日本でもさかんに報道されたが、6月末にフランスのパリ郊外ナンテールで起きた警官による十七歳のアルジェリア系フランス人少年の射殺に端を発した大規模な暴動は、アメリカ合衆国に似た人種差別問題がフランスにおいても根深く存在し、ゲットー化する郊外都市の住民と警察権力との対立が激しさを増している現実を露呈させた。
浮かび上がってきたのは、世論のさらなる分極化とメディアの変質、大統領政治のゆらぎ、ひいては、フランス共和国を待ち受ける深刻な危機の予感である。
フランスのマクロン大統領は現在二期目。当初、官僚エリート及び銀行家としての実績をたずさえ、政治的には「極中」(「極右」でも「極左」でもなくて「極中道」という意味)を掲げて左・右両派による伝統的政治を破壊するようにして、2017年に39歳という若さで大統領に就任した。哲学にも造詣が深く、弁舌は巧み、合理的な判断力の持ち主で、エリート臭は漂うものの、若い世代やホワイトカラー、都市住民層からは期待を集めていた。
だが、現実はそう甘くはなかった。2018年には地方生活者にとっては生活基盤にかかわる燃料値上げや燃料税引き上げに端を発した「黄色いベスト運動」が全国に拡がった。2020年からは新型コロナウイルス感染症の拡大とその対策としての住民の閉じ込めによって国民のストレスと不満が鬱積した。2019年に年金改革に関わる大規模な交通ストが拡がったが、昨年大統領再選を果たすと公約に掲げていた年金改革法案を再び国会に上程。労働諸団体による空前の反対運動に対して強引な国会運営を強行して可決させた。さらにエコロジーの問題をめぐり、大規模ため池の建設に反対する環境保護運動と警察の衝突で多数の負傷者を出し団体を解散させるなど強権的な姿勢を強めている。
強引な政権運営を目の当たりにして、民心は離反していった。現在のヨーロッパ諸国における社会の分断は、欧州連合(EU)の問題を軸に、グローバル化に適応していこうというエリート層と、それとは相容れない地方や社会カテゴリの対立として現れがちである。移民や外国人の問題もEUにかかわる不安要因と捉えられ、反移民、反EUを掲げる極右勢力の伸長を許してきた。
伝統的左翼や労組の退潮に伴って、フランスでも極右勢力の伸長が著しい。昨年の大統領選挙では、極右の国民連合のマリー・ルペン候補が二度目の決選投票に進んだ。第二次大戦中のヴィシー対独協力政権を再評価し反ユダヤ主義を隠そうとしない別の極右文筆家の立候補も話題を呼んだ。極右の大富豪がメディア企業を次々と買収し、テレビや新聞・雑誌が右傾化している。街頭で大衆運動と対峙する警察組織への極右勢力の浸透も甚だしい。
新自由主義の色彩を進めるマクロン大統領の政治と不安定化する社会のなかで治安維持を担う内務警察権力に浸透した極右ルペンの国民連合との間には客観的な盟友関係が成立していると、日本でも多くの読者をもつ人口学者エマニュエル・トッドは述べている。
今回の大規模な暴動は、フランス社会の幾重にも折り重なった矛盾が噴き出した結果である。これはフランスの近い将来における極右政権の誕生、さらにはまだ見ぬ政体の変質の始まりなのかもしれない。
ウクライナ戦争でヨーロッパではすでに第三次世界大戦に入ったとする論調もある。各国で極右政党の躍進と政権参加が進んでいる。ファシズムやナチズムが台頭した1930年代を思わせる不安な動きである。
アジア極東地域も例外ではない。時代は緊張を高め戦争の危機が近づいている。「有事」が語られ、わが国の政府は戦争の準備を始めている。戦争の記憶が巡り来るこの8月、私たちは近い過去の歴史をいまいちどよく思い出し、戦争を知らぬ若い世代は歴史をよく勉強して、警戒を持って今の世の中の動きを注視するのでなければならない。