2017年8月19日土曜日

「人工知能と人間の知性 変化の波 生活視点の報道を」『北海道新聞』コラム「各自核論」2017年8月19日(土曜日)朝刊7面

 「人工知能と人間の知性  変化の波  生活視点の報道を」『北海道新聞』コラム「各自核論」2017年8月19日(土曜日)朝刊7面


クルマの自動運転から 囲碁や将棋まで、商品のドローン配達から介護ロボットまで、「人工知能(以下AIとも略)」に関する記事が新聞に載らない日はない。しかし、その報道および議論のされ方にはやや気になる点もあり、この問題について社会はより成熟したリテラシーをもつべき段階に来ていると思われる。
 「人工知能」という言葉には、何か人間を超えた知性が出現するのではないかという、期待と不安がつきまとう。
 近い未来に人工知能が人間の能力を超えて進化し、もはや統御不可能な変化が起きるという「技術的特異点(シンギュラリティ)の神話」もまことしやかに語られて、ブームの先導的な役割を果たした。グーグル子会社のソフト「アルファ碁」が、囲碁の世界チャンピオンを打ち負かすなどしたから、SF的なお話も真実味を帯びてくる。
 しかし、現実に進行しているのは、人間をとりまく技術環境の全般的なスマート(知能)化、自動化である。過去数十年間確実に段階を踏んで進んできたコンピュータ革命の帰結なのである。
 現在世界では二十億以上の携帯電話と数十億のコンピュータが相互につながって、人間の脳のニューロンの一兆倍以上の規模のネットワークを形成している。モノのインターネットと呼ばれるようにモノとモノが相互にコミュニケーションし、人間は、いわば、人工的に作られた巨大な〈脳〉を環境として生活するようになったのである。
 あらゆるデータが大量に収集されて蓄積され、計算能力の高度化と、「深層学習」と呼ばれるアルゴリズムの発明により、技術環境自体が自動的に学習し、人間の能力をはるかに超えた作業を実行するようになってきた。
 「破壊的進化(ディスラプション)」とも呼ばれるこの革新は、産業のあり方を急速に書き換えつつある。19世紀の産業革命でも20世紀のオートメーション化でも大きな変化は起こったが、いま新たに大きな変化の波が起こっているわけである。
 これまで人間が行っていた知的業務を、バイパス(迂回)したりスキップ(省略)することが可能になり、AIが人間の仕事を奪う「雇用の終わり」も語られている。流通やサービスの分野では、アマゾンに独占的に支配されたり、Uberのような配車システムにタクシー・サービスが取って代わられたり、じっさいにそうした破壊的進化は進んでいる。
 ヨーロッパではAI社会における雇用の喪失をにらんで、人びとのはたらき方を変えようと、給与に代わる手当給付制度と組み合わせた能力開発教育プログラムの社会実験も始められている。
 「人工知能やロボットによる代替可能性が高い労働人口の割合が最も高い」という報告もある我が国で、社会的な議論の拡がりがまだ弱いことが気になる。
 しかし、これからは人間の組織をバイパスするシステムが社会に急速に拡大する時代に、AIに代替されない業種や人間としての意味をもつ仕事をめざせと言われても、多くの人びとは途方に暮れてしまうのではないだろうか。
 人びとが必要としているのは、確実に進みつつあるこの技術と産業の変化について、それが社会や人びとの将来にとって、具体的に、どのようなことなのか、誰のための、どのようなAI社会なのか、より身近な具体的な自分自身の視点からこの問題を考えることができる、知識と判断材料である。メディアには、過度な楽観論でも悲観論でもなく、地に足のついた理解力を社会がもてるように、より生活に密着した、きめの細かい報道や解説が求められている。

注目の投稿

做梦的权利:数码时代中梦的解析

The Right to Dream:   on the interpretation of dreams in the digital age Hidetaka Ishida ( Professor The University of Tokyo) ...