S. フロイト『夢判断』高橋義孝訳 新潮文庫 上・下 (原著Sigmund FREUD, Die Traumdeutung: 新訳は、『夢解釈』新宮一成訳、岩波書店刊『フロイト全集』第4巻・第5巻所収 )
人間若い頃には夢に関心があるものである。それは、自分の将来の夢というときの願望のことであったり、空想や想像といったことであったり、より具体的な表現としてイメージ化された作品であったりもする。あるいは、端的に、日常睡眠中に自分が見る夢にも若者は大いに興味を持つものである。そして、人生の始まりにある者にとって、これはとても大切なことであるはずだ。
夢の解釈に関しては、古代以来幾多の書物が存在する。本書は、フロイトが一九〇〇年という日付を選んで世に送り出した精神分析の誕生の書である。同じ一九〇〇年には現象学の祖フッサールが『論理学研究』の第一巻を刊行し、ソシュールがジュネーヴで音声学や詩法を講義し、プルーストがベルクソンのコレージュ・ド・フランス開講講義に列席していた。世界が新しい世紀を迎えようとするとき、夢を手がかりに、人間心理や人間文化の成り立ちを読み解く新しい知の枠組みをフロイトは提示したのである。
二十世紀以後の世界は、それ以前の時代とはまったく異なっている。産業と技術が、夢を加工し生産するようになった。夢は、家族や共同体を離れて、電話やレコードや映画、ラジオやテレビを通じて流通し、大衆の無意識を作り出すようになった。ハリウッドの映画やディズニーのアニメ、あるいは、私たちの日常を取り巻く広告や、スターやタレントたちの存在を考えてみるといい。そうしたすべては二十世紀以後の世界における夢の存在を表している。
あるいは、夢の心理の奥底には、言いようのない不安や暗い衝動が潜んでいて、やがてそれが世界戦争や全体主義を生み出していった。
『夢判断』は、そうした全ての現代人の夢の原理を解き明かそうとした企てであって、ぼくたちの日常の眠りに訪れる夢を、この世界の存立をめぐる問いへと一直線に結びつけてくれている本なのだ。
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