石田フランス語 2017/08/03
「夏休みのためのフランス語 ひよこ自習クラス」プロジェクト(第2回)
もう8月ですね!
今年は天候不順で穂高は曇天の日が多いです。蝉もあまり鳴かず、日照不足で野菜や果物のできがよくないと土地の人は嘆いています。
ぼくの仕事場の近くでは、ときどきクマ出没情報が出ています。クマも天気良くないな〜という感じで、出てきているのでしょうかね。クマ鈴をつけて2キロ先のコンビニまで自転車で新聞を買いにいくのが毎朝の日課。
さて、「フランス語の自主夏期講習」第二回を始めましょう。ほぼ毎週というペースで進みましょうね。
今回から、『カンディード』の本文をいよいよ読みます。
(マンガのイラストを載せますけど、まだ読めないよね、ひよこたちには…)
I. 『カンディード』第1章
[1] 章題:
Chapitre premier
Comment Candide fut élevé dans un beau château,
et comment il fut chassé d’icelui.
『カンディード』には、各章に章題として、その章で語られる内容の短い要約がついています。
Chapitre premier (これは問題ないね 英語の”chapter” はフランス語の « le chapitre » ついでにいうとフランス語の場合、性数の問題があるので、単語を覚えるときには、un chapitre とか le chapitre のように冠詞もつけて覚えましょう。序数詞も勉強したよね。[cf . 石井文法 p. 45] 。とりあえず「第一章」。)
Comment Candide fut élevé dans un beau château,
et comment il fut chassé d’icelui.
いきなり新勉強事項です!
これを君たちがすでに学んだかたちに書き換えると次のようになります。
« Comment Candide a été élevé dans un beau château,
et comment il a été chassé de celui-ci. »
現代口語体であれば、こうなります。それなら簡単だね。文を複合過去(a été)時制に(ほぼ)置き換えることが出来る。
「いかにしてカンディードは立派なお城のなかで育てられたか、そして、いかにして彼はそのお城から追い出されることになったのか」
celui-ci:覚えているかな? (石井 p. 29 直近の名詞に置き換わる。ここは le château だね。) 原文のiceluiはcelui-ci の古い形でいまでは使われません。
さて、書き換える前の “Candide fut élevé” / “il fut chassé” の時制が新学習事項です。
新文法知識1 「直説法単純過去 (passé simple de l’indicatif)」
いきなり文法のお勉強で悪いのだけど、物語を読むために、文法の知識を補います。
今日の新しい勉強事項は、「直説法単純過去 (passé simple de l’indicatif)」で、石井文法ではAppendice II p.78に出ています。
こんなに最後の方に載っているので、後期は週1コマになる坂本さんの授業はここまでは行き着かないのではないかと思います。こんなに最後に出てくるからこの知識は重要度が低い、とか、いらないなどと決して思わないでください。本を読むためのフランス語にはこの文法知識は不可欠です。だから、先回りして今のうちに勉強しておこう。
日本の中学校高校の英語教育で「単純過去 simple past」という正当な呼び名で教わっているのかぼくには分からないのだけれど、単純過去は英語にもあります。それは、中等教育の英語文法では、ふつう「過去形」と呼ばれています。
https://learnenglish.britishcouncil.org/en/english-grammar/verbs/past-tense/past-simple
「単純 simple」(英語であれ、フランス語であれ)と呼ばれているのは、「複合 composé」ではない、という意味です。みんなが勉強した「複合過去」のように、avoir や être を助動詞として過去分詞と組み合わせてつくるのが「複合」時制。それにたいして、単独で時制を担当するので「単純」時制というわけ。因みに、前回勉強してもらった「単純未来」も「単純」時制。単純時制にはかならず複合時制があります。そういう風にフランス語の文法時制は出来ています。
さて、その「直説法単純過去 (passé simple de l’indicatif)」ですが、まず活用の形。
石井さんも書いているように「語幹は一般に過去分詞から作る(例外は、être, venir, ouvrir, faire, entendre, naître, voirなど)。語尾変化は第一群規則動詞およびaller以外はすべてfinir に同じ。」(石井 p.78)
ですから、基本形として、 finir を頭に入れるとすれば
finir:
je finis nous finîmes
tu finis vous finîtes
il finit ils finirent
あとは、石井さんのp.78の記述を見てください。
ここで、ちょっと余談とアドバイス:
フランス語は(現代)英語に比べると動詞の活用が「しっかり」整っている言語で(でも、ラテン語とかギリシャ語とか、ドイツ語とか、動詞の活用が整然としている言語は他にもいろいろあって決してフランス語は決して例外ではないのだけど)、その分、フランス語の動詞の活用を覚えるのは外国人の初修者には大変と思えますね。実はフランス語ネイティブにとっても普段使わない部分は結構大変なのだ(日本語ネイティブが古文の活用形をすらすら言えるかというと疑問であるように)。だから、まず過度に無理することはない!
プラティカルなアドバイスをしておくと、最初から全部覚えなければならないという風に無理する必要はありません。どのぐらいの時間をフランス語の学習にかけるかによるとおもうけど、かけられる時間に応じて覚えられるものは覚えればいいのだよ。
ぼくが君たちの勉強で設定しているのは、「知的人間のためのフランス語」(フランスに旅行に行ってキャフェに行っておしゃべりがしたいとか、そういうのではなくて、もちろんそれもちょっとやれば、簡単に出来るようにはなるのだけれど、君たちは東大生のという〈勉強ひよこ〉!で〈将来の知的作業〉のためにフランス語を勉強しているのだから)というのが目標レベルなので、辞書を引きながらフランス語が読める状態に近づくというためには、まずこの言語はどんな全体構造をしているのか、全体マップを頭の中に入れる、というのがいいと思う。中学生が英語を覚えるのと、大学生が初修外国語を学習するのとはちがうことで、大学生の場合、知的理解力を持っているからまず頭で俯瞰的に理解するというやり方がかなり有効です。
その辺の感覚は、例えば、次を見てください。
http://verbes.kitakama-france.com
このサイトの主が誰なのかぼくは知らないけれど、かなりしっかりした古典的な理解を持っている人だと思われる。こういう風にまず頭のなかで知識を整理してから、フランス語の学習に取り組もう。
それから、今日では、電子的な手段で、どの法と時制の活用であるのか、動詞活用を「逆引き」できたりするサイトも多数存在しているから、最初は全部覚えていなくても、そういうサイトを使って、どの動詞のどの活用形なのか絞り込むことも簡単にできる。そういう手段もぜひ使って欲しい。
例えば、日本語では、こんなサイト。
http://www.tatsuto.com/conju/index.jsp?
さて、そういうことなので、動詞活用については、「用法」をよく理解しておくことが重要になってくる。
「単純過去」について、石井文法の「用法」には三つ書いてあるね。
① 主として現在時とは意識の上で明確に切り離されたことがらを述べる
② 文章中でしか用いない。
③ 客観性が強く、3人称以外ではあまり用いない。
① 主として現在時とは意識の上で明確に切り離されたことがらを述べる
この説明は、英語の単純過去を考えると分かりやすい。英語には「単純過去」と「現在完了」があるが、「単純過去」は現在とつながりのない事象を表すのに対して、「現在完了」は現在とつながりのある事象を表す。「現在とつながりのない事象は一般に現在完了形で表現されず、例えば yesterday「きのう」、~ ago「~前」、just now「さっき」などの現在と切りはなされた過去の時点を表す副詞句とはいっしょに使えない。」(Wikipediaの「完了形」の項 2017/08/04/12:04アクセス。このWikiの項目は訳に立つから見ておこう。https://ja.wikipedia.org/wiki/完了形 )。
フランス語の場合、文法的事象としては、英語の「現在完了」は、「直説法複合過去 le passé composé de l’indicatif」に、英語の「単純過去」は同じくフランス語の「単純過去」に対応するが、用法が相当ずれる。君たちがすでに勉強したフランス語の「複合過去」は、基本的に話者の現在の意識とつながりのある完了した事象を表す。Ex : J’ai fait mes études à l’Université de Tokyo. J’ai eu beaucoup d’amis à l’Université. とか。ただ、現在時とのつながりという規則は、英語の「現在完了」ほどには厳しくない。フランス語では J’ai vu mon ami hier.( 昨日ボーイフレンドに会った。)といえるし、J’ai été étudiant à Paris il y a trente ans. (30年前パリで学生だった。)とふつうに言える。だから、話し言葉では過去の出来事は(過去の出来事でも話し手の現在の意識から語られるから)「直説法複合過去」をつかって表現される。そこが英語との大きな違いだ。
それに対して、フランス語の単純過去は、複合過去が過去の出来事を語ることが相当自由にできる分だけ、守備範囲が限定されている。主観を離れた事実としての過去の事実・出来事、記録されるべき過去の出来事、歴史的事実を述べるときに使われる。こういう過去時制のことを、文法用語では「preterite」と英語でいいます。→ https://en.wikipedia.org/wiki/Preterite
② 文章中でしか用いない。
以上から石井さんの第二の用法、「文章中でした用いない」が導き出されます。フランス語のコミュニケーションにおいて、話し言葉では、完了した過去の事象はほぼ「複合過去」でカバー出来ます(完了しない過去の事象については、これもすでに勉強ずみの、「直説法半過去」で表します。「半過去」はimparfait ですが、これはparfait[完了形]の否定で、「未完了」という意味。つまり、過去の状態、反復、などを表す)。他方、話者の「現在時とは意識の上で切り離されたことがら」とは、歴史的な事象とか、誰かが書き残した事象、それを話す話し手の介在する余地のない過去の出来事ですから、それは話し言葉ではなく「書き言葉」のなかに出てくる、ということになるわけです。
忘れてほしくないのは、「文章中でか用いない」ということと、「用いられない」ということは別のことで、たしかに話し言葉では使わないけれど、単純過去は書き言葉には頻出します。新聞とか読んでいると、かならず出てきます。だから、フランス語を読む人にとっては、必ず知っていなければいけない文法事実だということです。
③ 客観性が強く、3人称以外ではあまり用いない。
まあ、文脈次第だけど、一人称や二人称の場合には、当然、話者の意識が介在するコミュニケーション状況である可能性が高いから、複合過去とかが用いられる可能性が高くなるということを言いたいのでしょう。これはそれ以上の意味はないと思います。
以上長くなったけど、「直接法単純過去」の用法の説明でした。
さて、『カンディード』の第一章の章題に戻ります。
Comment Candide fut élevé dans un beau château,
et comment il fut chassé d’icelui.
この « fut » は、« être » の三人称単数の直接法単純過去です。
Je fus Tu fus Il fut
Nous fûmes Vous fûtes Il furent
という活用になります。
豆知識:物語の基本時制としての単純過去
物語や小説では直接法単純過去がフツーに使われます。ヴォルテールの頃だからというのではなく、みんなも名前ぐらいは知っているであろう、19世紀のバルザックやスタンダールやユーゴーや、すべての小説作品では、単純過去を基礎時制のひとつとして語られます。歴史書や歴史的記録、新聞などもすべてそうです。そういう書き言葉のジャンルで使われていた単純過去を、複合過去で代替するような書かれ方が登場するのはようやく20世紀に入ってからなのです。その代表的なものはAlbert Camus(アルベール・カミュ)のL’Etranger(『異邦人』1942年出版)で, « Aujourd’hui, maman est morte. Ou peut-être hier, je ne sais pas. » (「今日、ママが死んだ。あるいはたぶん昨日かも知れないが、分からない。」)と複合過去で語り始めます。
まとめ:
Chapitre premier
Comment Candide fut élevé dans un beau château,
et comment il fut chassé d’icelui.
第一章
「いかにしてカンディードは立派な城の中で育てられたか
そして、いかにして彼はその城から追い出されたか」
[2] 本文 第一パラグラフ
Il y avait en Vestphalie, dans le château de monsieur le baron de Thunder-ten-tronckh, un jeune garçon à qui la nature avait donné les moeurs les plus douces. Sa physionomie annonçait son âme. Il avait le jugement assez droit, avec l’esprit le plus simple ; c’est, je crois, pour cette raison qu’on le nommait Candide. Les anciens domestiques de la maison soupçonnaient qu’il était fils de la soeur de monsieur le baron, et d’un bon et honnête gentilhomme du voisinage, que cette demoiselle ne voulut jamais épouser, parce qu’il n’avait pu prouver que soixante et onze quartiers, et que le reste de son arbre généalogique avait été perdu par l’injure du temps.
いよいよ本文第一パラグラフです。
一文ずつ読んでいきましょう。
1.Il y avait en Vestphalie, dans le château de monsieur le baron de Thunder-ten-tronckh, un jeune garçon à qui la nature avait donné les moeurs les plus douces.
この一文は、夏学期に勉強した文法知識で基本的に問題なく読めそうです。
ここ問題ないね。
Il y a の直接法半過去の表現 il y avait :「〜がいました、〜がありました」。
Vestphalie は 現代フランス語綴りではWestphalie 女性名詞の国名(州名)だから en を前置詞にとる。
à qui : これもいいね、前置詞+関係代名詞 qui
la nature avait donné ここが「直接法大過去」(石井文法 第8課)、半過去の助動詞+過去分詞の完了時制表現。過去の時点以前に完了していたことがらを表す。
関係代名詞節のなかを書き直して先行詞とつなげると、la nature avait donné les mœurs les plus douces à ce jeune garçon (自然はその若き男子に最も穏やかな品性を与えていた)となる。
les mœurs は【語源】[<ラテン語 mōrēs (mōs, mōris 「意志,風習,流儀,性格」の複数形)]で女性名詞。基本複数形で使います。
3 素行,品行.
avoir de bonnes [mauvaises] mœurs
素行がよい[悪い].
femme de mœurs faciles [légères]
身持ちの悪い女.
femme sans mœurs
[古風] 節操のない女.
mœurs spéciales [inavouables]
(特殊な[公言できない]素行→)同性愛.
4 (個人の)生活習慣,生活態度.
avoir des mœurs simples [solitaires]
簡素な[孤独な]暮らしぶりである.
avoir des mœurs bohèmes
自由奔放な生活をする.
décrier les mœurs et le caractère de qn
…の生活態度と性格を非難する.
Quelles mœurs! [話し言葉] =Drôles de mœurs! [話し言葉] =En voilà, des mœurs!
[話し言葉] なんという(ひどい)態度だ.
être irréprochable dans ses mœurs
生活態度に非の打ち所がない.
certificat de bonnes vie et mœurs
人物証明書.
(辞書からの引用は、断りのない限り、小学館の『ロベール仏和大辞典』の電子版から行っています。)
つぎに知識に関わる注釈ですけど、
la Vestphalie(Westphalie)についてはwikipediaを見てもらいましょうかね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Westphalia
ドイツ北西のライン川とヴェーザー川の間の地域の州、ヴェストファーレン州。
なぜここが『カンディード』のお話の起点になるかは諸説あるみたいですが、ぼくとしては、次の事実を思い出しておくといいと思います。
ヴェストファーレンは、三十年戦争を終結させた1648年の「ヴェストファーレン条約」の締結地として知られている、という事実です。
みんなは高校で「世界史」勉強したかな?理科でも世界史は知ってないと、国際活動できないから、基本的なことは知っていましょうね。
「ヴェストファーレン条約」(英語読みで「ウェストファリア条約」)は、宗教戦争を終わらせて現在に続く「主権国家」の世界システムを登場させた歴史上の出来事です。「国際法」が生まれたのもこの条約を起点にしています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴェストファーレン条約
この条約によって出現した国際覇権秩序を「ウェストファリア体制」と言ったりします。
因みに前回、この『カンディード』によってヴァルテールが挑戦しようとしているといった「楽天主義説 l’optimisme」の主張者Leibnizは1646年にこのヴェストファーレンで生まれたのですね。Leibnizはその意味で、ウェストファリア体制の申し子ともいうべき存在で、外交官でもあった彼は、いまのヨーロッパ連合EUの構想の原型のような理念も述べているんです。
他方、『カンディード』の物語もまた。「ウェストファリア体制」が生み出した世界システム(つまり当時の「グローバル化した世界」のシステム)を舞台にしているよね。前に紹介したBNF(フランス国立図書館)のサイトを見てください。カンディードのたびの旅程がle monde として図示されていますね。https://candide.bnf.fr/monde
だから、物語がウェストファリア州のお城から始まることには必然性があると思うわけだ。
まとめると、
Il y avait en Vestphalie, dans le château de monsieur le baron de Thunder-ten-tronckh, un jeune garçon à qui la nature avait donné les moeurs les plus douces.
ウェストファリア国のトゥンダー・テン・トロンク男爵様のお城に、この上なく穏やかな性格を持って生まれた青年がいました。
こんな感じだ。Thunder-ten-tronckh男爵(バロン)の名前の言われは諸説あるが、とてもドイツ語的な語感がする(フランス人には)からというようなところが一致した見方だ。Thunderは英語のthunder雷を当然連想させます。この人怒りっぽい、権威的人物だからね。
因みに、忘れていたが、Candide という主人公の名前だけど、形容詞として、
[形容詞]
1 純真な,うぶな;無邪気な; ((皮肉に)) お人よしの,愚直な.
Avec son regard candide, il a l'air d'un gamin.
あどけないまなざしをした彼は,まるで少年のようだ.
Candide ou l'Optimisme
(ヴォルテールの)「カンディッド」. [比較] ⇒naïf.
2 [文章語] 純白の.
【語源】[ラテン語 candidus (星が)白く輝く,清い ←candēre 白光を発する]
『ロベール仏和大辞典』がいうように、カンディードは、意味の1を擬人化したような存在というわけだね。
それについては、パラグラフの第二と第三の文を見てみよう。
2. Sa physionomie annonçait son âme. Il avait le jugement assez droit, avec l’esprit le plus simple ; c’est, je crois, pour cette raison qu’on le nommait Candide.
第一文は問題なく読めるはず:
Sa physionomie annonçait son âme. 彼の顔立ちは彼の魂を告げていた。
つまりとても穏やかな正直な人柄だったということだね。
第二文もpoint-virgule (セミコロン)の前までは問題なし:
Il avait le jugement assez droit, avec l’esprit le plus simple ;
彼は、最もシンプルな精神と、十分にまっとうな判断力を持っていた。
シンプルな精神というと、単純で、バカという意味かというとそういうことではなくて、素直な精神という意味(ひねくれていない、ということ)。droitというのはここは形容詞で「まっすぐな」という意味ですが、「まっすぐ」ということは「(正しいことは正しい、まちがったことはいけないと判断できる)まっとうな」という意味です。
point-virgule以下が、C’est pour cette raison que ~ という、理由を導入するc’est que 構文だね。英語のIt is for this reason that .....と同じ構文だ。on le nommait のle がまだ勉強していませんが、石井文法では夏休み前にやった8課の次の第9課で勉強する「人称代名詞」の「直接目的格」です(p.47)。le はここではil の直接目的格で「彼を」という目的格の代名詞、つまりカンディードをということだね。Je croisは「私が思うに」という挿入句です。croireの活用覚えているかな? じつはことは、この物語で「話者の私」が介入しているめずらしい場面なんだよ。
だから
c’est, je crois, pour cette raison qu’on le nommait Candide.
私が思うに、その理由によって、その青年はカンディードと名付けられた。(on は動作主を明示しない「ひと」で、受け身的意味だよね、これもすでに勉強済み。)
まとめ、
Sa physionomie annonçait son âme. Il avait le jugement assez droit, avec l’esprit le plus simple ; c’est, je crois, pour cette raison qu’on le nommait Candide.
彼の顔立ちは彼の魂を告げていた。その青年は、とても素直な心根と、十分にまっとうな判断力をそなえ、私が思うには、その理由から、カンディードと名付けられたのだった。
3.Les anciens domestiques de la maison soupçonnaient qu’il était fils de la soeur de monsieur le baron, et d’un bon et honnête gentilhomme du voisinage, que cette demoiselle ne voulut jamais épouser, parce qu’il n’avait pu prouver que soixante et onze quartiers, et que le reste de son arbre généalogique avait été perdu par l’injure du temps.
はーい、最後のパラグラフ四番目の文なのですが、文の骨組みは難しくないが、ややこしそうに見えるね。だから、少し分別しよう。
Les anciens domestiques de la maison soupçonnaient qu’il était fils de la soeur de monsieur le baron, et d’un bon et honnête gentilhomme du voisinage,
Les anciens domestiques de la maison : 「家(男爵家)の古参の使用人たち」
形容詞ancienは、「古い」という意味と、「元の、以前の」(anciens étudiants de Todai : 東大の元学生のように)という意味があり、ancienが名詞の前に来る場合に、後者の意味になる場合が多い。しかし、ここは元のではなくて、昔から使えている、昔からの事情を知っている、という意味でしょう。domestique(un domesitique もune domestiqueもあり)は「召使い、使用人」
soupçonner que : (〜なのではないかと)疑う
(cf. douter que : (〜であることを)疑う)
soupçonnaient qu’il était fils de la soeur de monsieur le baron, et d’un bon et honnête gentilhomme du voisinage: 彼(カンディード)が男爵様の妹と近隣(voisinage)の善良(bon)で正直(honnête)な貴族(gentilhomme, 英gentlemanと同じ語)との間の息子だった、のではないのかと疑っていた
ここまでいいかな? ではつぎ、
que cette demoiselle ne voulut jamais épouser,
先行詞は 直前のun bon et honnête gentilhomme du voisinage
ne voulut jamais : 今回勉強した単純過去(vouloirの単純過去) ne ~ jamais は覚えているよね(石井文法 p.21)
cette demoiselle(そのお嬢様) はla soeur de monsieur le baron を指して言い換えている。まとめると、
その善良で正直な貴族と、そのお嬢様はけっして結婚をお望みにならなかった
さて、残りのパートですが、
parce qu’il n’avait pu prouver que soixante et onze quartiers, et que le reste de son arbre généalogique avait été perdu par l’injure du temps.
理由を導入する parce que はすでに知っているよね。後半のet queなんだけど、ここのように節表現を二度以上繰り返すときには、導入する先行詞とか、接続詞とかは、繰り返さずに que だけで平行文を作ることができます。ここは、フルに書くと、parce que ~ et parce que ~ とparce que を繰り返しているのと同じ意味です。
シンタックスはとくに他に問題はないとおもう。ne ~ que の限定否定表現。
avait été perdu の 受動態の大過去の表現とか、ぐらいでしょう。
むしろ意味内容の方が分かりにくいね。
“parce qu’il n’avait pu prouver que soixante et onze quartiers”
「彼は71クォーターしか証明ができなかった」
これどういう意味だろう? quartierはクォーター(1/4)のこと。ここでの “quartiers”は”quartiers de noblesse”(英語だと”quarters of nobility”)の略で、貴族の称号認定システム。先祖が何代まで遡って貴族だったかという血統証明だね。このシステムは中央ヨーロッパの貴族称号システムで、親の親のさらに親の親の代まで遡って両親ともに貴族だったとするとその4代前の世代には2の4乗分つまり16クォーターと数える、みたいだ。そして全部を累計するみたい。僕も詳しいシステムはよくわかんない。このシステムでは、男系も女系も貴族称号は継承できる。他方、フランスは男系継承システムで、男しか貴族称号を継承できないシステムでした。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Quartiers_de_noblesse
https://en.wikipedia.org/wiki/Quarters_of_nobility
つまり、ここの意味は、カンディードのお父さんの貴族は累計71人の先祖しか証明できなかったから、結婚してもらえなかった、という意味だね。物語を読み進めると、男爵家の方は、自分たちは72クォーターだと自慢している箇所があるから、ヴォルテールは、先祖の数え方などという馬鹿げたことに血道をあげる貴族システムをからかっているわけです。
“et que le reste de son arbre généalogique avait été perdu par l’injure du temps”
ここは大過去ですが、それは勉強済みだから、injure という言葉だけがちょっとわかりにくいかな。
injure [ -ʒyːR] [女性名詞]
3 [古風] / [文章語] (自然,時の力などがもたらす)損害,被害.
injure du sort 不運.
Le vieux château résiste encore aux injures du temps.
この古城は今も歳月の破壊力によく耐えている.
ですから、「そして、彼の系統樹の残りの部分は時の不運によって失われてしまっていたので」という意味ですね。
まとめると、
Les anciens domestiques de la maison soupçonnaient qu’il était fils de la soeur de monsieur le baron, et d’un bon et honnête gentilhomme du voisinage, que cette demoiselle ne voulut jamais épouser, parce qu’il n’avait pu prouver que soixante et onze quartiers, et que le reste de son arbre généalogique avait été perdu par l’injure du temps.
男爵家の古参の使用人たちは、彼(カンディード)が男爵様の妹と近隣の善良で正直な貴族との息子だった、のではなかろうかと睨んでいたのだが、そのお嬢様はその人とはけっして結婚をお望みにならなかった。なぜなら、彼は71クォーターしか貴族証明にいたらず、彼の系統樹の残りの部分は時の不運によってはかなくも失われてしまっていたからである。
こんな感じになりますね。
今回の学習事項は、
1 直接法単純過去 le passé simple de l’indicatif
これを勉強しましたね。これが分かれば読み物へのハードルは一個越えたことになります。
2 知識としては「ウェストファリア体制」を少し紹介しましたね。これは今の世界システムを理解するための常識的教養です。国際法とはなにか、とか、主権国家とはなにか、とか。理科だから知らなくていいというようなことはありませんよ。こういうことは学問をする人にとっての常識というものです。
*
うーん、おつかれさま。これを書いてきた私に対しても「おつかれさま !」といいたい。
「ほぼ毎週フランス語夏期講座」、これで二回目か。来週は京都の学研都市にちょっと行きます。仲良ししている元京大総長で日本の情報学のゴッドファーザー長尾真先生が理事長をしている国際高等研究所というところの仕事で会議があるのでね。でも来週中に第三回を送りましょうね。
まだ、少しずつ進んでいますが、文法事項の説明はだんだん減っていきますから、読解のスピードは上がっていくはず。みんなも、遅れずについていけるようにしてください。
では、また。
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