レオナルドは、同性愛者でベジタリアン、ピンクの衣装に身をくるんだ美丈夫で、絵画・彫刻にとどまらず、祝祭イベントのプロデュース、建築や都市計画、さらには軍事のコンサルにまで手を広げようとする野心家でもある。権謀術数渦巻くルネサンスのイタリアで、メジチ家やローマ法王、殺戮王ボルジアやマキャヴェリ、フランス国王、若きライバル、ミケランジェロなど、彼の人生は歴史上の人物と交差して伝記の興味はつきない。
しかし本書の真骨頂は、「メモ魔」だったレオナルドが生涯にわたって残した自筆ノート7200ページを綿密に読み込み天才の創造の秘密に迫ろうという謎解き作業の方にある。
「ウィトルウィウス的人体図」は、いかに人体の小宇宙と地球の大宇宙をアナロジーの関係で結んだか。「岩窟の聖母」や「白貂を抱く貴婦人」のポーズや表情や目差しはいかに解剖学の知識に裏打ちされているのか。「最後の晩餐」が静止画なのに止まって見えないのはなぜなのか。「聖アンナと聖母子」に記入された地質学の知識とは何か。自然界のパターンを見抜き、アナロジーで理論を構築していくレオナルドの方法が、図版を手がかりに解説されていく。
「モナリザ」の微笑にせまるためには、顔の皮膚をはぎ、唇の細かな神経組織をさぐり、表情をつくる筋肉と腱の仕組みを確かめなければならない。見つめられた気分になり微笑が揺れ動く絵の原理をとらえるには、網膜の仕組みと周縁視覚の原理を知っていなければならない。それらは今日の科学がようやく明らかにしつつある生理と認知のメカニズムでもある。レオナルドにとって絵画とは探究だったのだ。
レオナルドの天才とは、どこまでも純粋な好奇心に支えられた観察と想像の力なのだと著者はいう。私たち現代人がアートとサイエンスを横断して創造性を生むためのヒントが、このルネサンス・マンの伝記には見つかるはずだ。
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