遍的なミッションが存在する。

 それは、時の政府の掲げる目標を唯々諾々と実行に移すことではないし、短期的な視野で産業界の「役に立つ」大学になることでもない。「社会に開かれた大学」というとき、そのステークホルダー(利害関係者)は産業界に限定されるはずはなく、ひろく市民社会であり地域社会でもある。

 今般浮上してきた、総長・学長の選出問題を見ていると、非常に限られた、多くは政府や産業界の意を体した人物たちによって、閉鎖的なプロセスをつくって法人の長を選び、大学を国や産業界の意に沿うように方向付けていこうとする志向が見える。

 リーダーシップや権限の集中が、過度に追求されるとき、ガバナンスにおける権限付与は循環しがちになり、学長や総長の意を受けて選出された委員たちが、密室で恣意的にルールを決めて当てはめ、自分たちの都合に合う人物を学長・総長に据えようとする傾向が生まれる。

 国立大学は、わが国を代表する学術機関なのであるから、総長・学長の選考委員会は、より開かれた選考プロセスを制度化すべきである。判断者の資格、判断の根拠を示し、より多くの時間をかけて審議して、公開性の高い選考を行うことによってのみ、大学構成員の信頼を得、ひいては社会からの信任を得ることができることを肝に銘ずるべきだ。

 すべてを秘密裏のうちに進め、資料を秘匿し説明を行わないなど、現在の政府のやり方をゆめゆめ模倣するようなことがあってはならない。


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