「黄色いベスト運動」と呼ばれる社会運動がフランスでは昨年秋から続いている。毎週土曜日になると蛍光色の安全ベスト(フランスでは緊急時のために自動車に常備することが義務づけられている)をまとった人びとが集まってきて街角で集会を開きデモを繰り広げる。燃料税増税に反対する地方住民の動きから始まったが、フランス全土に拡(ひろ)がりベルギーや英国にまで飛び火した。発生後4カ月を超えて衰えを知らない(2月23日現在、主要都市でのデモは15週連続)。身近な社会的要求を掲げ、政治的主張も多様なようだ。仏メディアもこの現象をどう受けとめるべきか、落ち着かないまなざしを向けている。
マクロン大統領の社会経済改革に反対しているが、既存の運動とは様子を異にしている。「黄色いベスト」たちは無名の市民で、確たる代表をもたず、つつましい日常生活の困窮を背景に、自然発生的に立ち上がり結びついていった。現代版「レ・ミゼラブル」とも呼べる人びとによる直接民主主義の動きである。
この運動には現代社会の分断を示す際だった特徴がある。環境保全のための高率の燃料税は、都市部エリートにとっては理に叶(かな)っていても、他に交通手段をもたない地方生活者にとっては貧しい家計を直撃する。大統領はリベラルな演説をしても実際には企業家たちの資金援助を得て政治活動し、富裕税を廃止した。こうした政治エリート層への反感は強く、左右を問わず既成政党を強く忌避し、伝統的な政治的代表制を拒否することで人びとの運動はなりたっている。ソーシャルメディアに呼びかけてデモは組織され、既存マスコミへの不信感もとりわけ強い。
ある種のポピュリズム(迎合主義)運動とも理解されるが、草の根から民主主義や自治を取り戻そうという動きにも見える。じっさい直接民主主義的な参加型政治の主張は、「市民のイニシアティヴによる国民投票(RIC)」(70万人以上の署名により法案・法律の撤回、憲法改正、大統領を含む議員の罷免を可能にする国民投票制度)の導入を中心的な政治課題に掲げていることにも表れている。
運動の周縁には、極左も極右も介在し、不穏な破壊活動や反ユダヤ主義行為も起こっている。他方で警察の過剰警備による負傷事件が相次ぐなどで、国家の暴力に対する批判も起こっている。
革命が共和国の歴史を刻んできたフランスゆえ世界の注目を集めてもいる。じっさいデモ参加者は、三色旗を掲げて「ラマルセイエーズ」(革命歌、のちのフランス国歌)を歌い、革命の記憶も頻繁に引き合いに出される。
この動き、英国のEU(欧州連合)離脱国民投票、トランプ米大統領選出、イタリアやスペインのポピュリズムなどの各国情勢との共通点は多い。過去数十年に及ぶグローバル資本主義がもたらした社会の分断と中産階級や地方生活の疲弊、人権や国際主義ではなくナショナリズムに引き寄せられる国民心理の亢進(こうしん)など、各国で政治の危機が顕在化し、歴史の大きな流れを作り出そうとしている。
グローバル化がもたらした救いがたい貧富の差と対話を成り立たせなくなった社会の分断。そのなかでもがく現代のレ・ミゼラブルたち。「黄色いベスト運動」には、相矛盾した主張が混在し、明日の社会への希望と絶望とがないまぜになっている。
私たちの日本社会にもそれは無縁ではない。表面上無風であっても、政治への不信、メディアへの不信はかつてなく強い。生活に目を向ければ、無力感が蔓延(まんえん)し、諦念に似た沈黙が覆いかぶさっている。政府や省庁が情報を開示せず市民との対話を拒んでいることも問題だ。そこに社会と政治の危機が横たわっていることは、例えば、沖縄と住民自治の問題を考えれば明らかだ。
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