「情報文明の壮大な見取り図『第四の革命』ルチアーノ・フロリディ著」書評『日本経済新聞』2017年6月24日朝刊27面
オクスフォード大学で情報哲学と情報倫理を講ずる気鋭の哲学者が描き出した、情報文明の壮大な見取り図である。「第四の革命」とは、コペルニクス、ダーウィン、フロイトにつぐ人類の知の革命のことだ。著者はその革命に、コンピュータの父、アラン・チューリングの名を冠している。
人類は、もはや天体運動の中心でも、生物進化の頂点でも、理性の権化でも、情報の主人でもない。ヒトとは、いまでは「情報有機体」(「サイボーグ」ならぬ「インフォーグ」)であって、デジタルなICT(情報通信技術)が生み出した「情報圏(インフォスフィア)」に完全に組み込まれている。「情報エージェント」としてのヒトは、切れ目なく結びついた情報環境のなかを行き来して、オンライン、オフラインの区別がない、「オンライフ」の生活を営むようになってきている。IoT(モノのインターネット)のような人工物が媒介する情報環境のなかで、グーグルやツイッターやウィキを頼りに、フェイスブックを思い浮かべれば分かるように、ICTによって拡張された「ハイパーな自己意識」をもち生活している。
著者が強調するのは、「現実的なものが情報的なものになる」生活世界全般のスマート化、ヒトの「情報生命体」化である。
最近のAIブームの議論に見られるような、人間を超えた知性が出現するというような、「人間中心主義的」な議論はここにはない。
情報を環境問題として根本的に捉え直し、人間の自己理解を更新することで、「情報有機体」としてのヒトの新しいあり方とその倫理を描き出すことがめざされている。
情報文明は、マルチ・エージェントシステムとしての国家や経済システムを揺らがせる。拡大しつづける情報圏は、「人新世(アントロポセン)」と呼ばれる環境問題を提起し、商売、労働、学び、健康、娯楽を激変させ、法、経済、政治教育などあらゆる制度を書き換えさせる。情報哲学者の本領とは、この大変化を文明的本質まで掘り下げて考察することにある。豊富な先端事例をもとに、ヨーロッパ人らしい人文学的な知識をいかんなく発揮して書かれた、オーソドックスな情報文明論といえる。